ALMOND GWALIOR −131
 ―― 夜風が強くなりはじめたな
 闇夜に広がった自分の銀の髪を見て、寒くはないがエーダリロクはマントを引き寄せた。
「日付変更線を越えそうだな」
 夕べの園を抜けるのではなく、現在は使用されていない邸群を抜けて目的地に辿り着いた。
 ”向こう”に見える先程自分を攻撃した塔の様子をしばらく窺い、異常がないことを確認して掘り返されている地面に降りる。
《あの奴隷妃の力を考えると、随分と頑張ったようだな》
 エーダリロクの膝より上くらいまで掘られていた。
 道具は枝で、短時間。それでロガが掘ったとすると、かなりの成果といえる。
「そうみたいだな。ところであんたにも、幽霊見えないよな?」
 エーダリロクは辺りを見回したあと、視界をザロナティオンに譲り見てもらった。器である体が同じなので、見えない可能性のほうが高いのだが、念のためということがある。
《見えんな》
 ザロナティオンは注意深く見回したが、暗闇と夜風に揺れる枝と葉の音しか感じられなかった。
「よし。ここに何かが埋まっているかを……」
 地中に《人工物》が埋まってることを探り出す機器のスイッチをいれると、すぐに反応を返す。基礎データだけで《人工物》と判断できる、隠す気などないかのような物体。
 簡単に見つかったことを、喜んだザロナティオンとは対照的に、エーダリロクは押し黙った。
《反応が合って良かったな……どうした? エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
 だがザロナティオンは沈黙を継続させてやるつもりはない。
 場所が場所だけに、早急に判断し引き上げなくてはならないと、声をかけてエーダリロクを揺り動かす。
「さっきメーバリベユは”左右の瞳の色が違う、陛下によく似た人物”って言ったよな?」
《その様に言っていたな》
「ここがザウデード侯爵の館跡地で、その容姿で、この深さに埋めているとなると、該当者は一人しか居ない」
《誰だ?》
「デステハ大公にしてサディンオーゼル大公」
《デステハ・サンディンオーゼル……五十代総司令長官か。当人は公式の場では若いころからのガルベージュスを名乗っていた、マルティルディと対立していた男だな》
「その通り」
《なぜ、深さがその男を指すのだ?》
「簡単なことだ。何かが埋まっている位置は、爆撃で破壊された場合、帝星自体が崩壊している位置にある。あんたに説明するのも馬鹿馬鹿しいが、惑星ってのは耐えられる衝撃の限度がある。隕石の衝突も限度内に収まってりゃあクレーターで惑星は残るが、それを越える衝突の場合は惑星崩壊。惑星を攻略する際のミサイルは大きく分けて二種類だ。惑星を制圧し、手に入れるための爆撃用ミサイルが、惑星殲滅もしくは惑星崩壊用に使用するミサイル。後者は手元にあるのを落としまくりゃあ何とかなる場合もあるが、前者の計算は面倒この上ない。個々によって全く違うから、自動計算なんざない。惑星破壊専門のヤツが必要だ。惑星破壊を計算できる専門者は軍のお抱えだ」

 目的の惑星を手に入れるために、惑星が崩壊しないように、環境破壊を最低限に考えてミサイルを投下する。
 だが投下されている惑星の住人側が、黙って計算上被害が最低限のミサイル投下に耐える必要はない。
 迎撃し反撃できないと判断すると、惑星を渡さないために自分達の持っているミサイルで、自らの惑星を破壊する行動に出る。渡すよりならば、破壊してしまったほうがマシだということだ。補給や要塞化のために惑星を欲している場合、破壊されてしまっては、奪いに来たほうとしても困る。
 ちなみに以前ビーレウストがカルニスタミアを連れて僭主を狩りに行った際、惑星を破壊する装置を止めに行ったが、それとは別のものである。惑星を破壊する装置は、装置であって、ミサイルによる破壊被害計算と別物。
 破壊とは違い、攻略はいまだに難しい。
 よって白兵戦部隊が必要であり、永遠に無くなることはないとされている。
「それにこのポイントは”点破壊”いわゆる軸崩壊の際に絶対に使用されないから、撃ち抜かれる心配はない」
 衝突によって破壊する面破壊とは別に、惑星を貫き破壊するよう誘導する点破壊。ザロナティオンは点破壊が得意であった。
 帝王は惑星の軸のどこを破壊したら良いか? 計算するのが非常に早く正確で、自らがそのポイントを000.1ミリの誤差すらなく射抜ける才能を所持していたのだ。
「ミサイル投下されようとも”帝星が残っている場合”被害が及ばないこと、および帝星軸破壊のポイントから除外されていることをも知っている軍事関係者。この隔離された場所に足を運ぶことが許され、この場に足を運ぶ理由があった、陛下に良く似た瞳の色が左右逆の人物となりゃあただ一人。そう、ガルベージュス総司令しかいない」
《……》
 エーダリロクは膝を折り、掘り返されている土に触れてみる
「まずは掘り返してみるか。さすがに俺が手で掘ってたら時間が……」
 深い森をつくるために入れられた腐葉土を前に「どの道具を持ってこようか?」と考えたのだが、
《どれ、私が掘ってやろう》
「え?」
 かつて地を這い回って皇帝となった男は、生まれながらの貴公子(たまに奇行子)とは生き方が違う。
《お前はいつも大親友ディルレダバルト=セバインの末伯爵に塹壕掘り負けていただろう。あれが歯痒くてな》
「待って! 待って! ちょっと、待って!」
《なあに、私の能力を持ってすれば、三十分とかからん》
「待って! この体は俺のからっ! ああああああ!」
 手が土に刺さり、そして気付くと”みみず”と目があったような気がした。

―― みみず……目ねえよな……あああああ!

 肩の関節の周り具合や肘の動かし方、指先の使い方など”完璧な動かし方”であったが、エーダリロクは自分自身でやれるとはとても思えなかった。

《うむ。やはり自分の体ではないから扱い辛いな》
 三十三分かけて目的の場所に到達し、その物を持って地上へと再び掘り進む。
 普通の人間は掘り返した土は脇に避けなければ勧めないが、この体はとにかく掘り進むだけで、他のことは一切考慮しない。
 土の重みも酸素不足も、念頭に置く必要などない。
「まあな……」
 大量に土を食べるはめになったエーダリロクは、いつもの銀月の如き容貌は、泥まみれ状態でロガが掘った穴の縁に腰をかけて頭を下げている。
《中身はどうだ?》
「まずは戻ろう」

 邸へと戻ったエーダリロクは、体も洗わずに掘り出した四角い箱を、まずは丹念に自らの手と目で調べる。
《長時間触れていては危険ではないか?》
「平気だろう」
《なぜそう言い切れる?》
 通常であれば、なにを差し置いても表面や内部を調査できる機械にかけて、調べるのだが、エーダリロクはそれをしようとはしなかった。
「俺たちやバロシアンには見えなくて、后殿下には見えた。これがポイントだと思うんだ。人間に見えるように仕組んだ装置だ、掘り返されるときだって人間が傍にいると仮定して設置されたはずだろ? となると、罠を仕組んでいたとしても、人間には被害が及ばない範囲内の物でなけりゃいけないはずだ」
《そうだな》
「もちろん、そんなこと考慮しないヤツもいるが、これを設置したのがデステハにしてサディンオーゼル大公だとすると、そんな下らないことを考慮する必要もない。武人として、皇帝の教育者として、皇后の父として、文句のつけようがない男だったからだな」
《帝国軍偉人として、今だに名の上がる男だな》
「この装置の表面にだって危険はない。なにせさっき俺が、あの近辺の土壌を解析したんだからな。まあこれも、人間に見えることが前提だから、当然っちゃ当然だけどよ」
《ふむ。開いたら中身が放射能物質とかはなさそうだな》
「多分ねえだろな。俺達には害がないに等しいが、人間は致命傷を喰らうもんだからよ。それでまあ、この装置の表面や重さから解ることは、俺の考えはほぼ間違ってないってことだ。あの場に埋めておいたのは、まちがいなくガルベージュス総司令長官だな」
 そう言うとエーダリロクは口に指を突っ込み、頬の内側から土を掻き出し”それを”調査機に乗せた。《土壌による年代解析》という、非常に簡単な検査を終えて、数値が映し出される。
「この装置が埋まってた周囲の土から見ても、間違いねえ。あの辺り巴旦杏の塔破壊攻撃に巻き込まれて相当に抉れて、土を盛ってならした。運び込んだ土やその他は……」
 体のあちらこちらから土を取り出し、次々と解析にかけてゆく。
「手元にある書類に間違いはねえ」
 それらの数値は、書類通りであった。
「書類に間違いがねえってことは、ウキリベリスタルやディブレシアは、これの存在は掴んじゃいなかった」
《そうなるな》
「ここが立体映像装置の映写部分だ。この一般的にレンズと呼ばれるところも、当時の軍用だ……それにしても……」
《なにか気にくわないことでもあるのか?》
「なあ、あんたの知っていた過去と、俺が知っている過去は、稀に食い違うじゃねえか」
《確かにな。リュバリエリュシュスが男王なのか女王なのか? という点ですら食い違っているからな》
「だから、今から俺があんたに”俺が知っている過去”を語るから、食い違いがあったら後から指摘してくれねえか? その間に、調査機にかけて……解析精度を最も上げて……と」

**********


 初の傍系である二十三代皇帝サウダライト。
 母親に二十二代皇帝の実妹を持ち、父方の祖母がケシュマリスタ王女だった。
 彼と平民帝后グラディウスとの間に産まれたのが、二十四代皇帝アルトルマイス。
 様々な利害が絡み合っての二十三代皇帝なのだが、彼が即位した当時の皇王族は全員が直系であった。
 当時、皇帝の妹弟達は、皇太子が誕生すると皇位継承権を返上する習わしがあった。
 そのせいで、皇王族は全員直系でありながら、皇位継承権を持っていなかったのだ。もちろん、サウダライト帝も所持はしていなかった。
 ただ彼は先代皇帝が皇太子を産むよりも前に生まれていたので、僅かな期間だけ母から受け継いだ「皇位継承権」を所持していた。
 その名残が「サウダライト」という皇帝名。
 本名はダグリオライゼという。
 彼が皇太子よりも後に誕生していた場合、二十三代皇帝はザロナティオンやビシュミエラと同じように、ラッセンヴァイハス(帝国語発音)となっていただろう。

 彼は直系の血は引いているものの、彼よりも直系の血が濃いものは多数いた。
 その彼と平民帝后の子が皇帝の座に収まる事が出来た理由は、ケシュマリスタ王マルティルディの存在が大きい。
 暫定皇太子であった彼女がなぜ即位しなかったのかは、今だに謎に近い。理由らしいものは様々あり、どれも信頼に値するも、決定打にはならない。
 その中で、もっとも有力視されている理由が、ガルベージュス総司令長官との対立。
 皇帝でありながら生来の主マルティルディに従っていたサウダライトと、直系子孫の集団は、同じ帝室に属しながらも全く異質な存在同士であった。
 帝室側の統治者がデステハにしてサディンオーゼル大公で、皇帝を支配していたのがマルティルディ王。

 二十三代皇帝と目されていた両者。

 その上、二十三代皇帝は本来であれば帝后よりも先に嫁いでいたロヴィニア王女か、テルロバールノル王女のどちらかを生母とした皇太子を作るべきだったのだが、なぜか平民の子供が身籠もって正妃となり、生まれた皇子は障害なく押し上げられ皇位を継ぐ。

 押し上げられた二十四代皇帝は、二十三代皇帝のようには過ごさず、各王家から王女を迎えて正妃とした。
 ただし四人のうち一人は王女ではなかった。一人はデステハ大公女。直系の血が濃い大公女は王女扱いで迎えられ、皇后となった。
 大公女はケシュマリスタ王家に王女がいなかったために、その地位についたのだ。
 デステハ大公女は皇后の座につく際に父から「サディンオーゼル大公」を授けられた。
 
 娘が皇后の座についた時点で、父である”デステハ大公”は総司令長官の座を退いている。

**********


《私が覚えているものと、ほぼ違いはない》
「そうか。なにか違うところあるかと思ったんだけどな……お、解析終わったな。結果は後で見るとして」
 エーダリロクは機械と”装置”をそのままにして、泥を落とすことにした。
 水圧の強いシャワーで泥を落として、身体中に泡をつけ、再び流す。

「やらなけりゃならない事は多数あるが、まずはこれに目を通すか」
《早く寝ないか、幼子よ》
「やだね」


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