ALMOND GWALIOR −160
―― 帝国摂政の座からバーランロンクレームサイザガーデアイベン侯爵を遠ざけろと? 良かろう ――

―― なにを言っているラグラディドネス。バーランロンクレームサイザガーデアイベン侯爵を含む余の夫たる四名を帝国摂政の座から遠ざけてやったが、お前を帝国摂政にしてやるとは言っておらぬ ――

―― ザロナティウスは良い子だ ――

**********


 出陣が近付いている面々は、最終確認に追われていた。
 エーダリロクも、作ったは良いが稼働確認をしていなかった、叔父デキアクローテムスの元へ、焼却炉の試験を行いにやってきた……のだが、
「え、もう終わった?」
「終わったよ」
「……タンパク質を焼いたんだよな」
「もちろん。皇君から貰ってね」
「皇君?」
 嫌な感じと共に、叔父がなにかを隠していること、
「エーダリロクも知ったと聞いたよ。皇君とキャッセルが」
「ゆああああ! めぇぇぇ! るろおおおおお!」
 誤魔化されていることを感じたエーダリロクだが、それらを”なにか”が全力で凌駕した。
「そんなに拒否することないじゃないか」
「いーやー」
「帝国は同性愛者が多いだろう」
「その話はやめてー。その二人だけはやめてくれー」

 両手で耳を押さえて頭を振るエーダリロクに”やれやれ”と言った風な表情をつくり、デキアクローテムスは頷いた。

「その話は止めるよ。最終確認してくれるか? これがテスト運用のデータだ」
「貸してくれ」
 泣いてはいないのだが、鼻を啜りつつデータを追う。
「本気で焼却するのか?」
「役に立たなければ……だよ」
「金じゃないんだ」
「金を幾ら積まれても、陛下のお心にそぐわないものは焼き殺す。金額次第では殺してから焼却するけれども、金額が足りなければ生きたままだね」
 その金額が幾らなのか? エーダリロクには解らないが、
「全員生きたまま焼き殺す気だろう」
 おそらく全員生きたまま焼き殺すだろうと感じていた。
 デキアクローテムスは不必要に残酷ではないが、必要に応じて冷酷になれる男だった。普段はたしかに普通の王子なのだが、ある部分が異常なほど冷酷だった。
 それが”なにか”に似ているとエーダリロクは思うのだが、気付けていなかった。正確に表現すると気付かないように《されていた》。
「さあね。まあ気を付けていってきなさい、エーダリロク」
 不備はないとデータを返したエーダリロクに声をかける。
「はいよ。叔父貴」

―― 私は解るのです。ディブレシア様

「エーダリロク」
「なんだ?」
「銀狂陛下はどうなされた? 酷く深いところにおいでではないか?」
「……どうして解った?」
 エーダリロクに気付かせなかったのはザロナティオン。
「私は内側にいる人の気配が分かるんだ」
「……」
「驚く程のことではないだろう。私はね、能力の幾つかを不完全に受け継いでいるんだ」
 異形が異形を解るように、自らの永久の瞳の存在が解るように、デキアクローテムスは解るのだ。
「ザロナティオンの力を?」
 驚くことではない。
 ロヴィニアの血統であるエーダリロクに、シュスタークにそしてディブレシアに”ザロナティオン”が存在しているのだ。
 ロヴィニア王子であるデキアクローテムスに不完全ながら存在していたとしても、おかしいことはない。
「人格がないから解らないね。ほら、エーダリロクも銀狂陛下にすべてを任せた時、初めてその真価が発揮されるだろう? 私は真価を発揮してくださる銀狂陛下がいらっしゃらないのだ。ハードを使いこなすソフトがないとでも言え……ないか。ハードその物も、完全ではないから」

 能力が完全に揃っていないから人格が宿らなかったのか?
 人格が宿らないので、能力が揃わなかったのか?

「なんで今言うんだ? 叔父貴」
「銀狂陛下が言うなって、無言で圧力をかけていたから。直接言うなと命じられたことはないからね」
 内側あった能力が、他の体にいるかつての主の指示に従う。
 それは体機能をも止めるほどの力を持っていた。
「いまは本当にいないと」
「そうだね。似た状態の人を見た事があるから良く解るよ」
「ん?」
「ディブレシア様の中にいた銀狂陛下は、屈服させられていた」
「……いるのか?」
「いるのか? ではなくて”いたよ”と明言する。あの頃は解らなかったけれどもね。陛下ともエーダリロクとも違ったような気がするけれども、間違いなく銀狂陛下だった」
 デキアクローテムスにとって、恐ろしかったディブレシアの一面。
 それが銀狂陛下だと知ったのは、シュスタークが暴れ出した後のことで《ディブレイアが存命中には》はっきりと銀狂だとは解らなかった。
「……」
「ディブレシア様はご存じだった」
「話したことあるのか?」
「中の御方と話たことはないが、私はディブレシア様にこう言ったのだよ”私と貴女様の子は、帝王になる”と」
「なんで……」
 相手の内側にいる人がなんであったか? 解らなかったデキアクローテムスだが、自らの内側にある存在が、それを確信させていた。
「解るんだよ」
「なにが?」
「求めていたとでも言えばいいのかな? 私の中の能力たちが人格に近いものを得て、主を求めていた。その先にあったのがディブレシア様だった。能力たちはディブレシア様の中に入り生まれてくることを望んだ。能力たちは生を渇望していた」

―― 俺は絶対に生き延びる。そう死んだとしても甦る! ――
―― 君の人格を封じるよ。僕は君を許さない! ――

「……」
「でも誤算があった」
「なにがだ?」
「私はこの通り能力しかなかったし、ディブレシア様は人格があることを教えてくださらなかった。だから帝王は生まれると思ったけれども、過去の人格が備わっているとは思わなかったのだよ」
 暴れ出したシュスタークという体を持つ、かつて自分の内側にあった能力たちが欲した人格ラードルストルバイア。幾つにも別れ、そして増殖する。
 そこで初めてデキアクローテムスは、間違いとは言わないが”危険”なことをしでかしてしまった事に気付いた。
 帝国としては危ういのだが、デキアクローテムスとしては幸いに実子は一人だけ。帝国の法では、皇帝の正配偶者側の親は、皇帝との間以外に子供を作ることは許されない。実子である皇帝、または親王大公から皇位継承権が失われてしまう。
 要するに子供を作ることは禁止されたも同然の立場。
 だからデキアクローテムスは早急に手を打つ。デウデシオンと同じ手段で、危険を回避した。
「ああ……そうか、そうだよな」
 シュスタークは帝王そのものだが、その内側に秘められた冷酷がデキアクローテムスの内側にある自分ではない冷酷と全く同じであること、それが親子であると強く感じさせた。
「んー上手く説明できるかどうか解らないんだが、聞いてくれるか」
「なんでも」
「どうもディブレシア様は”ある方法”で知識を得たようなのだが、それと帝王復活はどこかで繋がっているらしいのだ」
「は? なにそれ? どういうこと? っていうかさ、叔父貴はどうやってそれを知ったんだ」
「私は銀狂陛下の意識を感じ取ることができるから。ディブレシア様の中にいた銀狂陛下が知っていたんだ」
「なに!」
「でもねディブレシア様の銀狂陛下”も”陛下の銀狂と同じように、誰かの記憶を食人によって無理矢理共有したせいで、完全には覚えていないんだ」
「……」
 ザロナティオンに食べられた”誰か”で、人格を保っている”誰か”
「凄い顔してるね、エーダリロク」
「叔父貴。他に銀狂陛下がいるヤツ解るか?」
「いるのかい?」
「知ってるかどうかを聞いただけだ」
「……いないね」
「そうか」
「信用してないだろう」
「まあな」
「全部言ったよ。全部」
「そうか。俺他にも準備があるから行くわ。じゃあな」
「ああ。気を付けて、そして頑張ってね」
 エーダリロクが立ち去る姿を追うことなく、青い空を仰ぐ。
「銀狂陛下に関して私が知っていることは全部言ったよ……ディブレシア様に関しては全て言ってはいないけれどもね」
 白い雲にむけて、デキアクローテムスは呟いた。

―― そうだ。四人の誰かが帝国摂政の座に就こうものならば、ザロナティウスは同性愛者になる
―― そのようなことには……
―― ザロナティウスは生まれつき同性愛者だ、デキアクローテムス
―― なっ!
―― それを余の暗示で封じ込めている。余の後継者は一人しかおらぬ。余が封じ込めてやった性質を解放して、帝国を混乱の渦に巻き込むか? なあ、ウキリベリスタル。お前の《息子》もそうだが、エターナ似の王太子の多いこと
―― ……

「本当に陛下が同性愛者かどうかは解らないのだけれども、試す気にはならなかったね。結果としては良かったのだろうけれども」

 それはシュスタークを信じる、信じないではなく、無用な争いは避けるべきだろうという決断だった。デウデシオンが帝国摂政に立ったことは、皇帝の父たちも納得していた。
 性向ではなく、誰かが帝国摂政の座に就けば、誰かが不服に感じるだろうということ。それを避けるのにデウデシオンの帝国摂政就任は必要であり、最適であった。

「陛下のお気持ちは后殿下に向いている。このまま何事も無く未来を築いてください。その為に私は手段を選びません」

 デキアクローテムスは、奴隷后を快く思っていない者だけではなく、ロガを全面的に支援しない者は全て処分すると心に決めていた。
「陛下。お好きな方と結ばれてください」
 デキアクローテムスの息子は息子ではあるが息子ではない。支配者であり、過去の人格を有した皇帝。その皇帝のために、彼は生きているのだ。皇帝のために生きていることで、生きていられるのだ。

**********


「ラグラディドネスは死んだようだな、ウキリベリスタル」
「はい。四王で処刑いたしました」
「ふむ。では余の生母を殺害した王の一人である貴様に、良いことを教えてやろう」
「……」
「ザロナティウスの暗示を解く方法はもう一つある」
「……」
「ザウディンダルが両性具有だと知ることだ」
「……」
「巴旦杏の塔に設置した”あれ”が教える形にしたのは、お前に都合の良い時に教えられるようにした為だ」
「あ、ありがとうございます……」
「精々頑張って、ザウディンダルが両性具有であることをザロナティウスに隠せよウキリベリスタル。そしてお前の息子を皇位に就けようとした時に解き放つが良い」
「ご存じでしたか」
「上手く行けば良いな、ウキリベリスタルよ。余はお前をずっと見守っておるぞ。ずっと、ずっと、ずっと、ずっとな」

**********


「いつも通り……いつも通りに……そうだ、いつも通りに送りだせ。そうだ、いつも通りだ」

 デウデシオンは呼び出したザウディンダルが来るまでの間、自分にそう言い聞かせる。
「兄貴来たぜ」
 明かりを落とした室内で書類を難しい顔で眺めている帝国宰相に近寄ってゆくと、立ち上がりザウディンダルの方に近寄ってきて、
「何だよ、兄貴」
「確りと陛下と殿下をお守りするのだぞ」
 確認するように、そして子どもに言い聞かせるかのように言い出した。
「解ってる」
 しっかりと打ち合わせもした! と言い返すが全く聞いていない素振りで帝国宰相は話を続ける。
「お前が穴になる可能性が高いからな。弱い上に注意力は散漫だわ、適当で杜撰でずぼらで思慮は浅いは脆弱だし、気分屋で集中力を持続させることは出来ないわ、役立たずになること明らか。ゆえに陛下にも先に私から詫びておいたが、それを上回るような失態はせぬようにな」
 全く信用していないと言葉の端々に乗せて、言いたい放題追い討ちをかける。
「うっせーよ!」
 怒って部屋から出て行こうとしたザウディンダルの手首をつかみ引き寄せ、
「ザウディンダル……」
「何だよ! しっかりとやってく……」
 一度引き寄せた体を壁に押し付け、驚いているザウディンダルの耳元に口を近付け耳朶を軽く食む。
「戻ってきたら、望みをかなえてやるから、無事に帰ってこい」
 突然のことに耳を掌で押さえ、顔を赤らめて帝国宰相を見上げたザウディンダルははっきりと尋ね、答えもはっきりと返って来た。
「突然なんでそんな事言うんだ……」
 耳朶から広がった熱がザウディンダルの胸を妙に冷たくしてゆく。
「お前があのカルニスタミアと別れたからだ」
 兄の言葉が空々しく上滑りしているが、行動は逆にもう片方の耳朶にも噛み付いてくる。チリリと痛む耳と、身を引きたくなるような恐怖。
 意味の解らないことを言っているわけでもないのに、ザウディンダルには理解できなくなり全てを恐ろしく感じた。明かりを落とした室内も、目の前にいる兄も。
「……陛下と后殿下に誠心誠意お仕えしてくる……それで良いんだろ」
 言い知れぬ不安を抱いたまま、ザウディンダルは帝国宰相の部屋を後にした。
 誰も居なくなった部屋の明かりを完全に落とし、一人椅子に座って目を閉じている帝国宰相の傍にいつの間にかハセティリアン公爵が現れ、
「何故ザウディンダルにあのようなことを?」
 真意を問いただすが、帝国宰相は首を振るばかり。
「生きて帰ってきて欲しいとは当然願うが、関係を持ちたいのかどうかは……私自身解らん。何より……もう私がいなくともどの弟達も生きていけるくらいの力はつけた……もう私は居なくなるべきなのかも知れぬな」
 ハセティリアン公爵はその言葉に何も言わず、秘密警察の配置を告げて去って行った。

 皇帝が出立する前夜の出来事。


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