ALMOND GWALIOR −163
―― 喉を潰されて良かったと思ってる ――
―― どうして? ――
―― 助けを求められないから。助けを求めても誰も助けてくれなかったら悲しいけれども、私は喉が潰れて声がでない。だから誰も解らないと私は私に言い聞かせることができるの ――
―― 済まない。助けることが…… ――



で き た な ら



 胸になにかが乗っているのとは違う、明かに首を絞められている《鋭い息苦しさ》にデウデシオンは目を開いた《つもり》だった。
「…………」
 自分をのぞき込んでいる「金の瞳」
 もう片方の赤い瞳は黒髪に隠れていた。その瞳を隠しているのは黒く長い髪。
「どうした? デウデシオン」
 右利きのディブレシアは左の髪の房でデウデシオンの首を締め上げていた。
「がっ……」
 覚えのある苦しさ。首を絞めている髪の傍まで指を伸ばすが、デウデシオンは触れる事ができない。
 《ディブレシアが生きていた頃》に何度もされた行為。
 クレメッシェルファイラを強姦しろと言われてできなかったデウデシオンに見せた陵辱の一つ。
 今デウデシオンがされているように、クレメッシェルファイラの首をディブレシアは自らの黒髪で締め上げた。身長の高かったディブレシアに締め上げられ足をばたつかせるクレメッシェルファイラ。
 それでも彼女は自分を締め上げている髪には手を伸ばさず、自分の乳房の上を折られ紛ってしまった指で引っ掻くように動かす。皇帝の髪を排除しようと触れることは許されない。
 自分の胸に何本もの赤い線を描き、藍色の瞳はこれ以上無い程に見開かれ、そして力つきる寸前、体は生理的に反応し射精する。そうするとディブレシアは解放してやった。
「苦しいか? どうしたら解放してもらえるか? お前は知っているだろう?」
 愚かだとは知っていても、デウデシオンは彼女を庇った。首を絞めるなら私を――と。
「ぐ……あ……」
 苦しくなどないと自分に言い聞かせながら、首の骨が軋む音を頭の内側から聞き、ディブレイアの肌を全身で感じる。
 クレメッシェルファイラは首を絞められ射精するさまを見せ物にされていたが、
「どうした? 下の締めつけに負けるのか」
 デウデシオンはディブレシアの中に放つことを命じられた。
 首と性器を容赦なく締め付けてくる。その時に見下ろすのが金の瞳。
「あれを助ける方法をお前は知っていただろう? デウデシオン」
「……」
 自分は苦しくはないと言い聞かせ、息が楽になるとこの言葉が降り注ぐ。
 後悔は息苦しさとなる。
「お前が皇帝になれば良かったのだ。そうだ、お前は皇帝となりあれを巴旦杏の塔に封印すれば良かったのだ」
「…………」
「お前が男であろうが、あれが男王であろうが皇帝には逆らえぬ。お前は皇帝になるために、余を殺害すれば良かったのだ。そして皇帝になれば良かった」
「…………」
「当時のお前では無理か? では今のお前はどうなのだ? お前が皇帝となり、あれを巴旦杏の塔に閉じ込める。そしたら、あれのように犯されずに済むのだぞ。ああ、今頃どうしているだろうな、お前の両性具有は。また誰かに奪われるかもなあ。どこかで焼け死ぬかもしれんな」
 首を絞める力が増し、下半身が少し楽になる。
 そしてまたデウデシオンは《これは夢だ》と意識を手放す。
 意識を失ったデウデシオンの上で余韻を楽しみながら、ディブレシアはゆっくりと髪を解く。自由になった気道は息を吸い込むよりも先に、吐瀉物を外へと放り出した。
「片付けておけ、ザンダマイアス」
 ディブレシアはそう命じ、デウデシオンの顔を掴んで上半身を持ち上げる。
「お前は変わったな、デウデシオン。泣かなくなったなあ。昔は犯されて泣きわめきはしなかったが、涙だけは流れていた。あれの死と共に涙を失ったか? それはそれで楽しそうだな」
 吐瀉物は枕の上だけだったので、簡単に取り替えは終わった。
 ザンダマイアスたちが一つの枕の端を二人で掴み、引き摺ってゆく。

「幾ら薬が効いているとはいえ……君は、それほど恐ろしいのだねえ」

**********


 ダグルフェルドか。
『ハーダベイ公爵と一緒に行ってくるよ』
 早く行け。
『心配するな……か。それでも私は……』

 デ=ディキウレか。
『長兄閣下。これから最終配置につきます。作戦が終了するまではお側にいられませぬので』
 構いはしない。
『私生活をのぞかれる心配がなくて安心する? 嫌ですねえ。私はいつものぞいているわけではありません。ピンポイントでのぞいているだけですよ。それでは!』

 フォウレイト侯爵……。
『ありがとうございます。はい父に母の墓を参ることを命じてくださって』
 なんだ? なにか言いたいことでもあるのか? ……私は貴女の弟ではない。他人だ。
『あの……いいえ。帝国宰相閣下』

 ……バロシアン。
『行ってきます。解っております。セルトニアード兄とギースタルビアがいれば対処できるでしょう』

「        」

『……私の結婚、祝ってくださいますか?』
 下らないことを聞くな。祝うに決まっているだろう。

 前線はどうだ? タバイ。
『陛下はお変わりありません。もう一人の陛下は……まあお元気に殿下をなさってます。そして《国璽》はしっかりと守っております』
 タバイ……それは……
『はい、命に換えてもお返しします。兄上の信頼に応えられるよう必ず《国璽》は帝国に』

 ミスカネイア。
『アニエスの調子は? そうですか。胎児の生育も順調のようでなによりですわ。后殿下? 后殿下に関しては期待なさらないでください。最近やっと生理が回復いたしましたが、陛下が』
 そうか……それで……
『ザウディンダルは元気にしてますわ。落ち着いていると言っていいでしょうね。傍にガーベオルロド公爵閣下がいらっしゃいますし。はい、戦場ですからそれは当てはまらないでしょう。私はガーベオルロド公爵の、キャッセルの傍におりますので』

 キャッセル、調子はどうだ?
『ご安心ください、デウデシオン兄。帝国最強騎士が陛下とザウディンダルと后殿下と……タバイ兄は強からいいか! ともかくお守りしますので』
 そうか。どうした?
『皇君さまはお元気ですか? え? 変ですか。よろしく伝えておいてください』

 タウトライバ……あのな……
『アニエスは元気ですか? エルティルザ……あ、全員元気ですか? 良かった。毎日心配ですよ。デウデシオン兄も心配でしょう……いや、私はザウディンダルとは言っておりませんが』
 お前を苦しめるつもりはない……いや、あの時のお前の感情が今ならはっきりと解る。
『計画に関しては……私は陛下に従うものです。デウデシオン兄、お願いですから……』

 デウデシオンは悪夢から目覚めた。
 まさに夜明け前の闇がもっとも深い時間に。
「……」
 周囲に人の気配はない。
 召使いたちはまだ戻ってはいない。弟であり息子であるバロシアンは、セルトニアードとギースタルビア、執事となったデウデシオンの父親と異母姉と共にフォウレイト侯爵領へ花嫁を迎え入れるために向かった。

 デウデシオンはゆっくりと起き上がる。

 偽の国璽を渡したタバイ、キャッセルに近付くミスカネイア。
 皇君のことを気にしているキャッセル、そして《僭主襲撃》に関する計画に忠誠を捧げるタウトライバ。

「デ=ディキウレ……」

 近くにいるはずもないデ=ディキウレの名を呼ぶ。
 適温に保たれている部屋だが、肌にまとわりついてくる空気は刺さるかのようだった。

―― ここには誰もいない!

 その事実にデウデシオンは駆け出した。
―― 巴旦杏の塔に! 巴旦杏の塔に!
 無言のまま走り続ける。
 かつて彼女が言った言葉を思い出しながら。

―― 助けを求められないから。助けを求めても誰も助けてくれなかったら悲しいけれども、私は喉が潰れて声がでない。だから誰も解らないと私は私に言い聞かせることができるの ――

 多くの権力を手に入れた。それでも護れないものがある。

 ザウディンダル……
『兄貴。あのさビーレウストがさあ、后殿下とクッキー作ってるの知ってるよな。それでさ、アニアス兄がオーブン貸してくれなくて困ってんだ。だから特別許可もらいたいんだ。うん、エーダリロクに依頼しても良いって許可を欲しいんだ』
『頑固だよなあ。アニアス兄って、そういう所が兄貴に似てるよな!』


―― お前の両性具有は。また誰かに奪われるかもなあ ――


 朝靄のなか辿り着いた巴旦杏の塔。朝露に濡れる葉の前で、デウデシオンは湿った大地に膝をつき塔に向かって吼えた。

「うあああああああ!」

―― 助けることは出来る! 出来るんだ! ここにザウディンダル保護して会いに来る。その為に必要なことは ――

「うあああああああ!」
 陛下! 陛下! 陛下!
『デウデシオン、帝国のことは任せたぞ。では余は皇帝となるために征ってくる』
 ザウディンダル! 陛下! ザウディンダル! 陛下!!

「さあ、皇帝となってみせよ、デウデシオン。余はお前が皇帝になるための手助けをしてやるぞ」

 多くの両性具有の嘆きを封じた塔の前で、デウデシオンは呻いた。だがその声もまた大地と朝靄のなかに消えていった。

「もう私を自由にしてくれ……ディブレシア帝よ、陛下よ」

CHAPTER.06 −神よ、神よ[END]

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