ALMOND GWALIOR −34
 後の “愛姫” はレビュラ公爵ザウディンダルのこと。
 それに関して当然レビュラ公爵は知らない。レビュラ公爵死後に出来た『物語』であり、皇帝と皇后の出会い以上に、歪曲されて伝えられてもいる。

「どうした? ザウディンダル」
 奴隷管理を担当する区画の一室で、カルニスタミアと情事の後の会話をしている。
 帝国支配階級でも、大柄な部類に属するカルニスタミアの身体にすっぽりと覆われるような形で、ザウディンダルは『不安そうな』表情をしていた。
「なんにも……」
 ザウディンダルも決して小柄なわけではない。皇帝の実父である帝婿デキアクローテムス(194cm)よりは10cm背は高いが、その帝婿と並んでも大差はない。内在する女性が『女性として』強く出ているせいで、どうしても体格は華奢だった。
 身長の低いことが最大のコンプレックスになっている帝婿。なにせ皇帝に「お后は私よりも小柄ですと嬉しい」と言ってしまうほどにコンプレックスを感じている。そんな彼は、公式の場が嫌いだった。
 皇帝の実父として公式の場に出る彼はその立場上、皇帝210cmと帝国宰相215cmと三人で並ぶことが多い。
 皇帝も帝国宰相も体格的に立派であり、地位を表す着衣も帝婿以上なので、普段よりも小さく見えてしまう。
 そんな帝婿は公式の場にザウディンダルが並ぶと一人で喜ぶ。
 そう、さり気なくザウディンダルの隣に立ち、背が低いのを誤魔化すのだ。
 194cmの帝婿の心のよりどころである204cmのザウディンダルは、帝国支配階級からみるととても華奢。
 特に223cmを誇るカルニスタミアからみると、とても小柄に感じられる。
「何もってツラじゃねえが。気になることがあったら言えよ」
 気まぐれで怒りやすい “ちょっと兄貴に似ているよな” と偶に頭を掠めるザウディンダルの掌に口付ける。
「……」
 掌の唇の感触も無視して無言でいるザウディンダルに “思い当たる原因” を口にする。
「代理総帥閣下のことか?」
 カルニスタミアが唇を落していた掌が拳になる。
「代理総帥も思い切ったことをする」
 大切な帝国に存在するたった一人の皇族であり、皇帝であるシュスターク。彼を戦争から回避するために、そして庶子以外に権力を握らせないために、帝国宰相の力によってシダ公爵タウトライバが『帝国軍代理総帥』の座に就いている。
 この場にいる五人は全員帝国騎士の能力を有しているので、帝国軍にも籍がある。要するに彼等五人は全員タウトライバの部下でもあった。
「足切る必要なんてないのに……デ=ディキウレ兄に任せて、家にいてアニエスと仲良くしてりゃあいいのに」
「代理総帥閣下には、あの奴隷が大切なんだろう……」
 “大切” と言った所で、ザウディンダルが完全にそっぽを向いた。
 カルニスタミアは “やれやれ” と思いながらも、溜息など付かずに抱きしめている腕に力を込めて再び行為を開始しようとすると、ザウディンダルが口を開いた。
「我侭だとは思ってる……なんか……」
 ザウディンダルの額から頬にゆっくりとキスをしながら、
「それで良いに決まっている。お前の我侭は代理総帥閣下もご存知であろうよ。たまには顔を見せてきたらいい。喜ぶに違いない」
 勿論儂は行かねえがな、と続けてザウディンダルをベッドに押し付けた。

**********


 その頃、管理区画の実質的なトップとなっているキュラが “個人的” にケシュマリスタ王に連絡を入れていた。
「うん、ザウディンダルは元気だよ」
 キュラがトップというのは、他が本当に “王子様” なので、なし崩し的にキュラがその立場についただけとも言える。
 奥様から逃げ惑うセゼナード公爵に、提出書類など必要なものであっても書かないデファイノス伯爵。レビュラ公爵は気分屋で、その気分屋に如何に気分良く過ごしていただくかに心を砕くライハ公爵。
 本来ならば帝国宰相から直接命じられたレビュラ公爵が細かい連絡や、帝星との行き来をしなくてはならないのだがしていない。

 いや、正確には “させていない”

『奴隷に関しての報告は?』
 頻繁に行う帝星との連絡の中に、キュラの実質的な支配者であるラティランクレンラセオとの連絡を混ぜる。
 それと同時にキュラはキャッセルに頼まれた “ザウディンダルを一時的に帝星から遠ざけて、精神を安定させてくれ” を行う。
 ザウディンダルは帝星に居ると危険なので此処に配置されたのだから、トップに立って仕事をしっかりとされては帝国宰相としては困るのだ。キュラは帝国宰相の望みと、自分を何時も売り込まなくてはならない為に、この場のほとんどの事を取り仕切っている。
「懐妊してないよ、うん、ホントにさあ。あとで帝国宰相から送られると思うけれど、先に送っておくよ、あの子の内臓状態。特に大事な子宮と卵巣だけど、まだ発達が完全じゃないから、中々身篭らなさそうだよ」
『ここまで成長していれば、かなりの確率で受胎するはずだ』
「ソレを言われてもねえ。僕の立場では陛下は当然、あの子にも食事を与えることは出来ない立場だからさあ。懐妊しやすくなる薬を投与するのは不可能だね」
 実質的なトップであっても皇帝の口に入るものを運ぶことは出来ない。
 その許可は帝国宰相が一手に握っている。もちろんケシュマリスタ王も知っている事だが、彼は美しい表情を崩さぬまま、ナルシストの異母弟にその容姿とは裏腹な膿を含んだような声で命じる。
『皇女を孕んだら直ぐに知らせろ』
「ねえ、ラティラン?」
『何か聞きたいことがあるのか? ガルディゼロ』
「なんで皇女って断言できるの?」
『貴様は知らんでもいい。王の子以外に知る権利はない……ああ、悪かったなお前も王の子であったな。王妃の子ではなかっただけで』
 蔑む表情に睨め上げるような眼差しでキュラを見るラティランクレンラセオに、
「ボケないでくださいね」
 キュラは軽口を叩いて通信を切った。
「むかつく男だね。だからラティラン、君にも教えてあげないよ。陛下はまだあの娘に指一本触れてないってことをね」
 王達が勝手に陛下は既に奴隷と情を交わし、そろそろ腹も膨らむ頃だろうから結婚の算段でも……と勘違いしているだけで、実際皇帝は奴隷の手に触れることすらしていない。いや、触れることすらできないでいる。
 その緊張の面持ちは、古代アステカ風仮面に隠れていても容易に想像できた。
 動きがおかしいので。いや、可笑し過ぎるので。手に触れようとして、自分の手を握り締めたり、突然手を叩きだしたり、果てはなぜか皇帝が家臣に宣言する時の動きになり、両腕を開いたまま硬直したり。
 彼等五人とその他の見守る人達は、その動きを心底優しく見守っている。実際のところ、見守る以外どうにもならないので。

 唯一の救いと言えば、奴隷娘はその有様を見ても皇帝のことを嫌いもしなければ、笑いもしないことだろう。

 “しばらく勘違いしてるといいよ” と思いながら、何も映していない画面を眺めながらキュラは呟いた。
「それにしても、陛下が全く奴隷娘に触れていないことは皇君殿下は毎日見守っててご存知の筈なんだけど、ラティランに報告してないのかなあ……あの人なあ」
 キュラの憎悪の対象の一人、先代ケシュマリスタ王ファンディフレンキャリオスの実弟である皇君オリヴィアストルの髭に隠れた口元。あのラティランにも似た笑い浮かべる口元を思い出して頭を振った。

『わ、我輩! 明日も来たいのだが、良いか?』
 また皇帝が全身民に語りかけるポーズを取る。
『はい。ナイトオリバルド様が来てくれると楽しいです』
 それに奴隷娘は笑顔で答える。


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