ALMOND GWALIOR −210
 ダーク=ダーマに向かうカレンティンシスの移動艇を援護している、エヴェドリット艦隊を指揮しているシベルハムは、
「死んだら駄目な艦隊戦や、護衛や援護ってのは、本当につまらんな」
 指揮官の椅子に腰をかけ、脚を組み、癖の強い真紅の髪を黒い手袋で覆われた指先で遊びながら、気のない台詞を本当に気のない声で吐き出した。
「アジェ伯爵殿下」
「仕事はする。仕事はな。早くテルロバールノル王の移動艇がダーク=ダーマに……おい、右翼、仰角F、20度変針。速度変更なし。攻撃フォーメーションは維持……まあ、暇だな」
 戦場のまっただ中で、一進一退の攻防を続けている状態なのだが、シベルハムにとっては暇で仕方なかった。
「……」
「いや、向こうのリスカートーフォンも暇だと思うぞ。やることはやらなけりゃならないが……あーあ、機動装甲は乗れないから仕方ないとしても、ダーク=ダーマにいる奴等は楽しく過ごしてるんだろうなあ」
 カレンティンシスの移動艇の為に道を作りながら、目の前の大きなモニターに映し出される機動装甲で戦っている甥王を眺め、早く事態が”末期的状況”になることを願いながら、彼は指示を出し続ける。
「右翼戻れ」
「状況は芳しくありませんよ」
「そりゃあ、数が拮抗してるからな。ケシュマリスタ艦隊は主不在の上に待機命令が下り、テルロバールノル艦隊は……カルニスタミアもリュゼクも居ない状況では数にならん。副総帥が指揮していないのも辛いところだ。ユキルメルは良いんだが……第十艦隊は壊滅か。なんにせよ、戦いは全てセンスだ。努力で埋められない持って生まれたセンスというのが……あるんだよなあ」

―― 入れ替えるためにも、全滅させるわけにはいかないからな

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「つまらんな、ファーダンクレダ」
「そうですなあ、トリュベレイエス」
 シベルハムと交戦を続けているトリュベレイエスは、
「エヴェドリットの艦隊指揮官、オーザ公爵シベルハム=エルハム・オリヴィアルザ・クレスカ。評判よりもずっと我慢強いではないか」
 ”我慢”と言い換えたが、シベルハムの動きの緩慢さに疑問を覚えた。
「そうですな。人質を連れ去られるのを回避するために、先に我等を撃破するのが普通ですが」
「人質を連れ去られるという頭がないとか」
 僭主たちがロガを人質にしようとしていることくらいは、末端の兵士でも解るほど明快な”策”人質に取られないようにするのが最善だが、人質に取られた場合、条件を飲むか、もしくは奪還しなくてはならない。
 帝国側としては受け入れられない条件を提示されることは解っているので、最終的には力尽くでの奪還となる。その場合、ロガを奪還しやすい場所に留めておく必要がある。
 強奪が成功しダーク=ダーマからも連れ出すことが成功したら、ロガを取り返せる確率は低い。最悪人質に取られたとしても、ダーク=ダーマ艦内であれば、奪還率は高い。その為にも、周囲の艦隊を次々と破壊するべきなのだが、シベルハムの動きは”そうではない”
「襲撃部隊ではなく、殺戮部隊と勘違いされたのかも知れませんな」
「否定はできまい」
「ははは。否定はしませんな。作戦途中で殺してしまうことは良くあることです」
 ファーダンクレダは自分の言葉を頭を振り否定する。
「……」
「……」
 襲撃部隊は作戦を遂行するために向かったのであって、殺すために送り込まれたわけではない。
「完全におかしいな、ファーダンクレダ」
 激戦を繰り広げているが、殲滅を仕掛けてこない。襲撃を掴んでいたという報告をカドルリイクフから受けてもいるので、余計にこの動きの鈍さに疑念を抱く。
「そうですな、トリュベレイエス」
「先程から艦内に流されていた”帝王の咆吼”が止んだと、カドルリイクフから”いま”連絡が届いた」
 トリュベレイエスは自分のこめかみを人差し指で叩きながら告げる。
 僭主は数が少ないこともあり、一般兵には進んで手を出さなかったのだが”帝王の咆吼”を阻止するために《とりあえず目に入った一般兵をすべて殺害》をコーリノアが率いる小隊に命じた。
「コーリノアが放送を流していた者の殺害に成功したと見るべきか……」
「或いは別の策を講じるために、一度離れたのか……何を企んでいる。ディルレダバルト=セバイン一党め」

**********


「イズモール少佐」
「貴官に報告してもらうまでもないな。この映像を見れば私でも解る」
「閣下。お言葉ですがこれが小官の副官としての仕事ですので、報告させていただきます。前方で交戦あり。交戦相手はリスカートフォン僭主ビュレイツ=ビュレイア一党」
「僭主と交戦するのは初めてだ」
「初めてでリスカートーフォンは、かなり荷が重いですな。斯く言う小官も初めての経験ですが」
「確かに。だがこの荷は一度背負ったら、勝つまで降ろすことはできん」
「重さに潰されて死ぬ前に、勝って荷を置く場所を見つけましょう、イズモール少佐」

**********


 ダーク=ダーマの艦橋を守っている近衛兵たちは、
「敵か?」
「いや、レビュラ上級大将閣下だ」
 味方であることに安堵し、すぐに気持ちを入れ替えて銃を構える。
「足元のは……清掃機か」
「副司令もご無事のようだ」

 妻であり同僚であるバールケンサイレ大将と共にダーク=ダーマの艦橋を守っていたユキルメル公爵の元に、
「ユキルメル参謀閣下。副司令がお戻りになられました」
 タウトライバが戻って来た。
「無事か?」
 タウトライバは目的があり、一時ダーク=ダーマを部下であり弟であるユキルメル公爵に任せていたのだ。
 予定の刻限を過ぎても戻らず、目的も果たせないでいる兄の副司令の身を案じてはいたが、安否を確かめる術が無く、旗艦で指示を出して応戦していた。
「レビュラ上級大将閣下もご一緒です」
 こちらも所在不明で心配していたザウディンダルが一緒に現れたことで、ユキルメル公爵も安堵した。
 艦橋を死守している近衛兵を抜けて、公爵夫妻の前に現れたザウディンダルと、背負われているタウトライバ。
「如何なさいました?」
 そして足元には何故かついてきた清掃機S−555改。
「説明は後だ。まずは会議室へ」
 ザウディンダルと背負われたタウトライバと清掃機は艦橋の治療室へと改造されている会議室へと入り、
「ザウディンダル、義足の調整を頼む」
「解った」
 まずは失った足の装着をザウディンダルに依頼した。義足の調子は良いのだが、試作品であることと、
「エーダリロク特有の配線だなあ」
 天才特有の独自の配線で、取り替える際に知識のない人には扱えない物となっていた。
 幸いザウディンダルは、エーダリロクの部下として手伝うことが多いので、これらの独自配線がある程度理解できる。
 切り落とされた足の残骸部分を外す指示を腰骨に送りつつ、使う義足の起動を開始する。
「途中でそんな目に遭われましたか。それと后殿下の無事が確認されました」
「本当?」
「ああ、ご無事だよザウディンダル。安心していいよ」
 妻に艦橋を任せてから遅れてやってきたユキルメル公爵は、タウトライバがいない間に起こった出来事の要点をまとめて説明する。
「僭主部隊はどうなっている?」
「通信が回復していないので、途切れ途切れの情報しかはいってこなくて状況把握、報告とまでは行きません。セゼナード公爵殿下が通信補助機を作成してくれたとテルロバールノル王から連絡がありました。殿下自ら届けてくれるとのことですが、まだ届けられてはおりません。それと近衛兵団団長閣下の状況は一切わかりません」
「タバイ兄はまだあの相手と戦っているのだろう、応援のしようがない」
「タウトライバ兄が逃げるので精一杯だったというのでしたら、通常部隊では無駄死にするだけでしょうね。デファイノス伯爵を向かわせるように伝令を出しましょうか?」
「いや、いい。僭主艦隊の方は?」
「エヴェドリット軍が応戦中です。ケシュマリスタ軍はテルロバールノル王の命令に従っておりますが、エヴェドリットはアジェ伯爵の指示のもとに」
「そうか」
 二人の話を聞きながら、ザウディンダルはタウトライバの足を接続する。
「タウトライバ兄、足どう?」
「調子は良い。……ザウディンダル!」
 タウトライバは足を再装着したら、自分でもう一度向かおうと考えてた任務をザウディンダルに任せることにした。
「なに?」
 タウトライバは袖口から保護ケースに入った、プログラム専用媒体を差し出す。
 ケースには「オーランドリス伯爵」の紋。
「聞いてくれ、ザウディンダル。私たちは僭主の襲撃をある程度つかんでいた。ザウディンダルに説明しなかったのは悪かった……だが理解して欲しい」
「ああ、解る。俺も言われたら困る」
 ザウディンダルは自分が秘密厳守が苦手なこと、身をもって感じていた。
 両性具有は隠し事が苦手と言われ”そんな事はない”と反発していたが、実際秘密を持つと相当に苦しかった。
 最近はなんとか我慢できるようになり、自分の特性を身をもって理解した。それらを考えてザウディンダルは、兄たちの判断に文句をつけるつもりはない。
「僭主に異形が含まれていることも知っていた。異形が襲ってきた場合、艦内に放射線が充満する恐れがあることを考えて、システムとは違う独自の回復装置を設置しておいた。本来この任務は兄、キャッセルが受け持つものだったが、負傷のため戦線離脱した。私は予備として待機人員だったので私が任務を遂行に向かったのだが、途中で阻まれて動くことができなくなった。そこへザウディンダルが来てくれて助かった」
 予備空調の確保はしていたが、起動させる途中で阻まれたのだ。
「だから、オーランドリス伯爵の紋が」
「帝国には浮遊画面で痕跡を残さないでアクセスすることができる人物が三名いる。長官のアルカルターヴァ公爵と、巴旦杏の塔の管理者セゼナード公爵。そして帝国最強騎士の兄キャッセル。私たちが使うとしたのは、兄の持っている権限で、使用するのは”ブランベルジェンカ105”。私は足の治療後再度向かおうと考えていたが、先程ザウディンダルの話を聞いて決めた。行ってくれないか? ザウディンダル」
 予備空調の動力はシステムとは繋がっておらず、帝国のそれも皇帝の傍にいる者達がある程度自由に出来て、なおかつ補える力と細工を施すことができる”もの”である必要があった。
「……」
 それを満たすものは機動装甲しかなく、ダーク=ダーマ内に機動装甲は二つしかない。一つは護衛であり囮でもある「ブランベルジェンカ105」ザウディンダルが搭乗する機体。もう一つは皇帝の機体「ブランベルジェンカIV」
「プログラムを作成したのは、私たちだ。おかしな物を作ったとは思っていないが、私たちは万能ではなく間違いがないと言い切れない。万が一のこともある。このプログラムを流して不具合があった場合、ザウディンダルならその場で修正できるだろう。なによりブランベルジェンカは両方ともザウディンダルが調整していた機体だ、私よりも良く解っている。もしも105が破壊されていたとしても、ザウディンダルが持っているその陛下の剣で隣にある”ブランベルジェンカIV”を機動させて、使うことができるはずだ。私は陛下を捜す指揮を執ると同時に、敵を格納庫にむかわせないよう陽動して補佐する」
 ザウディンダルはプログラムを受け取り、
「任せておいてくれ。絶対にやってみせるから」
 笑った。

―― 整備は”エーダリロク”とザウディンダルが ――

「そういう訳だクラタビア。艦橋の守りの三分の一ほど割いて連れて行くので、ここは更に危険になるが」
「ご安心くださいタウトライバ兄よりも弱いとは言え、これでも近衛兵級の強さは持っております……ザウディンダル? 何をしている?」
 話を聞いたザウディンダルはS−555の制御部分を開き、
「プログラムの検査」
 検査を開始していた。
「清掃機で?」
「これさ、もともと自動操縦だからある程度のプログラムデバックならできるんだよ。それにこれエーダリロクが手加えてるやつで、中に放射線緩和装置が入ってるんだ。その装置を動かすためのプログラムを簡単ながらエーダリロクは組んだはずなんだ。エーダリロクはこれを走らせるのが目的だから、途中で止まった場合は動作用プログラム不具合を洗い出す安全機能も入っている筈だ。大雑把なものだけど、エーダリロクが作った大雑把って結構厳しいからな」
 ユキルメル公爵はザウディンダルの頭を撫でて、
「任せたよ」
「お、おお。クラタビア兄も頑張れよ」
「では副司令。用意が整いましたらお越し下さい。部隊の選別は私が代理で行っておきますので」

 ”副司令”に頭を下げ、会議室をあとにした。

「……検査終わった、不具合はないみたいだ。行ってくる」
 手を離しタウトライバはザウディンダルの顔を両手で包み込んで、笑うのではなく泣き出しそうな顔で頷く。
 本当は行かせたいわけではなく、できればここで待機していて欲しいのだが、同時に弟の可能性を潰すことを恐れ”一人で歩き出した”ことに敬意を評し送り出す。
「ザウディンダル、そこから出て行きなさい」
 タウトライバの指さした先に進み手を触れると、隠し扉が現れた。当然ながら灯りなどなく、暗闇だけの通路。
「じゃあ、行ってくる」
「頼んだよ、そして気を付けて」
 見送るタウトライバの足元を抜けて、S−555改がザウディンダルの後についてゆき、扉は規定時間となったので自動で姿を消し再び壁となった。
「なんで! お前ついて来るんだよ」
 足元で”きゅるきゅる”と回るS−555改と共に、皇帝の剣を握り締めブランベルジェンカが待機している場所へとむかった。

 秘密通路がどこにあるかは知られていないが、秘密の通路があることは誰もが知っている―― 秘密というものは”そういうもの”であろう。

「うあ……壊れてる」
 一本道をS−555改と共につき進んでいたザウディンダルは、破壊された壁に行く手を阻まれた。
「考え過ぎか」
 通路側からの激しい爆撃による破壊かとザウディンダルは最初思ったのだが、よくよく見ると行く手を阻んでいるのは、壁や天井などには使用されていない材質のもの。
 秘密通路まで届く爆破となれば、壁の材質では残っている可能性は皆無。だが、僭主には僭主の作戦があり、その過程で知らぬまに通路を塞ぐことになったということも考えられる。
「ここに秘密通路があることを知ってか? それとも別のなにかを工作中にか……いまは考えてる場合じゃないな」
 それらの判断を下すには手掛かりが少なく、時間もない。ザウディンダルは諦めて、少し戻ったところにある出口へと引き返し、周囲をうかがいながら普通通路へと出た。
「……」
 そこには、顔を知っている近衛兵数名が、体の大部分を破損させて息絶えていた。近衛兵に重なるように僭主側の死体もあり、ザウディンダルは死体を数えて、足元で掃除を開始使用としているS−555改を抱き上げて壁に耳を押しつけて周囲をうかがう。
 死亡した近衛兵は六名で全員同じ隊に属している。六名というのは、近衛兵の作戦行動集団としては最小単位《小隊》。即ち、彼らの小隊はここで全滅したのだ。
 対する僭主側の死体は五つ。部隊はエヴェドリットでも同じ編成をする。僭主だから小隊編成数を変えていると考える必要はない。

―― この周辺に一人いる……

「逃げろ!」
 壁伝いではなく、空気を通して聞こえた声。それは明かに一般兵の物で、足音は十名以上。
「……」
 ザウディンダルはもう一度足元の死体に視線を落とす。近衛兵の強さには及ばないザウディンダルが助けに向かったところで何ができるのか? 本人も解らない。
 だが兵士が逃げる相手となれば僭主しかなく、

”俺たちは例外ない”

 以前僭主について話をしていた時、ビーレウストはエヴェドリットの襲撃部隊に肉体的に弱い者が選ばれることはないと明言していた。頭脳よりも腕力、理性よりも狂気 ―― だから、遭遇しないように気を付けろともザウディンダルは言われていた。
「……」
 それを解っていながら、ザウディンダルは血と肉の破片に埋もれた対僭主用銃のグリップを掴み、S−555改を足元におき後ろを付いてくるようにフロントパネルで指示し、声のする方に向かう。

―― ザウディス、戦うなよ。もしも戦ったら……手前のことだから、奇襲しかかけられないだろうが、奇襲をかけて敵が死ななかったら ――

 ザウディンダルは走り、前方を走る赤が鮮やかなマントの人物の背後が視界に入ったと同時に、銃を放った。
 相手の背中に当たり、前のめりに倒れてゆく。その先にいる兵士たちに、
「ついてこい!」
 怒鳴りながら倒れてゆく人物の脇を通り抜ける。先程近衛兵たちと戦っていたこともあり、負傷していた僭主はザウディンダルの銃撃をかわすことができなかった。
 だが体勢を崩しながらでも、脇を通り抜けようとしているザウディンダルを捕まえようと手を伸ばすことはできた。
 ザウディンダルはその手に対僭主用銃を振り下ろす。銃身にこびり付いていた肉片が放物線を描き天井を赤で飾る。

―― 奇襲をかけて敵が死ななかったら、手前にも勝ち目はある。どういう意味かって? 簡単なことだ。手前が”死んでねえ”って確認できるってことは、即座に反撃に転じられないってことだ。解るか? ザウディス。攻撃した手前に攻撃の結果を見せる程、動きが鈍いってことだ。本当に強ければ手前が気付く前に殺す。まあまあなら、攻撃を食らう前に殺す。普通なら攻撃を食らってる最中に殺す。弱いと攻撃を食らって死んでないってのを見せちまう。手前が頭脳戦ってやつで勝てるのは、最後の奴しかいねえなあ ――

「走れ! 走れぇ!」
 気持ちとしては「逃げろ!」だが、敵の前で逃走しろとは叫べない。だからザウディンダルは、声の限りで「走れ」と命じた。

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