ALMOND GWALIOR −32
 切欠はともかく皇帝は奴隷娘を気に入った。
 最初は “本当の顔” とは知らずに「よく出来た面だ」と言ってしまったことに対する謝罪の為に向かった。他者に対して謝ったことの無い皇帝は、タイミングを外して中々謝ることができない。
 そのうち、誰が見ても【奴隷娘の下に通うのを楽しんでいる】ことが解るようになる。
 これは大問題だった。皇帝が皇帝である以上、普通の大問題とは方向性が違う。
 この場合の大問題は “皇帝が奴隷娘に入れあげる” ことではなく “正式結婚前の奴隷が身篭る” の一点。
 皇帝が奴隷に対し意思を確認せずに犯そうが、王達には全く関係のないこと。彼等の視点は、その奴隷が皇帝胤を腹に宿すかどうか? そして胤裔が【皇女であるかどうか】

 四大公爵は忘れている。皇帝の成長に最も影響力があったのは、帝国宰相デウデシオン。

 実母皇帝に襲われた男は、皇帝に対し男女関係に関しての楽しさを教えることはなかった。
 教えられない育ちをした無味乾燥恋愛暦が摂政就任以来続く彼には、無理なことだったのだろう。
 皇帝は奴隷娘のところに通うが、触れることはしない。昼食を持ってそこに通い、仲良く食べて帰ってくることを望んでいる。そして四王は皇帝が奴隷娘の腹に胤を残して帰ってくることを望んでいる。


「ザウディンダルを呼べ」


 四大公爵の目論見を傘に、帝国宰相は懸案を一時的ながらも片付けることにした。
 キャッセルより依頼されていた「ザウディンダルの保護」
 他の貴族に暴行されるのを防ぐのに【奴隷以外住んでいない衛星】は適していた。皇帝の奴隷通いを四大公爵も黙認していれば、重要警備が必要なのも理解している。だがあまり数を送っては目立ち過ぎるだろうとも。
「何か御用でも宰相さま」
 外側を大理石で覆った、中心は防弾扉を両手で開きながらレビュラ公爵 ザウディンダルが現れた。
 帝国宰相に “正式” に呼び出されたにも関わらず、格好はいつも通りにだらしない。帝国宰相はチラリとその “着てはいけない格好” を崩して着ているザウディンダルを見た後に手に持っている書類に視線を落す。
 着衣で階級を表す帝国では、両性具有には両性具有の着衣という物がある。
 ザウディンダルは両性具有であることに抵抗し、普通の服を着ている。これが他者、特に貴族を統括するテルロバールノル王の怒りを買っている。
 怒っている当人も両性具有だが、知られていないのでそれに関しては誰も触れない。
 
 ザウディンダルは正式な手順で着衣を手に入れることが出来ない。

 両性具有に普通の着衣を作ってくれる工房が無い為だ。その為、兄で儀典省次官であるナジェロゴシェス公爵が他の兄弟達の服の新調の際に、ザウディンダルが着られる服を混ぜて発注するようにしている。
 当然ながら、サイズは他の兄弟達でザウディンダルの貴族紋を入れている。
 女性が混じっているザウディンダルは、他の兄弟達よりも体つきがほっそりとしているので着ることは出来るが、ぴったりと合うことはない。
 それと平行して儀典省からは「両性具有の服」も大量に届けられ、ザウディンダルの気分を害する。
 ザウディンダルが服を乱してきているのは、自分に合った服がないことを隠す為でもあり、帝国宰相はそれを知っていても何も言わない。
「ザウディンダル。一度しか言わぬ」
「なんだよ、何か……」
「良いか、主のその素行の悪さを放置しておいてこれ程までに役に立つとは思わなかった。今陛下が通われている衛星に置かれている管理課がある。そこの管理責任者は非常に小物であり、小物特有の上目をはねる云々を楽しんで行っておる。奴隷に配布される給金の上目をはねる役人だ。その男、小物である故に非常にいやらしい事に鼻が利く。既にその男は墓地に向かう貴族男性の存在を掴み、近寄ろうとしておる。そこでだ、ザウディンダルよ、お前が管理責任者となれ」

 帝国宰相は、皇帝陛下の警備という大義名分で、レビュラ公爵一時的に宮殿から出し外部との接触を絶つことにした。

「なっ!? 正気かよ! この俺を責任者って!」
 皇位を狙うケシュマリスタ王も、ザウディンダル嫌いのテルロバールノル王も【皇帝陛下の警備】となれば文句のつけようが無い。
「貴族然した他の者では違和感もあろうが、主のように気をつけて貴族らしく振舞わねば貴族に見えぬ者ならば、奴隷区域にいてもそうは目立つまい。ラバン・レボンス、今の管理責任者であるがその男を部下にし、陛下が娘とゆっくりと話せる体制を作り上げろ。本日中にだ! 良いな!」
「宰相!」
「書類は作った。あの衛星の管理責任者に公的に任命した。爵位もそのまま名乗る事も許可する、偽名を使いたくば空いている爵位を好きなだけ持って行くが良い。名乗り目立つも、裏で暗躍するも主に任せる。制服等は全て揃っておる、とっとと向え」
 ザウディンダルは帝国宰相の手から差し出された任命書類の入ったディスクを受け取ると、舌打ちを二度程して、
「殴る蹴る、半死半生にしても構わねぇんだな?」
 言い返す。
「貴様の趣味で殴る蹴る、半死半生に関して私は責任を負わぬが、陛下の御為であらば容赦は要らぬ。言い換えれば、陛下の御為という理由さえつければ、どれ程のことをしても良いという事だ。線引きはお前に任せた。思う存分やるがよい、喧嘩公爵。他の喧嘩公爵達をも引き連れて好き勝手して来い」
 帝国宰相は書類から視線を外し、ザウディンダルを見た。
 “弟” と共に衛星に入る貴族は見当がついている。
 ザウディンダルに溺れて兄王と不仲になっているライハ公爵 カルニスタミア。これをテルロバールノル側の警備担当とする。
 妃であるメーバリベユ侯爵から「逃げる! 逃げる!」と何時も言っているセゼナード公爵は、喜んで隔離区域警備に携わる。これがロヴィニア選出の警備担当。
 セゼナード公爵が行くといえば、何処へでもついてゆくデファイノス伯爵はエヴェドリット選出警備担当。
「弱い者苛めは嫌いなんだけどよ」
 そしてザウディンダルが到着する前にキャッセルに連絡を入れ

 『解りました、キュラに連絡をしておきますよ。なあに、喜んで行ってくれるでしょう。悪い子じゃないので、安心してください』

 ガルディゼロ侯爵キュラティンセオイランサをケシュマリスタ選出の警備担当にした。
 そして再び帝国宰相は視線を落す。
「安心しろ。向かう先にいる管理責任者は、主が生理的に嫌いで仕方ないタイプの男だ。むしろ主があの男を殺さなければ、奇跡を信じぬ私すら奇跡を信じる」
 持ったディスクを高く上げ、ザウディンダルは宰相に背を向けて、
「まあ、こんな俺でも銀河帝国皇帝直属の家臣ですから、皇帝陛下のお遊びに全力を尽くさせていただきますよっと。じゃ!」
 そう言って彼は執務室を出て行った。戸が閉まった後にデウデシオンは顔をあげ、
『お遊び……か……。……あの娘を正妃にしたいと連れ帰った時どうするべきか? 私は陛下の御意向に副うつもりであるが、他の者達の説得が必要になるな。今から手段を考えておかねばな』

 ザウディンダルは馬鹿ではないので、兄が何を望んでいるのかは《弟の身の安全の確保に腐心している》以外に関しては理解していた。

 騒いで奴隷達の視線を自分達に向けさせ、奴隷達が必要以上に陛下に近付かないようにしろと。
 そして、
「帝国宰相が何仕出かしても良いって言ってんだ……って、言いてえ所だが、違う部隊も送り込まれてるだろうよ。俺達は本隊を隠す為に目立つ事を仕出かせといった所だろうよ」
 隠れている部隊をより一層隠すようにする為に配置されたことも。

 帝国宰相は 扉の向こうに消えた “弟” の安全の一時的な確保に向けて最後の調整をして終えた。
 ……いや、終えたつもりであった。
 五人は帝国軍に籍を置く。ザウディンダル以外の四人は各王国軍にも籍を置いているが、帝国軍に籍のあるものを移動させて軽微ながらも軍事行動(武器の使用など)を行うので、帝国宰相は帝国軍の指揮官にも連絡を入れた。これらのことに不備があると、問題になるので確りと手順を踏んでのことだったのだが、
「デウデシオン兄! ザウディンダルを! ザウディンダルを! 何故そのような狼の群れに放り込まれますか!」

 “ザウディンダルの育成に失敗したこのシダ公爵 タウトライバ! 死んでお詫びを!” 

 ザウディンダルが何か仕出かすたびに “死んで謝罪!” と叫ぶ、帝国軍代理総帥シダ公爵タウトライバ。現在帝国軍の全てを預かる彼は納得しなかった。
「狼もなにも、何時もと変わらぬであろうが」
 長兄から預かった《大事な、大事な、そして素直で可愛らしかったザウディンダル》が万年反抗期状態になった全ての責任は自分にあると、自戒の念にもまれ続けている彼は弟の男性関係が大嫌いだった。
「私が代わりに行って参ります!」
「やめんか! お前は陛下に似すぎておる!」
 タウトライバは皇帝容姿の基準をクリアしているので非常にシュスタークに似ている。
「じゃあ! 奴隷として紛れ込んできますよぉ!」
「220cmもある奴隷が居てたまるか! 大体、お前の体つきは奴隷ではないだろうが!」
 そしてタウトライバは庶子の中で最も背が高かった。
 奴隷男性の平均身長は《概ね》178cm。どう考えても、馴染めない。それに貴族達は足がやたらと長く、手も長い。身体全体のバランスが、純粋な奴隷とは全く違う。
 タウトライバは母が皇帝、父は上級貴族だったため、奴隷とは全く違う体つきをしている。
 これが《奴隷です》と言っても、奴隷は誰も信じないほど。

「ザウディンダルが……」
 結局、代理総帥は帝国宰相に勝つことは出来ず、肩を落して帰宅し涙ながらに妻に経緯を語る。
「あらまあ」
 妻・アニエスはタウトライバよりも八歳年上。五歳当時のザウディンダルの侍女だった縁でタウトライバと結婚した、家名なし子爵家の娘。
 『ザウがザウが……』
 テーブルに伏して泣き続ける夫に、
「でしたら、足を切ったらいかが?」
 豪快な解決策を告げた。
「足切る?」
「ええ。ミスカネイア義理姉とお昼を一緒にした際に、最新の “半生体” 義肢の開発が最終段階になっていると聞いたのよ。披検体に立候補してきたらいかが?」
 ミスカネイアは帝国近衛兵団団長タバイ=タバシュの妻で、医師。
 胃腸の弱い団長の治療をしている縁で結婚した、髪型縦ロールが特徴の家名なしの伯爵家の娘。
 庶子の妻達は『結構奇怪な行動をとる夫達』の情報を得るべく、仲が良い。
 庶子達は育ちの異質さだけでは説明できない、妻達には理解できない変わった行動をとるのがある。本人達は気付いていないし、悪気もないので妻達も非常に困るのだが、とにかく『素で天然ボケ』が多かった。
 そんな情報交換の際の際に、義肢開発にも携わっているイグラスト公爵妃ミスカネイアが、シダ公爵妃アニエスに話題の一つとして語った。
 愛妻家として名高いシダ公爵は、妻の手を握り締めて、
「切ってもいい?」
 嬉しそうに話しかける。
「お好きになさい。それで納得できるのでしたら、私は止めませんよ」
 妻の力強い言葉に、

「よぉーし! 義足にするぞ!」

 小躍りしながら研究局に連絡を入れに向かった。
 その後、再び帝国宰相との小競り合いがあったのだが、アニエス妃とミスカネイア妃、それにデ=ディキウレとその妻の援護で、タウトライバは望みどおり奴隷の住む衛星に『奴隷として』滞在することが可能となった。
「お母様、よろしいのですか?」
 シダ公爵夫妻の長男がそう尋ねると、
「いいのよ。全くあの人達が悪いのよ」
 アニエス妃は息子に向かって派手に溜息を付く。
「伯父君達と叔父上達がレビュラ公爵を “男” として育てたことですか?」
「そうよ。もう、何回も言ったけれど、子どもの頃から帝国宰相閣下が好きだったのは、部外者の私からみても直ぐに解るほど。体機能的に男性の方が上回っているからと言って、男性として育てる必要はなかったのに。女性でもあるのだから。お姫様で育ててたら、こんな大変なことにならなかったはずよ。可愛い義妹が手に入るはずだったのに、どうしても男に固執して育てるから」

 父とその兄弟は『可愛い弟ザウディンダル』と叫び、母と義理伯母、義理叔母達は『可愛い義妹ザウディンダル』と呼ぶために、ザウディンダルの甥達は『レビュラ公爵をどのように呼べばいいのだろう?』と甥達だけで集まり、秘密会議を開いている。

『どっちでもいいから、呼び方定まってくれないかなあ』

 十三歳エルティルザ卿、現在最大の悩みであった。


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