ALMOND GWALIOR −255

 泣き出しそうな表情で「大好き」と言い続けるザウディンダルの唇にデウデシオンは軽く触れて、洋服に手をかけて脱がせる。
 小さい頃から弟たちの世話をしていたので、服を脱がせるのは得意な筈だが ―― 今は上手く脱がせることができない。
 世話を始めた頃でも、こんなに脱がせるのに苦労したことはない、内心でそう独りごちながら、思った通りに動かない指先を見つめる。
 震えているわけではないのだが、指先が言うことをきかない。
 抱くことを切望しているのに、心のどこかで背徳に対する恐れがある。直接間接問わず、どれ程人を殺害したか、実母を抱いて子を成しておきながら、簒奪の意志を一度表に出しておきながら ―― 今更背徳もなにもありはしないと言われるだろうが、ザウディンダルに触れるのは、デウデシオンの中で未だに葛藤があった。

 昔から様々な感情を向けていたので、純粋に弟としてみていたことはあまりないのだが、それでも触れない間は「弟」だった。
 今日確実に抱く ―― 弟は弟のままだが、弟ではなくなる弟。抱いても弟に違いはないが、今までの弟とは違う。
 それに少しばかり寂しさがあった。
 デウデシオンは欲張りなのだ。弟は全て弟であって欲しく、だが息子は息子であって欲しい。そういう男なのだ。

 葛藤を噛みしめながら、やっとの思いでザウディンダルの服を脱がせる。滑らかな白い肌を飾る薄いレモン色のブラジャー。
 ザウディンダルが言った通り、何重にもレースが、そして小さな宝石まで縫い付けられている。
「ブラは俺が外すよ」
 脱がせられるままだったザウディンダルだが、これは触らせるわけにはいかないと、やや前屈みになり腕を曲げて背中側に回す。
「大丈夫だ」
 デウデシオンは気にするなと言い、柔らかい色合いのブラジャーを外し、ベッドから降りて背もたれにかけた。
 ザウディンダルは露わになった胸を腕で覆い隠しながら、それを見て笑う。
「これで安心だ」
「そうだな」
 デウデシオンはベッドへと戻り、ザウディンダルの残りの服を脱がせ、覆い隠すものが無くなった肌を指の腹で優しく撫でる。
「くすぐったい!」
 表情は柔らかだがザウディンダルは緊張しており、白くきめ細やかな肌にうっすらと汗が滲む。濡れた肌は艶やかであり官能的であった。
 ザウディンダルは先程からずっと腕で覆い隠したまま。ザウディンダルの感じている羞恥は、他の誰も感じたことがない ―― 男の精神を持ちながら、女特有の恥ずかしさ ―― ものであった。
 少し腰を捻り、半身デウデシオンの視界から隠す。
「そうか?」
 その仕草が余計に美しさを際立たせ、誘いかけているのだが、本人は気付いていない。
 デウデシオンは微笑んでいるザウディンダルに深く口づけた。微笑んでいたザウディンダルは目を閉じて口づけに応える。

―― 冷えるか?

 デウデシオンはまだ服を着ており、ザウディンダルの体が冷えることを気にして、自分のマントで包み込み、そして抱き寄せる。
 ザウディンダルはデウデシオンの首の辺りに腕を回し、貴族としてはやや短めの鎖骨のあたりで切りそろえられた銀髪をかき抱く。
 深い口づけをかわしているだけで、ザウディンダルは嬉しく涙がこみ上げてきた。
 泣かないようにと目蓋を固く閉じ、銀髪を感じている指先に力を込める。
 長かったのか短かったのか? 分からないが、二人は唇を離し見つめ合う。
「あの……兄貴も服脱いで」
 ザウディンダルは言いながらデウデシオンの服へと手を伸ばした。望み通りに服を脱ぎ捨て、少年のようであり少女のようであり、男性であり女性でもある体に触れる。
 ゆっくりと時間をかけて大切に触れようとしたのだが、
「すぐに入れて欲しい……」
 デウデシオンの体の下にいるザウディンダルが上目遣いで希望してきた。
「そういう訳にはいかないだろう」
「焦らされるのヤダ……」
 できるだけザウディンダルの体に負担をかけないように、性急にならないように、自分を押し殺すつもりだったデウデシオンだが、そう言われてしまうと決心が揺らぐ。
「いや、そんな焦らすつもりはない。私もすぐにと考えているが……」
 ザウディンダルは顔を上げて、元気よく首に抱きつき、
「ヤダ。二十年ちかく焦らされたんだからさ! もう焦らさないで、お願い」
 早く、早くとせがむ。
 その声は何故か子どもっぽいのだが欲情をまとっており、横顔は影を帯び憂いているようでありながら……やはり子どもを感じさせる。
 デウデシオンは背中を撫でながら、
「後ろだが大丈夫か?」
 希望に添うように、また、自身の欲望に従った。
「平気。はやく」
 ザウディンダルは性急に求める。
 本人が言った通り”ずっと焦らされた”のは本当だが、それ以上にデウデシオンの気が変わらないうちに ―― と考えてのこと。
 デウデシオンを信用しているが、信用しきれていない。その不安は幸せからくるものだと分かっていても。
 デウデシオンの解いた銀髪に隠れている鎖骨に軽く噛みつき、ザウディンダルは積極的に誘う。抱き締められ寝かしつけられる時のようにベッドへと倒された。
「少し時間をくれ」
 デウデシオンはそう言い、ザウディンダルに触れる。
 先程と同じく優しく、くすぐるように肌を首筋から胸、そして下腹部へと撫でる。
 熱を持ち硬くなっているザウディンダルの性器にも触れる。それは形や機能は紛れもなく雄だが、それは雄を感じさせない。
「あ……んっ……はぁ……」
 体を捻りながら、ザウディンダルは快感を息と共に吐き出す。その様を見たいと、触れられ濡れはじめた鈴口に指で刺激を与える。
「あっ……」
 すぐに繋がりたいといった希望を叶えずに、触れるデウデシオンに潤んだ瞳は快感と共に不満をも訴える。
 扇情的でもある眼差しにデウデシオンは”分かった”と、自分のものを当て押し進む。
 ザウディンダルが大きく息を吸い、痛みを堪えるような声を出す。”苦しいのだろうな”と思いながらも、探るように体を押し開く。
「気持ち、い……兄貴は?」
 苦しげな息の下からザウディンダルは尋ね、止めないでと懇願する。そんな懇願などされなくてもデウデシオンは止めるつもりはない。
「幸せだ」
 デウデシオンは快感よりも幸せを感じていた。
 愛した相手を抱いて、初めて知った感覚。
 その言葉を聞き、ザウディンダルは顔を赤くして逞しい腕にしがみつく。それから体を揺すぶり責め立てるようにして ―― 達したところでザウディンダルは意識を手放した。

 涙の痕が残るザウディンダルの寝顔を眺めながら、デウデシオンは思い出したくはないが、決して忘れられない「犯人は誰かは不明」とされる映像が脳裏に甦ってきた。

**********


 意識を失い、服を引き裂かれ秘所が露わになっているザウディンダルを見て、犬に似た生物が欲情する。
 赤黒く突起が無数にあり、先端は瘤のようであり尖がある生殖器を、犬はザウディンダルの体へと押し込む。
 血が内腿を伝い落ちるが犬はそんなことなどおかまいなしに腰を動かす。
 口を封じられている犬は悍ましい呻き声を漏らした。
 感情を見せることなどない犬の瞳に現れる凶悪な性欲。ザウディンダルの体を揺すぶりながら、犬は快感を得ていた。
 目を覚ましたザウディンダルが状況に気付き叫ぶ。その視線の先に誰かが居るのだが ―― あの藍色の瞳に映っていたであろう相手は処理され消されていた。
 デウデシオンはその瞳を食い入る様に見た。
 処理不十分でラティランクレンラセオが映っているのでは? と期待してのことではない。その瞳の奧にある強さから目を離せなかったのだ。
 最終的にはロガを危険に晒すことになったが、相手に対して決して助けを求めなかった態度に。
 犬がグロテスクな肉の棒を構わず出し入れし、括り付けられているテーブルにザウディンダルの体を容赦無く打ちつける。
 擦れて痛々しいほどに赤くなった肌と、血と体液でグロテスクさを増した犬の性器。
 突起がザウディンダルの内側の柔らかな肉を傷つけ、鮮血が滴り続ける。
 ザウディンダルは感じることはなく、犬は快感を求めて抽挿を続ける。体の自由を奪われているザウディンダルにできることは、動かせる頭を振り全身で否定することだけ。
 無駄だと分かっていながら否定し、体内で犬の欲望が爆ぜて傷ついた肉に更に追い打ちをかける。
 胎内を犯す熱を感じザウディンダルは吐いた。
 もともと小量しか食べることができず、いつも空腹を抱えているので吐き出した液体は液体に近い。それを大量に何度も吐き出し ―― 犬は抽挿を再開する。

**********


 デウデシオンは「差出人不明」の映像を思い出し歯軋りをする。
 誰の仕業かは分かっているのだが、証拠があろうと無かろうと、ラティランクレンラセオを罰することはできない。
 映像は証拠にならぬように音声も消去されており、無音だったのだが、それが暴行されても悲鳴を上げられなかったクレメッシェルファイラを思い出させ、デウデシオンの精神を余計に痛めつけた。
「悲鳴があったところで、変わらないがな」
 眠りを妨げぬように添い寝し、抱き締める。
 デウデシオンは安らかな寝顔を見つめながら、腕の中にザウディンダルがいる幸せと、ラティランクレンラセオに対する怒りがない交ぜになる。

 しばし幸せと怒りを交互に感じながら幾筋もの涙の跡が残る寝顔に軽くキスをして、起こさないように注意してベッドから降りた。
 カーテンを閉めていない窓の外には、夜空が広がっているのが見える。一面に広がる星空に目を細めてから分厚いカーテンを引こうと手を伸ばしたが、その音でザウディンダルが目覚めては駄目だなと手を止めて手近にあったガウンを羽織り、隣室へと向かい装飾一つない、実用性だけを追求したコップに水を汲んで飲む。
「……」
 デウデシオンは水が僅かに残っているコップを置き、潜んでいるのか気付いて欲しいのか、どちらかはっきりしろと怒鳴りたくなる相手に近付き、本気の蹴りを放った。
 彫刻の影に半分隠れていたデ=ディキウレが、ぎりぎりの所で後方に飛び退きかわし、体勢を整えて微笑みながら、
「フルチンキックはくらいませぬぞ! 長兄閣下」
 揶揄したのか、事実を述べたのかこれまた先程の気配同様判断し辛い言葉を投げかける。
 デウデシオンはガウンを羽織っているだけのキックなので、デ=ディキウレの言っていることは正しいような、正しくないような。それ以上に追求する意味などあまりないということ。
「くらおうが、くらうまいがどうでもいい。デ=ディキウレ」
「なんで御座いましょうか? ちなみに録画した映像は返しませぬぞ」
「返せ。そしてその語尾はなんだ?」
「息子と仲良くした結果ですぞ。ハイネルズと親子仲良くハイネスト様のご帰還をお待ちしつつ、過去映像を楽しんだ結果にございますぞ!」
「そうか、息子かハイネルズか……ああそうか、ならばいい、ハネストですらなにも言うまい。それでは本題だデ=ディキウレ。先日陛下がラティランクレンラセオを不問にすると言われ、私も同意したが……后殿下を皇后にするための合意を四王から取り付けるという体裁で、あのラティランクレンラセオに復讐する。殺しはしないが、この私が直接手を下す」
 デウデシオンは心の澱でもあった「即位したい」という感情を完全に手放したことで、帝国宰相として今までよりも自由に、己の感情に自由に生きることができるようになった。
 その手始めが復讐というあたりが、デウデシオンらしいとも言える。
「よくぞ言ってくださいました! 長兄閣下。兄弟皆、この映像を前にその宣言を聞けば感涙にむせび泣き、賛成すること間違いなしですぞ!」
 デウデシオンがやる気ならデ=ディキウレは何処までも付き従う所存であった。忠誠と兄弟愛があり、なによりも面白いので。
 最後の項目があるのは兄弟の中ではデ=ディキウレだけだが、それが彼の強みとも言える。
「記録映像は返せと言っているだろう」
「嫌です。これがなかったら、誰も信用しませんぞ」
 ザウディンダルを抱いている最中に撮影されていることに気付いてはいたが、止めるよりも手の内にいる弟妹と自分の感情を優先させたため、記録されてしまったのだ。
「信用されずとも良かろう」
 阻止しようとしたら何時もと同じく、ザウディンダルをほったらかしにして追いかける必要があるので、最善の策を取ったのだが最善であっても憂いがないわけではない。
「いままでこれ程私たちに苦労をかけてきておきながら、信用されずとも良いと言うなんて、酷すぎますぞ!」
「あのな」
「ところで、本当に信用してもらえるとお思いですか? 今までザウディンダルに散々なことをしてきた長兄閣下ですよ。貴方さまのお口から”ザウディンダルを抱いた”って言って、信用してもらえると? 本気で思ってるなら、帝国宰相お辞めになったほうがいいですぞ!」
「……」
 記録を残すことを使命としているデ=ディキウレと料理が全てのアニアスはややこしい。話しかけながら、身に付けているだろう記録映像を探していると、
「兄貴? デウデシオン?」
 隣の部屋から親とはぐれて探し疲れた子のような、悲しさを感じさせる声でザウディンダルがデウデシオンの名を呼ぶ。
「ザウディンダル……とにかく映像は返せ!」
「みんなで見たら返しますとも」
「……どうした? ザウディンダル」
 文句はあったが寝覚めのザウディンダルを放置しておくのは良くないと、指をさして小声で注意しオレンジジュースのボトルと小振りなコップを持ち、急いで寝室へと戻った。
「ううん。兄貴が見えなかったから何処にいったのかな? って思って」
 ベッドの上で上半身を起こし、子供の頃と同じように笑い両手を差し出すザウディンダルを片手で抱き締め、
「目覚めたら喉が渇いているかもしれないと思い、隣の部屋から持って来た」
 持って来たオレンジジュースを軽く振って見せる。
「飲む」
「……」
 隣に座りコップに注いで渡し、ザウディンダルは大事に両手で受け取り僅かずつ飲む。飲み終えるまで横顔を黙って待つ。
「どうしたの兄貴?」
 飲み終えたグラスをザウディンダルの手から取り上げて置き、
「朝まで目覚めないと思っていたのでな」
 抱き寄せて首筋から鎖骨にかけて触れる。その口調と吐息に楽しげな笑いが含まれており、
「……」
 ザウディンダルは気を失う前のことを思い出して思わず俯く。
「次ぎは朝まで目覚めないようにしてもいいか?」
「寝坊しても……怒らないなら」
「誰が怒るか」

**********


 続きを撮影しようとしているデ=ディキウレの背後に立つ影。
「アーフィ」
「ハネスト様」
 妃が背後を取り、撮影機材も取り上げて背を向ける。
「初回だけで充分だ。ゆくぞ」
 ハネストが”初めて”の撮影を止めなかったのは、彼女は正式に認められたいのであれば、関係を持っているところを隠してはならないという認識を持っているためだ。
 僭主王族の末裔であった彼女は、帝室や王室と変わらない常識を持ち合わせている。
「畏まりました、ハネスト様。それでハネスト様、長兄閣下がケシュマリスタ王に復讐をするともうしておりましたぞ!」
「そうか。だが殺しはしないのであろう? ならば我の出番はないな」
 

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