ALMOND GWALIOR −52
 第三十七代皇帝シュスタークの頃は、一般においての機動装甲の知名度は低かった。三十三代皇帝の御代に遭遇した初の異星人、その後の全面戦争。科学力において僅差で劣る人類は、彼等に勝る身体能力で膠着状態を維持する。
 もともと存在した万人が使うことの出来た戦争用歩行機械を宇宙仕様にするも、それだけでは恒星級の質量を破壊するのには足りなかった。
 人を選ぶ仕様にした所、破壊能力は格段にあがり応戦可能となる。異星人の持たない身体能力を生かした兵器、それが機動装甲。
 未だ黎明期の機動装甲は、存在は知られていても漠然とした物でしかなかった。むしろ王族や皇族の血を引いていないと扱えないとされていた為に 《高貴な血》 を表す示威的兵器と見られていた面が大きい。
 後にこの特異な能力を持ったものが、市井からも現れるがそれはまた別の話となる。

 人々はこの戦争が三十三代皇帝の御代から六十三代皇帝の御代まで、実に三十代もの永きに渡り続くとはこの頃は思ってもいなかっただろう。
 ただ帝国はそれを覚悟していた。なぜなら、帝国は《人類以外の存在を許可しない》ことが理念であり絶対条件であったため。
 異星人が宇宙から消え去るまで、決して講和を結ぶことなく殲滅のための戦いを続ける

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 誰もが何が起こったのか、全く理解できなかった。
 対異星人戦の切り札と言われている、帝国軍にしか存在しない兵器が次々と中庭に降り立つ。二足歩行の作業用ロボットに手を加えて宇宙戦用兵器となったそれらは、巨大であり豪華であり権威であった。
 着陸後膝をついた形となると、到着した四つの機動装甲のうち三つまでが王子を表す紋が刻まれている。
「ガルディゼロ伯爵……いいえ、侯爵」
 知らせを聞いて本来ならば自分が主役の一人である筈だった中庭へと到着したフォウレイト侯爵は、四つ目のケシュマリスタに属する機体の紋章を見て爵位を言い当てた。
《良くわかったねえ。そこのコンシェルジュさん》
 フォウレイト侯爵の声は拾われており、外部に向けた音声機から褒めているのか、バカにしているのか判別し辛い、笑いを含んだ声が静か過ぎるその場に流れる。
 操縦部が開き各々が花束を持って舞い降りた。
 ライハ公爵は片手に蒲公英とオリーブの花束、もう片手に黒髪の美しい前皇帝の庶子・レビュラ公爵を抱いて、セゼナード公爵は両手で以前皇帝の正妃候補だった女性・メーバリベユ侯爵を抱き、彼女が鈴蘭と白いストックの花束を持っている。
 花束しか持っていないデファイノス伯爵とガルディゼロ侯爵は着地してすぐに、この場の主役である二人のほうへとまっすぐに突き進む。そして子爵の娘の前に立った侯爵は、娘の顎を掴んで先ほどよりも高い、耳触りに近い声で叫んだ。
「あれぇ。ねえエーダリロク、この花嫁がフォウレイト侯爵なの? なんか違う気がするよ?」
 抱きかかえていた女性をゆっくりと降ろしたセゼナード公爵がフォウレイト侯爵のほうを指さし、
「あっちがフォウレイト侯爵閣下さ」
 皇帝の従兄にあたる王子が《閣下》を付けて名を呼んだ事に、居並んでいた者達は驚きながら視線を向ける。
 この場には、長年フォウレイト侯爵とその母親に嫌がらせしていた叔母と親交の深い者も多数いた。王弟が閣下と呼んでいる、それだけで自分たちの立場が危険であることは容易に理解できた。
「おいおい、エーダリロク! 今日はフォウレイト侯爵閣下のめでたい日じゃなかったのか? 陛下の誕生式典の合間を縫ってお喜び申し上げに来たってのに、花嫁が違うってどういう事だよ」
 居並ぶ者の表情は青ざめてゆき、ホテルには次々と軍隊が進入してきた。
「さあねえ。天下の花嫁閣下を袖にしたんじゃねえの? 俺だったら怖くてでねえよ、フォウレイト侯爵との婚約を取り消すなんて。なあ、メーバリベユ侯爵」
 隣に立っている女性は声を出さないで笑い、
「そうですね。さしもの私でも王弟殿下とフォウレイト侯爵の婚約が取り決められましたら、素直に身を引きますわ」
 言ってのけた。
「うーそばっかり。障害があるほうが燃えるくせに」
 楽しそうに声をかけるガルディゼロ侯爵が持っているのは、薄紅色をしたチューリップ。
「取り囲んだか。一人たりとも逃がすなよ」
 腕にレビュラ公爵を抱えたまま、ライハ公爵はホテルを取り囲んでいる自らの軍に指示を出す。

 そして遅れて空に現れた白が多い灰色の機体。

 ホテルを壊しながら先着の向かい側に着陸した機体から現れたのは完全正装の権力者。
「帝国宰相閣下……」
 周囲の声なき驚きを無視し、帝国宰相はフォウレイト侯爵の前へと進む。
 そして彼女の前に立ち、
「帝国宰相パスパーダ大公デウデシオン。父はフォウレイト侯爵リュシアニ、貴方の異母弟だ」
「さようですか」
「否定しないのだな」
「帝国宰相閣下ともあろうお方が、足を運んで嘘を言うと考える方がおかしいでしょう」

 フォウレイト侯爵は少しだけ視線をずらし、共に主役になるはずだった男性を見た。彼の顔は土気色で、隣にいる美しい子爵の娘も同じ顔色だった。化粧しているのに、あんなにも顔色が悪くなるのだと……フォウレイト侯爵は思わず笑ってしまった。

 レビュラ公爵を抱いて帝国宰相の元へと近付いてきたライハ公爵は、
「仕事がある。やはり無理がかかったようだ、少し休ませた方が良いだろう」
 そう言ったあとに、フォウレイト侯爵の手に花束を渡して一人中庭から去っていった。
「初めて会うが、俺は……帝国宰相の異父弟のレビュラ公爵だ」
 何処かが痛むのだろうと事情をしらないフォウレイト侯爵でも解る程。
「初めまして、レビュラ公爵閣下」
 レビュラ公爵は苦痛を耐えてはいるが、隠しきれずに滲ませた表情を浮かべていた。耐えた代償による汗を浮かべた表情は、先ほどまでフォウレイト侯爵が美しいと思っていた子爵の娘を色褪せさせた。
 帝国宰相は異父弟のレビュラ公爵を流れるように抱き上げて、
「部屋を勝手に使わせて貰う。最高の客室は空いているか?」
「はい」
 部屋番号を告げると帝国宰相は頷き、
「メーバリベユ、フォウレイトに関してはお前に一任する。あとは好きにしろ」
 それだけ言って帝国宰相もその場を去った。
「それでは、折り入って話があります。落ち着いて話せる場所に案内しなさい」
「かしこまりました」
 フォウレイト侯爵は若く自信に溢れたメーバリベユ侯爵を案内するために歩き出す。中庭が見えなくなる辺りで、背後から無数の叫び声が聞こえてきたが振り返ることなく歩き続けた。
 応接室に向かう途中、最初に席を外したライハ公爵が立っていて、二人の姿を見かけると声を掛けてくる。
「フォウレイト」
「はい」
「お前は今でもこのホテルの支配人に恩義を感じているか?」
「はい。彼は彼、支配人は支配人です」
「そうか。ではセゼナード公爵妃、儂が応接室の護衛につこう。帝国宰相の異母姉と外戚王自慢の義理妹になにかがあったら、戦争になりかねんからな」


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