ALMOND GWALIOR −184
 皇君はまっすぐに自らの宮には戻らず、
「久しぶりだね、皇君」
「いやいや、三日ぶりではないか、帝婿」
 焼却処分をしている”はず”の帝婿のもとへと足を運んだ。
 帝婿は何時も通りの両手を広げて、歓迎を表して中へと促す。
「普通の三日間と襲撃中の三日間は違うよ」
「そうかね。ところで、焼却炉ほとんど動いていないようだが」
「ああ。殊の外来るものが少なくてね」
「おやおや」
「デウデシオンが頑張って殺して歩いている様だ」
 帝婿が殺そうと思っている者は、デウデシオンにとっても敵。
「ははは、彼も頑張るねえ」
「そうだねえ。なにもあんなに頑張らなくともよいのに。こちらでも処分体勢は整えているというのに」
「殺したい……のであろうよ」
 皇君はデウデシオンが殺害し続けていることに、ディブレシアの作戦が不発に終わったことを知り”安堵”する。
「殺したい、か」
「ところで皇婿は?」
「自分の宮にいるよ。アニエスが産気づいたとかで、警備を全て皇婿宮に集中させたようだ」
「ほう。無事に生まれそうかね?」
「それは解らないな。まあアルテイジアが付き添っているので、何事があっても充分対応できるだろう」
「どうしてアルテイジアが?」
「アルテイジアは以前囚われの生活をしていた時に、多数のお産に立ち会ったのだそうだ。もちろん機器はなければ医者もいないようなところで。その関係で、慣れているとか」
 皇君はいままで”出産”に神秘など感じたことはないが、ここにきて初めて神聖なものに触れたような気がして語ろうとしたのだが、それは轟音によって遮られた。
「ほぉ。それはよ……」
 皇帝宮の一角に降り注ぐ青白い光と、震える強化された地盤。互いに体勢を崩しかけ、近くにあるテーブルや椅子に寄りかかる。
「…………あれはなんだ? 皇君」
 場所が巴旦杏の塔なのは両者にはすぐ解ったが、
「我輩にも解らんよ」
「そうか」
 事態そのものは解らなかった。
 二人とも眩い光を放つ上空を見上げ、
「防衛システムの誤作動かね」
「さあ。私は兵器は詳しくないので」
 遥か上空にある防御衛星”たち”を眺めることしかできないでいた。
 そうしていると宮の警備についている隊長が報告にやってきた ―― 帝国の無人防衛システムが一斉に”誤作動”した ―― 報告している隊長は、かつての暗黒時代を彷彿とさせる衛星群の動きに表情は変わらないものの、顔色まではさすがに何時もどおりと保つことはできないでいた。
「そうかね、それにしても凄いな。何が起こっているのだろうな、帝婿よ」
 皇君は誰の仕業なのかは解るも、言うことはできない。
「さあね。解ることは私の手には負えないということだけだが」
「それはそうだ」
 皇君は事態が事態なので一度自分の宮へと戻ることにして帝婿と別れ、
「おかえりなさい、皇君さま」
「おかえりなさい、皇君さま」
 キャッセルに似ているザンダマイアスを住ませている部屋へと向かった。
「ただいま、二人とも」
 ザンダマイアスの頭を撫でながら、自分のが作り出したただの人形である”それ”を見て、心が和らぐという感情に戸惑いながら、
「ティアランゼさまも……さて、どうしたものか?」
 窓の外に広がる、有様を眺めていた。

**********


 巴旦杏の塔は終生の隔離場所であるために、時計が存在しない。
 時など両性具有には必要がないことと【神殿】そのものが時を刻む必要がないために、この二つには時間計測機能がない。
 防御用の攻撃開始時間は、巴旦杏の塔の管理システム《ライフラ》が計測する。両性具有には時間が必要ないので《ライフラ》はずっと時間を計測しているわけではなく、必要な時に瞬時に測るように作られている。
 ライフラの時間計測機能はライフラ専用の時間計測用衛星があり、エーダリロクはそれに対しては何一つ手を加えていない。誤差を測ることもあるが、帝星の時間を戻す際に唯一、それを借用しようと考えているからだ。
 ともかく《ライフラ》が防御機能を解放した場合は規定通り7秒になる。だが今回巴旦杏の塔は「6.59秒」で防御機能が解放された。これはエーダリロクが手を加えた一般の帝星時間を元にして攻撃したという証明となる。

**********


 帝星防衛システム管理室に入り、アシュレートの代わりとデウデシオンの動きの監視をしていたメーバリベユ侯爵と、護衛を兼ねて待機しているエダ公爵。その他職員たちを警告画面が取り囲む。
 全ての画面が”警告”を発して、
「メーバリベユ侯爵閣下、こちら側から制御ができません」
「こんな動きはプログラムされていない筈です」
「遠隔操作か?」
 運用している者たちも知らない動きをし出した。
「落ち着きなさい!」
 メーバリベユ侯爵はそう言い、
「いま指示を出します」
 深呼吸して自分自身をも落ち着かせて《指揮》を執ることに。
「何事だ? メーバリベユ侯爵」
「スタルシステムが動き出しました」
 ”スタルシステム”が稼働しなければ、メーバリベユ侯爵はただの代理で職員たちに任せておくだけで良かったのだが、動いてしまった以上自ら臨機応変に対応しなくてはならない。
「スタルシステム?」
「詳しいことは私も知りません。システムそのものを知りたいのでしたらセゼナード公爵殿下に聞いて下さい。口利きくらいはしますので」
「いらない。それで君は一体何をするのだ?」
「私は大宮殿の時計を止めます。それにより一時的に攻撃が止みます。その間に、帝星の自動防御装置を全て遮断します。全てが遮断されている間にエダ公爵にはクロノイアルを破壊してもらいます」
「時間計測装置を」
 ”クロノイアル”は帝国の標準時間測定機。
 広大な宇宙の時間を統一、管理する重要なシステムの一つで、エーダリロクが巴旦杏の塔の内部システムを探る際に使った装置。
「はい」
「委細は聞かせて貰うが、今聞きたいのはクロノイアルを破壊する際に注意するべきことは?」
「ありませんし、わかりません。一時的な攻撃停止がどれ程持つのか? プログラム遮断がどれほど続くのか一切解りません」
「だがクロノイアルを破壊しろと」
「はい。防衛システムが遮断されている間でしたら、単独破壊も可能なはずです。自信がなければ、補佐としてバイスレムハイブ公爵を呼びますが」
「自信はないよ。でも僕は一人で完遂するさ。詳細ルートや暗証番号は教えてくれるんだろう? メーバリベユ侯爵」
「これが情報ですエダ公爵」
 エダ公爵はクロノイアルまでのルートと、先日自分がアシュレートの指示により「設置した」皇王族の配置場所を重ねて安全なルートと、到達時間を計算する。
「でも最低何分稼げるかは知りたいね」
「ご希望の時間稼ぎますよ。ソフトの遮断時間はわかりませんが、ハードは破壊できますから」
 警告ばかりの画面の端に小さく映し出された、帰還したバロシアンたちが率いる艦隊。
「無人防衛システムを有人艦隊で止めてもらいます」
 ホルスターから銃を抜きエネルギー量などを確認し、
「暗黒時代さながらだな……わかった僕がここを出て十二分後に時計を止めろ。それで充分だ」
 管理室備え付けの対僭主用銃を持ち、出入り口に向ける。
「解りました」
 職員がその合図で外側の警備についている兵士に、エダ公爵が出る事を伝えて、それ用の陣形を取ることを指示する。
「陣形変更完了」
 エダ公爵は銃を降ろし、
「では行ってくるよ。僕がいない間、きちんとこの防衛司令室を守りな、メーバリベユ侯爵。独りで出来そうになかったらバイスレムハイブ公爵でも呼ぶといいよ」
「ええ。貴方のご武運は祈りませんが、しっかりと仕事はしてくださいね、エダ公爵」
 互いに挑発し合い、三枚ある扉の一つを開けさせて目的地へと向かった。

**********


《時間を戻すだけではないのか? エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「まあな。こっちからも、色々と仕掛けておく」
《何をしているのだ?》
「時間計測を止めることで、防衛システムを無効化できるプログラムだ。危険ちゃあ危険だけどな……そうだ、スタルシステムが《ライフラ測定》の時間じゃなくて《クロノイアル測定》の時間を使ってるってことは、このプログラムに巻き込まれることになる。そうしたらどうなると思う?」
《解らんな》
「巴旦杏の塔上空にある防衛用衛星も止まる」
《なぜ止める必要……まさかあれは攻撃用衛星か?》
―― その通り。調査してみたら、拡散型と貫通型の二種類の砲台を備えた破壊兵器だった
《あの女が動かすと?》
―― そこまでは解らねえが、動かしたら全ての無人防衛衛星にリンクする可能性もある。だから時を止めると同時に機能停止するように仕込んでいく。急ぎはしない、ディブレシアが使うとしたら襲撃と同時だ。半年ちかくかけて、ゆっくりとプログラムを浸食させてゆく。即効性はこの場合必要はねえ。ディブレシアは自分では対応プログラムは作れないだろうし、解らないはずだ。ばれたとしても”牽制”になるから、俺としちゃあやるだけの価値はある
《後日駆除するのが大変そうだな》
―― そうだなあ。でもまあ、進軍途中に駆除プログラム組んで後日素知らぬふりして一年がかりくらいで駆除できるだろう。大丈夫だよ、時間その物は直ぐに回復するし、上手くしたらこっちからシステムティアランゼを破壊することが出来る
《なんだ?》
―― クロノイアルによる強制終了後、衛星を動かしたいと思ったら再起動させる際に《ライフラ》を使う必要が出て来る。ディブレシアはリンク機能はあっても、スイッチその物を入れる能力はない
《稼働しているシステムに繋がることはできても、システムそのものを稼働させることは出来ないというわけか……ああ、そういう事か! だから巴旦杏の塔を稼働させたのか》
―― そうだ。巴旦杏の塔を稼働させた理由は一つや二つじゃねはずだ。ディブレシアは稼働しているシステムには干渉できても起動システムそのものには干渉できない。その能力持ちも居るらしいが、現帝国じゃあ見かけねえな。そして最も有名なのは《ライフラ》だ。この理由もあってだから《ライフラ》が復元されたんだろ。逆を返せば《ライフラ》を下敷きにして自らがシステムとなり、”攻撃衛星がある”ってことは?
《使うだろうな》
―― 時間その物の回収は、時間を遅らせるのに使った機器で対応する。……まあ《ライフラ》だって馬鹿じゃねえ。他システムの再起動に使われる隙をついて何かをしでかす事も考えられる。俺としちゃあ《ライフラ》の防衛システムに少しだけ期待してる
《少しだけか》
―― ああ、少しだけ。ディブレシアなら気付く可能性が高いからな……そうだ、そういうこと

**********


「十分後、時計を止めます。それにより攻撃が停止します。停止中に全てのシステムを遮断します。その後はクロノイアル破壊を待ちます。クロノイアル破壊前に衛星が破壊行動を取ることは考えられますので、その際は遠慮無く破壊してください。ジュゼロ公爵、バデュレス伯爵」
 メーバリベユ侯爵は帝国上空に帰還したバロシアン、セルトニアード、ギースタルビアたちが搭乗している艦に連絡を入れ、本当に大雑把な命令とも言えない命令を送る。
『了承した』
 メーバリベユ侯爵としてはいまだ僭主艦隊と睨み合い膠着状態のロヴィニア軍は使えないので、どうしても彼らに遣って貰う必要があった
「通信途絶も考えられますので、今のうちにご質問などがあれば?」
『……帝国宰相は?』
「ご無事ですわ。それはもう”全ての敵”を屠り、ゆく先を血で染めておられます。帝国宰相閣下は陛下に忠実な御方です」
『そうか。ありがとう』
 通信を切り、メーバリベユ侯爵は立ったまま警告だけを伝える画面を見つめる。
「市街地に被害は出ていませんね」
「はい、閣下」
「クロノイアル破壊後、防御システムを手動で復活させます。できますね?」
 見渡された職員たちは顔を見合わせ、
「全面回復不可能です。一つだけ選択してください」
 確実を期す為に”頑張れば全部出来る”などとは言わなかった。
「大宮殿をバリアで囲います」
「外周防衛ですか」
「上空は必要有りません。外周のみです。それにより、市街地に被害が及ばないようにします。解りますね? 大宮殿上空を戦場にするのです」
「……」
 メーバリベユ侯爵はこの争いを内に収めるのだと言い切った。
「これは僭主との争いですから、帝王の遺言に従うと市街地に被害を及ぼすわけにはいきません。ですが私が命じているのは、帝王の遺志に従うだけではありません。市街地に被害を出さないことは、陛下の御心にも添うことです。さあ残り時間は何分ですか?」


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