ALMOND GWALIOR −169
「今日もうちの晩飯食いにくるのか」
「お邪魔したいとおもいます」
「いいけどよ……ほんと変わってるな」
「なにが?」
「なんでもない」
 ロレンは機動装甲やその他の機器の整備を行っているエルティルザに声を掛けた。
 夕食の誘いはもはや日課になりつつある。
 元々警察がいた区画は「皇帝のお忍びを見守る為」に設備が整えられており、部下も多数存在していた。
 部下は全員がエルティルザ”中将”の配下。
「帝国騎士の総攻撃力が中将が所持する艦隊の攻撃力に匹敵するので、中将に任命されるのです」
 彼らは基本エルティルザの命令に従い、黙々と任務をこなしていた。
「機動装甲の性能があがって大将艦隊級の攻撃力を持つようになったら、最初から大将になるのか?」
 全員エルティルザよりも年上だが、命令には敬礼で応え、言葉使いも砕けることなどない。年上が無条件で偉いとはロレンも思わないが、気分を悪くする人がいるのも知っている。
 だが彼らにはそんな気配はなかった。
「それはないようです」
「ないのか」
 彼らはエルティルザに従い、エルティルザの命令でバルミンセルフィドやハイネルズの命令にも従う。
 自分の子供と同い年や、もしかしたら年下かもしれないくらいの年齢の男たち三十名が一斉に頭を下げ、ロレンに対して”お迎えにあがりました”と言ってくるのは、自分たち《奴隷》が生きていた世界では考えられないものだった。
「最初に中将任命でやっちゃったから、後で性能上がって”じゃあ大将”ってことじゃあ、初期の人が可哀相だからって……それに、もうこの機体は大将艦隊編成級の力はあるよ」
 階級が持つ力。その力を発動させるのが”皇帝”―― あのナイトがなあ ―― と思いつつ、組み上がった機動装甲を眺める。
「この一機でねえ」
「セゼナード公爵殿下は”いつかは一機で王国軍一つを壊滅できるくらいまでにしたい”って言ってたなあ」
「それって、一機で一国倒すってこと?」
「そういう意味らしいよ。さすがに私もあまり深くは聞けなかった。話している内容が内容だから」
「そうだな。いつかは一国の軍を……かあ。壮大? いや違うな。大物? いや違うか。こういう時ってなんて言うんだろうな」
「多分野心的、野心家。そういった感じかな。セゼナード公爵殿下の野心は、ここにはなくてずっと遠くに、空間としても時間としても遠くを見ている、そういう御方じゃないかなと。機動装甲と帝国防衛の話をするとそう感じるんだ」
 エルティルザにはその思いを強く感じていた。
 放蕩王子と言われているが実際は《違う》ことも知った。エルティルザはエーダリロクが帝国が暗黒時代に負った傷を塞ごうと全力を尽くす姿に”心打たれる”ではないが、それに近いものを感じていた。
「遠くにある野心かあ……俺なんか、近場の試験で精一杯だってのにさ。あのさ……エルティルザ」
「なんでしょう?」
「俺の勉強見てくれないか? 代金はうちの店の総菜食い放題で」
 ロレンの頼みに驚いたエルティルザだが、
「いいのですか? シャバラさんの承諾も得てますか?」
「もちろん。シャバラが”そうしろ”って言ってくれたんだ」
 土下座ではないが、相当頭を下げられて”頭を上げてください”と言いつつも、自分の勉強にもなるだろうと引き受けようとした。
 ”だが、ここにはもう二人いるのに何故自分なのだろうか?”と思い素直に尋ねてみた。
「教えられる程だとは思いませんが……ちなみにバルミンセルフィドとハイネルズは?」
「あの二人はなあ。バルミンセルフィドは良い奴なんだけど、突然変な詩人になるしさ」
「あーごめんなさい”アマデウス”ね」
 勉強の合間に”あの詩”が挿入されたら、覚えた知識が消え去ってそれだけが残るのは確実。
「ハイネルズも良い奴なんだけど、良い奴なんだろうけど……俺には無理」
 ”良い奴なんだけど”を繰り返すロレンを見て気持ちは分かったのだが《勧める》
「そうかあ。ロレンは何処目指してるんだったっけ?」
「貴族関係か法務関係を」
「偉い人はハイネルズっぽい人多いよ」
「え? ……」
「なんでもあれが”伝統的皇王族”らしいよ」
「あれ? が」
「うん”あれ”が。暗黒時代以前はハイネルズみたいなのが普通だったらしいんだ」
「ああ……あれ」
「普通の人は苦手らしいのは解るんだけど、逆に”ポイント”にはなるよ」
「ポイント?」
「合格して研修を終わって配属されるとき”ハイネルズと仲良く出来てた”って、奴隷だったらかなりのポイントになると思うんだ」
 ハイネルズに言わせたら「私如きではポイントになどなりませんよ☆」だが、ジュシス公爵も見込んだ性格は、かなり有名でもあった。
「そ、そうか。それはありがたいんだけどさ、俺今の段階だと合格できる可能性が少ないから、そこまでは」
「そっか! 私も出来る限りのことはするから。頑張って合格しましょう!」
「おう」
 ハイネルズみたいなのが一杯と聞かされて、ちょっと躊躇ったロレンだが、ハイネルズのような良い奴も多いのだろうと頭を切り換え……というか、無理矢理思い込みエルティルザに家庭教師をしてもらい、試験勉強を進めることにした。

**********


「闇だよ」
 皇君の言葉にアニエスは足が止まった。
 今アニエスは皇君とナサニエルパウダと共に「皇君宮」を歩き”灯りの配置”を考えていた。大宮殿は外向きには非常に明るいが、内側はさほど明るくはない。
 特に住居部分は「自分たちには不必要」なので、灯りの数は少ない。過去に立てられた平民の皇妃や帝后。皇妃は軍人としての能力を持って灯りも上級階級と同じで過ごすことができたので必要とはせず。帝后は今で言う「帝君宮」の主だったので、皇君宮とは違うので大まかなデータは流用できても細部の調整は、やはり生きている者が確認した方が確実。そのような理由で、後宮に匿われ自由にどの宮に出向いても不審がられない、夜目の利かない普通貴族であるアニエスがその役を仰せつかった。
 もともと気配り上手な侍女だったアニエスは、ロガのことを考えて灯りや棚や椅子などの配置を、実際用意する女官長ナサニエルパウダに申し出ていた。
 その二人を案内していた皇君が「闇だよ」と言った理由。それは、
「突然なにを……」
 なんの前置きもなかった。
 足を止めて振り返りもせずに、皇君は話し出す。
「先代テルロバールノル王ウキリベリスタルが暗殺されたのは二人とも知っているね」
「はい」
「もちろん」
 アニエスは無意識に腹部に手をあてる。胎内の愛し子が、突然重くなったような気がしてのこと。
「メーバリベユ」
「何で御座いましょう? 皇君殿下」
「君は真実を夫セゼナード公爵から聞きたまえ。だからここでは深く追求しないのだよ」
「畏まりました。与えられるだけで、質問したりはいたしません」
「頼むよ。君の洞察力は恐ろしいからねえ」
「皇君殿下にはいつも、あっさりとかわされますけれどもね」
 楽しそうに笑いアニエスのために椅子を引き、手で座るように促す。振り返った皇君の頷きを確認してから、アニエスは一人腰を下ろした。
 自分よりも身分の高い二人が立ったままだが腹が張った。自分と夫タウトライバの子ではあるが、二人の間だけでできた子ではない「娘」
 そのことを考えると無理はできない。
「なにが闇ですの? 皇君殿下」
「カレンティンシスが父王暗殺の主犯に挙げられなかった理由だよ。先王夫妻は第二王子のカルニスタミアを王にしたがっていたからね」
「”したい”と思えど、思いだけではどうにもならないでしょう……。なにか策があったのでしょうね」
「あったんだよ。その策は上手くは行かず、結果としてウキリベルスタルは暗殺されたのだが。王暗殺の首謀者として真っ先に名が挙げられるのは普通は”王太子の地位を剥奪されそうな者”だ」
「異存はありません。そして解りました。テルロバールノル王城シャングリラの王族の住居空間は証明一つないそうですね。そしてカレンティンシス王は暗い場所では視力を失う」
「その通り。召使いたちは灯りを運んで掃除をする。その理由は言わずとも解るであろうが、あの王家は”同族”以外を伴侶として迎えるつもりがないからだ」
「カレンティンシス王が照明を持ち、武器を持って殺しに向かったとはとても考えられませんし。なによりウキリベルスタル前王はお強かったのでしょう?」
「そうだね。彼は強かったよ、とても強かったよ」
 長い金髪を薄緑色の手袋を嵌めた手で撫でる皇君の横顔は―― 強いと思っているようには見えない ―― アニエスはそのように感じた。
 ウキリベリスタルが近衛兵だったことはアニエスも知っている。皇君が近衛兵になったことがないことも知っているが、その余裕はどうみても「強者」特有のもの。
「実行犯は前デーケゼン公爵と”されて”いますけど」
「カプテレンダはそれ程強くはなかったよ」
 手のひらを下に向けて腕を組み、長い髪を僅かに揺らして皇君は笑う。
 その笑いにアニエスもメーバリベユ侯爵も皇君が真犯人を知っていることを、はっきりと感じ取った。そしてその犯人は「自分たち」が知っている相手だということも。
 そのことにアニエスは動揺したが、メーバリベユ侯爵は動揺しなかった。強いのではなく、ウキリベリスタルを単独殺害できる能力を持った人間が「帝国」の属していないほうが危険だ。そんな危険があれば、偽の実行犯など作らずに真犯人を捕まえるだろうと。

―― 敵が僭主だったりしたら危険……僭主? まさか……

 メーバリベユ侯爵は”一人の僭主”を思いだし、強く歯を噛み締めた。微かに動いた空気に皇君は目を細めて声を出さずに嗤いかける。
 その小首を傾げるケシュマリスタ特有の嘲りと自嘲、そして拒絶が入り交じった笑みに二人は本能的に恐怖以上のものを感じ取り鳥肌がたち、冷や汗が噴き出した。

「今日はもう無理かな、アニエス……無理のようだね。ではまた明日にでも。じゃあね、メーバリベユ」


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