ALMOND GWALIOR −40
『クレメッシェルファイラ、貴女は死のうと思ったことはないのか?』
『此処に連れて来られたときから、毎日思うけれど。私は自殺出来ないの、両性具有は自殺することが出来ないように作られているの』
『何故?』
『玩具が自分勝手に壊れる筈はない、だから壊れない。そのようにあの方は言ってた』
『ディブレシアか』

― 皇帝、もう彼女を殴らないで。もう彼女を傷つけないで ―

 皇帝が《帝王》に豹変し、両性具有が足止めの為にかかってゆく。
 殺戮の全てを持ち合わせた皇帝を前に、玩具はいとも簡単に壊れる。
「音声はやっと切れたかね……やれやれ、それにしても」
 皇帝の支配音声から逃れる為に音声を切り、助けに行く暇もない一方的な虐殺を皇帝の父達と帝国宰相は見守る。
 口も目も鼻も、そして耳からも出血しているザウディンダルと、正気を失っているシュスターク。
「あの日以来《帝王》を押し込めてしまった弊害か……」
 皇婿は呆然としながら二十年近く前のことを思い出す。
 今皇帝が通っているロガの元には、嘗て皇帝の庭に植えられていた桜の木が並んでいる。シュスタークは五歳の頃、その桜がお気に入りで、散った後も “早く咲かないかな?” と通っていた。
 そうしていると、顔に『毒毛虫』が落ち、顔がパンパンに腫れ上がった。その後、顔が痛かったことを思い出した彼はデウデシオンに『あの木嫌い! どっかに捨ててきて!』と叫び、帝国宰相はそれを奴隷衛星に捨てた。

 皇帝シュスタークが知っているのはそこまで。

 皇帝の庭に居た『毒毛虫』が自然界に存在しない化学合成毒をもっていたこと、それを木の上から落下させて皇帝の命を危険に晒した僭主の一族がいること。
 そして、皇帝がその衝撃で帝王になったこと。
 痛みに暴れだした《帝王》を押し留め、性格を《シュスターク》に戻すのに半年以上を要した。
 皇帝の父達は当初、皇帝に『我が永遠の友』を作るつもりはなかった。皇帝の中にある《狂気の帝王ザロナティオン》が他にも影響を及ぼすことを考えて。だが、皇帝の意識が『痛み』という簡単な理由で沈み隠れてしまうことを知り、彼らは『我が永遠の友』を選考しなくてはならなくなった。
 その中で選ばれたのはライハ公爵カルニスタミア。驚異的な精神安定力を持つ王子が選ばれたことに、彼らは安堵したのだが、記憶の交換ができるカルニスタミアをケシュマリスタ王が操り始める。
 迂闊に皇帝と意識を行き来させては、隠しているザウディンダルのことが知れてしまうと……


 だから彼らは皇帝を皇帝のままにして育てた。皇帝は暴れることもなく、穏やかに日々生きていた。


「何故、陛下に反抗するのだ……反抗できるのだ? それ以上立ち向かったら死ぬ……」
 皇帝にザウディンダルが《両性具有》であることをひた隠しにした帝国宰相は、無音の画面で殴り飛ばされ、血だらけになっている弟を見て結っている髪を掻き毟りながら呟き続ける。
「帝国宰相、出て行きたまえ。君が今の陛下を見ているのは危険だ」
 皇君は手を引き、デウデシオンを映像のない部屋へと置き去りにした。
 一人きりになった帝国宰相は、頭を抱えたまま床に崩れ落ち僅かの間意識を失う。

― 三年前ザウディンダルが自殺未遂を図った ―

『自殺未遂だと? 狂言であろう』
『いいえ、ガルディゼロ侯爵の発見が遅ければ、間違いなく死んでいた量です。そして本人も死ぬつもりで飲んだことを認めています』
『そんなこと、ある筈なかろうが……両性具有は自殺しないように、脳に細工が施されているはずだ!』
『ですが、ザウディンダルは自殺を図ったのです!』

― クレメッシェルファイラ、クレメッシェルファイラ、貴女は自殺できないと私に言ったではないか ―

 床に響く足音にデウデシオンは直ぐに意識を取り戻し、音の方を見る。
「終わったよ。全員一応は無事だ。ザウディンダルは心臓を踏み抜かれて死亡したが、損傷部位からしてすぐに蘇生可能だ。カルニスタミアが治療に向かった」
 皇君の言葉に重く冷たい身体を起こして、立ち上がる。
「帝国宰相、どうするかね?」
「どうするとは?」
「ん? 陛下のお出迎えに並ぶかい? それとも、薬物乱用による後遺症が残っているレビュラ公爵を今すぐ連れ帰ってくるかね?」
「……」
「レビュラを殴った陛下から忠誠心は失われてしまったかね?」

― デウデシオン! デウデシオンといると楽しいよ!
― そうか、お前は何時も笑っているな、ザウディンダル

「陛下を出迎えさせていただくに決まっているだろう。行くぞ、皇君」
「ん……良い子だな、デウデシオンは」
「年齢的に大差ない貴方に言われたくはないが?」
 帝国宰相は何時もの顔に戻り、皇帝を出迎える為に着陸場所へと向かった。

**********

 帝国宰相が皇帝に信頼を置いていない《箇所》があることを、皇帝の父達は知っていた。
 彼が『皇帝の為』と言って、ザウディンダルが《両性具有であること》を教えないと言ったとき、彼等はデウデシオンの中に潜む皇帝に対する警戒心を感じていた。
 彼等も皇帝の夫であり、皇帝の寝所に入ることもあった。
 ザウディンダルの祖母がどんな目に遭っていたのか、彼等も知っていた。
 皇帝は彼等を呼び出し、クレメッシェルファイラを殴っている姿を見せることが度々あった。彼等はそれを前に沈黙する。
 『異義を唱えたら、皇太子を殺す』
 彼等には目の前の両性具有が暴行されるのを黙って見て、自分達の皇太子を守るしか道がなかった。
 そして自分達以上に両性具有が皇帝に暴行を働かれるのを見た男、デウデシオン。
 彼が皇帝に両性具有の存在を教えなかったのは、皇帝の嗜好が狂うことを考慮したことと同じ程に《皇帝が両性具有を自由にする》ことを恐れてのこと。
 皇帝が両性具有と知って嬲ることを帝国宰相は止めることは出来ない。
 シュスタークがザウディンダルを犯したら、デウデシオンはシュスタークに従うことは出来ない。
 デウデシオンは自分の中に “帝国宰相と異父弟ザウディンダル” のほかに “デウデシオンと両性具有” の感情があることを理解し、封じ込めている。それを皇帝の父達は理解していた。

 帝国宰相は両性具有に関しては、皇帝を全く信用していない。それは皇帝という立場にあった母が彼に憎悪と共に植え付けた感情であり、それが母であった皇帝の狙いであることは誰も知らない。

**********


「そのような事はございません。お見事でした、さすが帝王の血を引きし我らが皇帝。あの威圧に我等ひれ伏さんばかりでございます」
 皇帝を出迎え、帝国宰相は頭を下げる。皇帝は『自分の為に殴られた奴隷に薬を届けるように』と命じ、
「式典の休憩時間に会って言葉を掛けたい。取り計らってくれ。では治療に入る」
 式典の最中にザウディンダルにも会いたいと希望し、帝国宰相は当然了承する。
 出迎えには式典に参加する為に帝星に居た四王もおり、騒ぎを起こした貴族の主であるケシュマリスタ王も居たが、皇帝はそれを罰することなく治療に向かう。
 それに付き従う帝国宰相、見送った四王と皇帝の父達。
 一人二人とその場を離れ、最後までの残ったのは、
「こんな騒ぎになるとは聞いていなかったが」
 皇帝の実父・デキアクローテムス。
「ここまで派手にする気はなかった」
 ロヴィニア王ランクレイマセルシュ。
 二人はその言葉を口にした後、暫くにらみ合い、
「今回の一件で帝国宰相が陛下に異心をいだいたらどうしてくれる? 彼は《国璽》を持つことを許されている男なんだぞ」
「異心を暴発させて破滅に追い込むのも良かろう。そしたら私が帝国宰相だ。文句でもあるか?」
 皇帝の座につくこと以外の野望多き甥の言葉に、デキアクローテムスは殊更優しげに声をかけた。
「無いけれども、ランクレイマセルシュ……」
「何だ?」
「あまり追い詰めると彼は皇帝になってしまうよ。レビュラ公爵を塔に閉じ込めたら最後、彼はラティランクレンラセオをも殺して皇帝になるさ」
「確かにそうなるだろうが……そうなったら巴旦杏の塔を制止してやって恩を売るってやる」
「その時君が生きていればいいがね。ランクレイマセルシュ、君は陛下の外戚王。彼が皇帝になるのには最も邪魔だよ。殺すなら君からじゃないかな?」
 帝婿の穏やかな言葉に、ロヴィニア王は視線を外しその場を後にした


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