ALMOND GWALIOR −236
 ラティランクレンラセオがカレンティンシスで実験した”女王が妊娠できる薬”
 だがザウディンダルには強すぎ、腹に胎児がなくとも出産するような状態に陥った。妊娠しない両性具有ザウディンダルが一生体験するはずのなかった痛み。

 ザウディンダルはその痛みにより、血と肉に残る過去の記憶を彷徨うことになる。

**********


 ザウディンダルは生き物に乗っていた。
 馬のようだが馬ではなく”なんだろう?”と思うが答えがない。ザウディンダルがいま重なっている人物は、乗っているものを認識しない。
 どうしてなのだろうか? ――
 ザウディンダルは必死に考える。額に白い菱形の模様があるのが見て取れたが、それ以外は分からなかった。
 そして乗り物は昔の《円錐形》の巴旦杏の塔に辿り着く。

「ふーん、あれが巴旦杏の塔か、僕はマルティルディだ。顔をだせ」
”ケシュマリスタのマルティルディ王!”
 ゆっくりと窓から顔を見せた両性具有。
「君が女性型両性具有リュバリエリュシュス・アグディスティス・ロタナエルか」

 塔の中にはアルトルマイス帝の思い出の両性具有。

「あの子のことだ、僕のこと説明なんてしてないだろう、他にヤツのことは知らない。僕はマルティルディ、君の兄だったエリュカディレイスの娘さ。君と違って、両性具有でも王位継承権を持っていた男の娘さ」
 両性具有は驚き、目を見開く。
 ザウディンダルも目の前の両性具有と同じ気持ちであった。
「君には聞く聞かないを選ぶ権利はない。僕がどうして此処にいるのか、そして何故あの子をダグリオライゼの妃に推したのか。教えてあげるよ、ありがたく聞くんだよ。話は長くなるから、座っても良いよ。両性具有は体が弱いからね、僕のパパのように弱いんだろ?」

 マルティルディは塔と家の間にある椅子に腰を下ろす。その視界に乗ってきた生き物が映った。
”驢馬……”
 ザウディンダルには驢馬に見えるのだが、マルティルディはそれを驢馬と認めない。
 帝后の驢馬じゃないのか? ザウディンダルは思うが、マルティルディの意識は驢馬とは決して答えなかった。
”どうして?”
「なあ、驢馬。そうだったよな?」
 マルティルディは驢馬に向かって驢馬と呼びかけるが、それを驢馬だとは思っていない。
 ザウディンダルは徐々に恐怖を感じた。
 どうして驢馬を驢馬と認めず……脳裏に現れる男性は何者なのか?

 マルティルディが驢馬ではないほうを向く。そこには巴旦杏の塔はなかった。

 さきほどマルティルディが座っていた椅子とお揃いのテーブルについている。一緒にテーブルを囲んでいるのは若いアルトルマイス帝に、
「ファラギア、行儀が悪いぞ」
「エルシュルマルト兄様だって!」
 弟のエルシュルマルト親王大公。その隣にはケシュマリスタとしか言いようのない顔立ちの、
「アデード、帰ってきた」
「はい。お久しぶりです、お母さま」
「猫被りすぎだろヒルメルシアデウサ」
 ヒルメルシアデウサ親王大公。

”……どういうことだ? 俺はどうして……あ……”

 いまテーブルを囲んでいるのは帝后と、彼女が産んだ親王大公五人。ザウディンダルの視界は、ファラギア親王大公とアルガルテス親王大公二人のもの。
 二人は確かに別々に存在しているのに、ザウディンダルには同時に記憶がながれてくる。
”……これって”
 ザウディンダルは二人の記憶が同時に流れてきたことで、あることに気付いた。
 ファラギアとアルガルテスは双子の姉弟。
 姉のファラギアはロヴィニア王子と結婚し、二人の間に産まれた子どもが皇帝との間に儲けた子がヒドリク親王大公。ザウディンダルの母親であるディブレシアがこの血にあたる。
 弟のアルガルテスはテルロバールノル王と結婚し、その孫がハーベリエイクラーダ王女。ザウディンダルの父方の血に該当する。

”この記憶は血を介在して……でも、両性具有は一体?”

 ザウディンダルの困惑を他所に、帝后が「まるひぃるで様からもらった」と黄金の林檎を六等分する。皮はむかれていない。
「おっさんに半分あげるんだ。みんなは食べてね」
 子どもたちは黄金の林檎を口に運ぶ。
 そして、
「おっさん!」
”サウダライト帝……帝后って皇帝のこと本当におっさんって呼んでたんだ”
 黄金の林檎の切れ端を持って帝后が駆け寄る。
「おっさんの分だよ! 美味しいよ!」
「ねえ、君。もしかして分けたの?」
 サウダライト帝の背後から現れたヒルメルシアデウサ親王大公とよく似た、そして彼女よりも美しい、あの両性具有よりも迫力のある人物。
「金色のリンゴ? 分けたよ。みんなでたべたよ、まるひぃるで様」
”まるひぃるで? マルティルディのことか? マルティルディ王か……これがが……”
 みんなでたべた――答えを聞いたマルティルディは、
「君ってそういう子だったよね。すっかりと忘れていたよ。僕たちケシュマリスタみたいに食い意地張ってないんだった……まあ、いっか」

 少し困ったような顔をした。ザウディンダルにはそう見えた。

**********


 実際のザウディンダルの体は、子宮口が最大に開いてしまい、ミスカネイアは出産と判断した状況にあった。
「どうしてここが活発になるんだよ……」
 人間のものだが出産の際のデータを手に入れたエーダリロクが、ザウディンダルの脳の動きとデータを見比べ、自分の脳内にある自身のデータとも比較し、
「なにが起こってたのか後で聞かなきゃな」
 打てる手はないかと、ザウディンダルの容態を監視しながら思考を巡らせていた。

**********


 立っていられない下腹部の痛みに目の前が真っ暗になり、次に意識が戻った時、膝を崩した状態で座っていた。
 昼のようだが空が青くない。
 貴族や王族は天然の青空がある惑星にしか住まず、平民や奴隷は色が違う惑星に住まわされることはあるが、その際機械で空の色を青に変える。
 夕暮れではない、太陽が天頂にある赤い空。
 近付いてくる足音。ザウディンダルが重なっている人物は、その足音を ―― ラードルストルバイア ―― と判断した。
 ゆっくりと顔を上げる、重なっている人物。
「     」(ラバティアーニ)
 目の前に現れたのは、噂通りの右側に大きな一枚の翼、左側には小さな無数の翼が不規則に生えているラードルストルバイア。
 だが声が聞こえてこない。先程から何度も遭遇するケシュマリスタ顔だが、マルティルディや塔の中にいたリュバリエリュシュスほど美しくはない。
 彼はどこから見ても男性。性別を感じさせない美を持つと言われるケシュマリスタの美しさとは違う。
”ラードルストルバイアって喋れなかったか? いや……”
 ラバティアーニは必死にラードルストルバイアに弁明する。
「悪いのは私なのです。やめてください、お願いですから」
「                」(シャロセルテを庇うのか)
 ザウディンダルにラードルストルバイアの声が聞こえてこない。だが彼がなにを言っているのかは分かる。
”再生できない状態なのか”
 ラードルストルバイアが両手で頬をつつみこむ。
 攻撃的な皇帝眼が近付き、顔に副えられている手に力がこもり、首の骨が軋む。
”首の骨、折られる……のか”
 首を折られる恐怖。
「それで満足してくれるのなら、折って。何度でも、何度でも」
 無抵抗で折られようとするラバティアーニ。抵抗したいと足掻くが腕は動かず、不自由と伝えられている足も動かず。波のある痛みも襲い続ける。
 ラードルストルバイアは頬に口を寄せ、右顎に噛みつく。顎の骨を砕くかのように深く、皮膚は裂け肉に歯が食い込み、ゆっくりと剥がされる。
”殴れよ! 叫べよ! 止めろ! ラードルストルバイア! ラバティアーニ、謝ってる! 謝ってるんだよ!”

 それでもラバティアーニは抵抗しなかった。心の中で謝り続けながら、黙って顔の肉を剥がされる。

**********


 エーダリロクが乱暴に立ち上がり、壁に拳をめり込ませる。
「セゼナード公爵殿下?」
 ザウディンダルの体内から溢れ出す体液。血液だけではなく羊水などが入り交じった匂いが部屋に充満する中、
 エーダリロクではなく、
《あ……あああああ!》
 ザロナティオンがこの状況に耐えられなくなった。彼がラバティアーニを食い殺したのは月経血が原因。
 それに似た匂いにかつて自分が取った行動を思い出し、神経が暗黒時代に引き戻されてしまったのだ。
 エーダリロクは部屋を飛び出し、通路に居たタバイに殴り掛かる。

「ヒドリクの末に伝えろ! 私のところに来いと!」

 ザロナティオンと自分が曖昧になったエーダリロクはそれだけ言い、武器庫を目指した。途中に誰も居ないことを願うが、皇帝や王族たちがいる区画。
 それなりに人員は割かれており、願いは叶わなかった。
―― ああ、殺しちまうなあ。あとで面倒……
 場所を決め、その方向に向かわせるのに精一杯のエーダリロクは、狂いかかったザロナティオンの拳の軌道を変える余力はない。
「離れろ!」
―― 団長?
 殴られたタバイがエーダリロクの後を追ってきていたのだ。
―― よし
 エーダリロクは走る速度をできるだけ落とし、
「団長。俺と私は武器庫を目指す。露払いしておけ!」
 タバイを先に行かせる。
「御意……抜けますよ!」
 存在に敬意を表しその脇をすり抜けようとしたが、ザロナティオンの拳がとらえる。
―― 俺には団長の姿、見えなかったぞ!
 タバイの体にめり込んだ感触はあったが、彼はそのまま走り抜けていった。エーダリロクはその後ろ姿を見ながら、必死に四足になりかかる体を引き起こして二足のまま駆け続け、三重扉が開かれた武器庫に突入し、暴れる姿を確認して、タバイは次々に扉を閉めた。
 扉を閉め終えて、その前に待機する。
 皇帝シュスタークに伝えるように命じられたのだが、この状態のエーダリロクを見張りなしにしておくのはあまりにも危険で、見張れる者も限られている。

 交代要員が来るまで、タバイはそこで見張っていた。

**********


 エーダリロクの突然の行動に驚いたミスカネイアだが、すぐに意識をザウディンダルに向けて、治療はできないが状態を確認し、声をかけるなどしてできる限りのことをする。
「ロッティス伯爵」
「ハネスト様」
「団長閣下とセゼナード公爵殿下が廊下を走っていたと聞いたので……殿下が暴れるかなにか?」
 高級な壁紙が貼られていた壁の一面に蜘蛛の巣が張ったかのようなひびが入り、完全に破壊されていた。
「ええ」
―― 帝王が発狂か……この誘惑に耐えねばならぬのは辛い
 かつて敗北した相手。だが強さはよく知り、成長したことで以前よりも強くなっているだろう”帝王”
 彼が狂いかけて、表面に出て来ていると聞き、ハネストの心は踊った。その心を必死に押しとどめて、ザウディンダルを見つめる。
「対処方法は?」
「なにも」
「我の父なればなにか知っていたかも知れませんがな」
「詳しいの?」
「父は両性具有や巴旦杏の塔について詳しかった……ですが、父だけなのです。いま下ったかつての同胞たちに詳しい者がいるかどうか。聞いてみますが、あまり期待しないでください、ロッティス伯爵」
「期待しないで待っています。聞いたあと、夫の元に行ってください。セゼナード公爵殿下が”ヒドリクの末に伝えろ! 私のところに来いと!”と叫んでいらっしゃったので」
「畏まりました」
「それと」
「はい?」
「ミスカネイアと呼んでください」
 いままで皇帝の異父兄弟の妻最年長の座にあったミスカネイアだが、
「団長夫人をですか?」
 その地位をハネストにとって代わられた。年長者でいたかった訳ではないが、見た目若く、僭主ながら皇帝の血を引く義理妹に堅苦しく呼ばれるのは彼女は望まない。
「私はとっても弱い女です。ハネストの基準でいったら、呼び捨てで構わないでしょう」
 ザウディンダルの頭を撫でていたハネストの手が止まり、ミスカネイアを正面から見つめる。
「我も色々と知りました。身体能力がないに等しい者でも、強い者はいると」
「后殿下ですわね。それにメーバリベユ侯爵も」
 ザウディンダルの体の汗を拭きながら、答える彼女。
「……ふっふふ。想像以上に強い御方だ。まあいい、ミスカネイアと呼ばせてもらいましょう」

―― あのハイネルズが言うことを聞くだけのことはあるな

 ハネストは部屋を出て僭主たちが集められている場所へと足を向けた。


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