ALMOND GWALIOR −250
「ブラジャーの飾り、ありがとうございます。后殿下」
「いいえ。私も楽しませてもらいました、ザウディンダルさん。レース付けなんてしたことありませんから」
「ブラジャーにレース付ける必要ないんですか?」
「それは解りません。私レース見たのナイトオリバルド様の所に来てからですから」
「そうか」
 ロガとザウディンダルが仲良く話をして、
「義理次兄閣下。また”僭主”が暴れだしました。鎮圧に向かいます」
「そうか……あの……ハネストさん」
「なんで御座いましょうか」
「普通に喋っていただけたら嬉しいのですが」
「我はこれが普通ですが? ご希望があれば如何様にも」
「ハイネルズのようには無理ですかな」
「それは無理です。あの息子は違うところをひた走っておりますので。如何様にもと申し上げておきながら至らぬ我をお許しください」
「いや、それは良いのですが。あの……私の方が年下でもありますので、普通に話しかけていただけると」
「実年齢は下でしょうが、階級は上ですので」
 タバイが義妹にして部下となるハネストと近付くための話をし、
「もっふもっふ」
「陛下! もっと元気よく、もっふ! もっふ! もっふ! もっふ! です!」
「お、おお。もっふ! もっふ! もっっっ! ぶあ! 済まぬ、噛んだ。タカルフォス」
「いいえ陛下! 噛んでこそ成長するのです! さあ! 噛み噛みになる程に、もっふもっふを繰り返しましょうぞ!」
「おお、解ったぞ。タカルフォス。もっふもっふ」
 ボーデンは眠る体勢のまま二人に”好きにしろ”とばかりに身体を触らせ、
「兄貴」
「なんじゃ、カルニスタミア」
「知恵の輪の解き方じゃ。これをこうやって……解ったか? 元に戻すから外すとよい」
「解った………………ぬぁぁぁ! 解らんわあ!」
「仕方ない」
「なんのつもりじゃ!」
「これが一番解り易かろう」
「……」
 背中から抱き込むようにしてカレンティンシスの両腕を掴み、やり方をまさに手を取り教えてやるカルニスタミア。
「陛下に苺牛乳持って行くか!」
「そうするか!」
「……」
「ところでエーダリロク」
「なに? ビーレウスト」
「帝国のエヴェドリットレシピの復元なんだけどよ。どうにかならねえか?」
「俺も少しは責任感じてるぜ。なにせ消したの俺の祖先のヒドリクだからな」
「祖先だからってのは気にすんなよ。それを気にしたら陛下が一番悩んで転がるぜ」
「そうだな。まずは陛下に苺牛乳持っていって、アイバスについて頼むか」
 一度は居なくなったのに再度襲来してきた王子二名に、料理人との噂を聞き少しだけ優しくなった一般兵士たちの生暖かい視線が注がれる。

**********


 ザウディンダルたちが帝星に帰還する二日前に、
「シャバラさん、ロレンさん、お世話になりました☆」
 任務を終えたエルティルザ、バルミンセルフィド、ハイネルズの三人が帝星へと帰還した。
「これ、頼まれたやつ」
 別れの際に見送りに来たのは「是非来て下さい。餞別は揚げたてのコロッケでいいですよ☆」と言われたシャバラとロレン、そして一緒に食事をすることが多かったミネスの三人。
 他の奴隷たちには、前もって手作り菓子を持って、挨拶回りを済ませている。
 帝国の貴族が奴隷に挨拶をして回ってどうする……状態だが、当人たちは気になどしてしない。
 部下たちも全員艦に乗り込み、エーダリロクの試作品も輸送艦に運び入れている。
 あとは三人が奴隷の三人に挨拶して乗り込むのを待つばかり。
「シャバラさん、ありがとうございます」
「ありがとね」
「帝星に持ち帰って、みんなで仲良く食べるよ!」
―― わざわざ帝星で分けなくても。上手い物なんてたくさんあるだろう
 当然のことを考えながらも、そう言われてシャバラも悪い気はしない。
「三人に、これ」
 ロレンは店の総菜の作り方を書いた紙を差し出した。
 紙とペンは三人から貰ったもので、中身はシャバラが喋ったことをロレンが書き写した。紙を受け取ったエルティルザは喜び手を叩きながらも、
「本当によろしいのですか? 秘伝の味なのでは? 門外不出なのでは?」
 ”大事なものでしょう”と聞き返す。
 シャバラは手を軽く振り、そんなことはないと否定する。
「ごく有り触れた作り方だと思うが、もしかしたら帝星とは違う作り方をしているかもしれない。あとはお前等が研究してくれ。……あっ! 間違ってもロガに聞いたり、手伝って貰ったりするなよ! ロガは本当に駄目だからな!」
 優しいが料理の腕が壊滅を通り越し「ちょっ! 神様、これ、どういうこと……」とシャバラに天を仰がせたロガ。

 帝国において神は皇帝なので――シュスタークに尋ねたところで返事が返ってくるはずはない。だが、神である皇帝は答えを出せない代わりに、責任を持ってロガを連れて帰った。

「試験日程表ありがとう」
 餞別のお返しとして、帝星で採用試験を受けるロレンのために過去問題集と、帝星滞在中の宿の提供。
 過去問は貰うが宿は要らないと言ったものの、
「ご安心下さい☆これは懸賞で当てた宿です。ランク的に普通なのですが、私たち……いいえ、私が行くと営業妨害になるので、使ってください」
 そういうハイネルズと、彼の顔を両側から指さすバルミンセルフィドとエルティルザ。「性格はいいのに、顔がなあ……顔なあ……アシュ=アリラシュだもんな……」ロレンも知らないで遭遇したら、心停止する自信がある顔だ。
 バルミンセルフィドに淡い恋心を懐いているミネスは、泣きそうになりながら途切れ途切れに別れの言葉を紡いだ。
 微笑みそれを聞いていたバルミンセルフィドは彼女に”さよなら”とだけ言い、三人は艦内に入り艦は帝星へと帰っていった。
「楽しかったな、シャバラ」
 ロレンは泣いているミネスの背中をさすりながら、
「……ああ。本当に楽しかったな」
 シャバラは見えなくなった空をまだ見上げたまま、楽しかった日々と――鮮血のアーチの下で振り返るハイネルズのことを思い出していた。

 帝星に到着した三人を出迎えてくれた、
「お帰りなさい」
 アニエスの腕に抱かれている赤子。
「母上!」
 将来の美貌を約束された、幼いながらも整った顔立ち。乳白色の肌と薔薇色の唇に黄金色の髪を持ったキャッセルに似ている赤子。
 アニエスは抱きたいと手を差し出してきたエルティルザに渡す。
 慣れた手つきで受け取り、薄紅色のベビー服を着て、コットンレースキャップを被っている、愛くるしい妹を見ながら名を尋ねた。
「お兄ちゃんだよ……えっと、名前は?」
「いつも通り、あの人につけてもらうのだけれど。あの人、この子が生まれたことも知らないの。だからまだ”赤ちゃん”としか呼んでいないのよ。なんて名前になるのか、楽しみよね」

”タウトライバ伯父さん、名前考え過ぎで過労死寸前までいくことでしょう”
”可愛いな。これはもう、タウトライバ叔父さん、絶対に嫁にやらないって騒ぐ”

 二人が考えていることは、妹を抱いているエルティルザも思った。これは大変なことになるぞと――。

 楽しい弟たちと親族との面会の場に、異質な空気をまとった二人の男性が近付いてきた。より歳を取った男が話しかけてくる。
「お前がハネストの長子か?」
 話し方は普通だが、その声は恐怖を感じさせる。
「おっ! 私に向かってハネストの長子と声をかけてくるとは、貴方は入れ替わりの人ですね!」
 恐怖を感じ取ったのは、両脇にいるエルティルザとバルミンセルフィドだけで、当人はいたって気にせず。
「そうだ現ターレセロハイ。元の名はケベトネイアという」
「ケベトネイアというと? ……っ! 初めまして! お祖父さま! ちょっ! みんな、見て見て、私のお祖父さま。超悪人面の上に、冷酷な雰囲気。中身は見た目と雰囲気など些細なことだと思わせてくれるほど、ご・く・あ・く・ひ・ど・う☆」
「……」
 ハイネルズの弟たちを見ていたので、性格をある程度予測していたケベトネイアだが、ハイネルズはそれを上回っていた。
 祖父だと説明された二人は、目の前の人物が元僭主であり、世間で言うところの凶悪なエヴェドリットであることを肌で感じ取り、礼儀正しく挨拶をする。
「初対面のお祖父さまに極悪でいいの? あ、初めまして、ハイネルズのお祖父さま。私はエルティルザと申します。なにかこう……ハイネルズみたいな雰囲気のお方なのかと思ったら、全然違うんですね」
「初めまして、ハイネルズのお祖父さま。バルミンセルフィドと言います。…………ハイネルズのお母さまってとても落ち着いている方なのでしょうね」
「なにを言っているのですか、二人とも。私とお祖父さま、そっくりでしょう。この凶悪な面つき。お祖父さま、責任とって! この顔のせいで、私は謂われのない迫害をビシバシと受けて、快感になりつつあるんですから!」
 ケベトネイアの隣に立つ、薄めの褐色の肌と威圧感のある体躯の持ち主が、笑いをこらえながら声をかけた。
「父親似ですな。ケベトネイア殿」
「そのようだな」
「隣にいらっしゃる貴方さまは? 母上の弟は私と似たような顔立ちだと聞いていますので、違うお方ですよね」
 肌が白くなく青みがかった濡れたような黒髪、顔の作りもまったく違う。
「我の名はジャスィドバニオン=シィドラオン」
「はいはい。母上の昔の旦那様ですね。きゃあー旦那様、お初にお目もじ!」
「……旦那様ではなく、お前の岳父になる予定だ、ハイネルズ」
「娘さんいらっしゃるんですか?」
「ああ」
 そもそも娘がいなければ義理の父になるはずはないのでは? ――世間ではそうだが、帝国上層部は同性同士の婚姻も条件さえ揃えば認められるので、尋ねておかないと後日大変なことになる。
「そうですか。ではここはエヴェドリットらしく聞きましょうか。娘さん、強いですか?」
 ハイネルズは男性よりも女性、できれば可愛い子――なのだが、ハネストに「我が昔属していた一族」と結婚するように言われた時”可愛い”は悲しいことだが諦めた。

”可愛い? ザウディンダルのような可愛らしさのある生き物など、帝星に来るまで見たことはなかった。我は「可愛い」という言葉の存在すら知らなかった”

 母ハネストの正直な告白に、ハイネルズは流れてもいない涙を拭ってみた。ハイネルズにとって可愛い女の子は実はその程度なのだ。彼の根底にはやはり強い女性を求める血が流れている。
「基準は?」
「そりゃあ息子が基準にするのは、母親と相場が決まってるでしょう、ジャスィドバニオンさん」
「お前の基準がハネストならば、我が娘は間違いなくお前を失望させることになるだろう」
「そうですか。私としては顔の可愛らしさが重要なのですが」
「可愛い顔立ち? 具体的には?」
「可愛いは可愛いですよ。そうですねえ……私の顔と比べてどうですか?」
 凶悪顔の代名詞、この顔と遭遇したら死ぬしか道は残っていない。帝国における擬人化された「死」の姿、それがアシュ=アリラシュ。
「………………アシュ=アリラシュ顔に比べたら、緩い顔立ちだろうが」
「ハイネルズ」
「はい、お祖父さま」
「ジャスィドバニオンの見た目から、可愛い娘などが生まれると思うか? ちなみにジャスィドバニオンの妻で娘の産みの親は完全異形。人間の顔すら持っていなかった。シダ公爵夫人が抱いている赤子のような容姿の生物、一族最年長の我が生を受けてから六十七年の間、一人も見たことはない」
 とどめを刺されたハイネルズだが、
「いやー分かってはいたのですが、ほらーなんていうのかなあ、十代前半の少年としては、恋人は可愛いほうがいいじゃないですか」
 傷つくようなことは無かった。
「可愛らしい愛人をかかえればよかろう」
「そんな不道徳なことできませんよ! 岳父殿。人殺し以外は一般法律を遵守するのが家訓なんですから!」
「ええー」
「そいうだったの」
「なにを言っているのですか、二人とも……そしてなんて眼差しですか、弟に従兄弟たちよ! 私は人殺し以外は至極真っ当に小市民生活を送る、平凡な毎日に幸せを感じる男ですよ」
 当人が言っている通り、殺戮以外はいたって法律を遵守しているのだが、性質が以前は大勢存在した皇王族そのものなので、決して小市民ではない。
「まあいいや、ハイネルズ」
「なにがいいのですか! エルティルザ」
「コロッケ食べようよ」
「あ、そうですね。お祖父さまと岳父殿もご一緒にどうぞ」
 産後まもないアニエスは自室へと戻り、兄弟従兄弟が失礼をしないようにと儀礼に詳しいナジェロゴゼス公爵が付いて、コロッケを食べる会が催された。
 コロッケを包むために、封筒を三分の一に切り、残りの部分に”おえかき”をして待っていた弟たちに、一個一個入れて配る。
「お祖父さまどうぞ☆」
 自分用に用意しておいた「鱒 鰤 鰯 鮃」など、魚の名前を多数漢字で書いた紙袋に入れてケベトネイアに渡し、
「岳父殿、ちょっと待ってくださいね! いま袋を作るので」
 ジャスィドバニオン用に袋を作り始めた。
「そのままで構わんが」
 人間が食べられる程度の熱など問題なく掴めるジャスィドバニオンがそう言ったところ、
「駄目ですよ、岳父殿。格好というものは大事なのですから」
 そう言いながら「鰈 鯵 鰊 鮫 鰡」と丁寧に書いてゆく。
 滑らかにほとんどの人が読めない文字を書いて、
「はい☆どうぞ!」
 ”いい仕事をした!”という笑顔で手渡す。
 鋭く射貫くような眼差しに、冷酷そうな口元と、形はよいが目を逸らしたくなるような鼻筋の通った鼻――その笑顔は、人を殺した時によく見られる表情である。
 受け取り互いに顔を見合わせ、感謝しながら食べ二人は彼らに与えられた部屋へと戻る。
「ジャスィドバニオン」
「なんでしょう? ケベトネイア殿」
「娘の結婚を考え直すのなら今のうちだぞ」
「考え直すもなにも。あれほどの男、なかなかおらんでしょう」
「そうか。トリュベレイエスはどうだろうな」
「ディストヴィエルドよりは遥かにましですから……弱いのは仕方ありませんが、性格は強そうなので問題ないかと。あれも一族の女、親が決めた相手に文句は言っても従います」

 コロッケを食べ終え後片付けを終えたハイネルズたち――

「ねえ、ハイネルズ」
「なんですかーバルミンセルフィド」
 年に三度だけ応募できる市井懸賞の申し込みをしているハイネルズの隣に立つ。
「あのさ……」
 声をかけておきながら、言いだし辛そうなバルミンセルフィドに、ハイネルズは椅子の背もたれを腕ではさみ、体を捻り見上げる。
「どうしました。懸賞に申し込みたいのですか? 譲りますよ」
 大貴族の子弟は市井の懸賞に申し込むのに制限がかかる。帝国宰相の甥、近衛兵団団長の息子、代理司令官の息子などから申し込みがきたら、当選させないわけにはいかない。だがあまりに過ぎると、懸賞の意味がない。故に彼らは一年の三回のみ、貴族内で懸賞申し込み検索をして誰も申し込んでいないことを確認してから申し込まなくてはならない。

 彼らが申し込んで外れることはない。なにせ皇帝の甥だ。選外にしたら帝国から追放される。それは即ち、死である。

「懸賞じゃなくてさ……さっき、ハイネルズのお祖父さまが言ってた”結婚相手候補はもう一人いる”って」
 誰も分からない魚の名前が書かれた紙で包まれたコロッケを食べながら、二人は”もう一人の結婚相手”について話しかけていた。
 声が小さかったことと、周囲が煩かったこと、そして興味を持ったと気付かれたら……という恐怖心で、できる限り離れて時が過ぎるのを待った。
「ああ、その方のことですか。でも私の結婚相手はトリュベレイエスさんで決まりだと思いますよ」
「そのもう一人のかた、私に紹介してもらえないかなあ。……高い地位の方なんでしょう?」
 家族を守るために、地位のある女性と結婚したいと常々考えていたバルミンセルフィドは、漏れ聞こえてきた強く逞しく、歳が自分と七つしか離れていない十九歳の女性に興味を持った。
「……分かりました! お任せください! この私が見合いジジイとなり、間を取り持ちましょう!」
 バルミンセルフィド。恋などには背を向けて、地位と安定を目指して十九歳の女性にプロポーズすることになる。


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