ALMOND GWALIOR −178
旗艦 ダーク=ダーマ

 いつも一緒にいたシュスタークとロガだが、自らの気持ちに気付いたシュスタークは、意識して日に一時間ほどの距離を置くようにしていた。
 自らの気持ちの整理とともに、ロガにも自由な時間を与える必要があると認識したためだ。
 「自らの全ては主の物である」という奴隷としての”心構え”を持っているロガは、完全に自由な時間に困惑したものの、奴隷から正妃となるための時間だと理解し、一人で父の遺品である辞書を開き、自分自身が興味をもった事柄について勉強をはじめた。
 互いの場所は違い、姿は見えない。
 だが二人とも以前よりも、相手が近くに感じるようになった。

 シュスタークは一人宇宙を眺められる場所にソファーを置き、何も考えずに見つめている。
 その際、警備も視界に入らないように命じていた。視界には入らないが、警備は確かに存在している《はずであった》
 シュスタークの命令によりロガの警備も傍にはいない。
 ザウディンダルは一部屋離れた場所で、他の仕事をしながら警備についていた。ロガは皇帝の居住区から出歩くこともなく、部屋で大人しくしているので、警備する側は楽であった。
 ロガの警備責任者がすることと言えば、精々訪問者の選別と、訪問者とロガの会談の場に同席することくらい。
 その訪問者も奴隷区画時代からの顔見知りになるエーダリロク、ビーレウストや、キュラティンセオイランサ。他は皇帝の異父兄とその妻くらいのもの。
「ラティランクレンラセオ王が? なんだ?」
 そのためケシュマリスタ王ラティランクレンラセオから”面会要請”が入った時、ザウディンダルは奇妙だとは感じはしたものの、同時に拒否もできなかった。
 正妃に王が会いに来るのは珍しいことではない。
 内心で”面倒だな”と思う自由はあるものの、警備側は拒否する理由もない。これが同じ王が警備についているのであればまた違うのだが、ザウディンダルが面会を拒否しなかったのは、通常のことであった。
「ラティランクレンラセオ王殿下。失礼ながら身体検査をさせていただきます」
 シュスタークが警備を遠ざけていることをザウディンダルも知っており、なによりもこの王は”警備責任者”ではあるが、容姿が容姿なので一人で傍には近づけないことが決められているために、この時間の訪問に不審はなかった。
 単身で訪れたラティランクレンラセオに近付き、体を触り武器の携帯がないかを調べる。
 機器により武器の携帯がないことは解っているのだが、形式的な最終確認として警備責任者自らが相手の体を触る必要があるのだ。
 ザウディンダルが頭をやや落とし、首筋があらわになったところで、ラティランクレンラセオは手をあげて手刀を、白い首に振り下ろした。
 ザウディンダルは何が起こったのかも解らないうちに意識を失い、その体をラティランクレンラセオが片手で受け止める。
 仰向けにして腹部を愛おしそうに撫で、顎に手をかけて舌で唇をなぞり、満足げに笑う。
「僕のために君の下半身を使わせてもらうよ」
 自らの長いマントのなかにザウディンダルを隠し、部屋から出て行った。

**********


 ”夕顔の蔓を切り裂く幅の広い剣”を掲げるビュレイツ=ビュレイア王子の末裔にあたる僭主たちが帝星の地下迷宮に侵入したのは、帰途についている帝国軍が襲撃される二日前のこと。
 二日間かけて彼らは地下迷宮を抜けて、目的の場所へと近付く。
 途中仕掛けで脱落する者もいたが、ほとんどの者は”抜けた”
「……」
「どうしました? ケベトネイア殿。浮かぬ顔ですが」
 この襲撃の核であるケベトネイア。
「エンデゲルシェント、どうも奇妙でな」
「奇妙?」
 いつもであれば若輩のエンデゲルシェントなどに表情を読ませぬケベトネイアだが、この時ばかりは違った。
「罠のいくつかが解除されていた」
 襲撃部隊の九割ちかくが”抜け”目的である大宮殿に出られそうなのだが、ケベトネイアは襲撃部隊の三割は脱落するだろうと考えていた。
「解除?」
 数が多くて困ることはないが、大人数をわざと抜けさせる意味が彼には解らず足を止め、思考を走らせる。
「そうだ」
 暗く灯りのない地下迷宮。硬質で真っ平らな壁を、やや茶色がかかっている黒髪以外は、ほぼエヴェドリットその物の容姿で初老とはっきりと解る顔の年輪を持つケベトネイアが睨む。
 上空に展開する艦隊と連動し帝星を攻めなくてはならない彼らは、多少の異変程度では引き返すことなどできない。

 帝星表面の大宮殿は「襲撃」を受けた。大宮殿の至る所が爆破され、宇宙からでも確認できるほどの火柱が立った。
 その合図を受けて、大宮殿の警備を受け持っているたった一人の男が動き出した。

「お待ちしておりました」

 エンデゲルシェントが聞いたことのない声に銃口を向ける。向けられた方は立ち止まることなく、臆するでもなく近付いてきた。
「……お前は誰だ?」
 自分と”全く同じ”と言っても良い容姿の人物の名を問う。
「ハセティリアン公爵デ=ディキウレです。私もお聞きしたいことが、銃口を向けている貴方の隣にいる御方。はい、貴方様です。貴方様のお名前は?」
 ケベトネイアは周囲に人の気配がない状況に”我等を一網打尽にするような罠を作ったのか?”罠は解除されていたのではなく、新しいものに変えられていたのではないかと。
「ケベトネイア=ケベイトア」
 ケベトネイアの名を聞いたデ=ディキウレは膝をつき頭を下げる。
 ―― 何事だ? ―― 敵との遭遇は当然だが、相手の態度に襲撃部隊は驚きを感じた。
「なんのつもりだ? ハセティリアン」
 僭主側が下調べをしても名前だけで詳細は解らなかったデ=ディキウレ。
 その理由を彼らは、
「私の妻の名はハネスト=ハーヴェネス・デーグレバスタール=バスターク・アッセングレイム。”孫”たちも”お祖父さま”に会えること、楽しみにしております」
 理解した。
「ハネスト=ハーヴェネス……ケベトネイア殿の娘?」
 ハネストが生死不明になってから生まれたエンデゲルシェントは、彼女の名前しか知らない。彼女の弟であるシューベダイン=シュリオダンが敵視し、死んだことを喜ぶ言葉を何度も漏らしていたので名を覚えたのだ。
「お前がハネストの夫で、ハネストが子を産んでいたとしても、この襲撃には何ら関係あるまい?」
 思考超回復能力を持つ娘なので、ケベトネイアとしては生きていても然程驚きはしなかったが、この夫と名乗る男が「子供もいます」と、この場で敵に教える意味が全く見えなかった。
「あるのです」
「意味があると?」
「ただいま帝国は危機的状況にあります」
「我等の襲撃のことではないようだな」
「貴方がたの襲撃はむしろ危機を救うのです」
 ケベトネイアは持っていた剣を投げつけ、デ=ディキウレの柔い髪を数本切り落として、
「貴様が本当に我の娘の夫であれば、話し方をもう少し理解しているはずだ」
 話を進めろと促す。
「回りくどくてもうしわけない。では説明いたします。皆さんの手元にもあるでしょうが、現在帝国は女性が非常に少ない。その理由は無性因子にあります。女性消失は、無性ビシュミエラを帝王ザロナティオンが食べたことが原因だと解っていますが、原因が解ったところで過去に戻れない以上、手の打ちようがありません。このまま行くと、帝国貴族から女性はほぼ消え去ります。ところが私とハネストさまの間に産まれた長男から四男までの全員は”それ”がありません。皆さんなら理解できるでしょう」

ハネスト=ハーヴェネス・デーグレバスタール=バスターク・アッセングレイム

 彼女の名が表すように、濃い血族結婚により強化された異形の血は、帝国に広がった無性を唯一食い破り『元に』戻した。

「皆さんの襲撃は知っていました。知ってここまで来ていただいたのは、皆さんにこの宮殿にいるリスカートーフォン系皇王族と入れ替わってもらうためです。そして婚姻を結び、無性を征服させる」
「成る程。リスカートーフォン系の皇王族と入れ替わるとなると、現エヴェドリット王も噛んでいるのだな?」
「はい、それどころかロヴィニア王も」
 デ=ディキウレは指を鳴らし、空中にザセリアバの立体映像を映した。
「どうぞ」

『我の名はザセリアバ=ザーレリシバ。まあ貴様等と会う時はザセリアバ=スフォレディク になっているかも知れぬがな』
 録画されているザセリアバの映像は、エヴェドリット王ともリスカートーフォン公爵とも名乗らずに始まった。
 王であることを全面に出してしまえば、話合いが決裂するだろうと考えて、あえて名だけで、
『内容はそこにいる男、デ=ディキウレが説明した通りだ。とは言うものの、同じことを”言った”という事実が必要だから、面倒だが説明する。我の説明を聞き、異論やらなにやらあったら、交渉決裂で襲撃を再開するがいい』
 面倒であろうが同じ事を繰り返すだけであろうが、王の口から語られたという事実がなければ、証拠にはならない。《そいつが勝手に言っただけだ》と処分されてしまう恐れがある。
 デ=ディキウレは持っていた録画機をエンデゲルシェントに投げ渡した。
『貴様等が話に乗った時点で発動する”ジルオーヌ計画”。話は簡単だ、今のリスカートーフォン系皇王族は弱い。身体能力が低い、だから強い奴等と入れ替えたいと常々思っていたところに、無性を抹殺する血を持つ同族が見つかったんだ、これはもう誘うしかないだろう。貴様等の”一族”としての名は消える。僭主狩りにて滅んだことになるが、貴様等の血は確実に受け継がれる。お前たちの血を優先して次代に伝える。これらに関しては帝国宰相とも話がついている。だから帝国宰相の懐刀のハセティリアンがそこにいる。貴様等の望みはなんだ? 栄誉か名誉か? 金か? ビュレイツ=ビュレイアの名を伝えることが重要か? 答えは直ぐに出せ。じゃあな”ターレセロハイ”』
 画像は消えて地下迷宮は暗闇に戻った。
「ケベトネイア殿」
 襲撃部隊の中で血筋がもっとも「上」なのはエンデゲルシェント。彼の母親はインヴァニエンス=イヴァニエルド。僭主が勝利した暁には「エヴェドリット王」の座に就くことが決まっている人物。
 かつてサーパーラントと遊んで彼を「下僕」に引き入れた、あの《美しい子供》である。
 エンデゲルシェントは二番目の息子で、現在十七歳。年齢をあまり問わない帝国だが、同程度の身分となると途端に年齢にかかる比重が増える。
 ケベトネイアはインヴァニエンスの「叔父」にあたり、六十七歳になる。五十年の歳月を無駄に過ごした男でなはなく、
「皆の者。我の決断に従うか?」
 引き連れた部隊の総意となることもできる程の信頼を得ている。襲撃部隊のほぼ全員が頭を下げる。
「エンデゲルシェント、よいか?」
「もちろん。ケベトネイア殿のご決断に従います」
 ケベトネイアは頷き、
「ハセティリアン」
 襲撃部隊の全てを二つ絞った質問の答えで決めることにした。
「なんでしょう?」
「なぜ帝国宰相が許可した」
「それは帝国のためを思えば……」
「そうではない。帝国の為を思えばではない。何故我等をリスカートーフォン系の皇王族と入れ替えるのだ? ”お前たちと同じ”皇帝系皇王族と入れ替えればよかろう」
「皆さんが情報収集に使った一人サーパーラント。彼が情報を得るために仕える形になったガーベオルロド。あの人は昔ターレセロハイに性的に虐待されました。だから苦しめたいのです。ただそれだけです」
「苦しめる?」
「入れ替わり後の彼ら、いいえターレセロハイの処遇のことです」
 ケベトネイアはこれ以上は質問しなかった。
「ではもう一つ。本当に我等の血で女性が復活するのか? 確実なのか?」
「詳しいことはわかりません」
「なに?」
「私には血がどのように働いているのかなど、解らないのです。知識ある人たちが計算し、そしてはじき出しました。つい最近、セゼナード公爵に知られまして、再計算もしていただきました。提示するには充分な資料は出来上がっております。お義理父さまもご存じでしょう? セゼナード公爵の才能」
 娘が生きていたと聞いても驚かなかったケベトネイアだが、デ=ディキウレに”お義理父さま”と言われた時はさすがに言葉につまった。
「……」
 そしてセゼナード公爵の名を聞いてエンデゲルシェントは帝国軍を強襲する部隊に入っている実兄ディストヴィエルドのことを思い出した。
 容姿がセゼナード公爵と瓜二つの実兄は「セゼナード公爵に成りすまし」作戦を遂行している。
 エンデゲルシェントはその実兄が嫌いだった。苦手なのではなく嫌い。その感情は実兄にも、そして母親にも伝わっていた。母親は性質が己に似ている実兄のほうを気にいっており、実兄と似ている母親のことをエンデゲルシェントはやはり嫌っていた。
 愛情が自分に向いてこないから嫌いなどというのではなく、本質が嫌いなのだ。他人であればまだしも、本質が受け入れられない身内。これが普通の貴族や平民であれば、遠くに越して連絡をしないで済むが、彼らは一族が一つの場所に住み虎視眈々と復権を狙っている者たち。
 どんなに嫌であろうとも、離れることはできず、関係を切ることもできない。
「解った。では結論を」
 ケベトネイアがデ=ディキウレに「告げよう」とすると、首を振り拒否し、
「私は聞きません。私はあくまでもここでお伝えするだけ。結論を受け取るのは、もっと立場のしっかりとしている御方です」
 そう言って歩き出した。
 ケベトネイアは目配せし、全員が警戒しながらデ=ディキウレの後ろをついて行く。
「何処へ向かっているのでしょう?」
「神殿に最も近い出口だ」
 デ=ディキウレが地下迷宮でも最も複雑と言われている神殿付近の道を、苦もなく歩き”罠まで解除”されているのを見て、言っていることは真実で本当に自分たちを生かして入れ替えるつもりなのだろうと感じた。
 誰一人足音を立てることなく歩き続け、
「出口です。この先に結論を聞く相手がお待ちです。どちらのご決断であっても、その先はその方とお話し合いください」
 曲がり角を指さす。
 角を曲がると坂道となっており、その先に神殿近くの床下にある出口につながっている。
「なぜ貴様はついて来ないのだ? ハセティリアン」
「私はこれ以上はゆけないのです。私は陽光に当たると、瀕死になります。化け物としてここまでしかご案内できません。夜に顔を合わせたら、出口まではついて行けたのですけれども」
 ケベトネイアは先行部隊を放ち、確認をさせる。
「……」
「私は暗闇が怖い男です。暗闇に一人でいると気が狂いそうになるのです。そこに現れたハネストさま。あの方を愛しております」
 陽光に当たると瀕死になる男は一人暗闇で、恐怖していた。なにを恐怖していたか? 己が狂うことを恐怖していた。
 闇でしか生きられないが、彼は闇を支配はしていない。恐れていた。そこへ彼女がやってきた。
「そうか」
 前方から《安全確認》の声と、
「来たまえ。君たちのこと待っていたよ」
 次ぎの道先案内人。
「ではな」
 ケベトネイアは彼の決断を感じさせる言葉を残すことなく、デ=ディキウレから離れていった。

「待っていたよ、僭主諸君。我輩は神殿警備担当の皇君オリヴィアストルだ」

 僭主の殆どは皇君の姿を見て、自分たちが”否”と答えたら道連れにされるのだろうと理解し、無駄な気もするのだが構えた。
「異形と化け物は違うが、お前は異形でも化け物だな。白骨の騎士団よ」
 彼らの目の前にいる皇君は「皇君」なのだが、背中に白骨を背負から翼のように生やしていた。本人の倍はある全身がある白骨を四体。
 その四体の中心には直径二十センチメートルほどの青と緑の発光体。皇君の「核」であり、それが傷つくか、若しくは自ら暴走させれば辺りは吹き飛ぶ。
「君たち全員を吹き飛ばせるかどうか自信がないな。君たち、強そうだからね」
 白骨の尾が顎髭を撫でながら《扉が少し開いている神殿》の前に立っている皇君は、答えを聞いた。

「それで君たち、どうするのかね?」


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