ALMOND GWALIOR −140
 精神的にやや不安定になっているキュラと一緒にいることが多くなったカルニスタミアは、兄王カレンティンシス以下テルロバールノル勢に”ケシュマリスタの走狗”と共にいるのは、好ましくないと責められるくらいに忠告され、”やや”どころではなく、うんざりとしていた。
 そんなある日、
「ザウディンダルから?」
 ザウディンダルから手紙が届いた。
 同時に友人であるアシュレートからも正式な依頼状が届く。
 部屋に戻り一人で手紙を開けば、後々勘ぐられるだろうと、手紙を運んできたアロドリアスに、
「開け」
 手紙を開かせて読ませることにした。
 王族宛の手紙は、相手だけに読まれることは稀だ。手紙に目を通すよりも、専門の朗読者に読ませるほうが多い。もちろん朗読者が間違ったり、悪意を持ち意図的に文章を読まず混乱に陥ることもあるので朗読者の他に、監視者もつく。
「読ませろ。監視はお前だ、アロドリアス」
「はい」
 まず開封されたのは、アシュレートからの依頼状で、内容は皇帝の出陣式の最終確認を頼みたいとのこと。
 初陣でおそらくこの一度きりと言われている皇帝の出陣式。
 どれほど盛大に行っても、誰も咎めはしない。むしろ華美でなければ、皇帝の品位を損ねると問題になる。そのため式典となると、貴族庁に属する職員、要するにテルロバールノル一門に最終確認をしてもらったほうが、間違いがない。
 特に王族ともなれば、絶対に間違いはない。
 皇帝陛下の初陣用の式典なのだから、王のカレンティンシスを呼び出すことも可能だが、あえてアシュレートはカルニスタミアを呼んだ。
 友人だからという理由ではなく、帰還式典の最終確認をカレンティンシスが行うので、出陣式典はカルニスタミアに依頼しようと考えたのだ。
 カレンティンシスが帰還式典の確認にあたるのは、カレンティンシスが戦死する可能性が極めて低いことにある。
 軍人として、指揮官として然程の能力のないカレンティンシスは、前線に出ることはほぼ無いので無事に帰還すると考えられているので帰還式典の最終確認者となっている。
 対するカルニスタミアは帝国騎士である以上、戦死する可能性が兄王よりも跳ね上がる。なので戦い前の確認者に選ばれたのだ。
 ちなみに帰還後に行われる、総帥認証式典と帰還式典は帝国宰相が指揮を執る。
「なるほど。それでザウディンダルからの手紙は?」
「はい」
 朗読者が感情の抑揚なく読み上げた文章に書かれていた内容は、甥たちのダンスの講師をお願いしたいということだった。
「ダンス……そうか。エルティルザとバルミンセルフィドは、上級士官学校を受験するとアシュレートが言っておったな」
 ”ハイネルズは受けようとしない”と上級士官学校の総長であるアシュレートが嘆いていたことをカルニスタミアは思いだした。
「引き受けられるのですか?」
「引き受ける。代理総帥と団長の息子じゃ、ただ合格するだけでは周囲が認めまい」
 首席卒業した男の息子や、軍人の誉れたる近衛兵団団長の息子は「合格」して当たり前。それ以外の付加価値も当然の如く必要とされる。
「帝国軍の軍容は陛下だけに属するもので構成されるほうが望ましいからな。皇王族扱いのあれたちの合格を補佐してやることは、陛下への忠誠ともなろう」
「畏まりました」
 皇帝への忠誠と言われれば、アロドリアスが意見することはできない。
 カルニスタミアは書記に指示を出しながら、朗読者の手からザウディンダルの手紙を取り、蝋燭に火をともさせ、手紙に火を付けて手のひらの上で燃やした。
 手のひらの上で燃やしながら、封筒も同じように炎を点して灰にしてゆく。燃え尽き炎が消えたその灰に口付けてから灰を握り砕いて床に捨て、部屋へと戻っていった。

 床に残る灰に、召使いたちはどうして良いのか解らず無言でアロドリアスをみつめる。

 上級階級内でのザウディンダルの位置など、召使いたちには解らない。彼らには”皇帝の異父兄が王子宛てに書いた手紙のかけら”であって、灰であっても気軽に手を伸ばして片付けていいものではない。
「……お前たちは下がれ。あとは儂がやる」
 アロドリアスの低い声に召使いたちはすぐに部屋を出て、書記たちも別室へと移動した。アロドリアスは灰の前でしばし考え、結局自らの手で集めてハンカチに包み、ことの次第を王に報告しにむかった。

**********


 代筆ではあるがカルニスタミアからの手紙は、まず団長タバイの元に届けられ、タバイが目を通してから、
「お前たち、失礼のないように……といっても、向こうは礼儀作法に詳しい王子殿下だ。どれほど気を遣っても失礼に値する行動を取ってしまうだろうが、出来る範囲で礼儀に気を付けるように」
 息子と甥たちに渡した。
 目を通した三人が喜んでいるのを目を細めて眺めてから、タバイは部屋をあとにした。
 ”ダンス! ダンス! ライハ公爵! ライハ公爵! ダンス! ライハ公爵!” と暫く連呼したあと、
「受けていただいたのはよろしいのですが」
「殿下をお出迎えとなると、結構大変ですよね」
「そうですね」
 とある事実に直面した。
「……」
「……」
「……」
 ”王子を講師として招く”
 謝礼などはタバイとタウトライバ、そしてデ=ディキウレが用意するので問題はないのだが、
「テルロバールノル王弟殿下って、我が家にご招待して良い御方なんでしょうか?」
 どこに招くか? が問題になった。
「まあ、一応団長閣下の部下だから平気じゃないのかな?」
「でも父上は、ライハ公爵殿下は部下だとは思っていない節が」
「気持ち解りますけどね」
「エルティルザの家は?」
「確かに総司令代理ですから上司となってますけれども。そもそも父上は栄誉ある陛下の代理であって、ライハ公爵殿下も陛下のご威光に頭を下げているだけであり、父上に頭を下げているわけではありませんので」
 父親たちはこの辺りの教育は徹底していた。
 自分たちが偉いのではなく「陛下の異父兄」であり「陛下のご温情」の賜物であり、自分たち自身の力で王たちと同等となっているのではないことを、教え込んでいる。
 本来は自分たちの実力でもあるのだが、あくまでも皇帝の家臣であることが重要であり、皇帝に疎まれないように育てる必要があった。
 もしも自分たちが不慮の死遂げたとしても、皇帝の覚えさえよければ家族は生き延びることができるためだ。
「直接的な上司といえば、ガーベオルロド公爵閣下ですよね」
「そうですね……」
「ねえねえ。キャッセル伯父様のお家借りようよ」
「えーでも」
「だってさ、ザウディンダル様が療養してるんだよ。頻繁に帝国宰相閣下がお出でになるじゃない。ライハ公爵殿下と帝国宰相閣下が廊下で鉢合わせとかしたら、気まずいどころじゃ済まないでしょう」
「あーそれはあるねー。なんか間が悪いっていうか、絶対に顔合わせそう」
「たしかに嫌だなあ。自宅のそれもザウディンダル様のお部屋の前で、デウデシオン伯父様とライハ公爵殿下が鉢合わせしたりしたら、その日から家出したくなる」
 家出してどうなるものでもないことは、言っているバルミンセルフィドも解っているのだが、とにかく家出したくなるくらいに家の空気が重くなりそうなことは理解できる。
「キャッセル叔父様の宮か。でもどうやって借りるの?」
 ならば人が全く出入りしていないと《思われている》宮を借りればよい。その判断は、普通であれば間違ってはいないのだが……
「そこはこの私に任せなさい。忍んで貰ってきますから」
 ”任せろ☆”と輝かんばかりの笑顔を向けるハイネルズに、
「え、堂々と貰おうよ。ハイネルズ」
「忍ぶ意味無いでしょう」
 二人はわりと冷静だった。

**********


「ディブレシア様。いいえティアランゼ様、この宮が使われるそうです」
「余に移動しろと言うのか? ザンダマイアス」
「いえいえ、このザンダマイアス如きがティアランゼ様に意見するなど。”オリヴィアストル”がティアランゼ様にお伝えせよと命じただけでございます」
「よかろう。まだ明かさないでおくとしようか」
「何時ものようにプルメリア並木をお通りください」
「先導せよ。ザンダマイアス」
「御意」

**********


 三人はキャッセルの宮を借りる許可を「普通」に得て、掃除や内装を整えるためにやってきた。
「……」
 部屋は定期的に掃除されているので、埃っぽさはない。だが”あるもの”もなかった。
「どうしたの? ハイネルズ」
「真面目な顔するのやめてよ。ハイネルズの真面目な顔って人殺しするときの顔と同じで怖いんだから」
 窓を開けて部屋に日差しを入れ、カルニスタミアを出迎えるために必要な家財の梱包をほどき始めた二人は、いつになく真剣な表情になっているハイネルズに声を掛けた。
「すいませんでしたー」
 ハイネルズは何時もの表情に戻り、
「では私は”使用する予定はないが、失礼にあたるので他の部屋も掃除する”の任務につきますので。メイン部屋の掃除と内装、お願いしますね」
 家庭用清掃機を五台程起動させて、出口扉に手をかけた。
「いってらっしゃい」
「向こう十五部屋だけでいいんだからね」
「はあい!」
 部屋を出たハイネルズは清掃機のスイッチを切り、楕円形で厚みが十センチメートルほどの清掃機を積み上げて、廊下を走り出した。

―― 宮全体が人が住んでいない家特有の”寂れ”がない。それどこか、ついさっきまで人がいた気配が、あちらこちらに残っている

 足音を消しながら走り、ゆっくりと扉を開き掃除する予定の部屋に痕跡がないかを全て確認したあと、清掃機を動かしてハイネルズは他の部屋へも移動する。

―― どこかに証拠が残っているか? 残っていたとして、それは故意か偶然か

 ”掃除する”と言っていた部屋から七部屋離れた所で、ハイネルズはプルメリアの香りに包まれた。
 他の部屋同様に掃除され、整頓されているが、窓が開いていた。
 その向こうに見える、中心が黄色の白いプルメリア。優しく甘い香りだが、その香りにハイネルズの本能が一斉に警告を鳴らした。
「ただの……プルメリアの香りじゃないですか」
 呟いてハイネルズは警告の意味が解った。
 窓から入り込んできたプルメリアの香りの中に【プルメリアの香水】の匂いが混じっているのだ。プルメリアの香水を付けた誰かが、此処にいた。
 ハイネルズは部屋にある何をも見逃さないようにと、鋭い眼差しで天井や壁や床。物陰になにかないかを丹念に調べた。
 そして彼は見つけた。
「波打つ黒髪」
 色は自分のものと同じだが、緩く大きく波打っている《第三者》の物。
 長い黒髪を二本ほど見つけ、ハンカチを引き裂いて一本ずつくるみ、部屋の窓を閉めて二人のもとへと戻った。

―― 誰の黒髪だろう? 大きく波打つ黒髪って、父上の兄弟にはいなかったよな。母親であるディブレシア帝はそうだったけど……

 掃除を終えて廊下で待っていた掃除機たちを引き連れ、
「掃除おわりましたよ」
 部屋へと戻る。
「家具の設置手伝ってくれる?」
「もちろん!」

 何事もなかったかのように、家財道具を配置して、そろそろ終わりというところで、

「お前ら」
 エーダリロクがやってきた。
「セゼナード公爵殿下!」
「どうなさいました! セゼナード公爵殿下!」
「お掃除なさりたかったとか?」
「いいや……掃除したのか。その掃除機で?」
「はい」
 エーダリロクは掃除機と三人を見比べて、
「これ、もらっていく」
 ”欲しい物”が混入されている可能性を考えて、懐からカードを取り出し、金を払って掃除機を連れて玄関へと戻っていった。
「なんだったんでしょう? セゼナード公爵殿下」
「そろそろ掃除機の新シリーズに着手するんじゃないんでしょうか」
 中古の掃除機を結構な金額で購入してもらった二人は、自宅から持って来た清掃機なので親に連絡を入れて新品を購入しなければと考えていた。
「私、殿下をお見送りしてきますから!」
「あ、うん!」
「私も行きましょう、ハイネルズ」
「いえいえ。私だけで大丈夫ですよエルティルザ。殿下は非公式ってか、完璧不法侵入だから、そんなに大勢に見送られたくないと思いますし」

 この宮はキャッセルの持ち物なので、王子といえども不法侵入ではある。それが罪になるかどかは別として。

「セゼナード公爵殿下!」
 掃除機を引き連れて颯爽と歩く姿は、奇妙以外のなにものでもない。
「なんだ? ハイネルズ」

―― え? 母上の正体がセゼナード公爵殿下に知られた? 

「掃除機の中にもあるかもしれませんが。一つ差し上げます」
 ハイネルズは黒髪をつつんだハンカチを差し出した。
「なんだ? これは」
「プルメリアが見える部屋の扉が開いておりまして、そこに自然の香り以外のプルメリアの匂いが残っていました。そしてハンカチの中身は波うつ黒髪です……殿下、驚かれましたね。私は解りませんが、殿下はなにかご存じのようで」
「お前なかなかに鋭いな。そして何より、嘘つくの上手いな。俺のように」
「あははは。私は私しかおりませんので簡単ですよ。それで、無料では受け取ってもらえないでしょうから一つ」
「なんだよ。言ってみろ」

「カルニスタミア殿下を迎えにゆくために、あの白鳥ボート貸してくださいませんか?」


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