ALMOND GWALIOR −268
 治療を終えてカルニスタミアはカレンティンシスの元へと赴き、
「兄貴の思った通りにするべきじゃ」
「……」
「しおらしい兄貴なんざ気味が悪い。そして王である以上、何時も通りであればよい」
 映像の詳細などは尋ねず、最初に決めなくてはならないことに触れる。
 カルニスタミアとしても白々しいとは思った。もう同意以外にカレンティンシスが生き延びる道はない。どれ程シュスタークが優しかろうが、デウデシオンに口外せぬように命じようが。口外しない理由は《同意書にサイン》以外考えられない。
「カルニスタミア」
「なんじゃ?」
「儂の次にアルカルターヴァ公爵になる男は、同意書にサインをすると思うか?」
 儂の息子と言わなかったところで、カレンティンシスの意志ははっきりとしている。部屋に控えているプネモスが驚くような気配もない。―― なぜ儂に聞くのじゃ ―― そう言い返せる時期は終わった。
「確実にサインする」
 答えが意味するものは明か。
「そうか。下がれ。式典には遅れないように」
 カルニスタミアが退出してからプネモスに任せて、
「明日の午後、同意書にサインしてやるから用意しておくよう、帝国宰相に伝えておけ」
「畏まりました」
「それと、明日の午前、ラティランクレンラセオに会いに行くと伝えておけ。時間などは式典の絡みがあるのじゃ、言わずともわかるであろうよ」
「……畏まりました」
 カレンティンシスは式典に参列する為の、自王家の貴族たちとの面会へと向かった。

**********


 翌日。両王家の式典が重ならない時間に、
「ラティランクレンラセオ」
「カレンティンシス。お前たちは下がれ」
 カレンティンシスは一人でラティランクレンラセオの元を訪れた。
 執務机で書類に目を通したままのラティランクレンラセオであったが、
「なんの用だ?」
「今日の午後、儂は皇后同意書にサインをする」
 話を聞き手を止めて顔を上げる。
「わざわざご報告に来てくれたのか?」
 書類を引き出しに片付け立ち上がり、机の前側へと移動して行儀悪く腰をかけるようにしてカレンティンシスを見つめた。
「いいや。……陛下に儂が両性具有であることを知られた」
「へえ。あの方なら怒らなかっただろうし、退位しろとも言わなかっただろう。もちろん皇后同意書にサインしろともね」
 シュスタークという皇帝が”そう”であることは、どの王も解っていることであり、そこが”敵わない”と感じる点でもあった。
 単純に個人として見れば善人で、騙されるのが得意としか言いようのない男だが、その性質を持ったまま二十年以上皇帝で在り続けることのできたのはこの度量の広さ。
「そうじゃ」
「でも君はサインをする」
 間違いなく”甘い”のだが、それは永遠に存在する思考を溶かすような、心地良い甘さだけではない。毒を含みざらつき、何時しか血の味がしてくるような甘み。
「それが最良じゃろう。……教えておいてやろうと思ってな」
 少し触れるしか許されず、甘さを享受することに始終したとき身は滅びる。
「君が両性具有だと、陛下に知られたことを?」
「そうじゃ。それと儂は陛下に貴様が《儂のことを知っているか》と問われたら、知らないと答える。それを教えに来た」
「どうして?」
 エーダリロクがシュスタークに見せた映像は、カレンティンシスを暴行している人物は全てカットされていた。そのため、カレンティンシスは《エーダリロクがラティランクレンラセオの元から盗み出した情報》だと判断した。
 なによりエーダリロクにはそうするだけの能力がある。本人に言わせれば《俺を買い被り過ぎだ》と嘘をつくであろうが。
 カレンティンシスが見た映像はエーダリロクが撮影したものだったので、ラティランクレンラセオが映っていたのだが、カレンティンシスの考えを誘導するように、わざと処理して消した。
「自分で考えろ」
「解らないから聞いているんだけど」
 カレンティンシスが口を噤む相手となれば自ずと絞り込まれる。だからラティランクレンラセオとしては言われようが、言われまいが構いはしないのだ。
 シュスタークに”カレンティンシスの為を思い隠してやった”と解釈されようとも”皇位を狙っているのはカレンティンシスが欲しいからだ”と思われようが。
 ラティランクレンラセオが手を伸ばし、カレンティンシスの頬に触れる。
「近付くな!」
 拒否するカレンティンシスの言葉を無視して指先を頬から首へ、首から鎖骨へ、そして腕へと移動させて、最後に手首を掴み自分の顔の前へと引っ張ってきて口付ける。
「どうして君は、こうやって僕を信頼してしまうんだろうね。どれほど裏切られた?」
「貴様が一番よく知っているじゃろうが! 人造王!」
「そうだね。両性具有は一度人を信じたら、信じるしかない。どんな目に遭わされようと……」
 ラティランクレンラセオは言い終える前にカレンティンシスの手首を力任せに引っ張り、覆い被さるようにして剣を構える。
 執務室の扉が蹴破られ、
「アルカルターヴァ公爵殿下、お迎えに上がりました」
「イデスア!」
 ラティランクレンラセオの声に反応し入り口を向いたカレンティンシスは、この時初めて銃を構え撃つビーレウストの姿を見た。
 戦場に縁はなく、人殺しにも興味のないカレンティンシスはビーレウストに対する評価「銃を構える姿が最も美しい」を意味のない評価だとして確認しようとはしなかった。
 そして見た、この時でも意味のない評価だという認識は変わらなかったが、言われている通りだと認めた
 長い指と腕と銃が一体で、どこからどこまでがビーレウストなのか一目見ただけでは解らない。
 ―― ビーレウストは銃と一体になって生まれてくる筈だったのに、途中で別れ別れになってしまったんだろう ―― そう言われている通り、ケシュマリスタの美の完成系が十二枚の翼にあるように。
 ビーレウストに見とれていたカレンティンシスは、自分の二の腕を掴まれたことに気付かず、引っ張られて転ぶ。
 転んだ時、初めてビーレウストが自分の腕を掴み引き摺っていることが解ったが、力が強く立ち上がれないままラティランクレンラセオの前を去る。

「やっと帰ったか。イデスアめ、なにをするつもりだ」

 銃撃で壁が無くなってしまった部屋で乱れた髪を指で玩んでいると、帝国宰相から通信が入った。

《皇后同意書のサインをかけて勝負してもらおう。勝負内容は……》

**********


 ラティランクレンラセオの部屋から出て、途中の壁を破壊してケスヴァーンターン区画から直線の最短距離でリスカートーフォン区画に移動し終えたところでビーレウストは足を止め、引き摺り続けていたカレンティンシスから手を離す。
 やっと自由になったカレンティンシスだが、自分が自由になったことに気付くまでにしばし時間を要した。自分の前に立ったビーレウストが片手に銃を持ったままの腕を組んでいる姿を見て現実に戻って来る。
「貴様、どういうつもり……」
 声を出すとビーレウストが近付いてきて、腕を解いて手を延ばす。それは手を差し伸べるのではなく、
「”どういう”は俺がラティランの部屋に乱入したことか? それともあんたの額に銃突きつけてることか? どっちだ?」
 銃口をカレンティンシスの眉間に乗せるため。
「両方じゃ!」
 カレンティンシスを押し過ぎることもなく銃口は眉間に。立ち上がったカレンティンシスに、まだ銃口を合わせたまま、ビーレウストは話出した。
「口下手な俺でもザウディスを上手く誘導することができる。もちろん確実じゃねえがな。でもザウディスはいい、あいつは帝国内政に深く関わっていないから。だがあんたは危険だ」
「……」
 話を聞きながらカレンティンシスは《違う》ことを考えていた。
 ビーレウストがエーダリロクの中に存在する帝王ザロナティオンに気付いているのか? いないのか?
「ラティランに言いくるめられるのは問題ないが、ラティランを信用してしまうのが駄目だ……ってエーダリロクが言ってた」
「イデスア、貴様」
 《知っているのではないか》尋ねようとしたが、カレンティンシスの口から出ることはなかった。カレンティンシスの脳裏に、自分と同じような容姿の両性具有が口を塞ぐイメージが広がる。この鮮やかな白昼夢と間違えそうなイメージこそ両性具有の自殺を阻止する者の姿。
「なんだ?」
 ビーレウストにエーダリロクが帝王であるということを聞くと殺される。《カレンティンシス》がそう思っているのか、カレンティンシスが知らない《誰か》がビーレウストの意志を読んでいるのか? その両方なのか?
 不明ではあるが、抵抗できない存在にカレンティンシスは口を噤む。
「……いや、いい」
「ところで俺のこと雇わない?」
「なんのつもりじゃ?」
「傭兵一族の原点に帰ってみた」
 エヴェドリットは元々《傭兵》
 人に雇われ、最後には雇い主を殺して自由を得て、新たな《戦争》を求め再び人に雇われ続ける存在。
「見返りはなんじゃ? 貴様が普通に金を欲しがるとは思えぬ。名誉はそれ以上に必要とはしておらぬじゃろう」
 ある種の思想や理想の未来などを必要しているようには、とても見えない。ビーレウストは眉間の銃に力を込める。押された箇所が痛むが、カレンティンシスは腕と銃越しに見えるビーレウストを睨み付ける。
 幾らでも問うことができる、それは殺意が一切ないことが眉間に押しつけられている冷たい銃口から感じるているからに他ならない。
「あんたその物を。ただしアルカルターヴァ公爵じゃないあんたを抱きたい。俺を情夫にしないか」
 だからその言葉が真実であることもカレンティンシスに伝わる。
「……」
 ビーレウストはシュスタークの初陣前から言われて、なぜか変わった泣き顔をみてカレンティンシスに対する感情を認め、こうして口説いている。
 何処の世界に王の会談の最中に銃を乱射して、銃口を眉間に押しつけて情夫にしろ……で口説いていると思えるのか?
「考えてみろよ、悪くないだろ」
 当然ながら断ろうしたカレンティンシスであったが、その時再び喉の奥で”誰か”が歌い出し、カレンティンシスの声を奪う。
「これは脅しであろう」
 拒否したら殺されることに気付いたカレンティンシスが、忌々しげに怒鳴りつけるも拒否はしなかった。
「答えは?」
 ビーレウストはカレンティンシスの足を払い、横倒しにする。倒れたカレンティンシスの胸の下にビーレウストは跨り、銃を後ろに回して子宮の上に銃口を乗せる。
 下腹部の圧迫感は本物の殺意。
「生きて貴様を情夫とするか、死んで貴様と心中となるか。どちらも不名誉極まりないが、儂はまだ死ねぬ、そして儂は貴様に殺されてやるつもりはない。儂を殺すのはカルニスタミアじゃ」
 カレンティンシスの答えにビーレウストは覆い被さり、銃口の痕が残る額に口付けた。


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