ALMOND GWALIOR −270
「言われてみれば」
 ケシュマリスタ一族は”皇帝の名を使う訳にはいかない”としてサウダライト帝の流れを汲む一派でありながら、マルティルディ王の名を系統名に使った。
 たしかにサウダライト帝はケシュマリスタ王女の血を引いているのだが、彼が引いている血は辿ってもマルティルディ王には繋がらない。彼を辿った先にいる王はラウフィメフライヌで、マルティルディ王の曾祖父にあたる。
 だから名乗るとしたら”ラウフィメフライヌ王朝”になるべきなのに、なぜか彼らはマルティルディ王を選んだ。
 それは自分達の中にマルティルディ王の血が流れていることを、知っているからに他ならない。
「王朝についてはあとで儂の意見がある。それと、儂が話してもいいか?」
「ああ」
「ラヒネから得た情報じゃが、両性具有を産むと過去を手に入れることができるそうじゃ。手に入れられるのは、脊椎核を所持した女のみで、脊椎核の数により手に入れられる情報の量に差がある。数が多ければ多いほど一度に手に入る情報は多い。そして情報は出産している時”のみ”に流れ込んでくるそうじゃ。両性具有の出産が長時間に及ぶのはそのためらしい。十個を越える脊椎核の持ち主は死ぬことが多いのはこれが起因しているそうじゃ」
 カルニスタミアの母妃は脊椎核の持ち主ではないので、記憶を受けることはなかった。もちろん出産時間は普通よりも長めであったが、初産でもあったので誰も疑問に思わなかった。産んだ母妃自身”このような物だろう”として。
「ディブレシアは確かに脊椎核だが、それほど数は多くなかったな。たしか四つくらい……だがマルティルディの脊椎核は二十あった筈だ。よく死ななかったな」
「二十個の脊椎核、《魔王》に分類される七十二の下僕を持つ最強にして完全な異形、そして両性具有の出産。あのマルティルディの強さはそこにあったようじゃ」
「同時代にいたら勝てる気しねえなあ、強さだけじゃなくて知識の面で……ディブレシアが二回の出産で得た知識でも敵わなかっただろうな」
「そうじゃろう」
「だが俺たちには解らないことを知っている」
「そうなる。それでもう一つ。同じ相手との間で両性具有を産むと、知識が”だぶる”ことが多く、相手を変えたほうが効率良く手に入るそうじゃ」
「ディブレシア、最初の出産でそれを知ったな」
「そう考えるべきじゃろうな……じゃがな、なんとなく儂には引っ掛かることがある」
「なんだ? カルニス」
「ディブレシア帝の性行為の性急さを考えると、元々知っていたような気がしてならんのじゃが」
「それはあったかもな。っていうのも、ディブレシアの中にもザロナティオンが食った人格が存在してた。ザロナティオンの実弟サイロクレンドが存在してて、完全に支配されていたってさ」
「なるほど、それならば解ったかも知れんな。エーダリロク、お前の中にいるのは《第一の男》ことザロナティオンで陛下の中にいるのは《第五の男》ことラードルストルバイア。サイロクレンドは?」
「《第三の男》だろうな」
「誰がそれを決めたのじゃ」
「あれ? 誰だろ……クルティルザーダか! あの皇帝の中にも……いや、誰かじゃない、順番を付けるとしたら《父親》か! そういえばジーヴィンゲルンも食ったって言ってた」
 ザロナティオンもラードルストルバイアもサイロクレンドもラヒネも”ジーヴィンゲルン”の実子。
「おそらく。ザロナティオンクローンのルーゼンレホーダ帝の息子で、娘や孫にザロナティオン内部の人格が引き継がれたのだ。その間となるクルティルザーダ帝が人格を所持していないとは考え辛い」
「なんで表に出てこなかったんだ?」
「むしろクルティルザーダ帝は存在しなかったのではないか? もしくはクルティルザーダ帝は存在したが、ほとんど”ジーヴィンゲルン”に乗っ取られていたか。陛下やお前のように、完全なるクローンであれば内部の人格の存在に気付くやもしれぬが、クルティルザーダ帝は体その物はクローンではなかったから、誰も疑わなかったのではないだろうか。もっとも、そう考えてしまうと《自分》の存在に気付いてもらえなかったクルティルザーダ帝は憐れじゃがな。それとアシュレートから話を聞いたが、アシュレートが陛下のクローンと戦闘になった際、陛下の人格はなく中身は《ラードルストルバイア》であったそうだな。この経緯はお前の方が良く知っているだろう? エーダリロク」
「ああ……ちなみに確かに俺はそう説明したけど、本当に出てくるとは思わなかった。そこら辺のことはアシュレートに聞いてくれよ」
「解った」
「それでよ、カルニス」
「なんじゃ?」
「ヴィオレッティティの存在を裏付けがあるんだが、聞くか?」
「聞かせてもらおう」
「帝国宰相はザウが僭主の末裔であることを誤魔化し続けることが出来た。それがジルヌオーという存在があったからだ。ジルヌオーの父親は普通の上級貴族だから、両性具有因子は持っていなかった。だから表面化する両性具有因子を持っているのはディブレシアだと俺の親父は信じ、他の王も信じ、実際そうだった。当時のお前の親父もそう信じてたが、少ししてカレンティンシスが生まれて焦った。その焦りをディブレシアにつけ込まれて、ザウディンダルの父親にあたる両性具有の息子を差し出すことになった。普通さ、両性具有が生まれたら両親を調べるよな。だがこの時は父親が僭主だったこともあるが、あっさりと握り潰された……握り潰したのはまちがいなくお前の父親、ウキリベリスタルだ。当時の帝国宰相には無理だからな。そして他の王たちはディブレシアに両性具有因子があることを知っているから、ザウの父親のことを深く追求しなかった。その結果、長い間ザウの父親のことは隠されることになった。前例がなければ、ザウの父親のことは調べられただろう。そして調べられるとテルロバールノルとしてはまずいことが発覚したんだろうよ。大昔の”両性具有の父親”のこととか」
「イデールマイスラか。己が両性具有の父となったことに耐えられず、その責任をマルティルディに全て押しつけたあの卑怯者にも、両性具有の因子があったのじゃな」
「そうだ、最後にはマルティルディの気を引きたくて必死に武器開発して、恒星破壊弾まで開発した……それが暗黒時代の戦争を激化させたんだけどな」
「もっと道はあった筈じゃ、武器開発で気を引くなど……儂等の性質では折れぬことも解るが、それでも武器開発で気を引くなぞ」
「そして両性具有の痕跡が”あった”ことをお前の親父は見つけたんだろう。お前等は帝国で唯一”直系”が残ってるから、イデールマイスラと両親が同じで国王になった兄アインザバドルの子孫だから誤魔化しがきかない」
「エーダリロク」
「なんだ? カルニス」
「兄貴のことじゃが、両性具有であることは極力隠し通したいのじゃが」
「それは俺も同意。っていうか、隔離するって言ったら全力で阻止する」
「何故じゃ?」
「色々と。まずはビーレウストがカレンティンシスのこと気に入って、いま口説いてるはず。そして俺の研究に協力してもらいたいんだ」
「両性具有を使って研究か?」
「そうだ。ザウディンダルは元々研究対象なんだが、カレンティンシスにも協力してもらいたい」
「ザウディンダルは解る。両性具有で帝国騎士であり、平民の瞳を持っている特別な存在じゃから研究対象にもなろうが、兄貴はあの通り旧型というか始祖そのものじゃぞ? 新しい情報が手に入るとは思えんが」
「だからだよ。この時代しかないんだ。新しい形の両性具有と、最初の両性具有が同時期に存在して、隔離もされていないなんて、この先あると思えるか? それになにより、あの二人はお前と同じで”直系”だからどこで何が発生したのかを探り易いんだ」
「たしかに……済まんな話を逸らしてしまった。その両性具有だが、両性具有はその身に記録が残り、それを食べると出産ほど効率は良くないが、記憶を得ることができるのだそうじゃ」
「た……べる?」
「そうじゃ。言いたくはないが廃棄処分の際の”挽く”は食いやすくするための目くらましじゃ。溶かして処理するのも同じこと、食べたことを隠すための施設じゃ。もちろん食いたくはない皇帝は、挽いて処理するそうじゃ。両性具有が皇帝のものというのは、この”食うことによる記憶継承”にある」
「アシュ=アリラシュのやつ、食って記憶継承を知ったんだな」
「そうであろう」
「……」
「それでな、エーダリロク。ここからが重要なのじゃが、両性具有を食って継承されるのは記憶だけで、人格は決して継承されないのじゃそうだ。そうでなくては、一人に無数の全く別の人格が個人の記憶を持って住み着いてしまうであろう。だからラヒネは人格が維持されている理由が”帝后”にあると考えておった。だが帝后が消えてもラヒネは消えなかった」

―― 帝后が消えるのであれば、私を殺さなければ取り返しのつかないことになる ――

「率先して消さないと、この人格が代を重ねるってことか?」
「そうじゃ。それも陛下と皇后は御子は一人ではなく、五名以上を希望しておろう。二人の間に産まれた御子全てに”ラードルストルバイア”が継承されたらどうなる?」
「冗談じゃねえ」
「儂は儂の中でラヒネを殺したが、それは精神的なもので物質的なものは失われていないであろう。じゃから消すための何かが開発されたら協力する」
「ああ、頼むわ。でもどうしてだ?」
「素人考えてでもよいか? エーダリロク」
「なにかあるのなら言ってくれ、カルニス」
「先程見せてもらったメモに”ザウディンダルの性機能を反転させた”と書かれていたのを読んで思い出したのじゃが、ザロナティオンがラバティアーニを食い殺した時”性機能が反転”していた上に”生理”になってたはずじゃな?」
「そうだ」
「じゃから儂は人格消去に関して”アルリエラ”に解決方法があるのではないか? と考える」
 ”アルリエラ”は人造人間でも特に珍しい存在。
「アルリエラか……確かに”あれ”はメンスが男性変態っていう特異中の特異だから、手掛かりになりそうだな。ありがとよ、カルニス。今日から調べてみる」
 平素は女性だが一般的な”生理”がなく、生理の代わりに体が”男性”に変化する。
 女性なので性行為により妊娠することも可能で、妊娠中はもちろん男性になることはないが、出産後は妊娠可能になるまで男性のままとなる。
「そうか。じゃが徒労に終わっても恨むなよ」
「恨みはしねえよ……どうした? カルニス」
「マルティルディ王は一体なにを考え、帝后に黄金の林檎を与えたのであろうな。冷酷な女であったと伝えられておるが、帝后のこと、それはそれは気に入っていた筈じゃ。両性具有を身籠もらせ、泣かせたかったとはとても思えぬ」
「そうだな……何したかったんだろうなあ。まさかアエロディクでも産ませるつもりだったんだろうか」

※ ※ ※ ※ ※

―― 僕のこの姿を見ても

あてし、ほぇほぇでぃ様のことが好きだよ

―― 君はそう言ってくれるんだね

宇宙の海がきれい。ですかであーしーがきれい。ほぇほぇでぃ様きれい、でもあてしは悲しかった

―― 僕は君にアエロディクを産んで欲しかったんだ。こんなことになっちゃって御免ね……まあ、僕は御免って言わないけどさ、ごめん…… ――

悲しい顔しないで、ほぇほぇでぃ様

※ ※ ※ ※ ※


「……じゃが、恨んではいなかったであろうな。どんなことがあろうとも、あの帝后はマルティルディ王を好いておった」
「そういうの解らない帝后だったらしいからな。ロガ皇后とは違って俺たちのこと、説明され無かったって記録があるからなあ」
「そうじゃな。マルティルディ王ではなく、問題はラティランクレンラセオのことじゃ」
「ラティランな」
「エーダリロク、お前は両性具有処分場の溶解液の作り方を知っておるか?」
「知らねえ。焼く時に使う燃料、オリオン剤なら解るけどよ」
「おそらくケシュマリスタ王は知っておる」
「なんであいつら、そんなに知ってるんだ?」
「ケシュマリスタ主星の海、ヴィスカディアーシーなのじゃが、あの海は地球にあった”死海”の名を借りて付けられたものじゃが、そもそも”死海”がなにか解るか? エーダリロク」
「塩分濃度が高くて生物がほとんど存在しない、人間がぷかぷか浮くのを楽しむ海だったって。ビーレウストから聞いたことがある」
「そうじゃ。だがヴィスカディアーシーは海洋生物は大量に存在しており、人は普通に沈む。では”なに”を指しているのか? ……あの海では瞬間移動できないことを指していると思われる」
「いや、嘘だろ? だって宇宙空間でも瞬間移動できるだろ? 海中だって移動できるって聞いたぞ」
「普通の海ならばできるのじゃが、ヴィスカディアーシーだけは不可能じゃった。あの惑星に住んでいた儂が言うのじゃ信じろ。そして海中に《両性具有を隔離しておく場所》がある。王しか入れぬ作りじゃ……あいつらの知識、そして両性具有の出生率の高さ、他の誰も立ち入ることが出来ぬ、瞬間移動すら拒む海の中にある牢。両性具有を食べることで、男でも知識を得ることは可能」


―― 君は特別だよ、カレンティンシス ――


「俺、すげー嫌なこと考えちまったんだけど」
 ケシュマリスタ王が代々、もしくは暗黒時代後に両性具有を食べていたとしたら? 他王家を圧倒する知識の理由となる。
「じゃがそう考えぬと、奴等がマルティルディと名乗るはずがない」
 帝后グラディウスの産んだ皇女がマルティルディの次のケシュマリスタ王だが、皇女の夫はマルティルディの血はやはり引いていない。
 だから彼らは名乗るはずがないのだが、帝后グラディウスがマルティルディ王の血によって作られた”黄金の林檎”を食べたとなると事態は違う。
 人間が両性具有を産んだことは疑いになるが、それは結果でしかない。マルティルディが黄金の林檎を帝后グラディウスに食べさせたこと、そして食べたこと。この二つの出来事、二つの異なった人格を結びつける者。
「……ラティランの手元に両性具有がいると?」
「おそらく。皇帝に届けられるのは、本当に王の血を引いているものだけで、それ以外は王が処分しているのではないか。そうであれば、あの男……いや、ケシュマリスタ王家の知識量の多さも頷ける。じゃが奴等ですら、帝王ザロナティオンが現れたことは驚きであったのじゃろう」
 その彼らの知識を持ってしても、帝国の歴史においても異端な存在が現れた。
 それが《帝王ザロナティオン》を有する、ロヴィニアの血を引く者たち。
「確かに。ラティランの野郎がどこまで知っているかは知らないが……」
「あの男を殺すわけにはいかぬ。兄貴のことを知っているゆえに殺害したいところじゃが、帝国のことを考えれば殺害はできぬ」
「俺たちは歴史欲しさに、あいつに遅れをとり続けるのか」
「残念ながら打開策はなさそうじゃ。ラティランクレンラセオから地道に情報を引き出すしか」

―― 君を食べようとおもったけれど、止めておくよ。愛していると勘違いされたら嫌だからね……全く、僕を信用して僕の腕の中で死んでしまうなんて、君らしくないね、カレンティンシス。もう少し持ちこたえることができたら、君の大好きな弟の腕の中で死ねたのに。止めを刺した僕がいうのもおかしいけれどさ ――

「……」
「……時間じゃな」
 カルニスタミアの懐の懐中時計が、式典に参加する関係で戻る時間を告げる。
「そうだな。話したいことはまだあるが、最後に当初の目的のもう一つを教えておく」
「なんじゃ?」
「帝国宰相が、ラティランの野郎に勝負を挑んで同意書にサインさせるんだそうだ。勝負内容は《機動装甲》での決闘。実際戦うのなら帝国宰相に分があるだろうが、機動装甲搭乗となると、どう考えてもラティランのほうに分がある。なんでこんな勝負にしたのか? ってのと……」
 先程ザウディンダルに関する情報が入ったメモパッドの側面に爪を立てて開き、中からもう一つのメモパッドを取り出す。
「なんじゃ?」
「理由とあと俺が作った新型で、まだ登録されてない機動装甲の起動用プログラム。格納してる場所とかも書いてる。使いたかったらどうぞ」
 ラティランクレンラセオを今殺すのは得策ではないが”腹立ったからぶん殴る”帝国宰相の姿勢は、カルニスタミアも同意するところだった。
「返却方法は?」
「元の場所に返しておいてくれたら。ぶっ壊して構わねえぜ。データが欲しいだけだから」
「解った。エーダリロク」
「なんだ? カルニス」
 カルニスタミアは握手を求めて手を差し出す。
 エーダリロクもその手を握り返す。裏切ることも見捨てることもできる。危機に必ず駆けつけると約束するような仲には決してなれず、同じ趣味があるわけでも同じ考えを持っているわけでもない。
 だが両者とも友人だと言えるのだ。
「これからもよろしく頼む、セゼナード公爵エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル」
 カルニスタミアにとってザウディンダルとは全く違う友人、エーダリロクにとってはビーレウストと全く違う友人。
「こちらこそ、ライハ公爵カルニスタミア・ディールバルディゲナ・サファンゼローン」
 何一つ重なることなくとも、皇帝を仰ぐ同士としてこの二人は確実な友人であった。


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