ALMOND GWALIOR −151
「それで、陛下が女性皇帝だったら……ってところだが、俺が人体生成プラント能力を有しているってことは、血筋からいってディブレシアが持っていたとしてもおかしくはないだろ? 人体生成プラントで母胎となれば、性別を分けることは可能だ。俺は女しか作れないが、ディブレシアは本体が女性だから、女性そのものは持っている。だから陛下を女性として作ることは可能だった筈なんだ。」
《たしかに言われてみれば、そのような系譜であり、体の機能としてはそうであろうな》
「俺がそう考えたのは、陛下が”隣のシリンダー”を見ることができなかった所にある。あれは兄貴の暗示と同じことが原因だと思うんだ」
《ディブレシアは暗示能力も持っていると……なるほどな》
「そうなると、あることが重大な意味を持つ」
《重大?》
「話がちょっと前後するが、俺は先程カルニスに”狂草”を読んでもらった。その前に兄貴に依頼してカレンティンシスが狂草が読めるかどうかを確かめてもらった。確かめた方法は暗示だった。読めるのに隠されては困るから、本当のことを知りたくて。それで数年前、そうだな俺とメーバリベユ侯爵が書類上結婚したころ、ロヴィニア僭主の一派との争いがあっただろ? 覚えているか?」
《もちろん覚えている》
「あれは兄貴が異母兄弟を選別するために”僭主と手を組むが良い”と暗示をかけたんだが、掛ける前に、暗示が掛かるヤツと掛からないヤツを選別した。この暗示ってさ、絶対に掛かる関係がある。知ってる?」
《それは知っている。親子は絶対に掛かるな》
「その通り。我が永遠の友や其の永久の君とは逆で、血が濃いととても掛かりやすい……じゃあさ、なんでディブレシアは暗示を使って、ザウの主をデウデシオンにしなかったんだろうっていう疑問が生じる。両性具有は暗示にかかる、カレンティンシスが証明してくれている。そして兄貴の暗示はザウにも掛かるはずだ。ザウディンダルは血統的に兄貴とカレンティンシスの間に存在するからさ」
《ザウディンダルという両性具有は、ディブレシアの暗示にかからない?》
「そうなる。そうでなけりゃ、わざわざ薬物中毒にするほど合成髄液を注入する必要は無い。死んでいるならまだしも、この二十年間生きていて俺たちの思考を操っていた女が、もっとも重要なポイントを他人に任せて、任せたヤツが死んでいる状態に甘んじる理由は”ザウだけはディブレシアの暗示が掛からない”それしかない」
《親子であるのに暗示がかからないとは》
「精神感応できる瞳の色じゃないのが原因の一つだと思う。だからさザウのことを考える時は、逆を考えたほうが真相に近付きやすい気がする。そこで藍色の瞳じゃなくて、脊椎にある瞳の問題になってくる。ディブレシアが最初から”どちらでも良い”と考えてザウを作ったのなら考えても無意味だが、無軌道に作ったとはとても思えないんだよな」
《ふむ。ハーベリエイクラーダの末裔は永久の瞳で、孫は永遠の瞳》
「それでさ、いまディブレシアの頭髪の検査結果でたんだけど、やっぱり永久側の数値が高い。頭髪だから確実じゃねえけど、永遠側の数値が出ない。ってことは、ザウの父親にあたるエイクレスセーネストが問題になってくるんだが、ザウの祖母は実兄と結婚して二人の子をもうけてる。夫が実兄ってことは脊椎にある瞳は、実妹であり実弟であるクレメッシェルファイラと同じだろう。となると、ザウの父親にあたる子供も永久の瞳のはずなんだ。これはさ、ディブレシアも予測してなかったことだろうと考えて良いと思う。最初に生まれた両性具有はおそらく男王で、当時の皇帝クルティルザーダの性別と、当時はまだディブレシアの乱交を隠そうという意図があったことから殺害されたと見て間違いないだろう」
《なるほど。……どうした?》
「皇君のことなんだが……皇君はラティランクレンラセオにザウの父親のことは教えなかったんだろうな。それがディブレシアの命令なのか、自分の意思によるものなのか? 判断が難しいところだ」

**********


「皇君さま、私が作ってきたあの薬どうするおつもりですか?」
「情事後の睦言にしては艶がなさ過ぎるよ、キャッセル」
「どんな話をしたら良いんですか?」
「そうだねえ」
「あんなに強い薬、デウデシオン兄さんでも動けなくなりますよ。皇王族を殺害するのには不必要ではありませんか?」
「そうかもね。でも必要なのだよ。デキアクローテムスはゼフォンに焼却施設を作ってもらってるしねえ。我輩も負けてはいられないのだよ」
「ゼフォンってエーダリロクのことですよね?」
「そう」
「そうなんですか。じゃあ頑張ってお薬使って、皇王族殺してくださいね」

―― ジルオーヌの死で相殺ということで ――

「そうだね。頑張って殺すよ……どうしたのだね? キャッセル」
「私がこの前置いていった銃はどこに?」
「ああ、それか。危ないから運んだよ」
「どこに運んだんですか?」
「”エーダリロク”のところに」
「皇君さま。なんでゼフォンって言わないで、エーダリロクって言うのですか?」
「キャッセルは本当に賢いな。時間が惜しいから、もう一度傍にきなさい」
「はい。それで? どうして、エーダリロクって言ったんですか?」
「深く追求されると、困ってしまうな」

**********


「それで、次は……」
 エーダリロクは語りかけた相手”ザロナティオン”が横を向いたのを感じたところで完全に意識を失い、次に目覚めた時はカーテン越しの柔らかな日差しが控え目に差し込んでくるベッドの上。傍ではメーバリベユ侯爵が詩集を嗜んでいた。

―― え……? あ…… ザロナティオン? ザロナティオン? おーい

 声をかけても返事のないザロナティオンと、全くない記憶。
「よお」
 エーダリロクは起き上がり、リネン類と部屋の内装を見て、ロヴィニア区画の王族専用病室であることは解ったが、なぜこんな所にいるのかは解らなかった。
―― 怪我をしたんだろうな。怪我するようなことはしてないから、誰かに襲撃されたということか? シベルハムはもういないから……誰だろう? すげえ、おっかねえ相手に付け狙われそうなことしてたような気がするのに、それが誰か思い出せねえ
「お目覚めになりましたか、殿下」
「俺、どうしたの?」
 記憶があやふやな状態に、エーダリロクは焦った。
 エーダリロクは自分の頭脳には自信を持っている。それは慢心などではなく、全ての者に認められている才能。
 その才能の中には”記憶の安定度”どれほど殴られようがショックを受けようが、覚えたことは忘れないという特性を持っているはずなのに、今自分は病室のベッドの上で呆然としていることに恐怖とまではいかないが焦った。
「やはり記憶ありませんか。待って下さい、ロヴィニア王殿下が説明なさるそうです」
 メーバリベユ侯爵は連絡を入れてから、エーダリロクに近付いて、頭部を抱き締める。
「心配しましたわ、殿下」
「あ……う……濡れ?」
 メーバリベユ侯爵が喜びの涙を流し、それが……
「ちょっと待て、メーバリベユ」
 エーダリロクは自分の頭を触って愕然とする。
「鏡は?」
「言われると思いました」
 メーバリベユ侯爵はエーダリロクから離れて、用意しておいた卓上鏡を目の前に置く。底に映った自分の姿にエーダリロクは叫んだ。
「なんて目つきの悪い坊主だっ!」
 髪の毛がなくなって、形の良い頭部が露わに。
 実際は少し髪はあるのだが、ダイヤモンドダストにたとえられる銀髪は僅かしかないと、どうにもならない。良く言って”うぶげ”、普通に言えば”はげ”
「鏡に映っているのは、殿下でいらっしゃいますわよ」
「解ってるが、目つき悪すぎだ! うわー親父思い出す!」
 目尻の涙を指先で拭い、メーバリベユ侯爵は笑みを浮かべ鏡を両手で持ち、叫ぶエーダリロクを見つめていた。
 そうしていると、
「目覚めたか、エーダリロク」
 ランクレイマセルシュが到着した。
「よお、兄貴」
 メーバリベユ侯爵はそっと部屋を出て、二人きりになった所でランクレイマセルシュが耳元で囁く。
「なにがあったのだ?」
「全く思い出せねえ。むしろ俺が聞きたいくらいだ。俺どうしたんだ?」
「大怪我を自分で負っていた」
「?」
「鼻の下から上が全部吹き飛んでいた。どうもお前の中の御方が吹き飛ばしたらしい」
 エーダリロクの髪の毛がないのは、頭部その物が吹き飛ばされ再生し、頭部自体の治療は終わったがまだ頭髪までは回復していない状態。
「ザロナティオンが?」
「どうした?」
「最初に俺を発見したのは?」
「私だ」
「ザロナティオンに会った?」
「会った。一言”出陣後に会おう”と」
「解った」
「少し休め。私はメーバリベユと修理について話合ってくる。それと、念のためにアシュレートを警備につけておいた。少しは安心するがいい。ではな」
「あいよ」
 一人きりになったエーダリロクは、再度鏡を見て、
「人相悪ぃ!」
 髪のない自分の顔を見て絶叫を繰り返していた。
 エーダリロクが”この時”の記憶を取り戻すのは、シュスタークと共に帝星から前線に向かう途中でのこと。

**********


「それで、次は……」
 エーダリロクの話を聞いていたザロナティオンは、右側に殺意を感じてエーダリロクの体を乗っ取り、それを避けた。
 壁を貫くエネルギー弾。
 誰だ? と思いつつ、テーブルの上にあったエーダリロクが書いた紙を全て丸めて飲み込みながら、放たれてくる弾を避ける。
 爆破用意をしつつ、狙撃してくる相手の方へと近付く”ザロナティオン”
「大きくなったな、エーダリロク」
 窓の外には大型銃を構えた、純白の軍服を着用しているディブレシアが立っていた。
「……」
 ザロナティオンは無言のまま、ディブレシアへとの間合いを縮める。
 本来であればエーダリロクの意識を残したままでも充分応戦できるくらいの相手なのだが、ザロナティオンはあることを懸念すると同時に《仕掛ける》つもりでエーダリロクの意識を閉ざした。
 懸念はディブレシアが暗示を使えること。
 暗示は記憶にも作用するので、エーダリロクの記憶を意識ごとザロナティオンが包み暗示から守ろうとした。
 全てを保護できるわけではない上に、別人格が記憶に触れると一時的だけではない記憶障害が起こることはザロナティオン本人も知っているのだが、明かになりつつあるディブレシアの暗示能力の強大さに、どちらが被害が少ないか? を天秤にかけて、自らが経験している方を取った。
 ザロナティオンに銃で応戦するディブレシア。
―― 腕は良いほうだな。隙はあるように見えるが、わざとだな
 ディブレシアは現在帝国でもっとも腕の良い狙撃手であるキャッセルの生母であり、狙撃の伝説的名手でもあるザロナティオンの子孫でもある。
 能力は確かに遺伝していた。
―― だがそれにしても……随分と撃ち慣れているな
 ザロナティオンは弾を避けながらディブレシアの狙撃体勢と、撃ったあとの状態、撃ち方などを見て、シミュレーターだけで訓練したのではないだろと判断した。
 射撃をどのようにして覚えたのかを探るつもりはザロナティオンにはない。目の前にいる相手が、油断ならない狙撃手であるという事実が重要であり《仕掛けるタイミング》が最重要。
―― あの銃のサイズからして……帝国最強騎士の物だな
 一歩踏み込めば殴り殺せるところまで近付き、ザロナティオンは四つ足状態のままディブレシアを見上げる。
「帝王は狙撃では殺せぬか」
 ディブレシアはそう言うと、銃を獲物として振り下ろす。命中すれば装甲車も真っ二つにする程の威力だが、避けられては意味がない。
―― 勝てるな
 ザロナティオンは余裕を持って、頭を上げてディブレシアの懐へと飛び込んだ。

【逃げろ! シャロセルテ! こいつは本体の記憶を封じ込めようとしている!】
 
 その時のぞき込んだディブレシアの金色の右瞳の奥に、懐かしい存在を発見した。かつて殺害し食して取り込み、自らの中に存在することになったサイロクレンド。

【そこにいたのか。弟よ】

 ディブレシアの長い腕が伸びる。
 身長やリーチは、ディブレシアの方がエーダリロクよりも”ある”
 近付いてくる指先を前にして、ザロナティオンは上半身をのけぞらせ、自ら手に力をこめて鼻の下あたりから後ろに押し頭を破壊した。ただ破壊したのではなく、右眼球を上空に、左眼球を地面に落として、ディブレシアを追尾できるようにして。

 記憶にかかる暗示は、基本「瞳」を介する。

 エーダリロクが先程ザウディンダルのことを「精神感応できる瞳の色じゃないのが原因の一つだと思う」と説明したところから、ザロナティオンは頭をはじき飛ばし記憶に触れられることを避けた。
 暗示と関係する瞳は通常とは違うもう一つの瞳「脊椎」にある物も反応するのだが、エーダリロクは”無性の弟”であるため所持していない。
「逃げられると思うなよ、小娘」
 ザロナティオンははじき飛ばした眼球を使いディブレシア全体追っているので気付かなかったが、もしも表情を見ることが出来たら”ディブレシアの心の底からの驚きの表情”という皇君でも見たことがないものを見ることができただろう。
 もっともザロナティオンは、そんな物には興味はない。
「さすがは帝王!」
 ザロナティオンはその状態で、ディブレシアに攻撃をしかけた。
 頭がない程度ではザロナティオンの強さは変わらない。ディブレシアの懐に飛び込み、腹に拳を入れはじき飛ばし、肩を自分で吹き飛ばしたエーダリロクの頭と同じように弾く。
 腕を伸ばし耳も含めて右頬を削ぎ、左こめかみを叩く。
「分が悪すぎるようだな」
 ディブレシアは地に落ちている左眼球を踏みつぶして逃げようとするが、ザロナティオンはさらに追う。

 頭部を失った四つん這いで走る死亡した皇帝と、死んだとされる皇帝。

 ディブレシアが”死んでいる皇帝”だからこそ、ザロナティオンは仕掛けようとしたのだ。彼は今の帝国には自らの意思で深く関わらないと決めている。だがこの場にいる相手は例外だった。
 ザロナティオンはディブレシアにロターヌ=エターナを発動させた。
 触れながら”考え”や”記憶”を探り出す力。
 眼球を通じて行う時ほど理路整然としてはいないが、その分相手に気付かれる可能性は減少する。

―― 真意はなんだ?

 ディブレシアの真意を探るために自らの戒めを解いた。死者の真意ならば死者が探ってもよかろうと。
 ザロナティオンは追いついてはディブレシアの体を破壊すように殴り、はじき飛ばしては追いかけるを繰り返すが、深追いはしなかった。
 真意を探りだそうとている最中にも、ディブレシアは暗示をかけてきていた。
 触覚や味覚にまで圧力をあたえるディブレシアの暗示。
 徐々に互いに距離を取り”戦闘”は自然に終了した。
 安全圏になったとは考えたザロナティオンだが、まだディブレシアを警戒しエーダリロクを起こさず、記憶も全て返さないことにした。
 最近探り出した事実はすべて帝星から離れてから返したほうが良いと判断したのだ。
 それと、

《真意はこれか。壮大だな》

 探り出したディブレシアの真意らしきものも同時に教えようと。
―― さて治療だが……胃の中の紙も、相当とけたであろう。治療中に書いた文字を読まれる心配はない……が、念のために吐いて焼くか
 治療となれば全身がくまなくスキャンされる。
 書かれている文字までも難なく探り出されてしまう。書かれているのがエーダリロクそのものの「爬虫類の餌について」ならばいいが、内容が「両性具有」となれば細心の注意も必要だろうと。
―― 口から手を入れて吐くか? それとも弾いた頭の上から……いや、手など入れずとも吐き出せるか
 口だけの状態の頭部でメモ用紙を吐き出し、拾い握り締める。
 部屋へと引き返しディブレシアの血や肉を保存ケースへとしまい、例の《ガルベージュス総司令の箱》へと押し込めて部屋を爆発させた。

―― あの小娘もたしかに強いが、フューレンクレマウトの小僧のほうが強いな

 爆発音を聞きながら、目的の人物が来るのを待った。
「どうした、エーダリロ……」
 顔の殆どが失われたエーダリロクを見て、ランクレイマセルシュは声を失う。この弟が内側に最強の帝王を持っていることを知っているので、体のあまりの破損に何事かと? 当然の驚きを覚えたのだ。
「出陣後に会おう」
 それだけを言い、意識の中でザロナティオンは目蓋を閉じた。

―― それにしてもお前は相変わらず運が悪いな、サイロクレンド

**********


 エーダリロクの怪我は「発明中の事故」ということで処理された。処理したのはランクレイマセルシュ。これらの処理能力に関しては万人が認める。彼はエーダリロクが頭を吹き飛ばすほどの怪我をしたということは隠しはしなかった。それが最良であることを知っているからだ。
 エーダリロクの内側にザロナティオンがいることを知っている王たちも、いつもザロナティオンが現れるわけではないことは知っていることと、己の配下に襲えと命じていないこともあり、あっさりと信用しこの有り触れた出来事はすぐに埋没していった。


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