ALMOND GWALIOR −222
 キャッセルは据え付けられた銃を抱き締めるようにして構え、反動で上半身の骨や臓器が傷ついても気にせずに、敵を撃ち続けていた。

「ふー。血だ……口から血が出て来ると面倒なんだよなあ。ぬるぬるして構え辛くなる」

 緩やかな癖のある黄金の髪。帝国ではもっとも美しいとされる部類の顔立ち。毛ぶるような睫、左右の色が蒼と翠の瞳。小振りな色のない唇。血が通っていないのかと思わせる白い肌は、血管の存在を感じさせたりはしない。細く整った形の眉。全ての顔のバランスを整える鼻筋。

 キャッセルはそれらの美しさを兼ね備えていながら、その姿は歪さを感じさせる。

**********


 負傷し吐血しても攻撃する手を休めないキャッセルを護衛する、遅れてきたシス侯爵艦隊。

「少佐、陣形整いました」
「防御に徹しろ」
「攻撃は最大の防御なりで?」
「いいや、ただ防御に徹する。漆黒の女神ではなく、僭主に攻撃している艦を護衛せよ。我等が攻撃するよりも、ガーベオルロド公爵閣下が敵を射貫いたほうが確実だ」
 キャッセルの使っている武器は艦隊戦用のエネルギー砲とは種類が全く違い、防御用の装置が一切役に立たない。
 弾幕も無意味。破壊された艦の影に隠れても貫かれる。どんな物をも射貫く銃でキャッセルが狙うのは巡航維持装置。戦艦を宇宙空間で決められた位置に設置し、一定の方向に進ませるために必要なもの。
 重要故に外装の下に護られるように設置されているのだが、キャッセルの銃は外装を貫通しそれを破壊してゆく。
 一定の位置を自動で維持できなくなった艦は立て直しに必死になり、攻撃することはなくなる。
「分かりました」
「歯痒いし、陛下のもとに馳せ参じたい気持ちはあれど、単身乗り込んだところで何もできんからな」
 イズモール少佐の言葉に、副官は頷いた。

 ドゥービシリアス子爵イズモール。年齢二十二歳、階級は帝国軍少佐。
 帝国最難関と言われる帝国上級士官学校に十四歳で入学し、二十歳で卒業。士官候補生を二年経て、少佐になったばかりの女性である。
 帝国貴族(ジズエア)の家名を持つ、皇帝直属の貴族。
 彼らの祖先はシュスター・ベルレーと同じく、両親を戦争で失った戦災孤児、もしくは育てられないと廃棄された子供たちを集めた年少兵士訓練所にいた子供たちである。

(シュスター・ベルレーは戦災孤児なのか、廃棄されたのか、はっきりとしたことは分からない)

 同じ訓練所で育ち、同じ部隊で戦った者たちでもない。
 シュスター・ベルレーは成人し、違法手術の後に脱走し、連邦政府に戦争を仕掛ける。その初期の頃、彼の手元に兵士はほとんどいなかったので、幾つかの訓練所から年少兵士たちを奪い兵士にした。
 シュスター・ベルレーの彼ら年少兵士に対する態度は、分類すれば冷酷であった。ただシュスター・ベルレーはかつて自分がそうであったが故に、彼らがどんなものなのかを理解した上での冷酷さであった。
 シュスター・ベルレーは彼らに、争い以外の道を示してやらなかった。
 争い以外の道は外側から教えても届かないことを、シュスター・ベルレー自身が良く知っている。無数の戦いを経て生き延び、個々にとって衝撃的な出来事を経て変わる。それ以外の道はシュスター・ベルレーも知らない。
 そんな兵士として育てられていた彼らを戦争に投入し、生き延びたのがジズエアの祖先である。ジズアエの祖先は皆孤児であり、シュスター・ベルレーの配下になる以前の過去はない。

 だから彼らは起源であるシュスター・ベルレーと共にあり、彼らの子孫は皇帝と共にある。

「僭主艦隊が本隊の最終防衛ラインに」
「間に割って入る! 中尉、喜べ二階級特進だ!」
 犬死にになると知っても身を盾にして皇帝を護るのだ。
「少佐。機動装甲です! ……少佐が大佐になるには、もう少し時間がかかりそうです」

**********


 イズモール少佐に場所を渡し、テルロバールノル艦隊を整列させながら、ヘルタナルグ准佐はデータ採取の進み具合を確認する。
「どうだ?」
「まってください……終わりました!」
 技術者たちの自信に満ちた表情に頷き、王からの命令を果たすためにザセリアバへと連絡を入れた。
「リスカートーフォン公爵殿下! 情報収集終了いたしました!」

 何が起こるのか? 誰もが知っているはずなのに、誰もがその事態に驚く。彼ら以外の者は驚くしか選ぶことができない。

『そうか、じゃあお前達はデータを大事に保管しておけよ。よし、シベルハム、エレスバリダ! 用意はいいな!』
 ヘルタナルグ准佐からの連絡を受け取ったザセリアバは、待っていたという感情を露わにして叫ぶ。
『おう、いつでも』
 艦隊指揮をしているアジェ伯爵も、
『待ってたぜ、王』
 バーローズ公子も、待っていたと叫ぶ。
『シセレード公爵 ストローディク=ザーレリシバ! 行け!』
『了解した、リスカートーフォン公爵 ザセリアバ=スフォレディク』

 ザセリアバはエヴェドリット特有の名前交換を行い、シセレード公爵に「さあ、死ね」と命令を下した。言われた方も心得たとばかりに、僭主側機動装甲二体に突撃してゆく。
 この状態になることは、ほぼ誰もが解っていたが、艦橋に響き渡る異常な笑い声に、血の気がひいてゆく。
「な、なにが楽しいのだろうか」
 ザセリアバに”データ収集完了報告”をするという重大任務を任されていたヘルタナルグ准佐も、艦橋に響くエヴェドリット勢の笑い声に呆然としていた。
 ヘルタナルグ准佐も軍人だ。
 人の死に何度も直面したことはあるが、目の前で起きているのは人の死ではなかった。
 誰もがエヴェドリットは”こういう性質だ”とは知っているが、知っているのと目の当たりにするのは違う。
 僭主騎士二名もシセレード公爵の自爆体勢だと理解し、必死に逃げようとするが、エヴェドリット艦隊そのものが「三体」に狙いをつけて攻撃を開始する。
『死ね! 死ね! シセレード!』
 僭主艦隊への攻撃を止めて、味方に集中砲火を加える。
『殺せ、殺せ! 僭主! 死ね!』
 味方を撃つことに一切の躊躇いなく、そこに属している者たちは叫ぶ。
 キャッセルも援護するとばかりに狙撃を開始し、ザセリアバ王も至近距離から撃つ。
 そして誰よりも楽しそうなのが、
『ひゃひゃひゃ……来いよ! 逃げるなよ! ひゃひゃひゃひゃ……ああああ!』
 死にゆくシセレード公爵。
 笑い声は狂っている感じがあるが、操縦席の彼の表情は非常に穏やかで、それがヘルタナルグ准佐のいる艦橋には映し出されているので、余計に不気味なのだ。
 高潔に死ぬような表情ではなく、声は完全に狂っているが穏やか。死そのものを楽しんでいる、というのが最も近い表現かもしれない。
 だがそれを普通の人間が理解することはできない。普通人間は死を恐怖するからだ。

―― 動力リミッター解除 ――

 艦橋に響く、機動装甲内自爆装置の起動を告げる声。
 そして帝国艦隊に突進してくる僭主艦隊。
 僭主艦隊指揮官のトリュベレイエスは、今が好機だと陣頭指揮を執り、帝国軍の最後の防御ラインを越えてきた。
「戦争するために生まれてきた……さすが」
 メリューシュカはその才能に驚きはしたが、茫然自失に陥ることなどなかった。
「……完全防御陣形!」
 突進しあと少しでダーク=ダーマを撃ち破壊することが出来る所で、トリュベレイエスは驚異的な突進を止め、最高レベルの防御陣を取るように命じた。
「機動装甲!」
 反応が遅れた僭主側の五十艦ほどが、一瞬にして消失する。
 移動することはできず、防御機能も働かなくなったダーク=ダーマの一角から、ブランベルジェンカ系統ではない機動装甲が現れて攻撃してきたのだ。
「誰か解りますか? トリュベレイエス」
「もう少し時間が掛かる。それまで指揮は任せた、ファーダンクレダ」
「はい」
 トリュベレイエスは突如現れた機動装甲に意識を向けた。
―― この動き、誰だ?
 彼女の頭の中には、帝国騎士全員のデータがある。データと言っても血筋や容姿ではなく《戦い方》その物。
 僭主側も機動装甲を所持している以上、その威力は理解している。だからこそ強襲として使ったのだ。
 先制攻撃に機動装甲を使った理由。
 それは待機している機動装甲をおびき出す囮。機動装甲が攻めてきた場合、数の上では勝っている帝国は動かせる全帝国騎士を投入し、人的被害を被らないようにすることを普通は第一に考える。
 異星人戦の切り札たる、機動装甲という機体を動かすことのできる唯一の《帝国騎士》
 僭主側よりは数は多い帝国側だが、戦況からすると数は足りてはいない。よって帝国騎士を無駄にする策を取ることはできないことを僭主側は掴んでいる。

―― 近衛兵と唯一重なっていない、ザウディンダル・アグティティス・エルターを待機させていたか? 違うな、あちらは反射速度がもっと優れている。血に酔う傾向があるビーレウスト=ビレネスト・マーディグレゼング・オルヴィレンダを待機させていた……それも違うな。狙撃用銃専用機体ニーデスがない。誰だ?

 帝国騎士のほとんどは近衛兵でもある。重複していないのは、両性具有で”弱い”部類に属するザウディンダルと、あとはロヴィニア王国軍に二名。そのためまずはザウディンダルを疑ったが、彼女の記憶にあるものとは違った。

「該当者はヒドリクの異父弟ニューベレイバ公爵クルフェル・リークエット・ベルシアローゼ! ヤツ用の陣形を取れ! それにしても、応戦せずによくぞここまで耐えたものだ。忍耐力だけは素晴らしい」

 トリュベレイエスの”読み”は的中していた。

**********


 クルフェルは帰還のほぼ毎日を、ダーク=ダーマ内に特別設置された機動装甲格納庫内で過ごしていた。
 僭主の襲撃を受けた時も、クルフェルはすぐに出撃出来る状態であった。
 だが彼は出撃しなかった。彼が出撃する条件は二つ、皇帝と后が脱出する際の護衛を務めるか、その前に最終防衛線が破られそうになったら出撃するかのどちらか。
 その間、彼はひたすら待っていた。
 皇帝の護衛を務めてから、そのまま敵陣に切り込めたら……と考えながら、まったく情報が届かぬ機動装甲の操縦部分で、皇帝たちが脱出に使うための船が飛び出す”はず”の場所を見つめ続けていた。
 緊張感は時の流れを遅く感じさせる。出撃して戦っているほうが楽だ――その誘惑に駆られて出撃しそうになるが、クルフェルは必死にこらえた。
 敵が死に味方が殺害されているのを知りながら、作戦が遂行されていないことを理解しながら待ち続ける。
 結局皇帝が脱出する時ではなく、押され切った最悪の状況で彼は出撃した。
 死ぬ可能性が高いことは解っていたが、死の恐怖よりも待ち続ける方が苦痛であった。その抑圧から解き放たれ、僭主の艦隊と交戦をする。
 戦況の厳しさから援護はないに等しいが、異星人戦でも同じこと。
「何時もより危機的で、何時もより強い相手……か」

**********


 最後の防衛線であるクルフェルを投入した帝国軍だが、僭主側の”その騎士が出撃してきた場合に取る策”の前に、現状維持こそできているが押し返すことが出来ない状態。
 どのように命令を出すべきかを考えているメリューシュカの元に、艦橋を守っていた夫率いる近衛兵たちが続々と入ってきた。
「シダ公爵。お戻り……」
 タウトライバはハネストとヤシャル、そして《作戦成功の結果》である数名の僭主を連れて艦橋へと戻って来た。
「メリューシュカ、全軍に進撃命令を出せ。被害を最小限に抑えるのには、それしかない! そして、説得を頼むぞ」

 連れて来られた僭主たちは笑い、頷いた。その腕を束縛する物はなく、その足に枷はない。
 束縛のない人質、それは”意味がない”という強者の証。

 その表情と僭主たちの特性に、メリューシュカは恐怖を覚えたが、この状況を収めるには信じるしかないと、先ずは防御の達人と言われるタウトライバの命令に従い指示を出す。

 守りの”質”が一気に変わったことに、ファーダンクレダは気づいた。
「トリュベレイエス、艦橋にシダが戻って来たようです」
 なにがどう違うのではなく、全てが違う。例え戦列に穴があろうが、そこを目がけて攻撃しては駄目だと思わせるもの。
「そうか」
「これ以上攻め込むのは不可能」
 タウトライバは攻めなくて良いのであれば、無類の強さを見せる。よく攻撃は最大の防御なりと言うが、彼の場合は防御のための防御。攻撃用武器を用いて防御する、攻撃を完全に排した采配。
「機動装甲を落とすほうが楽そうだな! 一度撤退する……」
「どうしました? トリュベレイエス」
 途絶えていたカドルリイクフからの”通信”その内容は、この襲撃とは関係のないも。
「弟から連絡だ。ファーダンクレダ、ハネストが勝負しないかと言っているそうだ」
 トリュベレイエスも”ハネスト”は直接知らないが、彼女が帝星に単身潜入し、皇帝を殺害する計画が上手くいかなかったので、彼らは暗殺を諦めた――なる経緯がある。
 それ程僭主たちの、ハネストに対する【殺人者】としての信頼は大きかった。
「ハネスト? ハネスト=ハーヴェネス?」
「そうだ。生きてこちらの作戦をことごとく潰したそうだ……これは驚いた。最高の”殺戮”生きていたのか」
 トリュベレイエスはカドルリイクフから届く”ハネスト”の映像を脳裏で見ながら指示を出す。
「トリュベレイエス、伝えてください。勝負すると……くっくっ! はははははは! 死んでる筈がないと、やはり生きていたなハネスト。あの女がそう簡単に死ぬ筈がない。死ねる筈がない。死とてあの女には背を向ける」

**********


―― リスカートーフォン勢! 大至急、此処へと来い!

『アルカルターヴァからのご命令だ、お前らまず行ってこい。我は僭主艦隊を沈めてくる』
『了解した』
 僭主艦隊はザセリアバ王が襲ってくると見て、撤退を開始したが、
「エヴェドリット王! 目的を見失なってはなりません!」
 テルロバールノル王の艦橋に響いた、メリューシュカの声に、兵士たちは急いでダーク=ダーマと連絡を取ろうと操作卓へと戻る。
「ダーク=ダーマの通信が回復した? ……目的?」
 帝国艦隊がザセリアバ王の後を追う映像を見ながら、ヘルタナルグ准佐はカレンティンシス王の無事な声に安堵した。

 ダーク=ダーマへと来いと言われた「リスカートーフォン」たちは、次々と乗り込むための機体が格納されている場所へと向かった。
「突撃艇の用意は」
「できております。アジェ伯爵殿下」
 まともな離着陸をする気など皆無な、根っからの戦争狂たちは、ダーク=ダーマに激突上陸を開始する。
「キャッセル」
 操縦席についたアジェ伯爵が、通信機を使いキャッセルへと声をかける。
『なあにかな?』
「一応援護しろよ」
『了解。それじゃあ、お腹一杯食べてきなよ』
「お前、敵がどういうのか知ってるのか?」
『触手系。美味しいと思うよ』
「そいつは我の大好物だ。触手に埋め込まれている瞳を抉り取った下にある柔肉は最高だ」
『存分に食べるといいよ。私の分もね』
「お前は本当に同族食わんなあ。美味だぞ」
『兄さんとの約束だからね。私は拷問して殺すだけ』

 自分が吐き出した血で足元が滑るので、近くにあった死体を足元に置き、踏みつけてキャッセルは銃を撃ち続ける。

―― もしかしたら死んじゃうかもしれない。でも、なんか楽しい。もっと血吐けそうな感じだ

 静寂の中で狂気と楽しさを感じながらキャッセルの体を通しての衝撃に耐えられなかった、足元の死体が千切れる。

**********


「……ダーク=ダーマに繋げ!」
 トリュベレイエスの指示で襲撃当初から仕事がなかった通信兵に、やっと仕事が与えられた。
「ダーク=ダーマの通信、回復したのですか?」
 エヴェドリット艦隊から突撃艇が現れ、それを援護するように金糸のエネルギーが僭主艦隊の前を横切る。
「そのようだ。ディストヴィエルドも従ったのか」
 ダーク=ダーマと通信をつなぎ、画面に現れた弟のカドルリイクフと対面し、その場にハネストがいないことと、
「あの策士はどうした」
『ディストヴィエルドか? 知らん』
「そうか」
 作戦を立て通信を途絶させたはずのディストヴィエルドの行方を尋ねたものの、知るものは誰もいなかった。
 姉弟の会話の後ろで、タウトライバが必死に、
『落ち着いて下さい、ザセリアバ王! 作戦はほぼ成功です! あとは殿下が攻撃の矛先を収めてくだされ……エヴェドリット王!』
 ”味方”を説得していた。
 その声を聞きながら、トリュベレイエスは首を振り、
「おい、シダ! 投降してやるから、その話を聞かないリスカートーフォンを一緒に殺そうではないか。お前は汚染されている、我等は食い尽くす」
 紅蓮の髪の下から睨む目は、明かに本気を物語っていた。


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