ALMOND GWALIOR −227
 シュスタークに抱き締められ、笑顔のロガを見て意識が遠退いたザウディンダルだったが、その笑顔がなくなり、持ち上げられた腕が銃を持っていることに気付き、
―― 危ない!
 自分を抱き締めていたシュスタークを力任せにはじき飛ばして、向かう瞬間にギャラリー側からの弾道を見てロガを庇った。
 シュスタークが気付かなかったのは、自分に向けられた殺意以外に対しての反応が鈍いことが原因。ザウディンダルは死を恐れる性質のため、殺意に敏感だ。
 サーパーラントの殺意もロガの殺意も本物で、それを解って間に入るのはザウディンダルの性質上不可能に近いのだが、やってのけた。
 思考としてまとまらなかったが―― 俺が間に入れたってことは、本気じゃなかったって言い訳できる ――サーパーラントの銃弾を受け、腕の中にロガを抱き締めながら、やっと考えがまとまった。
 そしてロガが人を殺してしまったことにも気付き、離れられないでいた。
 人を殺したと知ったら、悲しみ苦しむだろうと。抱き締めたまま目を合わせることもできず。
 力強く規則正しい足音を感じ、
「なにぼさっとしてるんだよ! はやくあれを”殺す”んだよ! ビーレウスト!」
 聞き覚えのあるキュラティンセオイランサの声と内容に一息つき、腕に込めていた力を緩める。
「待って下さい!」
 ロガの殺人の証拠を隠すために銃を構えたビーレウストに向けられた制止の声に、怯えや後悔は微塵も感じられなかった。
 ビーレウストは銃を下ろし、
「ありがとうございます、ザウディンダルさん。撃たれたのではありませんか?」
「肩の骨に当たって止まったので大したことはありません」
 自分を庇って肩を撃たれたザウディンダルを気遣い立ち上がる。そして先程までサーパーラントが立っていたギャラリー部分に居るビーレウストに言った。
「ビーレウストさん。その人を殺すのはやめてください」
 言われた方は腕を組み、
「そうは言いましてもね、后殿下。俺はこいつが后殿下に銃口を向けているのをはっきりとこの目で見ました。あなたに銃口を向けた時点で、死罪は確定。銃口を向けたことを確認したのが上級貴族以上で少将以上であれば、その場で処刑することが許されています」
 殺すなと言われても困りますと言って、再び血の匂いを嗅がないようにするためにハンカチで顔を覆い隠した。
「違います」
 その言葉を聞いて、ロガは首を振る。
「違う?」
 深呼吸したロガは銃を両手で持ち、

「その人を殺すのは私です」

 はっきりと言い切って銃を掲げた。
「その人が死んでいないのでしたら、私がとどめを刺します。私は殺すつもりで撃ちました。人を自らの意思で、誰のためでもなく自分自身のために殺そうと撃ちました。私は自ら考え、殺すと決め、殺すために撃ったのです。殺人という行為とそれに伴う責任を、誰かに代わってもらおうとは思いませんし、代わって欲しくはありません」
 離れた位置で肩の傷を押さえながらロガを見ていたザウディンダルは、自分が庇ったのが”奴隷であった少女”ではなく”皇帝の正妃”であることを知り、肩の痛みを忘れる程に傷を負わせることがなかったことを誇らしく思った。

 ビーレウストは一人見下ろす形でロガを見つめ、顎に指をあてて考えるようにして、
「さっきの構えを見せて欲しい」
 誰も予想していなかったことを言い出した。
「なんの構えですか?」
「こいつを撃ち殺そうとしたときの構えだ」
 ビーレウストが曲がり角で見たものは、銃を放った瞬間のロガ。その躊躇いのない、まっすぐな姿勢にビーレウストは美を感じ、見とれて動くことができなかった。
「え?」
 人を殺そうとは思い引き金を引いたロガだが、それはあくまでも”自分を殺害しようとした相手”であったからであり、突然銃を構えろと言われても、なにをどのように狙って良いのかすら見当もつかない。
 そのロガの驚きを無視し、ビーレウストは”シュスターク”に銃口を向けた。
 誰が見てもはっきりと解る銃口の向き、そして、
「俺は陛下を撃てる。さあ、俺を本気で撃たなけりゃ、陛下が死ぬぜ」
 本気の殺意をシュスタークに、そして挑発をロガに放った。
 その言葉にロガは顎を引き、いつものように背筋を伸ばし、ビーレウストに向かって両手で銃を構えた。
 その手には確かに殺意が篭もり”標的”をみつめる瞳は穏やかで表情は真摯。ビーレウストは初めて感じる殺意であり、自らに向けられたその美しい殺意に血の臭いも忘れて舌なめずりをして《味わい》銃を降ろし、床に転がっていたサーパーラントの髪を鷲掴み”死体”を放り投げた。
「死んでるよ」

 小柄で稚児らしい美しさを持ち合わせていた少年サーパーラント。
 その体は落下した際にあちらこちらが折れ奇妙に曲がり、開かれたままの目蓋と光を失った深い緑色の瞳などが死を感じさせるが、彼の特徴でもあった美しい金髪だけは生気を失っておらず、暗い闇のなかで不気味なオブジェとなっていた。

 ロガの表情は晴れやかでも落ち込んでもいない。ただ落とされたサーパーラントの死体に近付きはせずに軽く頭を下げた。
 ギャラリーから飛び降りたビーレウストは、転がっているディストヴィエルドの髪を毟るように掴んで、目の高さまで上げる。
「これが、手前に似てるって騒ぎになった男か?」
「そうディストヴィエルド=ヴィエティルダ」
 頭部を切り落とされた程度では死なないのが”彼ら”であり、ビーレウストに掴みあげられたディストヴィエルドは怒鳴り出す。
「貴様、この男がザロナ……」
 ビーレウストに向かって”エーダリロクはザロナティオンだ!”と叫ぼうとした所で、自分の頭が高い位置に上げられたことに気付く。
「あたーっく」
 やる気なさそうな声とは正反対の殺る気に満ちあふれている”アタック”を食らい、床へとたたきつけられ……そうになった所でエーダリロクが、
「れしーぶ」
 これもまた気合いの入っていないかけ声と、必死の表情で頭を拾う。
「エーダリロク、いったぞー」
 トスをするビーレウストと高く上がったディストヴィエルド。その頭に、
「おーばーへっど、きっーくー」
 足がヒットした。
 二人はかけ声はやる気がなさそうだが、表情と動きは殺気とその他何かに満ちあふれていた。
「……大丈夫か? キュラ」
 銀色の頭部が高速移動しているのを眺めながら、
「大丈夫そうに見える? ザウディンダル」
 ザウディンダルが死人の顔色にちかいキュラに声を掛ける。
 二人は満身創痍なので”あれ”止めることはできない。二人とも負傷していない状態であっても”あれ”を止めるつもりは毛頭ないのだが。
「警備時間変更になった理由は聞かないから、君も僕の怪我について聞くんじゃないよ、ザウディンダル」
「解った。……無事で何よりだ」
「本当にね」
 床に座り”顎”でキュラが合図して、ザウディンダルもその方向を見た。
 ザウディンダルに弾かれて床に座り込んだままになっているシュスタークに近付いたロガが、手を差し出している姿がそこにはあった。
「立てますか? ナイトオリバルド様」
「あ、ああ」
 差し出された手を握ったシュスタークは、もちろん力を込めることなく、自らの足の力だけで立ち上がる。
「お怪我はありませんか? ナイトオリバルド様」
「ない。ロガは?」
「ありませんよ。ザウディンダルさんが庇ってくださったので」
「そうか」
「あの、ナイトオリバルド様」
「なんだ? ロガ」
「ビーレウストさんは処刑とかなんとかは……」
「あれたちは大丈夫だ。あの一族は余というか皇帝に銃口を向けても良いという規則があってな」
 キュラとザウディンダルからするとロガは後ろ向きなので、とうぜん表情はうかがえないが、シュスタークの表情から”それは優しい表情をしているのだろう”と解る。
「綺麗な御方だよね。でも陛下、エヴェドリットも銃口向けると一応処罰はありますよ。后殿下に嘘教えないでほしいな」
「本当にお綺麗な方だ。でもまあ、エヴェドリットは面倒だから、それで良いんじゃねえの……えっと薬……」
 キュラの腹部の傷口を見て、ザウディンダルは自分の持っていた薬を渡そうと体を触って、
「あ……」
 リュゼクに全て渡してきたことを思い出した。
「別に要らないよ。后殿下の無事が確認できたから、僕は戻って治療器で治すからさ」
「でも」
 リュゼクの状態を確認しようと立ち上がり、
「ぼーれーしゅーとー」
「貴様ら! いいかげ……」
「てっぺきの、でぃふぇんすぅ」
 間抜けな声と殺意溢れる行為に背をむけて、格納庫入り口へ進もうとした。
 そこにシュスタークやロガも使ったエレベーター到着音が響き、
「陛下ぁ!」
 顔半分に血がこびりついた状態のカレンティンシスが現れた。
「……」
「……」
 エーダリロクはディストヴィエルドの頭部を小脇に握り、口を強く押さえる。ビーレウストはあらぬ方向を見て口笛を吹き始める。
「……うわ」
「きちゃった……」
 ザウディンダルとキュラは下手に動いて叱られないようにと、動きを止めた。この場の全ての時間を止めた王カレンティンシスだが、そんなことには気付かず歩き、まっすぐにシュスタークの元へと向かう。
「ロガ、ちょっと後ろに」
「はい」
 ロガはシュスタークのマントの中に入り、こっそりと様子をうかがえる立ち位置で、到着を待った。
「陛下!」
「カレンティンシス」
 シュスタークに近付いてきたカレンティンシスは、
「陛下! 単身で警備も付けずにこのような行動を取るとは! 軽率な行動は慎まれよ! 尊貴なる御身が斯様なことを……」
 血相を変えて、シュスタークに怒る。
 二十五歳になるこの年まで、怒られている人を見たことはあっても、自らが怒られたことのないシュスタークは思わず後退りしそうになったが、背後にロガがいることを思い出して堪えつつ、手で”わかった”と制する。だがカレンティンシスの怒りは止まらない。
 その怒りは負ではなく、シュスタークを心配しての怒り。親が子の無謀な行為を心配し、無事であったことに安堵しているのに沸き上がってくる怒りに似たもの。
 涙まで浮かべて怒るカレンティンシスに、皇帝としての軽率な行為を謝罪しようと喉までその言葉が出かかった時、背後の少し離れた位置の扉が開く音がして思わず振り返った。
 他の者がカレンティンシスに注意されている最中にこのような態度を取ったならば、叱責材料が増えるだけの軽率な行為ではあるが。
「リュゼク……大丈夫か?」
 現れたのはリュゼク。
 殴られた痕跡がある状態だが、顔の判別が付くくらいには戻っていた。
「はい」
 まだ足を引きずるような状態のリュゼクは周囲を見回して、
「殿下! 護衛はどうなされた!」
 先程までカレンティンシスがシュスタークを怒った理由と、全く同じ理由で怒り出した。
「リュゼク、それは……」
「どうなされたと聞いておりますのじゃ! 陛下をお叱りになった理由は解ります。じゃが殿下も同じでは?」
 近付いてくるリュゼクに、シュスタークと同じように”解った”と制するように手を上げるも、主に似ているリュゼクが下がるはずもない。
「大体じゃ、陛下は天下無双の強さを誇られるが、殿下は違う! ご自分の身をご自分で守ることもできぬ! その殿下が単身で襲撃されている艦内を出歩くとは何事じゃ!」
 生首で遊んでいた二名と、話をしていた二名は”そりゃそうだなあ”と目配せして、
「ビーレウスト、ぱーす」
 ディストヴィエルドの頭で再度遊びだし、
「ないすぱーす、エーダリロク。そして、とらーい」
「ビーレウスト、ラグビーのトライは前じゃ駄目だよ」
「そうだぜ」
 二人は生首ラグビーの観戦しながら手を叩く。
 四名ともテルロバールノル王家の《当然なる叱責》から目を背けて、事態がシュスタークによって解決をみるのを遊んで待つことにした。彼らが下手に口を挟んだら最後、飛び火して大延焼するのは明か。
「プネモスはどうしました!」
「プ、プ、ネモスはその……」
 リュゼクに”死ぬつもりで、プネモスをおいてきた”など言えるはずもないカレンティンシス。
「あの馬鹿者が! 殿下に後日処分されようとも這ってついてくるのが、側近として護衛としての使命であろうが!」
「リュゼクよ」
「なんで御座いましょう、陛下」
 ”そう言えば、あの場に一人できたな”シュスタークも現れた時のことを思い出したが、事情こそ分からないが何か考えがあってのことであろうと考えて、助け船を出すことにした。
「あのな。エーダリロクとビーレウストが遊んでおる生首、ディストヴィエルドとかいう僭主の体を、あそこから落としただけなのだ。急いで安全を確保するためにのことだが、体だけが動き回っていると思うので、処理部隊の編成などを任せたいのだが」
 シュスタークに言われたリュゼクは周囲を見回して、ディストヴィエルド=ヴィエティルダの”体”がないことに気付き、
「気付かずに申し訳ございませんでした! 大至急部隊を編成して捕獲いたします」
 頭を下げようと膝を曲げた時、
「……! 貴様等!」
 シュスタークがディストヴィエルドの体を突き落とした吹き抜けから、昇ってくる圧力を感じ、膝を折らずに頭を上げてリュゼクはカレンティンシスを庇った。
「了解」
 ビーレウストは吹き抜けの落下防止用の柵の上に立ち、二丁の銃を構える。
「陛下、后殿下をお願いしますよ」
 エーダリロクは言いながらディストヴィエルドの口に拳を入れて破壊し、キュラとザウディンダルの前に立つ。
「お、おお。ロガ、少しの間隠れていてくれ」
「はい」
 先程までと同じように、シュスタークの陰に隠れながら、全員が見ている吹き抜けをロガも見つめた。
「どうだ? ビーレウスト」
「かなり凄げぇの来たぜ。エーダリロク。到着阻止は無理だ、それなりの体勢とっておけ」

 ビーレウストは”それ”目がけ、銃を放つ。ヘルメットを外して初めて聞いたその爆音にロガは手で耳を押さえる。

 そして長い長い”影”の持ち主が現れた。


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