ALMOND GWALIOR −221
 多くの人造人間を食らい、同化によりその能力を得たザロナティオンだが、手に入らない物も幾つかあった。
 その一つに戦闘センスがある。
 どれ程腹に生きたまま肉を収めようが身につかず、いつでもそのセンスに驚かされた。

《弱いがセンスはいい》
―― あんた、それ褒め言葉なのか?
《さあ? 素直な気持ちというやつだ》

 顎を掴み骨を砕き肉を指で引きちぎり、同時にこめかみに何度も拳を叩き込み脳にダメージを与え距離を取る。
 顎をぶら下げたままのディストヴィエルド。脳を回復させながら腕を組み自分を見下ろすように立っているザロナティオンに照準を合わせる。
 回復してゆく脳が、彼の過去を貼り合わせて無作為に脳裏に再生してゆく。
 その過去の中に、圧倒的な力の差を感じた時の出来事もあった。ザベゲルンとヴィクトレイ、この二人とディストヴィエルドの身体能力の差は明かであった。
 だがその時ですら”圧倒的”と感じただけで”否定”を感じることはなかった。たった二度拳を合わせただけで、目の前にいる存在していないはずの存在に”勝てない”と。だがそれを完全に認められないでもいた。

《センスが良い相手に負けそうならば諦めもつくであろうが、こんな地べたを這い回る戦闘センスの欠片もない相手ではプライドが許すまい。リスカートーフォンは戦いに関してはアルカルターヴァの気位に勝るとも劣らん》

 ディストヴィエルドの精神は上手く立ち回ることを良しとし、正々堂々を嘲笑うものだが、根底は”変えられない”
 自分よりも戦闘センスのない相手にやられたままになるのは、彼の中にある原始欲求が戦いを続けろと命じ、逃げることを拒否させる。
 ザロナティオンは両腕を解き、また四つん這いになり舌を”だらり”と垂らし、まだ顎の治らぬディストヴィエルドへと激突する。そのままふくらはぎに抱きつき、立ち上がり足を”刈る”
 ディストヴィエルドはそのまま腹筋で起き上がり、頭髪を掴み頭突きを加えようとする。

―― こいつの体と俺の体じゃあ、こいつの方が上だろ
 先程ディストヴィエルドのこめかみを殴りつけた力。あれ程の衝撃を食らえば、エーダリロクの頭蓋は”ふっとぶ”とまではいかなくても、割れて内部が露出するのは確実。
《だろうな》

 エーダリロクにそう答えながら、ザロナティオンは自らも勢いを付けて頭突きを仕掛ける。ザロナティオンが避けることも防御することもせずに攻撃を仕掛けてきたことで、まだ完全に回復していない脳へのダメージを避けるために、起こした体を反り返しザロナティオンの足を取りながら、下半身に反転を加えて、頭突きを仕返そうとしていたザロナティオンの側頭部を蹴るために、足の骨を折りながら拘束を解こうとする。
 ザロナティオンは刈って抱えるようにしていたディストヴィエルドの腕を解き、同じように背中から床に落ちてゆく。
 ただしブリッジ状態で、そのままディストヴィエルドも、
―― ちょっ! ブリッジでこんなに早く移動……壁まで上れるのかよ!
《なにを驚いているエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。私は別名四足の皇帝だぞ。忘れたわけではあるまい?》
―― 腹ばいだけだと思ってた
《戦闘に関する視野をもっと広く、そして柔軟に持つべきだな》
 エーダリロクすら驚かせる、背中を地表に向けた動きで床を走り、壁を駆け上がる。
 それも足から駆け上がっているので、頭は床を向きディストヴィエルドを捉えたまま。
《顎が治ったか。治療にここまで時間をかけるということは、あれは食人能力に優れておらず、食人能力を戦闘に使う戦い方をせぬようだな》
 生来の能力が”食べる”ことに向いている個体であれば、先程の顎を砕いた力程度で、顔が破壊されることはない。
 それというのも脳に加えた力と顎に加えた力は同じ。彼らの体は重要な部分を厳重に守る性質があるので、脳と顎に同じ力を加え比べた場合、能力的に勝っているのが脳となる。
―― それが罠ってこともあるがな
 リュゼクのような原始超回復能力であれば単純に”そう”判断できるが、ディストヴィエルドのような回復場所を選べる体質となるとそうもいかない。
 分かるのは顎が”やや弱い”ということだけ。
《おまえの言う通りだ、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
―― ところで弱いってどの程度の弱さだ?
 エヴェドリットは元々頭部が異常なほど頑丈で、殴られてもまず顔が崩れることはない。
《あの顎では異形の近衛団長は噛み切れまい。エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル、お前の体ならば簡単に噛み切れるであろうがな。そうだな、あのヒドリクの末の父ザンダマイアスが限界であろう》
―― エヴェドリットとしては弱い顎だが、普通相手なら化け物なみだと
《まあ、そうだ。こいつ等は、だいたい”そう”だ》
 ザロナティオンはブリッジ状態のまま壁を駆け下り、飛び上がって回転し天井の剥き出しになっているケーブルを片手で掴み、千切りながら片手の指を広げて、ディストヴィエルドの腕を引き裂く。そこに千切ったケーブルを押し込み、再度脳にダメージを与える。
「残念だったな、ザロナティオン」
―― 昔っからある技には引っ掛からないな
《そのようだな》
 ディストヴィエルドは腕のケーブルを易々と引き抜く。
 回付能力が優れている者相手に取る戦法の一つとして、傷をつけて異物を差し込み回復能力を仇とさせるよう、肉や臓器にそれらの異物を食わせて捕獲する方法がある。
 一瞬でも引っ掛かるか? と思いザロナティオンは実行してみたが、回復能力が優れている者の戦い方を叩き込まれているディストヴィエルドには通じなかった。
―― 俺の体だからって、気を使わなくてもいいぜ
《ありがたい言葉だが、傷つけるつもりはない》
 ザロナティオンは二本足で立ち、左手を前方へ、右足を摺るように前へと出す。
「二足でやれるのか? 帝王」
「やれる」
 ザロナティオンは問いに簡潔に答え、前に出していた左手で極上の銀髪を荒々しく掴み、膝を腹に入れて頬に拳を入れる。
 だが黙ってやられる程ディストヴィエルドは弱くはなく、反撃に転じる動きがくるとザロナティオンはすぐに離れ、そして傷は簡単に治ってしまう。
―― 俺のことは気にしなくていいって
《私に任せろ、幼子よ。ここから本気だ》
―― あんたが?
《相手が》
 ディストヴィエルドは速度を上げて、視界から逃れて気付かれぬうちに攻撃をすることにした。
 ”ザロナティオンがエーダリロクの体を傷つけることを嫌っている”ことと”ザロナティオンの戦闘センスの限界”この二つから取った攻撃。
《早ぇ!》
 予想通りエーダリロクはその動きを追うことができず。ザロナティオンも追うことはできなかったが、動かず感覚で探し出す。
 左後方からきたディストヴィエルドの足首を掴み、のぞき込むようにして顔に平手打ちを食らわし、掴んだ足を振り回す。そこらの建物を壊すの丁度良いとばかりに、上へ下へ、そして横へと。
 ザロナティオンの反撃はエヴェドリット相手の戦闘に対する反撃ではない上に、ロヴィニアが嫌う反撃方法でもある。ディストヴィエルドに与えるダメージよりも、周囲に及ぶ被害のほうが大きい。
 ダーク=ダーマの強度とディストヴィエルドの強度では、後者の方が勝る上に回復能力まで備わっているのだから当然のこと。

《放射線緩和装置を壊してしまったら……今から謝っておく》
―― うおあああ! 壁一枚100万ロダス! ああああああ!

 ザロナティオン、エーダリロクの体には一切ダメージを与えてはいないのだが、精神には少なからずダメージを与えている。
「調子に……」
 周囲の惨状とは無関係と思わせるほど傷ついていないディストヴィエルドは、ザロナティオンが掴んでいる足を自ら引きちぎる。
《良いタイミングだ》
 ザロナティオンは”この時”を待っていた。
 自分の手から離れ距離を取ろうとするディストヴィエルドを《銀狂》が押しつける。
 オーロラのように揺らめく白銀の翼。他者に見えないのが普通の念動力だが、一定の量を超えるとそれは姿を現し、絶対の力で押し潰す。
 同時にザロナティオンは、ディストヴィエルドの脳が出す指令を探っていた。
 ディストヴィエルドは自分の足首を千切りるためには、超回復を一瞬だが制御する必要がある。指令を出した箇所を発見し、体を押さえ付けながらその部分だけにダメージを与える。
 超回復能力は超回復能力を守るために、千切った足の修復も、銀狂の力で剥げた皮膚の回復も後回しにし、ひたすら見えない箇所を回復しにかかる。最も反応が早い負傷と回復。これを繰り返して超回復能力を奪い去る。
《ただ壁が脆くていかんな》
 ザロナティオンの押さえ付ける念動の破壊力と、ディストヴィエルドの体の強さ。この二つの前に、最硬度を誇る廊下の材質が持たず押されているディストヴィエルドを中心として、へこみ剥がれてゆく。
「きさま……ロヴィニアにしては、無口だな。ザロナティオン」
 掴めぬ超能力、それも《可視領域》と呼ばれる程の膨大な力を前に、ディストヴィエルドは本能をねじ伏せ逃走方法を探る。
 ザロナティオンの懸念通りディストヴィエルドを押しつけている壁は、あと数秒しか持たない。壁が壊れた瞬間、巨大な羽ばたく白銀の翼のような超能力が僅かに綻びる ―― それを狙ってディストヴィエルドはザロナティオンに声をかけた。

「ロヴィニアの王子ザロナティオンではない。シュスターザロナティオンだ」

 壁が破裂し轟音を上げて隣通路と繋がる。そこに逃げ遅れた兵士が二人いた。
 音の凄まじさに銃を構えることも忘れて足を止める。

―― 僭主との争いに、人間を巻き込むなってやつ ――
―― 知っているが ――
―― 知っていながら巻き込んだのか。……貴様、名を聞いてやろう ――

 殺そうとしていた自分の腕を止めて、ディストヴィエルドは兵士を盾にする。
「ええ?」
 人間の存在に出遅れたザロナティオン。
 ディストヴィエルドは足首から下をなんとか生やし、兵士をそのままにして立ち去った。
「え? 今の? セゼナード公爵殿……で、殿下?」
 両者の動きは速さではなく力であったので、普通の人間でも姿を簡単に確認することができた。その為、余計に兵士たちは驚いた。
 去った筈のエーダリロクと、現れたエーダリロク。
「あれは俺とそっくりな僭主だ」
《済まんな》
―― いいよ、いいよ。あんたは人間巻き添えにしたくない。それでいいって。それに俺じゃあ、あいつは倒せないしさ
 驚いて何を言っていいのか分からない兵士たちに、放射線緩和装置の使い方を説明し、
「このイヤリングの片割れが証拠になる。装置を止めようとするヤツがいたら、これを見せろ。上級貴族なら誰でもいい」
 僭主と戦う前に用意した「身分証明書」の中でも、最上級の物を手渡した。
「あ、はい」
 大粒の黒真珠が中心にある、プラチナ細工のようなイヤリング。
 中心の真珠に目が行きがちになるが、実はこれは脇の台がメインの品で、同じもの作ろうと過去帝国の全技術力を結集してみたが作ることは不可能であり、
”エーダリロクならば作れるのではないか? 研究してみたらどうだ?”
”一応研究してみますが、ペロシュレティンカンターラ・ヌビアのイヤリングはなあ……”
 現皇帝シュスタークが、天才と名高い従兄エーダリロクに研究を依頼したが、
”陛下。無理です! これ、素材の性質と角度と強度がおかしい”
”エーダリロクでも無理であったか。では余の御代における複製プロジェクトは終わりだな”
 当代随一の天才ですら、手の施しようがなかった。
 早々に完全敗北を宣言したものの、気にはなるので頻繁に見せてもらい、そして今回の戦いの際に、
”陛下。これ借りてもいいですか!”
 エヴェドリット系僭主との戦闘となると、ビーレウストの容姿の僭主が多い事は確実なので、念入りに身分証明用の宝石類を用意した。
”構わぬぞ”
 その一つがこの《宇宙に一組しか存在しない》イヤリングであった。
”片方はビーレウストに渡してもいいですか? もしもの為の陛下の影武者用にすっごくいいんで”
”前線でも余の影武者をしてくれるのか、ビーレウストは”
 僭主襲撃があることを知らない皇帝は、普通の影武者であろうと簡単に許可を出す。もっともこの皇帝は、いつでも簡単に素直にどれ程の財宝でも、親戚たちを信じて許可を出してしまうのだ。
「装置の使い方、分かったな」
「はい。殿下」
 兵士たちがどの貴族と遭遇しても、信じてもらえるように。また僭主が”ヌビアの片割れのイヤリングを見て”兵士たちを殺さず、もう片方を持っている相手のところへ案内させるか、取引材料にされるかを期待して。

「あのディストヴィエルドってやつは後で追うとして、先ずは陛下を捜そうか」
《あのイヤリング、僭主との取引材料になるのか? 相手はエヴェドリット僭主だぞ》
―― いや、結構好きな奴多いらしいぞ。……ほら、ヌビアは貴族じゃないからテルロバールノル王家は特別視せず、人間だからケシュマリスタ王家は嫌い。ロヴィニアの俺たちからすると……まあ、芸術的云々はさておき、原材料でしか見ないからあまり重要視しない。ベルレーヌはそれなりに……だけど、エヴェドリットは好きな奴が多いらしいぞ
《それは知らなかった》
―― 暗黒時代初めに、あのイヤリングを持ち出したのはエヴェドリット貴族だ。すっごい好きな奴がいたらしく、総攻撃中に帝星まで来て持ち出したんだそうだ。お陰で帝星が総攻撃されても破壊されずに済んだ。そいつが偶々ビーレウストの祖先の配下だった
《そうか。エヴェドリット貴族がなあ。それはそうとエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル、先程から被害総額を計算しているようだが》

―― おう……はあ、兄貴に言われるんだろうな。「お前は壊れてもすぐに治るんだから、ダーク=ダーマの盾になってもっと破損を減らすべきだ」って
 エーダリロクの脳裏に現れるケシュマリスタ顔の守銭奴を、少し離れた位置から見下ろしたザロナティオン。その姿に兄”ロランデルベイ”の影が重なった

《どこの兄も似たようなものだな》
―― 俺の兄貴ってことは、あんたの兄貴ってことに……ならないか?
《私には兄は余る程いる。むしろお前に押しつけたいくらいだエーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》

「ラードルストルバイア・ゼークゼイオン・トールドヴァティオなんて、いらねえ。俺は兄貴はあの一人で充分だ」


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