ALMOND GWALIOR −24
「王、時間になりました」
「そうか」
 用意をさせながら無言でプネモスを眺める。
 ローグ公爵はテルロバールノルの名家の一つだ。今の当主であるプネモスは父王の信頼も篤く、なによりも「真面目さ」と「口の堅さ」が評判だった。父王はプネモスを信頼し儂の体のことを教え「王太子、後の王に仕える」ように命じた。プネモスはその言葉に従い、儂の身の回りのことをすべて受け持った。
 儂よりも十歳ほど年上で黒の巻き毛に男らしい顔立ち、そして儂の護衛を務めるに足りる強さをもっている。
「アロドリアスはどうしておる」
「愚息は王の選んでくださった妻と上手くいっているようです」
 儂より十歳年上のプネモスは儂より十歳年下の息子がいる。
 プネモスに良く似た真面目な男で、カルニスタミアに側近として仕えている。カルニスタミアは儂の側近の息子アロドリアスにあまり良い顔をしない。
 側近の息子だからというよりは儂との仲を改善しようと “両性具有・ザウディンダル” から遠ざけようと必死になるので鬱陶しいという所だ。
「ライハ公爵殿下にも良くしていただき、我等一族より一層の忠誠をテルロバールノル王家に捧げさせていただきます」
 プネモスは儂とカルニスタミアの関係が良好になることを望んでおる。
『儂の側近よりも、貴方様のご子息であらせられる王太子殿下の側近になさった方がよろしいのでは。折角の才能も潰れてしまう』
「それでまだアロドリアスは “あれ” の側近についているのか? お前の息子の将来が台無しになるぞ……ならぬかも知れぬがな」
 世間的にみればアロドリアスを王太子の側近にしてやったほうが良いであろうが、儂の中ではカルニスタミアの側近であった方が良く思える。儂の身体のことがラティランにばらされてしまえば、儂の息子達は地位を失う。
 そうなってしまえば側近も諸共なのは目に見えている。
 プネモスは儂と共に破滅であろうが、息子のアロドリアスは両性具有ではないテルロバールノル王族・カルニスタミアの下にいればローグ家は破滅から逃れることができる。
 プネモスが両性具有の[王]という危ない橋を渡り続けている場所に共にいる以上、息子はそれではないところに配置するべきだ。
「王、そのようなこと口になさらないでください」
「用意が整ったようだな」
 儂がプネモスのことを信用していなければ、ローグ家が滅んでもいいと思えるような家であれば、アロドリアスが取るに足りない男であればとっとと儂はカルニスタミアの側近ではなくしている。
 あれがレビュラ公爵と関係さえ持っていなければ、儂は即座に息子達を殺してあれに王位を譲る方向で動けるものを。プネモスにも語っておらんが、何年も前から段取りが決まって後は動くだけなのにあれはレビュラ公爵から離れん。
 元々儂は息子達に玉座を譲る気はなかった、何せ両性具有の孫は両性具有になる確率が格段に高い。
 八割を超える確率で両性具有が生まれる……儂の孫は両性具有で生まれてくると考えて将来を見据えるしか道はない。希望的観測など王のするものではなかろう、何時でも最悪を考えて……考えていたはずなのにラティランを信じてしまった愚か者ではあるが。
 儂が父の決めていた王妃と結婚し、子供を作ったのは一重に儂が男であると周囲に知らしめる為であって王家を繋ぐためではない。
 息子を殺すか……ラティランは皇帝になる為に息子を殺すつもりで、儂は王家を守る為に殺す。理由は違えども結果は同じ、あれほど嫌いな『我が永遠の友』と所詮儂は同じ思考だな。
 中腰で揉み手してくる者達の意見を聞きながら廊下を歩く。大したことのない事ばかりだが、上手く取り計らってやるか……そんな事を考えながら歩いていると外から叫び声が聞こえてきた。
「うっせえな! 一対一なら負けねえんだよ!」
 レビュラ公爵だ。
 中庭の方に足を向けると八人ほどの男に囲まれて、服を裂かれ殴られながらも応戦している “両性具有” がいた。気の早い貴族は既にズボンを下ろして扱きはじめておった。
 馬鹿もいたものだな。そして儂の姿を見てますます調子に乗る馬鹿共。儂がレビュラ公爵を嫌っているので制止せぬことを知っての行動。
 背の高いアイリスを踏みつけながら一人の両性具有をなぶる姿は、醜悪だが止めることは帝国法にない。あれは生きた性処理用玩具であり、それは……
「テルロバールノル王」
「何用だ、ローグ」
「諌めた方が宜しいのでは」
「はん、両性具有のくせに人のような生活を送っておるレビュラが悪い。両性具有は風紀を乱す、出歩くだけで害悪だ。黙って屋敷にでもつながれておれば良いのに、身の程知らずなだけじゃ」
 プネモスが制止したいのは人として、そしてこの状況を見ていながら制止しなければカルニスタミアの耳に入り儂との関係が悪化するからだ。
 これ以上悪化することなど無いと儂は思うておるが、プネモスはまだ最低に達していないと思っているようだ。 “最低になればライハ公爵殿下のことです、行動に移されるでしょう” 行動、即ち簒奪だ。
「おっ! 見えてきたぞ」
「毎晩喘いでいるくせに、綺麗な色だな」
 行動に移すならば、それで良い。
 だが儂にも意地がある、譲ってやるならば良いが奪われるのはプライドが許さん。
 儂の目では確認できなかったが、何かが飛んできてレビュラ公爵に乗っていた男が貫かれた。串刺しになった貴族を置き去りにして周囲にいた貴族は儂のほうに逃げてきた。
「ライハ公爵殿下です」
「あの馬鹿が」
 駆け寄ってきたカルニスタミアは土と草と血で “ぼろぼろ” になったレビュラ公爵を抱き起こして手を払われた。
 レビュラ公爵にどれ程尽くそうが、近親者を好む両性具有が帝国宰相以上にあれを愛する訳がない。無意味だ、辞めろ。
「いらねえよ」
― 別れろ ―
「ひどい怪我だ」
 何度あれに言ったであろう。
 カルニスタミアに恐れをなし、儂を盾にして隠れる貴族の愚かしさ。両性具有であっても助ける実弟。本当に正しいのはカルニスタミアだと知っている、知ってはいるが儂はそれを許す訳にはいかぬ。
「早くもどれよ」
「戻るとは何処に」
「お前の兄貴……じゃなくて、王のところに」

― 俺のせいでお前が兄貴と仲悪くなるのいやなんだよ ―

 レビュラはカルニスタミアに何時もそう言っていると聞いた。
 カルニスタミアの答えは『お前のところとは違って、王族は実の兄弟が不仲が普通だ』返したそうだ。
 儂はレビュラの何が嫌いかと ”カルニスタミア” に問われれば、多くの者に侮蔑の対象としてしか見られていないのに、本人はいたって真直ぐな所が嫌いだという思いが湧き上がってくるが『両性具有だから』と答えを返している。
 他の者に聞かれれば反射的に『両性具有だから』と叩きつける。

 レビュラ本人は認めぬであろうが、幼子のように真直ぐで愚かだ。
「王、お下がりください」
 レビュラとカルニスタミアが言い合っているのを見ていると、突如間にプネモスが割り込んできて、儂の後ろにいた貴族共が蜘蛛の子を散らしたように逃げていった。
「帝国宰相か」
 庶子の分際で大公となり、皇帝陛下より白の着衣を許された銀髪の男。
「はい。あの男がどう動くか」
 帝国宰相はレビュラに近付き、
「手間をかけたな、ライハ公爵」
「何も」
「戻るぞ、ザウディンダル」
 言うと同時にマントを跳ね上げ肩を抱きしめて歩くように促す。レビュラは振り返り礼を述べ、
「カル、ありがと」
「確りと治療しろよ」
 帝国宰相は儂に何も言わずに立ち去っていった。

 父王は両性具有の塔にレビュラ公爵を無理矢理登録した結果、帝国宰相と全面的に対立することとなる。

《約束と違う……裏切ったのか裏切られたのか……オルドビュラセ……》

 暗殺された父王の最期の言葉。
 父王は “オルドビュラセ” と何を約束し、裏切られたのだ? ティアランゼ・ルーゼンレホード・オルドビュラセ 淫乱程度では言い表すことのできない三十六代皇帝ディブレシアと何があったのだ?


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