ALMOND GWALIOR −8
 儂は一度、陛下の側近を降ろされた。
 父が死んで直ぐだから、八歳の頃から陛下のお傍に仕えていた。その役から一時的に降りたのは十五歳の時。ザウディンダルを抱いたのが原因。
 陛下の側近から降ろされた際に兄貴から勘当される。元々、帝国とケシュマリスタ領を行き来しているようなものだったから、テルロバールノル領に立ち入り禁止になろうが何も不自由は感じなかった。
 勘当されたといっても、テルロバールノルの領地から税収も入り、帝国騎士としても仕事を始めていたので金などに不自由を感じた事はないが。
 儂がザウディンダルに手を出したのは、最初は使命感からだ。
 人を抱くのに使命感とは笑えるが、陛下が両性具有の虜になるのは避けたかった事と、両性具有が巴旦杏の塔に閉じ込められるのを阻止して “やりたかった” そんな気持ちがあった。当時の儂にはな。


 何故そう考えるようになったのか? よく覚えておらんが、ザウディンダルのことを、両性具有のことを知ったのはケシュマリスタで生活するようになってからだったような気がする。テルロバールノルに居た頃は、上辺だけしか教えられなかったような……いや、ケシュマリスタが特別に “詳しい” だけなのかもしれないが。


 兄貴が王になった際、かなり強く儂を王にと推す声があった。特にこれは珍しいことではない、長子相続が絶対の帝国だが、長子を殺害してしまえば後は混迷状態。
 長子相続にこだわり過ぎている為、それ以外となると優先継承順位が非常に曖昧なのだ。長子が亡き者となり、その長子の子が幼ければそれをも殺害して、後は自らの権力、他家との繋がりなどを活用し、王の座を目指す事が可能となる。
 誰が王となるかは全くわからない状態になる。父王が亡くなった際も、この事態となった。
 儂を推す派や、父王の弟一派など、兄貴には王に就けば当然現れる多数の敵と向かい合う事となる。
 “王になるつもりは無いが推されてしまう者” は国内が安定するまで別の国に移動するのが慣習になっている。
 その当時、儂は王になるつもりなど全くなかった。
 父王が亡くなる寸前に儂を呼び出し、滔滔と「兄を王につけて、お前は補佐してやってくれ」遺言されたからだ。
 父王の期待にこたえるのは当然だと育てられた儂は、言いつけを守るつもりであった。父王は随分と兄貴が王になることを心配していたようではあった。
 延々と繰り返される、途中で吐血が混じる遺言の中で、何度も「守ってやれ。守ってやってくれ」そう何度も繰り返していたのが印象深い。
 だが兄貴は儂に「王に反逆しないつもりならば、ケシュマリスタ領へ行け」と告げてきた。
 その言葉は、儂が兄貴に全く信用されていないのだと告げられたも同然。
 腹は立ったし、そこまで言うなら王の座を狙ってやろうじゃないかとも考えたが、ケシュマリスタ王に諭され儂はケシュマリスタ王の領地へと移動した。
 性格の悪い、陰湿な雰囲気がつきまとう王だが、才能は大したものだ。そのケシュマリスタ王が、儂に教えたことがあった。軍事や政治ではなく両性具有について。
 ケシュマリスタは始祖が両性具有なので、他家よりも両性具有の特性に詳しい。
 ケシュマリスタ王に聞かされる両性具有の悲惨さと危険性。
 繰り返し聞かされたそれと、正式に学んだザロナティオンの人生の軌道。それは陛下から両性具有を遠ざけるのが儂の使命だと、そう考えざるを得ないほど入り組んだものであった。
「だが今帝国には両性具有はいないのでしょう?」
「一人いる。それも女王が」
 男皇帝に献上されるべき “女王”
「初耳ですね」
 儂は当然陛下から遠ざけねばと考えた。我が永遠の友として、あの人を疑ったりしないお優しい陛下が両性具有に惑わされ、堕落してゆく姿など見たくはないと、そう考えるのは当然だろう。
「今年の帝国騎士叙任式で正式な帝国騎士になる “前皇帝の庶子” だ」
 今年の帝国騎士叙任。帝国騎士は十三で叙任されるのが通例で、その年、陛下は十二歳。一つ年上の異父兄ということになる。その男、姿は見たことはないし庶子の為、貴族名鑑に正式な名は載っていなかった。
「レビュラ公爵ザウディンダルですか? ということは、その庶子はザウディンダル・アグディスティス・エタナエル、と言う名なのですね」
 [アグディスティス・エタナエル]
 アグティスティスは両性具有、エタナエルは男性型を意味する。両性具有は名は一つしかつけられず、あとの二つは必ずこの[分類名]を付けられる。
「そうだ」
 儂は急いで奴を遠ざけねばならないと、女王・ザウディンダルを陛下から遠ざけねばとそう心に決めた。
 ただ、儂も心には決めたが他の者達も女王を陛下のお傍に近寄らせないようにしていたことと、女王は殊更皇帝を嫌っているようであったのでで「これならば儂が口を出さずとも良いだろう」と儂はその時は引いた。
 その後、儂の中で線の細い帝国騎士はどこか儚げな “両性具有に生まれてきてしまった人” として見守る対象に代わる。
 それが一転したのは、陛下の初めてのお相手候補に[女王]が上っていると知らされた時だ。
 他の者ならばいざ知らず、両性具有は陛下のお相手を一度でもすれば巴旦杏の塔に生涯幽閉される。
「女王はあばれずだと言われているので、処女ではない可能性が高いのでは? ケシュマリスタ王」
「前が処女であれば可能なのだよ」
 下世話な言い方であるが、それは真実だ。
 儂は女王が陛下のお相手をして、巴旦杏の塔に閉じ込められ……そして陛下に讒言を吐くのを止めさせねばと、女王を、ザウディンダルをこの手に抱いた。
 ……この時初めて自分は、ケシュマリスタ王に騙されたことと、本当の事を教えられたことを知った。
 ザウディンダルは[前]どころか後ろも初めてだった。だが……当時の儂にはわからないことだが、常識では考えられないほどに男を受け入れるのが上手かった。それは他の男を抱いて初めて知った事だが、とにかく経験豊富な男と同じほどに体は他人を易々と受け入れ快感にその身を委ねる事ができる。
 ふと思い、前はどうなのだろうと手を伸ばしたら顔をひっぱたかれた。後ろはいいが前は駄目だと……それも当時は意味が解らなかったが……帝国宰相の絡みなのだろう。
 儂がザウディンダルに手を出した事が知られ、ザウディンダルは陛下のお相手候補から降ろされた。女性の方は手を出していないのだが、触れただけでも駄目なのかと……だが、折角候補から外れたのだ。
 両性具有は、女王・ザウディンダルは幽閉されなくて済んだ……それで止められれば良かったのだが、噂どおりの甘美な性の完成された玩具は十五の儂を虜にするのには十分過ぎた。
 肉欲の溺れるというのはこういう事なのだと、儂の全身を震わせるような嬌声の甘さを聞きながら、兄貴に勘当されようが陛下の側近の座を降ろされようがひたすらその体を抱いた。

 ただ、その当時から後悔はあった

 現在帝国の王族や皇王族、上級貴族には男しかいない。
 その為、陛下の初のお相手を務める者がいなかった。普通は[女]が選ばれるが、今帝国の何処を見回しても王族やそれに順ずる者で[処女]の[女]は存在しない。よって両性具有のザウディンダルが候補に上がったのだが、儂が潰した。
 そのあおりを受けた者は当然存在する。
 陛下のお相手は「巫覡」こと無性・ガゼロダイスが選ばれた。
 無性は緊急措置的に女陰を付けられ、薬で胸を膨らまされ、付け毛をして陛下のお相手を務めることになった。
 性欲が無いに等しい無性に、陛下のお相手を務める為だけにそれら一連のことを教え、後ろを徹底的に使い腰の動かし方やら何やらを教え込ませてその場に向かわせたのだと。
 こうして巫覡は「巫女」と呼ばれるようになる。無性は陛下を受け入れた事で[女]になった。
 無性は陛下のお相手を務めても巴旦杏の塔には閉じ込められない……だから良いだろうと儂は自分に言い聞かせたが……目に入るガゼロダイスの視線が誰を追っているのか、直ぐに解る。
「よお! カル」
「いま女の所から帰りか、ビーレウスト」
 ガゼロダイスを[女]にしたのはビーレウスト=ビレネスト。
「まぁなあ。会議潰れたんだってな」
「色々あったようだ」
 ガゼロダイスの体は無性に戻されたが、感情は元には戻らない。自分を皇帝の相手にするべく仕込んだ男・ビーレウストを[愛した]
「陛下、何もなしでお戻りになられたんだって。困ったもんだな」
「まあ、なぁ。だが折角時間が空いたんだ、また女のところへ行けばいいだろう」
「そうするつもりだ。お前はまたザウディスの所か?」
 女にしか興味の無い男は、無性に戻った[女ではない身体の持ち主]など興味の対象ではない。ガゼロダイスから向けられる視線など全く無視し、ビーレウストは中級の貴族の女を転々とする。
「そうだ。お前が女を渡り歩くせいで、巫女が女王に嫉妬して何をしてくるやら」
「まだあの無毛、俺に興味を持ってるのか。いい加減にしろってんだよ。俺は抱いても面白くない女は嫌いなんだよ」
 無毛とは無性のもう一つの特徴。
 両性具有が二つの性器を持っているのに対し、無性は性器と体毛を持たない。
「ならばザウディンダルに手を出さなければ良かったのに」
「何度も言っただろうが。カルがザウディスを欲求不満のままにしておいたから、仕方なしに俺が追加処理してやったってよ。まあ、ザウディスは楽しめる体だから良いが、無毛はつまらん」

− 両性具有は抱くのに、私はもう抱いてくれない
− 何故貴方は二つも持っているの。一つ私に頂戴よ!
− 何故両性具有だけ貴方の傍にいるの


− 何故私は女にされたの! 無性のままだったら、イデスア公爵を想うこともなく生きていけたのに! 貴方がライハ公爵と寝たから! 私は!


 「巫女」の嫉妬は自分の正反対の体を持つ「女王」に向けられた。愛しい男が偶に抱く、自分の対極にいる男。
 嫉妬や恨みなどは儂に向ければいいものを……そう考え、説得しに向かった。その際
 『私を抱いて! 抱いて! 私をあの女王と比べてよ! 私は! 私の体はそんなにも劣るの?』
 そう言われて抱こうと、それで少しは落ち着くかと考えたのだが余計に怒らせただけ。無性の、無性本来の体を前に儂は勃たなかった。
 『やっぱり両性具有のほうが綺麗なんだ! 何で! 何で! 私は無性なのよ!』
 髪もない睫も眉毛も陰毛もない、生殖器もない[女]に泣かれ、儂はその場を後にした。
「儂としても無毛がロヴィニア王族でなければ、とっとと始末してる」
「陛下のお初の王族を殺すのは厄介だからなあ。俺の知ったこっちゃねえけどよ。じゃあな、カル」


『貴方が……貴方が女王を抱くから! 抱いたから! ……どうして両性具有には巴旦杏の塔があるのに、無性は何も無いのよ! ああ! 閉じ込めて! 閉じ込めてよ! 何も見たくはないのよ! 何も見たくはないのに! どうして誰も私を閉じ込めてくれないのよ……閉じ込めてくれなかったら、私、あの人の傍から離れられないじゃないのよ! 傍に居れば居るほど嫌われると解っているのに!』


「ああ。精々女に刺されないようにな、ビーレウスト」
「俺が刺されると思うか? カル」

後悔や背徳、肉欲に失望、色々な感情が相まって儂はますますザウディンダルから離れられなくなった


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