ALMOND GWALIOR −252
 式典の最初の一山を越えて、ロガを休ませ、シュスタークは「ザロナティオンの腕」ことキーサミナー銃の前へとやってきた。
 長い銃身は上を向き、銃口が帝星の夜空を貫こうとしているかのようにも見える銃。
「陛下」
「デウデシオン」
「お話があると」
 二人きりで話をしたいとデウデシオンを呼び出したのだ。玉座でもなく私室でもなく、ここに呼び出すことにシュスタークとして意味がある。
「そうだ」
 長い銃身に沿って歩きだし、その背後をデウデシオンがついてゆく。
「……」
 黙ってシュスタークの背後に従い、純白のマントの裾に視線を落とす。
 シュスタークが立ち止まり銃身に手を乗せ、振り返らずに尋ねた。
「デウデシオン、まずは今回の僭主襲撃についてだが」
「はい」
「詳細な説明は要らぬ。余の質問に答えよ」
「はい」
「作戦は成功したか?」
「……はい」
「そうか。ならば良い」
 それ以上のことを問い質すつもりはなかった。
「デウデシオン」
「はい」
 シュスタークが右手でマントの端を持ち振り返る。
 裾の長いマントが計算された通りに広がり、輝きを持つ黒髪はまるで計算されたかのように広がる。胸元の階位章に引っ掛かった髪すら。
「余はこの先も政務に携わるつもりはない」
「……」
「余の治世の全てをそなたに預けること、余が君臨する間そなたから権力を取り上げないことを明言する。だから死ぬなよ」
「御意」
 デウデシオンは一歩踏み込み引っ掛かった髪を解き、頭を下げた。
 明言せずともそのまま続く関係であった筈だが、敢えて明言した皇帝の決意にデウデシオンは口で答えることはしなかった。「はい」も「いいえ」も「善処します」も「ありがとうございます」も答えにならない。
 死なないことだけが、シュスタークよりも長生きすることだけが、この明言の答えであり、シュスタークの御心に沿うこと。
 死するシュスタークの枕元でまだ生まれてはいない「次代皇帝」のことを託された時、シュスタークの決意に応えたことになるのだ。
 この先もシュスタークはお飾りとして、デウデシオンは権力に固執した帝国宰相として生きて行くことになるが、二人の間にはあったのだ。全てではなく一つでもなく帝国の幾つかの幸せが。
 シュスタークは意図を理解したデウデシオンを前に、何時もはしない髪をかき上げる仕草をし、眉間に皺を寄せて話題にしないわけにはいかないことに触れる。
「デウデシオン、ザウディンダルとラティランクレンラセオに関する報告は受けたか」
「はい」
 シュスタークも大まかな報告をタバイから受けた時は、出来る限り内密に済ませたかったのだが、ラティランクレンラセオ側から決定的な証拠を帝国宰相の元へと提出されてしまい、動きを封じられることになった。
 ザウディンダルが改造された犬のような物に襲われている映像が、シュスタークたちの到着前にデウデシオンの元に届いてしまったのだ。発信源は待機を命じられた、ケシュマリスタ王が率いるケシュマリスタ王国軍。
「理由は言わずともわかるであろうから省くが、ラティランクレンラセオについて”このこと”は不問に処する。異存はあろうが従え」
 両性具有をどのように扱っても、殺していないのだから不問になる―― その法律を盾に取り、ラティランクレンラセオが仕掛けてきた。
 ここでシュスタークがラティランクレンラセオを罰することは諍いの元になり、デウデシオンが暴発したらそれは好機となる。
「御意」
 何も仕掛けてこなければ不問とされることであり、ラティランクレンラセオには悪いことは何一つない。
「……デウデシオン」
「はい」
「余はロガが同じような目に遭ったら、帝国の全力を持ってケシュマリスタを叩き潰せと命じる。ヤシャルを殺害し機動装甲を動かし先頭に立って指示するであろう」
「……」
「だがな、デウデシオン。余は兄を異父兄ザウディンダルを愛していないと、そなたに対し証明するにはこの方法しかない」
 『シュスタークがラティランクレンラセオを罰することは諍いの元になり』
 諍いの元にはなるが、これに関しては正当な権利の主張でもある。両性具有ザウディンダルは、あくまでも皇帝シュスタークの物だから皇帝の命令の結果、諍いになることは誰もが不服なく恭順する。その恭順の代償はザウディンダルを塔への収監が付いてくる。
 塔への収監は別にして、両性具有に対し皇帝としての所有権を誇示しないことを《誰かに対し》明言するためには、これらに関しシュスタークは不問のするしかない。
「陛下」
 デウデシオンがラティランクレンラセオとことを構えたら、事態収拾のためにやはりザウディンダルを塔へと収監するしかなく、
「余は権力をザウディンダルごとそなたに預ける。受け取ってくれるであろうデウデシオン」
「ありがたき幸せ」
 治世のために目を瞑るような形で、不問にするしかなかった。
「それで……デウデシオン。権力はそのままであるから、無理かも知れぬが……出来るなら、もう少し余裕を持ち現在を楽しんで欲しい。持てる力の全てを未来に注ぎ込むことはない。今を七割、未来に三割程度でよい。余たちは過去を清算するために努力しておるが、努力していることだけを伝えては、未来の者たちは生き辛いであろう。どんな状況であろうとも幸せを求め享受する、その姿も必要であろう」
「……はい」
 デウデシオンにはもちろん言いたかった言葉だが、シュスタークが本当に言いたかった相手は手を触れている銃の持ち主ザロナティオン。
 生きている時全てを捨てて未来だけを見ていた男。
 彼が幸せを捨てたからこそ帝国の再統一ができたことも事実であった。そしてなにより、そうやって死んだザロナティオンに生き方を、否定してしまうようなことを伝えることはできない。

 言える距離に存在することを知っていながらも言えない。

「陛下、よろしいでしょうか」
「どうした? デウデシオン」
「私は陛下が陛下であることに救われております」
「デウデシオン」
「私に皇位は重すぎる」
「……」
「もしもの話をしましょうか。私や他の異父弟たち全員も陛下と同じように皇位継承権を持っているとします。私が長子で皇帝となり弟たちがいる。そうしたら私は弟である陛下に悩まされることでしょう」
「……」
「皇位継承権は低いが、弟たちの中でもっとも皇帝にふさわしい弟。自分よりも陛下の方が皇帝にふさわしいと悩み、苦しみ、憎んで……そして愛おしむ。私にとって陛下は皇帝であろうがなかろうが、そういうお方だ。唯一違うのは、あなたは皇帝で私は家臣であること。あなたが皇帝で本当に良かった。私は皇帝の器ではない……そう、はっきりと解りました」
「そうか」
 ”そんなことはない”
 数年前までのシュスタークならば言ったであろうが、今はもう言うこともない。
 皇帝であることを選んだのは、他ならぬ過去の自分。全てを捧げたザロナティオンという男に見せることができる唯一の《皇帝》
 過去と未来と現在に対し、責任を持ち皇帝で在り続けること。
 それが自らが生まれた意味だとシュスタークは答えを出した。答えが正しいかどうかは必要はない。
 ここにシュスタークという皇帝がいて、デウデシオンという帝国宰相がいて、ザウディンダルという両性具有がいて、エーダリロクという帝王がいる。
「陛下、話は全く変わりますが、テルロバールノルの王と王弟についてなのですが」
「あーうん、あの、どうした?」
「罰しなくてもよろしいのですか」
 先程のロガ云々の下りからすると「后の乳首初摘み」という、極刑同然の事件を起こしたカルニスタミアとテルロバールノル王家に対して、過酷な懲罰を加える必要があるのではないか? とデウデシオンが尋ねる。
「うん……そのなんだ。これもまた別次元というか……」
 笑って許せる事件ではないが、荒立ててロガの心を痛めるのも本意ではなく、愛しい后の乳首に許可無く触れたということでテルロバールノル王国の臣民全てに課税するのは心苦しく。
「罰しなくてよろしいのでしたら、私は従いますが……課税はした方がよろしいかと」
 乳首についてロヴィニア王ランクレイマセルシュ助言を求めたところ、懲罰として課税話が上がり、デウデシオンの方にも話がきていた。
 乗り気であったランクレイマセルシュに対し、
「懲罰を加えんのが、あの一族に対してはもっとも懲罰になるであろう」
 そのように一応は牽制していたのだが、シュスタークが許すつもりであるのなら、課税した方が良いと伝える。
「……そうか、カレンティンシスは懲罰を望むか」
「はい。王国臣民全てが陛下に従順であることを、罰に応えることで伝えたいでしょう」
「……もう暫く待ってくれるか」
 ”許す”規模が半端ではない皇帝は、悩んで悩んで悩んで……ロガの寝顔を見て全て忘れて、気付いたら眠っていた。

**********


 銀河帝国を統べるシュスタークの心を悩ませまくっている我が永遠の友カルニスタミアは、
「ぶぇぇぇぇ! ぼあああああ!」
「だから、儂が担ぐと」
「ふざげるなああああああ!」
「……」
 兄王カレンティンシスと共に、地下迷宮を彷徨っていた。

**********


 帝星に着陸しシュスタークがロガを伴い、外戚であるランクレイマセルシュやエーダリロク、近衛兵であるタバイなどと共に民に姿を見せてやるために馬車に乗り込んだ頃、
「君優しいんだね、ビーレウスト」
「そうでもねえよ」
「……あ、なる程ね」
 グルグル巻きにしたカルニスタミアを引き摺ってビーレウストとキュラは、テルロバールノル王族用の脱出用迷路の入り口へとやって来た。
「弟を離さぬか!」
 無抵抗で引き摺られるカルニスタミアの後を追ってきたのは、カレンティンシスとプネモス。リュゼクとアロドリアスは到着後の仕事に追われている。
 どれほどカルニスタミアが心配であろうとも、心配であるが故に、そして事態を誤魔化すためにも、この二名は旗艦に残る必要があった。
「兄貴、儂のことは気にするな」
 二人が地下迷宮の入り口へと自分を連れてゆき、そこに放り込もうとしていることを理解していたカルニスタミアは、良いから帰れと言うがカレンティンシスが聞くはずもない。
 カルニスタミアが放り込まれる「入り口」は「高い位置」にあり、階段などの降りるために必要な物は存在しない。放り込まれたら真っ逆さまに落ちてゆく入り口で、脱出用迷路の基本通り入ることはできても、出ることはできない作りになっている。。
 カルニスタミアが独りで落ちるのならば、上半身裸で素足でぐるぐる巻きであっても問題はないのだが、
「じゃあな! カル」
「じゃあねえ、カルニスタミア」
 放り込まれて直ぐに、
「カルニスタミアァァァァ! ……ああああああ!」
 兄の声が迫ってきたのを聞き、
「やはりやりおったか、二人とも」
 付いてきたカレンティンシスもたたき落とされたのを理解して、拘束しているように見える布を空中で引きちぎり、上を見るようにして着地し、
「ぶぼああああ! ぶがああがあ!」
 ”顔に似合わぬ叫び声”という表現がこれ程までに正しい人も珍しかろうというカレンティンシスを受け止め、―― 君優しいんだね ―― キュラがそう言い、―― そうでもねえよ ―― ビーレウストがそう返した物の正体、頭上に降ってきた避難用のケースを掴む。
「……」
「兄貴無事か?」
「……うああああ! まっ暗じゃああ!」
 美しい左右の色が違う瞳は完全に黒い膜に覆われてしまい、暗闇嫌いなカレンティンシスは絶叫。
 その絶叫を聞きながらケースを開き着換え、軍靴を履き、剣を腰に差してケースに通っているベルトに腕を通して背負い、
「行くぞ兄貴」
 泣き喚いているカレンティンシスを腕に座らせるようにして抱え上げた。
「……!」
「髪は解るじゃろう? 髪に掴まれ」
 視界のふさがれているカレンティンシスが、手を前に伸ばすと、手袋越しではあったがそこには先日まで存分に触ることができた榛色の髪。その髪からは暗闇には相応しくない日差しを感じさせるオリーブの香りが僅かに薫る。
「……っ! 離せ! 離さんか! カルニスタミアアァァァ! 儂を誰だと思っておるのじゃああ!」
「テルロバールノル王にしてアルカルターヴァ公爵だと思うておる」
「降ろせ! 降ろせ! 降ろせえぇぇぇ!」
 腕に腰を乗せていることで、気付かれた困るとカレンティンシスは暴れ……ているつもりなのだが、腕に乗せているカルニスタミアの方は「暴れているつもりなんだろうな」と、顔を”全ての力”で掴まれながら、やたらと涼しい顔をして眺めていた。
「降ろさぬかああ!」
「……解ったから動くな」
 まずはカレンティンシスを降ろし、
「さて、では抱き上げるために許可をもらうとするか」
 見えていないカレンティンシスに跪き、抱えて移動する許可をもらうことにした。
 カルニスタミアはカレンティンシスが怒った理由は、許可無く触れたことだと解釈したのだ。実際は違うのだが、両性具有だなどと微塵も思っていないので、今までの経験則で判断するしかない。
 兄弟であろうとも王と王弟なので、触れる際に許可を取るのは当然のこと。特にこの王家はそれらに厳しい。
 カルニスタミアは失念していたわけではないのだが、カレンティンシスが暗闇に弱いので、素早く抱き寄せた方が安心させるだろうと考えて行動に移したのだ。実際カレンティンシスは安心したが、安心することと秘密を守ることは対極にある。
「儂は歩く! 歩いて歩いて歩くのじゃああ! ぶおああああ! ぐらい゛ー」
「兄貴あのな、兄貴が歩いたらここから抜けるのに四日近くかかるぞ。儂が抱き上げて走れば最短距離を抜けることが可能じゃから短ければ一日、最長でも二日はかからんから……」
「煩いのじゃあ! 貴様のいげんなど……いげんなど……うわああ! ぐらい゛−!」
「兄貴」
「儂がこんな目に遭っている理由を言え! カルニスタミア」
「儂じゃ。だから悪いと思うて、抱えたくもない兄貴をだな」
「うわああああ! ぐらい゛! やめろー儂は儂はあ、へいがーおゆるしくだざいーなのじゃああ」

―― これが罰か……甘んじて受けよう

 兄カレンティンシスの喧しさに四日間つき合うのが自分に架せられた罰なのだと解釈し、
「では手を引くことは許していただけますかな? 王よ」
「ぞれ……ぞれは許してやるのじゃああ! 早く掴め! うわあああがああ!」
 カレンティンシスの手を取り、歩調を合わせて歩き出した。

**********


「いってらっしゃい、カルニスタミア」
「兄弟仲良くな、カル」
 兄弟を入り口から叩き落とした二人が、落下してゆく様を笑いながら見送っている背後で、
「貴様等!」
 プネモスが怒りに満ちた声で、他王家の王子を”貴様”呼ばわりで非難する。たしかに非難されて仕方ないことなのだが、
「僕からのテルロバールノル王家に対するお礼だよ」
 キュラは何時も通りの人を馬鹿にしているケシュマリスタ特有の笑顔と、高い声で言い返す。
「礼じゃと?」
 キュラの声に備えて片耳に手をあてて、プネモスが聞き返す。
「これで上手く収まるぜ、ローグ」
 ”貴様等”呼ばわりされたビーレウストだが、決まり事にもっとも拘泥しない一族の王子は、キュラ同様に《特有》の笑みを浮かべて似たようなことを言い返す。
「……」
 この二人のしでかしたことが、どうしたら『上手く収まる』に繋がるのか? プネモスには全く理解できなかった。
「陛下はお優しくて懲罰なんて出来るならしたくはないという御方だけど」
「でもよ、この事を無かったことにするわけにはいかない。カルニスタミアは当然だが、テルロバールノル王に対しても」
「でも陛下はなにごとも一人で決めはしない。帝国宰相やロヴィニア王に罰が重すぎないか? を尋ねる」
「陛下はお優しいけれども、他の奴等は他王家なんざ滅んでしまえ! 状態じゃねえか。だからさ俺の出番だ」
「……」
「もう罰を与えてしまっていたら、陛下は”それでよし”と言われる御方だ」
「他の王家の奴は、自分たちが直接《なにか》されたわけじゃねえから、陛下が良しと言われたら矛先を収める」 
「それでさあ、僕がもしも”カレンティンシス王に対する罰はどのようなものがいいか?”と聞かれたら、やっぱりプライドを傷つけることを最初に上げる、たぶん誰でもそうだろうね。それに関して君だって否定しないだろ? でもさ僕今回随分とテルロバールノル属、とくにリュゼク将軍さまにお世話になったじゃない? だからカレンティンシス王のプライドを傷つけない方法を考えたらさあ、陛下もご存じな”暗闇嫌い”を一切の光が差さない暗闇にたたき落とすのが最良だと考えたんだよ」
「他王家の王族として言わせてもらえば、見てはいないがカレンティンシスが暗闇でどれほど無様か知ってるから、それで溜飲下げられるんだ。心を痛めるのは陛下だけだが、そこはカルが”これで許してくださってありがとうございます”と言えば丸くはないが収まるってわけだ」
「それで、勝手に懲罰を加えるとして、ロヴィニア王家や皇王族は今忙しいじゃない?」
「テルロバールノル王家は論外で、ケシュマリスタ王家に繋がるのは今ここに先代王の庶子キュラしかいねえ。エヴェドリット王家も警備やその他の関係で俺しかいねえ。だから俺たちがやるしかねえだろ」
「……」
「これから俺が陛下の所に行って話す」
「そんな時間があるのか」
「俺は陛下の影武者も務める男だぜ。陛下がお疲れではないかを窺いに向かうことは仕事の一つだ。だから、幾らでも時間は作れるし、陛下が手前やカレンティンシスと話したいとなりゃあ、俺が影武者で時間作る。それらの予定も組めるんだぜ」
「……」
「ビーレウストに同行したいなら着換えた来たら? ビーレウストは何時も通り平服で陛下に会いにいくけど、君はそんなことできないだろ?」
「略式正装くらいに着換えてくるなら待ってやるぜ。どうする? ローグ」


 プネモスが着換えに向かい、入り口の上で二人きりになったところで、この行動の核心部分近くに触れて牽制しあう。

「……あのさ、エーダリロクが知ってるってことは、当然君は知ってるんだよね」
「なにがだ? キュラ」
「カレンティンシス王が両性具有だってこと」
 キュラはカレンティンシスが両性具有であること誰よりも良く知っている。ラティランクレンラセオがカレンティンシスで実験するために使った脅迫材料《暴行されている意識のない己の姿》
 そのカレンティンシスと共に映っている、顔の部分だけが映っていない暴行犯こそキュラなのだ。
「まあ知ってるな」
 カレンティンシスをザウディンダルの実験材料にしようとしたのだから、当然ながらラティランクレンラセオは知っている。そしてエーダリロクには相手の思考を読む能力が備わり、ラティランクレンラセオから情報を引き出している。それらのことから考えれば容易に想像がついた。
「そっか」
「手前がなんで知っているのかは聞かない」
「聞かれても困るけどね」
「聞かされても困るな」
 再度二人は入り口に視線を落とす。
「僕はさ、この作戦の真意を知らないだけど、教えてもらえるものかな?」
「真意って程じゃねえが、ここで”ばれる”ってことだ。それにしてもエーダリロクのやつ、最後の一押しが、本当に一押しとか笑えるにも程がある」
 カレンティンシスとカルニスタミアを、
「テルロバールノル王家脱出用迷宮の”ここ”に落とせって、エーダリロクが言ったんだっけ?」
 七日分の食糧を持たせてこの入り口から落とせと言ったのはエーダリロク。
「そうだ。丁度良い場所だ」
「なにが?」
「カルがカレティアの我が儘を受け入れることができる迷路。脱出口までカレティアが歩いても良いとカルが判断して”しまう”距離と時間。抱えられることを拒否しても、排泄まではコントロールできない」
 脱出口まで相当な長さがあれば、カルニスタミアはカレンティンシスが拒否しようとも抱き上げて駆け抜ける。その際はカレンティンシスの排泄など物ともせずに走り続ける。
「暗がりでカレンティンシス王が生理現象を覚えることが狙ったんだね」
 脱出口まで短すぎればカレンティンシスは生理現象を我慢する。
「そうだな。カルは自分の巻き添えを食ったカレティアの面倒を、甲斐甲斐しいとは言わねえが、必要最低限見るだろう。目が見えなくなった煩雑な着衣をまとった王の排泄につき合うことは使命だろうし、人として当然のこととしてするだろう」
 だから《希望に添って歩かせるのだから、休憩時間くらいは言うことを聞け》とする必要があった。
「それを知ったらどうなるの?」
「……さあ?」

―― 簒奪だったんだ ――

「教えてくれないんだ」
「本人に聞いてみろよ。そろそろカルと正面からつき合えよ、キュラ。俺は御免だがね」
「ねえ、ビーレウスト」
「なんだ?」

―― 君はエーダリロクがザロナティオンだって《気付いて》るんでしょう?

「それ以上近付かないでくれるかな。僕のこと殺そうとしてるでしょう」
「それ以上声を高くするなよ、キュラ。俺の聴覚には効きすぎる」
「”殺そうとしている”ことは否定しないんだ」
「俺が”殺そうとしている”ことを否定したら、それは俺が自分を全否定することだろう」
 二人は徐々に距離を取り、
「僕は脱出口でカレンティンシス王とカルニスタミアを待ってるよ」
「そうか。じゃあ俺は時間も良いから、ローグとの待ち合わせ場所に行く。またな、キュラ」

 入り口から離れて、各々の目的地へと歩き出した。


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