ALMOND GWALIOR −206
 エーダリロクは端末の画面を鏡に変えて自らの顔を映す。
「相手が俺とほぼ同じ容姿だってことが解ったのは、不幸中の幸いだな。まさかシステムの異常を探るためのテストが”こう”転ぶとは思わなかった」
《確かに》
 鏡に映るエーダリロクの表情は、何時もの馬鹿王子の雰囲気は一切なく、人を露骨に見下している冷たさよりも不快感を人に与えるもの。
「こういう顔して歩いてることを期待する」
《相手が自信家であることを期待するのか?》
「おうよ」
 エーダリロクは画面を左右が反転しない鏡に切り替えて、再度自分の顔を映す。
 白銀の癖のない髪、前髪は長めで目にかかる辺り、その前髪をかき上げ《絵に描いたような》顔を露わにする。頭髪よりやや色が濃い眉毛は細く、眉と同じ色をした睫は長さは取り立てる程のことはないが、量は多い。
 全てが”鋭い”が、作りその物は脆そうなイメージを与える。それが美少年と名高かった初代ロヴィニア王ゼオンの名残。
「戦争はさ、人間相手が一番楽しい。同じような知力と同じような体力、そして同じような思考回路を持った相手が最高だって。駆け引きがある戦争は……」
《”なかなか出来ないもんだ。そして今がその好機だ。この好機を逃がすわけにはいかない”だったな、アシュ=アリラシュの言葉》
「その通り。精神構造はアシュ=アリラシュとほぼ同じだから、間違いなく僭主たちは楽しんでる。だから俺は予測し辛い」
《なにが?》
「俺たちだったら作戦の遂行と、被害を最小限に抑える、これらに重点を置くが、エヴェドリットにそれはない。強いヤツが作戦遂行途中で団長と出会ったりしたら戦うやつもいるだろうし、作戦遂行するやつもいるだろう、俺にはその数が読み辛くて仕方ねえ」
《確かに。戦闘を楽しむ者と戦争を楽しむ者がいるからな。シセレードとバーローズの違い》
「ああ。だが俺の個人情報を乗っ取った”そっくり”なヤツは《自信家で戦争好き》だろうと見た」
《どうして》
「この俺を乗っ取ったんだぜ、自信家以外の何者でもねえだろ」
《お前も相当な自信家だな、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「おうよ。俺はみんなに天才って呼ばれても、普通に笑って過ごせるくらいには自信家だぜ」
 鏡を消してエーダリロクは立ち上がる。
《そうだな。私は恥ずかしくて小さくなってしまうがな》
 死後自らが”天才”と呼ばれていることを知ったザロナティオンは笑う。
 エーダリロクは作った装置を背負って部屋を出る。
「ザウ、敵に遭遇してなけりゃいいが」

**********


「副中枢を見て回ると?」
 ザウディンダルは”スペーロ”の目的を阻止するために、副中枢を回って歩くつもりだとリュゼクたちに告げた。
「はい。完全に破壊されなければ移行しないので、直してあいつを副中枢に足止めさせようと」
「……ふむ。なにか協力できることはあるか?」
「将軍!」
 アロドリアスが驚きの声を上げたが、彼女は黙って制し、
「儂等は副中枢のシステムは解っても、アクセス権はない。それに儂は陛下の御剣に触れるほど痴れ者でもない。お前達、持ち歩くか? 陛下がレビュラに渡した御剣を取り上げるか?」
「そんな、恐れ多い」
 シュスタークに対するリュゼクの態度は、まさに皇帝に対する態度。

―― ビーレウストとかエーダリロクの接し方ばっかり見てたから、なんか新鮮だ

 ザウディンダルは、思わず感動してしまった。
 実際彼らもシュスタークに接する時は、それなりに王子なのだが……何時もがあの通りの王子なので”その程度”の接し方にしかならないのだ。
「それで協力は?」
 断れない協力要請を前に、
「あ、はい! じゃあこの副中枢を守ってください」
 ザウディンダルは気圧されながら答える。
「どうしてじゃ?」
「あの”スペーロ”のヤツ、プログラム持っていたので、プログラムによるシステム破壊をしようとしていると考えられます。あのプログラムが流されたら俺じゃあ直せないと思います。だから機器をある程度破壊して、プログラムによる破壊を出来なくしてしまうのが最良。この第二副中枢がちょうど”そんな感じ”なので、此処さえ奪われなければどうにかなるかと」
 ”スペーロ”の本当の目的は解らないが、ザウディンダルが言っていることが最も近いようにリュゼクには感じられたので、
「……よし。イデルウェス、貴様に隊を預ける、この第二副中枢を死守せよ。儂とアロドリアスは当初の目的通り、陛下の元へと向かう。それとレビュラ」
 意見を採用することにした。
 それでなくとも副中枢は守る価値がある。
「はい」
「貴様はその剣を用いて、他の副中枢へと向かい今まで通り《帝王の咆吼》を流せ」
「でも……俺は良いですけれど、行動に制限が」
「構わん。儂等だけではなく、僭主共も行動不能になるのじゃ。なにより、陛下がご無事な証拠じゃ。咆吼による苦痛など、生存確認が出来ている事実に比べれば些細なことじゃ」

―― カルニスタミアが”我が永遠の友”じゃなかったら絶対言うだろうな

「……解りました」
 皇帝に対しての忠誠心を前に、自分がなにかを言ったところで聞いてくれるはずもないと、ザウディンダルはリュゼクの命令に従うことにした。
 ある程度自己修復が終わった副中枢から剣を抜いて、別の場所へ向かうことにした。
 ここで《帝王の咆吼》を流さないのは、スペーロに第二副中枢は破壊されたと思い込ませるための、僅かながらの工作のため。
「どっちが近かったかなあ」
 頭に地図を描きルートを考えていると、
「レビュラ」
「はい、リュバイルス子爵。なんでしょうか?」
 アロドリアスから声をかけられて振り返る。
 切れ噴き出した血に汚れた軍服と、顔にこびり付いた血が傷の大きさを物語っている。その彼は手のひらに乗るカード状のダーク=ダーマの施設詳細図を差し出す。
「お前の体の大きさと運動能力であれば、ダクトを使用して移動もできよう。いざという時の為に覚えておけ」
「あ、はい」
 両手で受け取ったザウディンダルは頭を何度も下げて”早く行け!”と叱られて駆け出していった。
「将軍」
「レビュラは今回の襲撃の重要な存在じゃ」
 ”認めたくはないがな”という部分は口にはしなかった。
「そうですな。何より頭も回ります。儂はあの場面でイデスア王子の書のタイトルを確認に使うなど、思いつきもしませんでした。そういった点では、レビュラは柔軟性が高い」
 まだ切り口が痛むアロドリアスも頷く。
「頑固で融通が利かない儂等から見れば、誰でも柔軟であろうよ、アロドリアス。さて、儂等も動くとするか。死守する貴様等に言っておくが、人員補給は期待するなよ」
「解っております」
 もう一度”スペーロ”の襲撃があれば、此処に残された人員では皆殺しにされるのは確実だが、
「では行くぞ、アロドリアス」
 皆殺しにされるまでの数秒を稼ぐ為に此処に残るのだ。
 一秒時間を稼ぐだけで、大局が変わると信じて。


「俺のほうはこんな感じ」


 ザウディンダルはタウトライバを背負いながら、今回はラティランクレンラセオに暴行されたことからスペーロの襲撃に遭遇した所までを説明した。
「なる程」
 ザウディンダルから説明を聞いて、事態が予想もしていない方向へと進んでいることを理解したタウトライバは、必死に作戦を立て直そうとするが、手元に情報が少なすぎて、誰をどのように動かしていいのか皆目見当がつかなかった。
「でも”スペーロ”のヤツ、なんで俺が……だって知らなかったんだろう? エーダリロクに成り済ましてるなら、俺の情報なんてすぐ手に入るだろうし」
「興味がなかったんだろう」
「え?」
「襲撃にあまり関係がないことだから、そこまで情報を欲しなかった。それと、僭主はキャッセル兄の所にいるサーパーラントから情報を得ていた。キャッセル兄はザウディンダルの書類は全部《ザウディンダル・アグティティス・エルター》で通しているから」
「そうか……知らなかった」
「教えていなかったからな」
 教えていたとしたら、ラティランクレンラセオの行動を防ぐことが出来たか? と悩みながら、ラウトライバは返事をする。
 手段を選ばず、凶行であろうとも行動に移して地位を欲する。その感情を良く知っているタウトライバは、一連の行動に対して意見を言い難かった。
 並走してくる銀色の清掃機の平面部分に映る自分の表情、ラティランクレンラセオの顔が重なる。
「そろそろ、艦橋に着くよ! タウトライバ兄!」

**********


 サーパーラントは全艦に流れる《帝王の咆吼》を止めた。もう何度目かは覚えていない。
―― なんで諦めないのかな
 そう思いながら止める。
 彼の脇には此処に戻る途中”スペーロ”が殺害した兵士の首をねじ切り、エーダリロクに成り済ますために下げていたレイピアに串刺しにされた物が置かれていた。
 キャッセルの稚児になる前から、すっかり慣れたオブジェ。
「……」
 どうせ自分ももうすぐ「こうなるのだ」と諦めながら、サーパーラントは最後が来るまで出来るだけ殴られたりしないようにしようと、必死に命令に応える。
 エーダリロクに瓜二つ、スペーロと呼ばれている男は、データベースにアクセスしてなにかを探っている。
 サーパーラントが腰をかけていた椅子が動き、棚にぶつかりレイピアがバランスを崩して床に転がり落ちる。
「申し訳ありません、ディストヴィエルド様」
 殴られるかと思い急いで首を持ち上げたサーパーラントだが、ディストヴィエルドは返事をせず、画面を見つめている。
 首を飾り直して言われた場所に座り、また帝王の咆吼が流されるのを待つ。
 サーパーラントは自分がこのエーダリロクにそっくりな「ディストヴィエルド=ヴィエティルダ」に殺されることは解っていた。ただしそれは襲撃が成功した場合。
 襲撃が失敗したら、自分を殺すのは「キャッセル」であることも、重々に理解している。此処から先はないサーパーラントだが、もう殺されることに恐怖はなかった。
 恐怖感がなくなったわけではなく、殺されることは嫌だが、逃げられないことを彼自身が良く知っている。

―― どうせ殺されるのなら、ディストヴィエルド様に殺されたいな。そしたらキャッセル様も一緒だし

 サーパーラントにとってディストヴィエルドは「恐い」が、恐いだけで後はない。キャッセルには傍にいると自分自身も狂っていくような怖さがあった。目の前ではっきりとではないが壊れていく人を見るのが怖ろしく、どこか悲しく、だが救いの手を差し伸べる気持ちにはなれず、叫んで逃げたくなるような。
 自業自得で狂った母親とは違い、狂いたくないとすら思えず狂っていくキャッセルの横顔。
 決して優しい主ではない、仮初めの主ではあるが、狂いきる前に殺してやった方が、楽になれるのではないだろうか?
 
 そう言った意味で、サーパーラントは僭主の勝利を願っていた。


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