ALMOND GWALIOR −213
 作戦の「肝」は決まったが、それだけではどうにもならない。
「作戦の概要を大雑把に説明する。作戦準備が整って時間に余裕があれば詳細に説明するが。手短に説明すると、海中にバラーザダル液部分を作り、俺がそこに僭主を引き込んでいる隙にお前達は逃げる。俺は本来の使命があるから、お前達に構ってはいられないから、すぐに逃げろ。作戦は以上だ。まずはバラーザダル液を作れ」
 ザウディンダルの指示を聞き、兵士たちが一斉に動き出す。
 バラーザダル液は一人一人成分が異なる。血を同じくしている者同士であれば似通うこともあるが、今回の襲撃僭主はエヴェドリットが強く、ヒドリク朝でテルロバールノル王家の血を引いているザウディンダルとは成分が大きく異なるのは確実。
 バラーザダル液は人間には浸透せず、体に害を与えることはない。
 その為、メンテナンスに一般の兵士を敢えて使うのだ。下手に貴族を使用し、バラーザダル液が触れると、死ぬとは言わないが体調不良に陥ってしまうために。
 貴族であれば、そう人造人間であればバラーザダル液は確実に浸透し、成分があっていなければ絶対に害を及ぼす。
 ザウディンダルはS−555改に海水から必要な成分を集めてくるように指示を書き込み放つ。指示を受けたS−555改は海に乗り、ぐるぐると回りながら指示された成分の抽出を開始する。清掃用機器には必要な物だけを吸い取る機能が装備されている。
 遊んでいるようにしか見えないS−555改を追うようにザウディンダルは海に入り潜る。

 ダーク=ダーマに設置されている海の外枠は長方形で、深さは83m。
 海の中心で水深40m部分に海の海流や水温、魚の管理などを行う指令球が浮かんでいる。円形で360度すべてが見えるその球体は、この海の全てを管理する部分故に、立入はかなり制限されている。
 ザウディンダルはシュスタークの剣を使い球体に入り、作戦用にシステムを動かす。立入が難しいシステムは、立ち入ってしまえば誰でも操れる仕組みとなっていることが多い。
 この海は皇帝の籠城用なので、専門ではない皇帝でも仕える仕組みであることが重要視されているので単純明快である。
 まずザウディンダルはコーノリアが追ってきているかどうか? を確認するために通路の監視システムを繋ぐ。最も楽である「人間如きに構っていられない」と去っていることを願ったものの、それは叶わなかったことを知る。通路を此方側に向かって、ゆっくりとではあるが確実に近付いてきていた。
 ただ予想よりも”遅い”ことにザウディンダルは首を捻った。すぐにでも追いつき扉を破壊してくるかと考えていたのだが、そうではない。
 通路に立ち周囲を見回し何かを探る。そして傷口らしい箇所を押さえて握る。
「傷を治してるのか」
 袋小路にいる相手だから焦る必要は無いと思っているのか? それとも傷を塞ぎ万全の体勢でやってくるつもりなのか?
 どちらにしても、時間が稼げるのであればザウディンダルにとっては良かった。
 指令球を浮かせそのまま陸上へと上がり、作製されたバラーザダル液のサンプルを確認する。確認方法は成分分析でS−555改の水質検査部分に放り込み成分グラフを眺める。
「……よし、これを作れ。できれば四百万トン。第七ブロックに集める」
「第七ブロックとは?」
 海は一般兵士には開放されていないので、端的に説明されても話が見えない。
「この海は最大八十ブロックに分けられる。最小で八ブロック。十ブロックで一ブロックになるって訳だ。着いてこい」
 ザウディンダルは兵士を連れて球体に入り部分を指し示しながら、目的の部分を光りで照らしだした。
「いま海水を避けるから、そこに次々と放り込んでくれ」
「サンプルは手持ちの機材で出来ますが、四百万トンとなると」
「海水作製プラントを解放する。そこで頼む」
「はい」
 海を完全にバラーザダル液に変える時間はないが、例え時間があったとしても全て変化させるわけにいかない。
 海であるように見せかける必要があるのだ。潮の香り特有の湿った空気、それらがなければ作戦は露呈してしまう。
 ザウディンダルはプラントを動かすために海専用の動力を稼働させる。籠城にも転用できるように作られている施設なので破壊は無理でも作製は可能。

―― 相手が強ければ強いほど、作戦にひかっかってくれるだろう!

 ザウディンダルは海水を移動させ、五重になっている扉のうち内側の二枚を開いた。コーノリアが侵入してくる際に扉は確実に破壊される、その後兵士たちを逃がす際に少しでも時間稼ぎをするために無傷の扉を残しておく必要があると判断したためだ。
 手持ち無沙汰となり海を疾走しているS−555改を呼び戻し、
「お前がこの作戦の核なんだから頑張ってくれよ」
 作戦プログラムを打ち込み、第三扉に衝撃が確認された場合警告音を鳴らすようにセットして司令球を元の場所へと沈め、バラーザダル液を作製しているプラント部分へと向かい、
「時間があるようだから、出来る限り詳細に作戦を説明する」
 作戦と言えるかどうか怪しいほどに雑な策を説明した。

**********


 海に通じる扉を破壊してやってきたコーノリアを出迎えたのはザウディンダル。
 コーノリアが傷を治してここまでやって来たのは、先程後ろから攻撃された際に見えたザウディンダルが持っていた剣に興味を持ったためであった。
―― 皇帝の剣に見えたが、本物か?
 皇帝の剣は武器としては特に必要はないが、付随している機能、ダーク=ダーマ内を自由に移動できるオプションはコーノリアとしても欲しいところであった。
 どのような理由でザウディンダルが持っているのかは分からないが、近衛兵ではない皇帝異父兄ザウディンダルが所持していることで、奪いやすいと判断しここまでやって来たのだ。
「この剣がなんなのか、知ってるみてえだな」
 ザウディンダルは抜き身の剣を横に構える。
「皇帝の剣だろう」
 濡れたように輝く刀身とその背後に広がる海。
「そうだ。これがあるから、エーダリロクそっくりなヤツがダーク=ダーマのシステムを操っても無駄だ」
「なるほど」
 コーノリアは下手は否定や、わざとらしい鎌かけなどは好まない。
 目の前の【男】がディストヴィエルドの存在に気付いていることを知るだけで良い。ザウディンダルとコーノリアが話している間に兵士たちは足音を隠しても仕方ないのだが、抜き足差し足、やや前屈みになるのは人間としては当然のこと。
 ザウディンダルはその彼らに向けて、
「持っていけ!」
 抜き身の剣を投げつけた。
 皇帝の剣が兵士達の手に渡ってもよし、コーノリアが動き奪ってもよし、作戦はそこから始まる。
 扉の外へと出た兵士が扉を閉じるボタンを押し、コーノリアが剣を奪う。閉じる扉を前に足音を消していた兵士達は急いで外へと出て、そして駆け出してゆく。
 ザウディンダルは胸元の端末に仕込んだボタンを押し、S−555改を動かしながら、片手に持っていた鞘を取り出し、さも”鞘”で動かしたかのように海を指し示す。
 S−555改は指令球の浮上ボタンを押し、海中に飛び出してザウディンダルが来るのを”ぎゅるんぎゅるん”と回りながら待っていた。
 浮かんできた指令球。
「残念だったな。皇帝の剣は開閉機能は持つが、開は鞘で閉が柄だ。刀身は武器だから機能らしい機能はない。まったく無いわけじゃないけどさ」
 指令球を浮かせた後、第七ブロックに特殊な光りあてて「青く」見せる。
「鞘も込みで皇帝の剣だった訳か」
 コーノリアは剣を扉にかざすが開く気配はない。
 扉そのものは力尽くで開けられるが、力で開けられない箇所に足を踏み入れたいと考えている彼にとって鞘は欲しい。
 その彼にザウディンダルは背を向けて、海へと入って行く。
 コーノリアはザウディンダルが考えていることは大まかには分かった。兵士達を逃がすために時間を稼いでいることは。
 だが自分を倒そうとしているとは、考えもしなかった。弱い相手が強い相手を殺すと考えるとは思っていなかったのだ。
 ザウディンダルは海中に身を沈め、待機させておいたS−555改に捕まり、
「行け」
 全速力で第七ブロックへと向かわせた。単純に作られている自動清掃機は海中であろうがバラーザダル液中であろうが、なんの問題もない。問題なのは清掃機でありながら、清掃せずにザウディンダルを連れて海中をひたすらつき進んでいることである。
 後ろから追ってくるコーノリアの速度に眩暈を覚えつつも、
―― 海中戦は得意じゃなさそうだな
 完全に追いつかなかったので、海中では若干戦う力が落ちるとザウディンダルは判断した。偶に海中でも陸上と同じく戦えるものや、海中の方が動きが良いタイプもいるので、コーノリアがそれに当たった場合は厄介だと考えていたが、それらは考慮しなくてもよいと。S−555改に別プログラムを流し、手を離して第七ブロックのバラーザダル液で満たした区画でコーノリアを迎え撃つ。
 専用バラーザダル液内ではザウディンダルは陸上よりも二割ほど感度が高くなり動きもよく、それ以外の者は徐々にだが一割り程度動きが悪くなる。
 鞘を破壊したくはないコーノリアと、鞘を使い時間を稼ぐザウディンダル。まともに戦っても勝ち目はないと理解しているザウディンダルはとにかく逃げた。
―― 超能力は持ってなさそうだし……海中じゃあ使い辛いような気がする
 念動力などの力を持っていた場合厄介になるだろうと考えたのだが、同時に超能力は海中では使い辛いだろうと「なぜか」脳裏を過ぎった。
 理由などなく誰から聞いたかも分からないのだが、ザウディンダルの中に居るとしか言えない存在が囁いた。

 その囁いた存在は【両性具有】だが、ザウディンダルはその事を知らない。

 特にこの海はザウディンダルにとって幸いであった。海水成分を決めたエーダリロクも「この時点」では知らなかったのだが、
”帝国の海ったら、ケシュマリスタ主星の大部分を占めるヴィスカディアーシーだよな”
 最高の超能力と言われる瞬間移動をも阻む海水を再現していた。エーダリロクが作る物に妥協や手抜きはなく、この海もまさしく”そのもの”であった。
 コーノリアは超能力を持っていなかったので気付きはしなかったが、両性具有を隔離し続ける海は両性具有であるザウディンダルに味方した。ヴィスカディアーシーの成分とザウディンダルのバラーザダル液の一部分が共通している。他者に対しても無害な部分なので気付かれはしないのだが、それが結果としてコーノリアが自分の異変に気付くのを遅らせる。

―― 相手が強ければ強いほど、作戦にひかっかってくれるだろう!

 強ければ強い程、気付くのが遅くなる。そして苦しいと気付いた時には最早手遅れ。コーノリアが息苦しさを感じ喉を押さえ、ザウディンダルはその時を見逃さず剣を奪い取り、S−555改を呼び寄せる。
 呼ばれたS−555改は最高速度で直進してザウディンダルの元へとやってきて、それに捕まりザウディンダルは海を抜け、
「いで! いだだだ!」
 砂浜を仰向けの状態で引き摺られ、閉じている扉へと激突しかけた物のどの方向でも移動できるS−555改が扉を垂直に昇り事なきを得たので、急いで扉を開いてS−555改を持ち外へと出て時間稼ぎの為に扉を閉めて、作戦準備中に確認していた隠し通路へと逃げ込み、
「げほっ、ごほっ……ごほっ……」
 咳き込みながら砂まみれの服を払った。
「……急がなくちゃな」
 濡れて顔にまとわりつく黒髪をかき上げ、ザウディンダルは立ち上がった。

**********


 体内に大量の毒を摂取したコーノリアは、苦労して扉を開き、
「お前、僭主だよな」
「……ビーレウスト……ビレネスト」
「良くできたな」
 ビーレウストの手により首を折られ、念入りに脊椎を破壊され死亡した。
 死体が妙に濡れていることが気になったビーレウストは黒く癖のある髪を引きちぎり噛みつき三回ほど咀嚼して吐き出す。
「海水と変なモン混じってやがる。毒? なんだこりゃ?」
 コーノリアが通ったと分かる濡れた道をビーレウストは辿り、途中、
「この足跡、ザウディスか? ……バラーザダル液か?」
 壁に消えたザウディンダルの足跡を見つけ、海へと向かい誰もいないことを確認してから引き返し、コーノリアの死体を引き摺りその体液と内臓でザウディンダルの足跡を隠して”エーダリロクに瓜二つ”ことディストヴィエルドを探しに走り出した。


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