ALMOND GWALIOR −49

【繋いだこの手はそのままに−46】

 自室に戻るデウデシオンと、それに従うカルニスタミア。
 足を止めないまま、二人は会話する。
「カルニスタミア」
「はい、何でございましょうか宰相閣下」
「本当にザウディンダルだったのか」
「間違いありません、この儂がザウディンダルを見間違うとでも?」
「さあな」
「それに、貴方が説明していらっしゃいましたよ "これは陛下の……まあ兄とは言えませんが、はい異父兄です。年齢は陛下に最も近いので" と」
「……カルニスタミア。陛下の中に "居た" か?」
「おりませんでしたよ。陛下は陛下でいらっしゃいました。ですが陛下を陛下のままにしておく為には、あの奴隷娘が必要でしょう」
「そうか」
「儂も期待しておりましたよ、あの帝王が見えるのかと……」
「見たいか?」
「見てみたいと思う事はあります。宰相閣下は?」
「私は興味はない……だが、ザウディンダルに興味を持たれたか……」
「ビシュミエラの対極ラバティアーニですからね」


 彼等を支配する「音声」に対し、先天的に支配を受けない体質が二種類、後天的に支配を受けなくなるのが一種類ある。
 後天的なものは我が永遠の友・其の永久なる君。先天的な者はザウディンダルの両性具有。
 そして残りの一つが[無性] ザウディンダルの[両性具有]の対極にある存在。
 男性器と女性器を持つ両性具有に対し、無性は両方の生殖器官を持たないのともう一つ、他者とは決定的な違いをもつ。
 それは太古の昔に神聖の証とされた[無毛]
 一部の場所で「身体に毛の無い」人間は、神聖だとあがめられていた。
 それに興味を持ったものが、そういった人造人間を作った。勿論「人造人間」に神聖さを求めたわけではない、他の理由もあるのだが、とにかく[無毛]を作り上げた。
その後、各種の人造人間との融合により皇族や王族に限り[無性]と[完全無毛]の特性は両方併せ持って生まれてくることになった。

 神聖皇帝ビシュミエラは "神聖" と謳われている通り[無性]であった。

 だが歴史には「彼女」と残っている。「彼女は美しい黒髪を持っていた」とも。
 此処にザロナティオンが関係してくる。
 ザロナティオンは一般階級も知る程の[同族食い皇帝]。捕らえた敵対者を全て食らった其の男は、手元においていた少女を日々食した。自分よりも十歳年下の少女の名はビシュミエラ。
 ビシュミエラには強い回復能力があったため、ザロナティオンに幾ら食われても身体が無くなる事はなかった。それが彼女の無限の苦しみを与えてはいたのだが、とにかく彼女は死なずに、身体は何度も回復し、そしてザロナティオンは彼女を食い続ける。
 全ての敵対者を抹殺して統一を果たした後、彼の食事はほぼビシュミエラになる。
 
 ザロナティオンという男は、シュスタークが語った通り彼とは「正反対の容姿」を持っていた

 ロヴィニア系の真直ぐの銀髪と、青白い肌、そして黒と赤い瞳。彼等の中では小柄な男で180cm程度の身長。
 そのザロナティオンは自分のクローンを後継者にする事に決めた。
 皇室法典では許されていないクローンの後継者だが、それは実行される。ザロナティオンは生殖行動と食欲が同じになる為、彼の相手をした女性は「一名の例外」を除いては一度の相手で殺されてしまう事と、もう一人だけ存在している "皇族" ビシュミエラは[無性]であるため、後継者が得られなかった。
 他にも皇王族は存在したが、ザロナティオンはビシュミエラ以外の者は皇族に連なる者であっても皇族とも皇王族とも認めなかった。
 皇族や皇王族の数が激減し、現在でも皇王族の数が10分の1以下なのはこれも関係している。
 「狂王ザロナティオン」と「無性ビシュミエラ」どちらかのクローンを作るとしたら、教育次第では "落ちつく" 可能性もあり、次は普通の後継者が得られるザロナティオンを作ったほうが良いだろう。それはごく普通の考えだった。
 ザロナティオンがある人物から「モザイク体」を受け継いでいなければ。

 極秘裏に作られた三十四代皇帝ルーゼンレホーダ、彼は中期ザロナティオンと呼ばれる。

 浅黒い肌と黒く波打つ髪を持った赤子、その瞳は灰色と紫。
 ザロナティオンは長い事ビシュミエラやその他の者を食べ続けていたせいで、細胞が遺伝子レベルで変異を起こしていた。食べられたビシュミエラは、食べたザロナティオンの体の奥深くに入り込んでいたのだ。
 それも細胞一つ一つが違う情報を有するようにまでなっていた。クローン用に用いた遺伝子は、彼とは違う容姿情報を蓄えていた為、見た目の全く違う[自分]が出来上がった。
 
そしてザロナティオンは、クローンを「ビシュミエラの次」の後継者とする。

 ビシュミエラが[黒髪]と言われるのは、このクローンの中に潜んでいるビシュミエラの量からザロナティオンが言い出したこと。
 無論、ザロナティオンの祖先には黒髪も存在する。よって彼の遠い祖先のものである可能性もあるのだが、彼はビシュミエラは黒髪だと言い張り黒髪の鬘を被せる。
 鬘は[無性・無毛]の象徴でもあり、それを人々から隠す役目も存在する。
 
 ルーゼンレホーダはザロナティオンではあるが、ザロナティオンではない。そこには確かにビシュミエラが存在していた。

 故にルーゼンレホーダは二人の子だとして、ザロナティオンはビシュミエラを[彼女]と呼ぶようになり[彼女]と呼ばれるようになって、初めてビシュミエラには[性別]が誕生した。
 これにより「三十三代神聖皇帝ビシュミエラ、黒髪の美しい女性」が登場する。
 結局死ぬ直前までビシュミエラを食い続けたザロナティオン、彼の遺伝子は大きく分けて[初期ザロナティオン(生まれた当時)]から始まり[中前期ザロナティオン][中期ザロナティオン(第三十四代皇帝)][中後期ザロナティオン]を経て[後期ザロナティオン]となり死直前の[末期ザロナティオン]と六回の変異があった。

 三十四代皇帝ルーゼンレホーダ、中期ザロナティオンを復元した "彼" は四人の妃を迎え、子を作り王家との関係回復を図る。

 「ディブレシアの呪い」の本体はこの三十四代皇帝ルーゼンレホーダにある。
 [無性であったビシュミエラ]と[男性であったザロナティオン]の遺伝子のみを持つルーゼンレホーダ、その血が王家にばら撒かれた事によって、女性遺伝子が極端に減る。その上、減るだけではなく彼が持っていた[無性]を持った子は、唯の[無性]ではなくなった。男性の遺伝子と複雑に絡まりあった[無性]が女性遺伝子を攻撃し出したのだ。
 今まで「無性を二十年近く食べ続け細胞変異を起こし続けた男性のクローンが性行為により繁殖」などという前例が存在しなかった為、誰もこの事態を想定してはいなかった。
 その解決策を見つけるべく、研究が開始されたのだが、解決策を見つけるより先に「恐ろしいもの」が見つかった。
 皇族も王族も「中期ザロナティオン」の子孫であった筈なのに、彼等の細胞の中に「中後期ザロナティオン」が発見されたのだ。無性ビシュミエラに強い執着を残した男の遺伝子は、死して尚他者の遺伝子を食らい、そして無性ビシュミエラの遺伝子を取り込み続け変異を繰り返していた。
 その「中後期ザロナティオン」を多く持つのが、ディブレシアやデキアクローテムス。要するに、シュスタークの親の世代。「中後期ザロナティオン」の遺伝子を持ちながら唯一卵子を作り出産することが出来たディブレシアと「中後期ザロナティオン」の遺伝子を持つデキアクローテムス。二人の間に後継者が出来る。


 [後期ザロナティオン]第三十七代皇帝シュスターク


(デキアクローテムスが父親だとされるのは、指紋と唇紋から)
 同族を食い、最強の力を有したザロナティオン。"皇帝は強くならねばならぬ" と言う暗黒時代の信念と教育を実行に移し、自らが有したそれを残そうとしてクローンを作った男。当初は失敗したが五代経て遂にそれは誕生した。ザロナティオンが目指した「最強の皇帝」 彼の理想でもあったそれはシュスタークとしてザロナティオンをも蘇らせた。
 末期にはほぼ発狂しているようにしか見えなかったザロナティオン。それの前段階の状態で生まれてきたシュスターク。彼を刺激する事は誰もが危険と考え、教育で、穏やかな育成でどうにかしなくてはならないと、徹底した環境を作り上げ、現在のシュスタークが完成された。
 『これ程までに穏やかならば』父親達も胸を撫で下ろし、他の王達も「出来るだけ刺激しないように」シュスタークを扱う。皇位を目指すケシュマリスタ王が、正面を切って攻めないで周囲から皇帝自身を陥れようとするのは、まだ生々しい "伝説" を警戒しての事。
 二十年以上も眠ったまま、そして生まれた時以来細胞の変異も確認されていない為、誰もが安堵していたのだが今回の一件でその安堵は吹き飛んだ。


 女性遺伝子を攻撃するようになった[無性を含むザロナティオン]


 それに対する応急策は見つけ出された。
 応急といわれるのは、根本的な解決策ではない為だ。はじき出された策は「無性を含むザロナティオンの遺伝子を持たない女性との間にならば "女" が生まれるかもしれない」というもの。
 変異した無性遺伝子の攻撃が鈍る事が研究結果でわかった。ただ、鈍るだけであり全く攻撃されないわけでもないので、現時点では「王女」は生まれていない。
 それに、この先も延々と「中後期ザロナティオン」の変異を恐れ、他の家とばかり縁付いては、根本的な血統の崩壊「ミューテーション」が起こるのは目に見えている。(彼等はある程度の血の濃さがなければ、人間の姿が保てなくなる)
 だが現在、解決策もない。
 そこで彼等は皇帝の妃に「平民」を勧める事にした。[後期ザロナティオン]に対し全く[皇族の血も王族の血も引いていない女]限りなくザロナティオンとビシュミエラから遠い者を。
 極度に血の濃いシュスタークならば、一代程度平民を迎えその子を王家が迎えてもミューテーションが引き起こされる可能性はないに等しい。
 そしてこれならば、上手くすれば「女」が生まれるのではないかと考えて。だが、皇帝の食指はまったくと言っていいほど動かなかった。
 帝王ザロナティオンが執着心を抱いたのは[無性ビシュミエラ]と[両性具有ラバティアーネ]の二人だけ。特に後者のラバティアーネ"女王"に対しては、帝王は女王が死ぬまで性的欲求をぶつけた。
 彼の性質を強く引き継いでいるシュスターク、それを考えれば同じ "女王" に分類されるザウディンダルに興味を抱かないとは考え辛い。
 幸いというか、ザウディンダルは帝国宰相の関係でシュスタークを嫌う傾向があったので、この二人の関係は問題視されていなかったのだが、今回のカルニスタミアが "覗いた" 決定的な事実に、その安心も崩壊する。
 ちなみに、ザウディンダルはラバティアーネの事もシュスタークの事も理解している現在、帝国宰相の事を抜きにしても自分から近寄ろうとはしない。それが、シュスタークにとって「非常に気になる異父兄」となっているのだが、対処としてはそれ以外はないであろう。

「陛下は陛下であらせられる。陛下の中にはビシュミエラもラバティアーネも存在してはおりませんでした。ただ、ロガのことだけを想っておられましたよ」
「だが、ザウディンダルに興味は持っていた」
「そのようです。帝国宰相閣下が真実を語ってくださったのだとしたら」
「陛下にザウディンダルが "両性具有" である事を教えていない、ということか? それは本当だ」
 カルニスタミアもザウディンダルの父親が僭主の末裔である事は知らない。
 そしてカルニスタミアがザウディンダルと関係を持った黒幕が「ケシュマリスタ王」だと知りながら、帝国宰相は敢えて阻止しなかった。
「ならばやはり、相当惹かれるのでしょう」
「ザウディンダルが陛下に興味を持っていない事だけが救いのようだな。ライハ公爵よ、レビュラ公爵が陛下に興味を持たぬよう、今まで以上に抱いて引き止めて置け」
「……酷いお方ですね、貴方も。レビュラ公爵が慕っているのが誰なのかをご存知でらっしゃるでしょうに」
 歩みを止めたデウデシオンはカルニスタミアに向かい、
「ライハ公爵、私は始終レビュラ公爵に付いているわけにはいかない。恐らく今回のお前の報告を受けて、ケシュマリスタ王はザウディンダルを調整して投入するだろう」
 ある懸念を告げてきた。
 ザウディンダルを「調整」それは、
「女性機能を一時的に活発化させる恐れがあると?」
 女性機能を活発化させ、皇帝の寝所に送り込む事。
 ザウディンダルの女性機能は稼動していないが、それを薬品で一時的に活発にさせる事は出来る。活発化している間に陛下の下に送り込み子が出来れば、ケシュマリスタ王の望み通りになる可能性は高い。
「調整をかけ、投入するとしたら私の目の届かない前線でやる事は間違いない。ザウディンダルの事が知れた時期も悪い、次の会戦は親征と決まっている。陛下の初親征には必ず四大公爵の当主全てが従うのが慣習、危険と解っていてもラティランクレンラセオを外すわけにもいかない」
 無論そうなれば、帝国宰相は『無かった事』としてザウディンダルを葬り去る事も辞さないつもりだが、その時 "皇帝" がどう出るか。シュスタークの性格からして、ザウディンダルと腹の子を守る為に退位しようとする可能性も捨て切れはしない。
「正直に言えば、儂としては陛下はザウディンダルに興味は抱かないと考えておりますが」
「戦場で "帝王" が目覚めなければ良いがな。後、お前はレビュラ公爵に対して感情を持っている、それを付け込まれる可能性も高い。ケシュマリスタ王ラティランクレンラセオがレビュラ公爵に暴行を働いても、お前は平常心を保てるか? ライハ公爵」
「問題はありません。あの男の策には乗る気はありません、たとえ今此処で貴方の言葉を聞かずとも。アルカルターヴァの弟王子如きがケシュマリスタ王に正面から戦いを挑みはしません」
「力強い言葉だが、その言葉の全てを信用するわけにも行かない。レビュラ公爵の身辺に注意を払え。あれにお前を警護につけるなどと言えば、直ぐに否定するであろうからな」
「畏まりました、帝国宰相閣下。……それと閣下、ロガを皇后に添えるおつもりですか?」
「……ああ。だから暫くはザウディンダルで我慢しておけ、カルニスタミア。お前の感情は一時の気の迷いだ」
「陛下の為に、儂に貴方を慕う弟を充てがわれるのですか。貴方は本当に酷いお方だな」
 ハセティリアン公爵があの場にいたことから、自分がロガの元に向かった事が報告されているのはカルニスタミアも解っていた。
 それに関して叱責、または降格させられる事は覚悟してきたのだが、考えていた事とは全く違う罰を言い渡される。
「そう思うのであれば、あれから私の事を消し去るように努力せよ。お前がレビュラ公爵を調整して子をなしても、私は止めはせぬ。宮殿からも追い出しはしない。テルロバールノル領には戻れぬだろうから、帝星で仲良く暮らせ。いや、案外兄であるカレンティンシスは喜ぶかもな。お前に対して激しい劣等感を抱いているあの王は、お前がテルロバールノル王の継承者から外れれば、安心できよう。お前が好んで関係を持つのはザウディンダルであって、ロガではない。お前はそれを忘れぬように。それを忘れない為にザウディンダルが壊れるほど、壊してしまうほど関係を深めろ」
 弟が誰の事を愛しているのか知っている帝国宰相は、そう言い放つ。
「本気で言っているのか? パスパーダ大公」
 怒気をこめた声でカルニスタミアが言い返すが、鼻先で笑われただけ。
「さあな、ライハ公爵。お前が何に対して怒っているのかも、私には解らない。お前の兄がお前に対して劣等感を抱いていると言ったことか? それともレビュラ公爵を調整しろと言ったことか?」
「嫌な男だ」
 嫌な男と言われた宰相は、自分の部屋の入り口の前に立ったところで、言わなければならない事を思い出した。
「それとライハ公爵。今度からはお前達が陛下滞在中の警備責任を負う事となる」
「……近衛兵団団長、胃が壊れましたか」
 胃腸の弱い近衛兵団団長は、先だっての「皇帝殴打事件」によって、
「胃、十二指腸、小腸、大腸からの出血、及びくも膜下出血。これ以上とても任せられまい」
 そう言いながら扉を開けさせ、帝国宰相は ”見舞い” と名乗る王子達が騒いでいる部屋へと入ってゆき、その後を何を告げるべきか考えつつライハ公爵が続いた。


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