ALMOND GWALIOR −166
「この段階では戦えません」
 右手に握り拳をつくり、腕を折り曲げて叫ぶエルティルザ。
「実戦投入など不可能」
 でっかい円筒を持って足を後ろにあげるバルミンセルフィド。円筒はあとで「エネルギーカートリッジ」だって聞いた。一つ750sあるんだってさ。
 ……すごくないか?
「ですが、彼はやってくれるはずです! 私たちの彼ならば☆」
 ポーズが複雑過ぎて、俺じゃあ言葉にできないハイネルズ。

 俺はロレンと顔を見合わせた。……なんつーか、動きがナイトそっくりだ。他人じゃありえない。

 組み立て途中のパーツを前にして、用意してくれていた菓子を振る舞ってもらった。
「美味いな」
「ナイトが持って来てたお菓子も美味しかったよね」
 ナイトのやつ、ロガに気に入られたくて必死に料理運んできてた。それをちょっと貰ったことがあったんだが、ありゃ美味かった。
 さすが貴族様。美味いもの食ってるんだなあ……って感動したもんだ。まあ、アイツは皇帝だったんだがな。
「アニアス叔父さん聞いたら喜びますね」
「お前等の叔父さん?」
「はい。皇帝陛下専属の菓子職人です。怒らせたら宇宙で最も危険な男でしょう」
「なんで菓子作る人が……」
「あの方は菓子を作り食べてもらうことに命をかけています。全身全霊をかけるその姿は、鬼気迫るというか、あの気迫があれば簒奪も可能ではないか? と思わせる。そんな気迫で作ったのが、この超繊細な焼き菓子です」

 俺は話しを聞いていて”簒奪”ってなんだか解らなかったから、家に戻ってからロレンに聞いたら「皇帝の地位を奪うこと」だって教えられた。
 ……どんな菓子職人だ。
 ちなみにその「菓子作りに命を賭けている叔父さん」もナイトと一緒に前線に向かったそうだ。―― 陛下の食道及び胃袋は私が守る! ―― って叫んでだそうだ。
 守るのは胃袋だけなのか? とか思ったけど、まあ……胃袋守る”ついで”に命も守ってもらえるかもしれないからな。

「なんでそんなコードがついてるんだ? あんま難しい話だったら、俺は聞かないでおくけどさ」
 装甲が外れている部分からのぞく光るケーブル見てるだけで、難しそうなモンだなと解る。
「難しいことはありませんよ☆ ねえ? エルティルザ」
「はい。単に動力を得られないのでこの形になっているのです」
 給仕してくれていたバルミンセルフィドも、同じようなことを言ってきた。
「あのですね動力が足りないんです」
「?」
 何のことだ? 動力? 足りない?
 機動装甲ってのは頭部に搭乗部があるのが主流なんだってさ。でもこれは、
「人間に喩えると”腹部”にあるでしょう?」
「そうだな」
 胴体部分の中心に球があった。五重になっている球の中に、表に出ているケーブルと同じようなケーブルが所狭しと存在していた。
「頭部搭乗型ですと動力機関は胴体部に設置されています。動力……動く力ですが、大きければ大きい程いいわけです。動力があれば早く動けますし、防御用銃器も様々使用できます。搭乗室の安定性確保も、機動装甲のすべてを賄うのが動力といっても過言ではありません。私はそれに命を吹き込む存在ですが、命だけ吹き込んだところで容れ物が動ける状態でなければ動きはしません」
「動力は大事ってことだな?」
「そうです。大事であり威力があることを目的としているので、小型化には乗り出していなかったのです」
「小さくするのか?」
「はい。頭部搭乗型を完全な物にするのには、動力の小型化が鍵となります」
「でもさ、腹部搭乗型にする必要があるのか? いままで通り、頭部搭乗型で胴体部の動力機関の性能を上げたほうが良いんじゃねえの?」
 俺には良く解らなかったんだが……
「私もそうは思います」
「え? バルミンセルフィド?」
 同意された。
「ただ搭乗できない私たちの同意と、開発者の意思は違います。腹部操縦型のほうが発展する余地があると言うのです」
 ハイネルズが続けた。
「機動装甲を搭乗操縦できる”帝国騎士”は数が少ないので出来る限り安全性を確保したい。ですが安全性確保だけに囚われると戦闘ができない。安全性確保と戦闘能力の向上を一つの機体で網羅しようと考えた時、腹部搭乗型のほうが開発しやすいのだそうです」
 エルティルザが搭乗席に入ってコードを無造作に掴みながら説明してくれた。
 エルティルザに掴まれたコード群は、まるで「コードたち」と表現しなくてはならないかのように、輝き蠢いた。
「安全について考える人が出て来るなんて、凄いね!」
 ロレンが興奮して叫んだから、俺もついつい……。
「そうだな。でも安全性を確保して長期間戦ってもらわないと駄目なくらいに、戦況ってのは悪いのか?」

 エルティルザにバルミンセルフィド、ハイネルズの目が一斉に泳いだ。

「あ、悪ぃ。いまの質問なしな」
 俺たち奴隷は前線とか戦争とかにはあんまり関係ないし、奴隷だけの区画に住んでるから解らなかったんだが、帰ってきたゾイから聞いたら世間一般じゃあ《戦況は五分五分》って言ってたんだってさ。
 勝ってはいないが、負けてもいないってことだ。
 だからさ……多分、本当は負けてるんだ。負けないために、最強の兵器を長く使えるようにする為に、安全性の確保ってのに乗り出したんだ。
 動かせるエルティルザのような帝国騎士は、意図的には作れないんだってさ。
「いえいえ。いつか、勝つ日が来るのです。その”いつか”のために私はテストパイロットとして!」
「その時まで、私たち頑張ります。といっても、私の希望は近衛なので前線配置になりませんが」
「私はちなみに文官希望☆ すわ! ロマンティック!」

 ハイネルズは基本的に話の流れに乗らない。それを指摘したら《私の生き様です☆》って言われた。生き様なら仕方ないな。ナイトの甥っ子だしさ。

「あーあの白髪の男か」
 動力機関の小型化はある程度できているらしいが、もっと小さくしたいということで出来上がった試作品が、俺たちが今住んでいる奴隷衛星に運び込まれたエルティルザの機体なんだってさ。
 その腹部搭乗型の機体や動力関係の開発をしているのが、ナイトがお忍びて来ていたころに、警官としていた白髪の男。
 白髪……って言ったら「あれ銀髪です。銀髪言わないと金取られますよ」なんだそうだ。もう会うことはないだろうが、会ったら銀髪言っておくよ。
 ともかく、その銀髪警官が総責任者なんだって。
「あの方、ロヴィニア王子なんです」
「陛下の従兄で、現ロヴィニア王の実弟ですよ」
「天才と呼ばれる者が多数いる帝国中枢においても、別次元に属すると言われる程の天才。帝国史に天才として名を残すこと間違いないと言われています」
「へえ……すげーなあ」
 そのロヴィニア王子、ロガの父親ビハルディアさんの遺品の辞書を修理してくれたことがあった。そういえばあの時ナイトは、まっさきにその男の名前を挙げてたな。

 ロヴィニア王子の作った機体は、相当高性能らしいんだが、その性能を使うには当然動力が必要。でも腹部型じゃあ充分な動力が得られない。
 だから太いコードで外部動力と繋いで、必要動力を確保したんだって。これでテストしてみて、動力の……なんかあるらしい。
 外部動力機器も、そこに差し込むカートリッジも、カートリッジ充電器も全部ロヴィニア王子が作ったそうだ。
「このカートリッジ一個で、この奴隷住居用衛星の半年の動力を賄えます」
 ちなみにカードリッジはざっと見ただけでも二十個以上ある。
「そのカートリッジはどうやって充電してるんだ?」
「現在機動装甲で使われている動力機関を改造したそうです。これその物は水の分解で動くとされていますが、詳しいことは知りません」
 充電器の大きさに驚いた。
 そりゃそうだよな。この機動装甲の腹部に収まってた動力なんだから、でかくて当たり前だ。ちなみに今の機動装甲ってのは、全長が280から300メートルあるんだって。
「俺は昔、この機動装甲の元になった作業機械って大きくても6メートルくらいしかなかったって聞いたけどなあ」
「よくご存じですね。いまのこの機体はそれをなぞっている部分もあるのです」
「?」
「作業機械は独立動力ではなく、コードで繋がれて動力を得るタイプでした。作業区画が決められているので、コード使用でも問題がなかったのです」
「へえ。あれ? 太いコードもう一本あるな? あれは予備か?」
 機体と外部動力を繋ぐコードは本当に太い。でも断面を見せてもらったら、半分以上が”装甲”だった。
 かなりの力がかかっても耐えられるように考えてだってさ。
 実はそのコードが一番金かかってるそうだ。機体とか動力とかカートリッジとか、事細かに金額教えられ、それはしっかりと覚えておかないといけないとか。

 ロヴィニア王子ってそういう生き物らしい。

「あれは違います。武器に繋ぐコードです」
 エルティルザが兵器を指さしてくれた……らしいんだが、まだ組み立てられていない部品の山は、どんな武器なのか皆目検討がつかなかった。
 立体映像で見せてくれたのは、
「所謂ライフル系ですね。狙い撃ち貫通させるやつです」
 聞けばエルティルザは射撃ってやつが大得意なんだってさ。
「私たちの”おじさん”にあたるキャッセルさま。キャメルクラッチさまでもいいですが、あの方射撃の天才なんですよ」
「天才だらけだな」
「セゼナード公爵殿下とは種類の違う天才ですよ。その公爵殿下の親友、かのアマデウスさまも射撃が得意なんですよ。それで公爵殿下はアマデウスさまに専用銃を作って差し上げているのですよ。生身で撃つものと、機動装甲で撃つもの。ただし機動装甲で使用する銃は、これもまた性能はいいのですが動力は外部に設置状態でして。アマデウスさまは前線では専用移動機ニーデスというのに乗って戦っていらっしゃいます。その専用機が銃の動力も補っているのです」
 だからその銃の変形は、やっぱり外部動力で動かすしかないんだってさ。

 説明を聞いて夕食まで食わせてもらった帰り道、夜空を見上げてふと思った。なんであいつら、この奴隷区画にあんな凄い兵器を持ち込んで《試す》ことが前提なんだ? って。

 その時が来た時……も、あいつら、特にハイネルズは変わらなかったな。むしろより一層ご機嫌だった。


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