PASTORAL
 閉ざされた巴旦杏の塔は、シュスタークの時代に停止させられてから、その後しばらくは蔦に覆われることはなかった。
 異星人の侵攻が本格化し、帝国騎士の量産が帝国の最優先事項となったため、多くの両性具有は皇帝宮に住み、普通の貴族たちと同じく【特性に合わせた掛け合わせ】が行われる。引き継ぐ特性のない両性具有や、皇帝と反対の生理機能を持つ者であっても殺害処分されることはなかった。
 死後の処理は今までと同じ<挽いて溶解場へ>ではあったが。

 大天才中の大天才と讃えられた男、セゼナード公爵エーダリロクがはじき出した交配表通りに婚姻を結び、欲しい部分だけを上手く受け継がせせることに成功する。
 また両性具有自身にも高頻度で帝国騎士の能力を持って生まれてきた。両性具有の育成の仕方については時の帝国宰相がそれなりに書き残しており、依存性の高い両性具有であろうとも帝国騎士として成長させ、戦わせることができるようになった。

 戦死するよりも塔の中にいたほうが幸せではないか?

 言う人も大勢いるだろうが、当時の彼ら彼女らの生き方はそうであった。そこに善し悪しなどという判断は必要ない。

 こうして”なんの障害もなければ”エーダリロクの予想通りに量産化が軌道に乗る筈であった。
 だがそれほど都合よく物事は進まない。もちろんエーダリロクも障害を予測していなかったのではない。分かってはいたのだ。ただ皇帝に<掛け合わせ>の重要性を伝えるようにして一縷の望みを託したのだ。
「陛下」
「なんだ? ラバラーシュラデ」
 だがそれは、ある女により道を閉ざされる。
 美しきケシュマリスタ王女は、夫である皇帝の側に、美しい両性具有たちが侍るのを嫌った。自らの容姿が衰えた時、追い落とされるのを恐れて。
 自分が若く美しく皇帝を骨抜きにしている間に、これたちを排除しなくてはならないと考え……そして彼女が勝利する。
「……分かった、そなたの望み通りにしよう、ラバラーシュラデ」
「嬉しいですわ、陛下」

 ケシュマリスタ王女ラバラーシュラデ。正妃として大宮殿に入ってから、死ぬまで(四十五代皇帝統治前半)権力を所持し続けた第四十二代皇帝の正妃である帝妃デバラン、その人である。

 両性具有たちは全て塔の住人となり、帝国騎士の数は頭打ちとなった。

 デバランと皇帝の間に産まれた皇子にして帝国最強騎士であったハウゼリリアルトはその穴を埋めるべく必死に戦ったが ―― 母であるデバランはその彼から全てを奪い取り、彼は失意のなか戦死する。
 彼の次に帝国最強騎士となった男は全てを間違い、彼の息子は壊れてしまった。その己の罪を認められなかった彼は戦死し、少しずつ増えていた帝国騎士は再びその数を減らす。

 両性具有で量産化する以外にも幾つか方法があり、
「その狂った女を押さえ付けろ。ありがたく思え。お前のような狂人が帝国防衛の礎となる帝国騎士を産めるのは、この我に犯されたからこそ」
「ぎっぎゃあああああ!」
「狂人の叫びはまた一興だな」
 それは確実に帝国騎士を生み出したが ―― 同時に憎悪も生み出した。

「ムームー。両性具有たちに会いに行こう」
「驢馬車に乗ってか?」
「うん」
「カウタマロリオオレト、お前の藍色の少女を聞きながら向かうとするか」
 二人は馬車に乗りながら、閉じ込められた両性具有たちに会いにゆく。
「シュスタークはあの時代の皇帝だ。権力をすべて帝国宰相と外戚王に譲り、奴隷と遊んでいただけ。後にそう言われることをシュスタークは分かっていた。だがシュスタークはその評価を受け止めることで、帝国を安定させたのだ。初陣で単身宇宙に出て、キーサミーナ銃を撃ったシュスターク。それは皇帝としてあるまじき行為だが”不和の象徴”は皇帝と認めたな」
「ムームー、なんのお話?」
「昔の話だ」
「ムームーは偉いなあ。難しいお話、たくさん知ってるね」
「次の皇帝だからな」
「そうだね。僕のサフォント陛下」


 中興の祖と讃えられることとなるサフォント帝は、減った帝国騎士を増やすのはもちろんのこと「正しい計算をしたセゼナード公爵が知れば悲しむであろうな」と言う程に数の減った帝国騎士たちを率い、帝国防衛のために自らも機動装甲に乗り戦陣に立ち「この数でやってのけたのかよ!」とエーダリロクも驚いたであろう少数の帝国騎士で、ついに帝国初の勝利を手に入れた。
 サフォント帝は勝利を収めたあと「シュスターク帝」がしたように、単身でキーサミーナ銃を放つ。サフォント帝はシュスターク帝のあの行為を「皇帝にあるまじきこと」と思ってはいる。だが、

「もう一人の皇帝に捧げるのだ」

 真の皇帝と呼ばれた男にそれを贈った。誰に知られずとも、理解されずとも、いつかは「もう一人の皇帝」に届くことを確信して。彼の確信は未来予知などというものではなく、自らの統治により、そこまで帝国を続かせる自信により生み出されたものである ――

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