ALMOND GWALIOR −277
 ラティランクレンラセオは瘡蓋を剥がすために必死になる。
 自分の太股に広がる瘡蓋。薬剤で治癒を遅くしているとはいえ、早くしなければ完全回復し剥落する。
 目の前に瘡蓋があるのに、指で剥がすことができないなど ―― ラティランクレンラセオには耐えられないことであった。

 屈辱やその他諸々とはまったく関係のなく、耐えられない。

 枠外の腕(タバイ)の拘束が外れる。普段のラティランクレンラセオであれば、それが仕組まれたことであることに気付くことができたであろうが、今の彼は白濁にまみれ、自分でも腹立たしくなる程に笑い、目の前で瘡蓋を剥がされたことで平常心を失っていた。
 笑い咆吼を上げながら自らの太股に指を伸ばそうとした時、全ては終わった。
『……うああああ! ぎゃっ……きしゃ……ひゃややややややや!』
 ラティランクレンラセオは浴びせかけられた薬品により、皮膚が溶け筋肉が剥き出しになった。
 狙いは太股 ―― 美しい顔も三分の一ほど薬品がかかり、右頬が消え歯が覗き、首筋が本当の意味で明かになる。
 瘡蓋を剥がそうとした指の皮が溶け、そして太股の瘡蓋も皮膚と共に消えた。
 深い失望感、瘡蓋の喪失。
 呆然と……
『きしゃ! ぎゃあああああ! ふひゃふひゃふひゃ!』
 はしていない。
 デウデシオンは追加でラティランクレンラセオに薬品をかけ人体標本のようにし、そして自らも被った。強姦するために必要な所は隠して。
「一皮剥けば、全て同じだとは、よく言ったもんだ」
 人体標本のようになった二人がバック体位で突いたり突かれたり。
「こっちのほうがマシだな」
 ラティランクレンラセオの笑い声はともかく、姿はただの筋肉なのでエヴェドリットとしては気が楽であった。
 見覚えのある美しい容姿の強姦よりも、美しさを構成する皮膚が剥げた姿での強姦のほうが幾分かマシであると。
 ラティランクレンラセオを拘束していた腕がいつのまにか瘡蓋を作り、眼前に置かれる。皮膚が再生されつつあるラティランクレンラセオは剥がそうと手を伸ばすが、生えてきたばかりの髪を捕まれ半身を反らされ、寸前で指が届かないように。

『はが……はがさせ……ぎゃはははははは!』

 皮膚の再生途中、バックからデウデシオンに突かれて達した。

―― 誰か暴れろよ!
 エヴェドリットの王は”もう見たくない”と思いながら、誰かが暴れるのを待ち、
―― 手元に停止できる端末があるのが悪い。割ってしまえ! そうしたら諦めがつく!
 アシュレートは手元の端末を破壊し、
―― これを拷問と認めるのは嫌だなあ
 拷問を好む副王は、自分の領域を侵され暗澹たる気持ちになり、
―― 親父の言ったことが今になって分かる。強姦は駄目だよな
 幼い頃、父王の膝の上で拷問映像を見せられ育ったビーレウストは、父王が「これは教育に悪い」と言いながら早送りした強姦映像について思いを馳せる。

 負けず嫌いたちは、どうしても自分から見るのを止めようとは言えなかった。

 エヴェドリット王族たちの精神を削りとった拷問映像は終わり、視聴したことを送りつけた相手に知らせるか? と画面に出る。
 端末を壊してしまったので、アシュレートが立ち上がり、画面を叩き壊して視聴終了を伝えた。
「……」
「……」
「……」
「……」
 四人は互いに世で言う「人殺しが人を殺す時の視線」をかわし、そして死に絶えた生腸詰めに手を伸ばし飢えた肉食獣のように貪り食い、
「うおぁああああ!」
「ぐおぉぉぉ!」
「ぎやあああああ!」
「うおああああ!」

 殴り合いを始めた。映像を見る前に召し使いたちは退避していたので、被害は建物だけで済んだのが幸いである。

**********


「兄貴。金くれたら俺が一人で最後まで見ておくぜ」
「お前に金払うくらいなら、最後まで見る」
「そうかよ」
「お前こそ、私に金を払ったら逃げ出しても構わんぞ」
「下らないことに金払うつもりはねえよ」
「そういうことだ」

ロヴィニア王族兄弟の会話 ――

(メーバリベユ侯爵は「未だ俺の本当の妻じゃない」ということで、視聴させてもらえませんでした)

**********


 片手に持っているグラスの氷が音を立てる。テラスに出て夜空を見上げカルニスタミアは ―― 復讐はなにも生み出さない ―― という言葉を噛みしめていた。
 あの拷問の理由は分かっているので、カルニスタミアもたしかに溜飲は下がった。だが同時に虚しさも感じていた。
 思惑があり、さほど良い想い出があるわけでもないが、カルニスタミアは一時期ラティランクレンラセオの元にいた。その時の彼の姿を思い出し……
「……」
 言葉にできないものがこみ上げてくる。
 知人が昔の恋人の兄兼恋人に笑いながら強姦されている姿を見て、独り言を呟いていたら唯の危ない人とも言えるが。

「カルニスタミア」
「兄貴。目覚ましたのか」

―― 兄貴も悲惨じゃよなあ。ラティランクレンラセオにあの映像を送り込まれたりしたら……したら……
 生々しく”あれ”を感じることになるのかと思うと、実兄が少々不憫になった……
「カルニスタミア」
「なんじゃ」
「跪け!」
「なんでじゃ!」
 ものの、すぐにその考えは捨てた。
「跪き、儂に許しを請え!」
「なんの?」
「ガルディゼロとの交際についてじゃ! 跪き述べよ! そうしたら許可を出してやる!」
 カルニスタミアはグラスを置き、カルニスタミアの足元まで近付き膝を折って頭を垂れ、そしてキュラティンセオイランサを配偶者にしたい旨を伝えた。

 カレンティンシスは聞きながら、自分を強姦した相手と実弟が付き合うことを許可するために、理性を総動員していた。

 カレンティンシスは自分を強姦した相手は知らないが、知ることはできる。命じたラティランクレンラセオが確実に相手のことを知っているからだ。
 他の相手ならば、直属の者に命じ、その配下が行うこともあるが、自分に対してだけは間に人を挟まないことをカレンティンシスは誰よりもよく知っている。
 自分が隙あらば精神を覗き、相手を見つけようとすることも分かりながら、直接実行犯に命令を下す。
 本来であれば辿り着けた。だがカレンティンシスは断念した。理由は壁となるのがキュラティンセオイランサだった。
 ラティランクレンラセオがキュラティンセオイランサとその母親を拷問した映像が阻むのだ。殊更残虐に行われた拷問。
 まるで自らが行ったかのような感覚がカレンティンシスに躊躇わせた。柔弱と言われようが、両性具有だと指摘されようが、カレンティンシスは理由がないに等しい拷問など我が身のこととして感じたくはない。
 カレンティンシスの精神構造は、される側よりも、する側になるほうを拒む。それはカレンティンシスの人間としての矜持でもあった。
 ラティランクレンラセオはいつもキュラティンセオイランサを拷問している姿を全面に出し、彼に関することを探らせないようにする。そうすることで気付かれることも計算の上で。
「兄貴?」
 言い終えたカルニスタミアがカレンティンシスを仰ぎ見る。
「認めてやるには一つ条件がある」
「なんじゃ?」
「ガルディゼロのこと、何があっても信用するのじゃぞ。誰よりも」
 カレンティンシスは自分は弱いことを自覚している。ラティランクレンラセオがキュラティンセオイランサを虐待したことも、肌を貼り替えるように命じていることも知っている。それ以上のことも知ることができる。
 だがカレンティンシスは耐えられずに、キュラティンセオイランサに関することには触れず、彼から目を背けた。
 助けるなどとは言わない。だが全てを知るべきであったと思うと同時に、この先も決して彼には触れるのことはないだろうことも分かっている。
「ああ……キュラティンセオイランサが手を染めていない悪事はないだろうこと、理解しておるよ」
「そんなのを伴侶にしたいという貴様は馬鹿じゃよ」
「儂は馬鹿じゃよ。じゃがキュラティンセオイランサは悪くない。あれは道具じゃ、王の道具。王が代われば変わる」
「あれを変えようという王はおらぬがな」
 カレンティンシスは手を差し伸べてカルニスタミアを立たせる。二人は手を取り合ったまま、先程までカルニスタミアが一人で佇んでいたテラスへと向かい、無言で夜空を見上げた。
「隕石、もう一度儂にくれるか? 兄貴」
「いいぞ」
 寄りかかるようにして立つ兄の背中に腕を回し、カルニスタミアは「ラティランクレンラセオの拷問に関し、簡略化して説明するべきか否か?」についてしばし悩み……説明しないことにした。

**********


「屑は屑らしく……といっても、自分のことを屑だとは自覚していないのだから仕方ないか」
 皇君は独り言を呟き、部屋を新たな主に明け渡すために片付け、空っぽに近くなった部屋から庭へと出た。
 遠くから聞こえて来る、聞き苦しい覚えのある男の声と、無言のまま抵抗しているであろう女性の息遣い。
 白骨尾を全て出し、刈り整えられた芝の上に発見した召使いたちが首を傾げる「謎の」跡を残しながらそちらの方向へと進む。
 向かう途中、同じ事を考えている人物と遭遇した。
 武装し青みがかった艶やかな黒髪をかき上げながら、皇君宮の主に許可を取らずにやってきた女性――
「エダ公爵」
 声をかけられたエダ公爵は、皇君の引きずる音に視線をやや下げ、芝に残った跡を確認し目的を尋ねた。
「皇君殿下……ブラベリシスたちを殺しに来たのですが」
 ”僕が殺すんだけど”なる含みを持った声を聞き、皇君は自分の顎の髭を軽く撫でながら、お願いするようにしながら命じる。
「その権利、我輩に譲ってもらってもいいかな?」
「嫌といったら殺すのでしょう」
 表だっては人を殺害しない皇君が、エダ公爵にわざわざ譲るように言う。目的が同じであるのなら譲っても問題はないはずなのに、どうして権利を譲るように話しかけるのか?
「まあねえ。そうそう、エダ公爵」
 ブラベリシスたちの死はどうでもよく、殺すまでに意味があるからに他ならない。
「はい」
「ネービレイムスを殺すときは手伝ってあげるよ」
「要りませんよ、皇君殿下」
「そうかね」
 頭を下げたエダ公爵は、自分の足元を節のある白骨の尾が力なく引きずられてゆくのを眺める。先端の尖った部分が通り過ぎるのを見た時、エダ公爵は全身が粟立ち血が冷えた。
 星が瞬く夜空のもと、力ないが死を感じさせる尾を引きずりながら、内海のほうへと進む皇君。

 柔らかな金髪が、死の支配する空間で、滑稽なほどに輝いていた。

 砂浜ではなく、絶壁。
 故人となった帝君アメ=アヒニアンと共に、ビーレウストが巨大鮫に餌を投げ入れていた場所。
 皇君宮は明後日から皇后宮となる。
 家具の配置や召使いの入れ替えを忙しい帝国宰相や女官長から任されていた、側近ともいうべき女性フォウレイト侯爵。
 一人で宮に残り、色々と作業をしていた彼女を利用しようと、ブラベリシスたちが忍び近付いたのだ。
 彼女は身体的には強く、アシュレートから訓練を受けているが、近衛兵であったブラベリシスたちを相手にするには経験が足りない。
 それと相手が多すぎもする。
 彼女も多対一で戦ったことはあるが、それは近衛兵のような選りすぐりの戦闘のプロではなく、あくまでも市井で「強い」レベル。
 地面に背中を押しつけられ、首の辺りに刈り込まれた芝の先端が突き刺さる。ブラベリシスにのし掛かられ、手足を動かそうにも腕一本を一人の男が抑え込んでいる。
 彼らの真の目的は解らないフォウレイト侯爵だが、当面の目的”強姦、あるいは輪姦”は見当がついた。
 見当がつき最早逃げられない状態と解りながら抵抗しつつ、どこか他人ごとのような気がしていた。
 かなり孤独に、そして近親者から狙われて生きて来た彼女は、助けがどこかからやってくる ―― 等と言う考えは浮かんでこなかった。
 自力でどうにかできなければ、最悪の事態をこの身に受ける。諦めではなく覚悟はあった。
「やあ、ブラベリシス……と、他の者たちの名前は解らないねえ」
 風を切る音が、フォウレイト侯爵と彼女を襲っている者たちの耳に届いた。何によって風が切られたのか? 誰も解らなかった。そして誰がそのような音を立てたのかも。
「醜悪な既成事実を作ろうとしたのかね」
 長い髪をかき上げ、飄々としているようで、その言葉には毒が含まれている。
「ヴェクターナ……殿下」
 踝まである丈の長い深緑の上衣。その裾が不自然に膝の上まで持ち上がり、武人ではないやや細身の足がはっきりと見える。
「殿下はつけなくてもいいよ」
 上衣を持ち上げているのは、白骨の尾。
 鋭い先端部分は皇君の右頬に寄り添っていた ―― それが消える。
 フォウレイト侯爵は自分にのし掛かっていた重みが無くなったことに気付き、体を起こす。手を押さえていた人物なのか? 足を押さえていた人物なのか解らないが、頭部が吹き飛んだ体が二つそこに転がっていた。
 のし掛かっていたブラベリシスは、
「良くかわしたね、ブラベリシス」
 攻撃をかわした。
 他の者たちは驚き、そして白骨の尾が再び彼らを捕らえる。
 右脇腹が下から上へと切り裂かれ、零れ落ちる内臓。その切れ目から斜めに白骨が突き刺さり、左の下あごを貫き、左側頭部が弾け飛ぶ。
「ぎゃあああ!」
 叫び声を上げて逃げる男。
 皇君は上衣を脱ぎ捨て、
「上半身裸になる趣味はないのだがね」
 言っている最中から服が裂け、ケシュマリスタらしい薄い胸板が露わになった。
「ひっ……」
 裂けた深緑の上衣と同じく、輝く金色の髪も不自然な形になっている。風に煽られ舞ったまま静止したかのように。
 皇君の上衣を裂いて現れたのは、四体の白骨の騎士。
「かなり遠くまで移動したね」
 その四体が白骨の尾のように一本に繋がり、逃げた男たちの体に巻き付き、鋼鉄の処女という拷問道具のように、骨が無数の棘を持ち彼らを突き刺す。
「ごふっ……」
「ラティランクレンラセオから我輩のこと聞いていなかったのかね?」
 白骨の騎士たちに気を取られている隙を突かれ、ブラベリシスは白骨の尾に串刺しにされた。心臓と背骨を易々と貫いた尾が持ち上がり、足が地表から離れ、自らの重みで傷口が更に痛む。
 騎士たちは鋭い抱擁で穴だらけとなった遺体を捨てて、串刺しとなったブラベリシスを取り囲む。
 この場からは数名が逃げたが、皇君は気にせずに最後の一人であるブラベリススを串刺したまま海へと進む。縁から尾を海へと突き出し、串刺しにしている体を三度ほど揺する。人造人間の中でも近衛になれる程の強さと再生力のある体は、貫かれながらまだ心臓は動き、血液が体内を駆け巡っている体から、大量の血が滴り落ちる。
「ここはね、餌やりポイントなのだよ」
 ブラベリシスは夜の闇を映す暗い海の中を、自らの血の匂いを嗅いでやってくる鮫の孤影を見つけた。
 泡立つ血が口から溢れ出し言葉は発することができず、白骨の尾を握り逃げようとするも、騎士たちに腕の骨をへし折られる。
 白骨の尾は血塗れ、節々からどす黒い血が滴り落ちる。
「君の核がどこにあるのかは知っているよ。どうしてかって? それはパスパーダ大公が帝国貴族の全て調べているからさ。彼は何時だって誰であっても確実に殺せるよう、万全の準備をしているのだよ」

 海面から跳ね上がる鮫。

 フォウレイト侯爵はその巨体に驚き、呼吸が一瞬止まる。
 軽く二十メートル以上ある鮫は、ブラベリシスの腰から下を食いちぎり、海面に体を叩き付けるようにして落下してゆく。
 流れ星が降り注ぐ夜空に浮かぶ、上半身だけになった男。
 垂れ下がる内臓と、千切れ海に落下してゆく幾つかの臓器や骨。
「彼……鮫は雄なのだよ。彼はなかなか賢い鮫でね、こうやって生きたまま吊すと一口で食べるような無粋な真似はしないのだよ。生かして苦しめているということが解るのか、苦しめたほうが美味いのか? そこは解らないけれどもね。だが恐怖や絶望は、最高とまではいかないが、かなりの調味料になるそうだよ。アメ=アヒニアンが言っていたんだ」
「……」
「折角話しかけているのだから、答えてくれないかねえ、ブラベリシス」
 血の泡すら沸いてこない口元からは舌がだらりと垂れ下がる。
 波が打ち寄せる音の中に、迫り来る気配を感じ、フォウレイト侯爵は身構えた。その時、先程殴られた傷が痛むことに気付く。
 その痛みに彼女は自分が安堵していることを知りながら、ブラベリシスの最後を見届ける。
 皇君は心臓を貫いた尾を引き抜き、彼の核である脳下垂体を貫く。
 両手を広げ頭を貫いている尾を一段と高く掲げて、塵を投げ捨てるように振り下ろす。
 白い飛沫を上げて跳ね上がった鮫が、鋭い歯で埋め尽くされた口を大きく開き、ブラベリシスを口へと入れる。そこで”ぐるり”と体を半身捻り、内海へと落下していった。
 轟音と共に皇君の背後を飾る飛沫。
 地面に落ちていたマントを白骨の騎士に拾わせ、皇君は餌やり場から大股で離れる。
 ブラベリシス以外の者の死体は気にも止めず、
「助けるのが遅くなって済まなかったね」
 顔や首など、いたる所に青痣が浮かぶフォウレイト侯爵の元へとゆき、マントを肩に乗せ、手を差し出す。
「い、いいえ。ありがとうございます皇君殿下」
 彼女はその手に掴まり、虚脱していた自分に活を入れて立ち上がった。
 皇君に手を引かれるままに彼女は歩く。
 黄金色には一歩及ばないが輝く金髪。線が細く華奢な顔立ち。話す抑揚はケシュマリスタ風だが、故国を長いこと離れていることもあり特殊な発音になっている。
 その発音は、フォウレイト侯爵に今は亡き母親を思い出させた。

 ケシュマリスタを離れて苦労した母親 ―― だがそれ以上はなにも思い浮かぶことはなかった。


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