ALMOND GWALIOR −28
 両性具有は近親や血統の近い者に惹かれるらしい。
 前皇帝ディブレシアにもその傾向は確かにあった、惹かれているというよりかは近親者の方が “身体の相性が良い”
 あの女にとって身体の相性が最も良かったのが、私生児だったことは喜ぶべきことだったのだろう。

― お前は最高だ、デウデシオン。そうだ、褒美に大公としてやろう。私生児には過ぎたる身分だが、余の愛人には丁度良い。パスパーダ大公デウデシオン、似合っているな ―

 私は実母の愛人だった。否定する気もないし、同じ愛人としてウキリベリスタルもいた。あの男皇帝の寝所で腹上死すればよかったものを。
 実母の愛人になった私は、あることを切欠に父を “父” と呼ばなくなった。
「帝国宰相閣下、ハーダベイ公爵が面会を求めていらっしゃいますが?」
「通せ」
 私が父となったからだ。正確には父であり、兄。
 生母を同じくしていることと、生母の親がロヴィニアの出てあったこと、そして私とバロシアンはロヴィニア系の容姿をしているせいで殆どの者に知られることはなかった。ただ “庶子の父親は二人生き延びている” その噂は流れている。
 だからと言って何をする気もない、できる限り秘密は守りたいと思うが知られた所で前皇帝ディブレシアの醜聞として消せばいいだけのこと。
 暴かれたところで私もバロシアンも、何も失うものはない。
「平民の娘達は如何なさいますか?」
 耳に入ってきた言葉に、思考を中断させる。
 今更こんな事を考えている場合ではなかったな。
 全く、陛下のお后候補が陛下を置いて逃げるとは……。命を賭けろとは言わぬが、正妃と正式決定すれば命の保障すらない立場だというのに。
 ただ逃げてくれたおかげで、陛下の名誉に関わることを知られなかったので良しとしておくが。
 それにしても陛下、あの奴隷娘の顔はそれ程までに恐ろしかったのですか?
 この帝国宰相には、全く恐ろしさを感じなかったのですが……陛下は繊細であられるのだろう。その繊細さを何時までもお持ちいただきたい。
 だが……あの程度の顔の崩れに驚くということは、陛下は帝王とは完全に切り離されていると考えてもいいのだろうか……そうだとしたら、今回の[肝試し]も無駄ではなかったか。
「今回は失敗したが、その中から陛下の正妃四名を選ぶ事にかわりはない。しばらくは留め置くように四大公爵に通達しておけ」
 何にせよ、陛下のお后を選ばねばならぬ。帝国のために。そして私達のためにも。
「はい、かしこまりました……あのーそれでーその……帝国宰相閣下」
 目の前で、言い辛そうにしているバロシアンを促すと、
「どうした? バロシアン」
「あのー肝試しを用意した者に関しては、不問でよろしいでしょうか?」
 非常に恐縮した面持ちで「失敗した仕掛けの用意をした職員」に関することを尋ねてきた。それか……
「無論だ。任務に忠実であっただけだ。用意をしたのは、奴隷のゾイとかいう女であったな。特別手当を与えておくように」
「はい」
 陛下は女性に対し、男性本来が持っている感情すら薄い。
 だからといって、同性に対し興味があるのかといえば……それは解らない。帝国でたった一人の皇族であり、帝国の全てを継承する皇帝に自由は少ない。
「どうした? バロシアン。他にも何かあるのか?」
「いいえ。それではまた、明日の朝食の時にお会いするのを楽しみにしておりますので」
 そう言うと、バロシアンは執務室を後にした。

― ザウディンダルばかりではなく、バロシアンも特別に扱ってあげてくださいよ ―

 他の弟達に散々言われて、かつて父であったフォウレイト侯爵リュシアニ、今は執事と呼んでいるダグルフェルド子爵アイバリンゼンに給仕させてできる限り共に朝食を取るようにしている。全く繋がらない三人だが、祖父、父、息子という奇妙な関係だ。
 ザウディンダル以外の異父弟にはバロシアンが私の子だというのは知れている。前皇帝の夫であった彼等にも。
 前皇帝の夫達が陛下に語ることは当然ない。そして……なぜかは解らないが、どうしても私はザウディンダルにバロシアンが私の子だと言いたくない。他の弟達には仕方なしと思えるのだが、ザウディンダルにだけは告げられないでいた。
『無理しないでください』

 バロシアンに自分の父親が兄だと語るには、ザウディンダルのことも語らない訳にはいかなかった。

 ザウディンダルを手元に置いたことは、直ぐに皇帝ディブレシアに知られた。
 九歳の時に暴行を受けて以来、ディブレシアに傍には近寄らないようにしていたが “来ないつもりなら、お前が持ち帰った女王の命はない” そう呼び出されたのは十三歳の時。
 現陛下の誕生で力をつけたディブレシアの夫であっても、皇帝の権力には遠く及ばない。
 何のために呼び出したのか? 女王を返せというのだろうか? 理由など想像もつかないまま、皇帝の部屋へと入った。
 そこには首輪をつけられた全裸にされている “人” がいた。
 俯いているその人は男性器が露わになっているのに、胸が膨らんでいた。青痣だらけの肌を見て最初は殴られて膨らんでいるのだろうか? と思ったが、ディブレシアが首輪についている鎖を引き、顔を上げた時にその胸と男性器が共に存在する種類の人なのだと理解できた。

 ザウディンダルと同じ藍色の瞳

 ザウディンダルの祖母クレメッシェルファイラ。ディブレシアと同い年の女性型両性具有。
 肌は青痣だらけで、爪も剥がれ、指などが数本潰されていた彼女は、すでに生きることに疲れ生気の失せた表情らしい表情などなくなっていた。ディブレシアはそんな彼女の感情を呼び起こし、再び苦しみを与えたかったようだ。
「クレメッシェルファイラ、目の前にいる男がお前を苦しめることをしてくれたぞ」
 ディブレシアの声に反応を返さない彼女だったが、
「殺さないように、だが死ぬように飼育しろと余が命じたお前の “孫” この男が救い出し、生かしている」
 その時の彼女の表情。
「あう……ああぅ……ああ」
 声帯も潰されてしまっていた彼女は、這うようにして私に近づいてきて “本当ですか?” といった表情を作った。
 言ってはいけない事は解っていた。ここで言ってしまえば、彼女は苦しむ。

 ザウディンダルに謝らなければならないことだが、私はあの瞬間からディブレシアが死ぬまでザウディンダルを助けたことを後悔していた。

「デウデシオン、嘘はつくな。持って来い」
 ディブレシアが手を叩くと、皇婿が泣きながらザウディンダルを抱きかかえて部屋にはいってきた。上機嫌だったザウディンダルの顔をみて、彼女は泣き出した。一目で自分の系統の子だと解ったようだ。
 死んだザウディンダルの父にあたる三歳児エイクレスセーネストの面影が色濃かったと知ったのは、ずっと後のことだ。
 皇婿は優しくザウディンダルの服を脱がせディブレシアに差し出す。ディブレシアは彼女にはっきりとわかるように、両性具有の証を見せた。
「もうよろしいですか? 陛下」
「いい子ね、セボリーロスト。大事に持って帰るのよ」
 皇婿は再び服を着せ、傍にいたテルロバールノル王に平手打ちをくわえたあと、ザウディンダルを抱きかかえて部屋を後にする。ウキリベリスタルが告げたことだけははっきりと解った。
 母は私に笑顔を見せてくれた。
「そこにいる男王を強姦しろ」
 母の笑顔は美しい。本当に美しい女だった。
 顔も身体も声も肌も髪も爪も何もかも、そして性処理玩具として生まれた人造人間の末裔としても、人類に対する攻撃性を持つ生体兵器としても完璧な “我々” 
 孫を見て感情が戻った彼女は、その言葉に身体を震わせる。此処に連れて来られてから、ずっと犯され殴られていたのだろう。
「お断りいたします」
「命令に従わなければ、お前が連れ帰った女王は殺す」
 ザウディンダルは大事だったが、目の前にいる良く見れば肌に無数にある火傷や刺された痕のある彼女を強姦する気にはとてもなれなかった。
 ここで命令を拒否すれば、ザウディンダルも私も殺されることは間違いない[一緒に死ぬから許してくれ]心の中でザウディンダルに詫びて、ディブレシアを睨みつける。
「女性皇帝の御世においては、女王は不必要。どちらにしても殺すのでしょう」
 短い人生だったな……そう思わずにはいられなかった。
「お前がクレメッシェルファイラを強姦するならば、ザウディンダルと名付けたらしい女王は生かしておいてやろうではないか。皇帝の名に誓ってやろう」
 誓約書まで作っていた。生まれて初めて見た国璽の押された書類が強姦との取引材料。その書類を破り捨て、ザウディンダルと共に死のうと思ったのだが、
「あーあーあああー」
 掠れた声を上げて、私の下半身に息をふきかけてきた。
「クレメッシェルファイラは強姦されたいようだが。もっとも、これではデウデシオンが強姦されるようなものだな」
 私の男性器を取り出し、そして口に含んで上目遣いに見上げてくる。

― 僕はとっても上手なんですよ こうやって上目遣いで ―

 あの日、キャッセルの口に吐精した後、泣き出した帝君の気持ちが解った。
 必死に縋ってくる彼女の意見を聞き入れたとは言わない。
 私は彼女を強姦したくなった、犯して滅茶苦茶にしたくなっただけだ。
 私の精液と彼女の精液が入り混じり、乱暴にあつかったせいで内腿を血で汚した彼女から身を引き離しディブレシアに手を出し、書類を寄越すように求めた。
「あれで強姦したつもりか?」
 書類はもらえなかった。
 その後何度も何度も彼女を強姦するようにと命じられ、次ぎこそは “強姦して終わらせたい” と願いながら乱雑に扱っても、決してディブレシアは許さない。
「貴方の望むような行動は取れない、強姦の仕方など知らない! 書類を寄越す気がないのならば、もういい!」
 ディブレシアはその台詞を待っていたに違いない。
 笑った彼女は男達を招きいれ、
「見ているがいい」
 男達に彼女を襲わせた。それを強姦というのなら、私は一生無理だと思いながら見ていた。
 終わった後、ディブレシアは男達を連れて他の部屋へと移動してゆき、部屋には私と彼女だけが残された。喉の奥から荒い息を上げている彼女に近寄り、抱き起こして詫びた。
「無理だ、諦めてくれ……貴方をあんな扱いすることは出来ない」
 彼女は初めて会った時からは考えられないような笑顔を見せて、向かいたい方向を指差した。
 彼女を抱きかかえ連れて行った先にあったのは、小さなシャワー室。
「身体を洗うのか?」
 シャワーのコックを捻ったが、何時までたっても湯になることはなった。彼女は水で痛めつけられた身体を洗う。
「ザウディンダルのこと、殺してもいいでしょうか?」
 彼女は首を振り、爪の剥がされた指に水をつけて床に書いた。
[両性具有を殺したら、貴方が殺される]
「もういい、もういい。死んだ方がマシだ。貴方には悪いが耐えられない」
[無理言って御免なさいね]

 私は最後にと、彼女に深く口付けた。


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