ALMOND GWALIOR −126
「陛下、このことを知っているのは陛下の父君達と帝国宰相……少々何処かから漏洩しロヴィニア王家も少々知る事となりましたが、ほとんどの者は知りません。何故私が知っているのか……訊ねられれば包み隠さずお答えさせていただきます……。まず、女王であるレビュラ公爵は僭主の遺児です」
「僭主……」

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 エーダリロクは神殿にはいり、最初の端末を宙に映し出し、キーの部分を触ってゆく。
 この部分は「暫定皇太子が皇太子になるために、皇帝と皇太子の死と、新皇太子もしくは新皇帝を入力する箇所」であり、過去に何度か使用されたことがある。
 初めて使用されたのは、傍系皇帝サウダライトを立てる際にマルティルディ王、当時は”王太子”であった彼女が、皇帝を入力した。
 この端末もそうだが、神殿の入力は全て文字で行われる。
 単語ではなく数字で入力し、数字を自力で解読する必要がある。数字での解読は難しいものではなく、隠されてもいない。
 軍人であれば誰でも習う、通信基礎の数字。特別な暗号を作るよりも、安全であった。軍事国家の頂点に立つ総帥にして”特殊曹長”たる皇帝。
 初代皇帝に敬意を評し”特殊曹長”であることを心に刻むための、地味な通信文字の記憶。総帥として艦隊を指揮することと同じ程に、0559が何であるかを覚える方が重要であった。


《知りたいことに辿り着けたか?》
―― まだ解らねえ……
 ディブレシアが何かを仕組んでいたとすると「暫定皇太子用の端末」でもおかしな所を調べられるのではないか? と考えたのだが”奇妙な点”など存在していなかった。
 明かりの一切ない暗がりの中で、その闇に溶け込んでいる映像画面と、灰黒色の文字。闇の中で、ひたすら手を動かし、数字を拾い上げる。
《あの皇君とかいう異形が来る前に立ち去るぞ》
 必死に数字を追いかけているエーダリロクと、外界に意識を回しているザロナティオン。ふと神殿の外に”皇君に似た気配”を感じ、足を動かす。
―― 解った
 潜入する時は、引き際がもっとも肝心だと、エーダリロクは言われると即座に画面を消し、出入り口へと向かった。
 扉に手をかけようとした時、振り返る。
 その視線の先には、長い通路と、下階層へと降りるためのエレベーターと階段。
《どうした?》
 振り返っているだけでは足りないと、体ごとそれを見つめる。
―― 降りたら駄目だよな
《なにも仕組んではいないと思うが》


 まさか――ってことはないだろう。そうだったら”陛下が気付くはずだ”


 この時エーダリロクが感じた「まさか――ってこと」は正しかった。全体像を見た時に「そうであれば”全て納得がゆく”」と無意識に感じ取っていたのだ。
 だがその答えに到達するための情報が、エーダリロクには足りなかった。足りていたなら、答えというしっかりとした形にすることはできたであろうが、情報が足りず形にできなかった。


 そうだったら”陛下が気付くはずだ”。それに協力者も必要だ。いや……心当たりがないとは言わないが……


 エーダリロクは自分の考えを《正しい物》にするべく、事実を歪曲して繋げようとしかねない自分に”新しい情報が手に入るまで考えるな”言い聞かせつつ扉を開いた。
―― 誰かいるか?
《いいや。皇君の気配に近い物を感じたが、気のせいだったようだ》
 周囲に誰もいないことを確認して、神殿から出て扉を閉め、前庭を駆け抜けて近くにある部屋へと飛び込んだ。
 大宮殿は修復されていない箇所が多いが、神殿の近辺は修復は完璧に行われている。飛び込んだ部屋の中に誰もいないことも確認後、明かりを灯して椅子に座り足を組み、両手も頭の後ろで組み、先程見ていた「数字の羅列」を解読しながら、警戒していた相手について尋ねた。
―― ああ。皇君と言えば、あの人は異形化するとバリアを張れるんだよな?
 <協力者=皇君>
 何度消そうとしても、消えない考えから逃れたいと思いながら、異形に関しては自分よりもずっと詳しいザロナティオンにたずねる。
《そうだ》
 皇君の異形化は非常に特殊で、過去に数体しか確認されていない。その個体の特徴は異形化もそうだが、所持している超能力も異端で《バリア》または《シールド》と呼ばれるものを所持している。
―― あんた、その種類と戦ったことあるから知ってるんだよな?
 あまり存在しない個体ゆえに、実際に戦ったことがあるものは殆どいない。
《知っている。あの憎いイダンライキャスが同じ形態だった》
 数多くの僭主と戦ったザロナティオンですら、直接対面し戦った事があるのは一体だけ。その”彼”はあることを思い出した。
―― なるほど……どうした?
《数字の解読が終わったら話したいことがある。あることを”思い出した”》
 狂気に沈み死んだ男は、忘れていた記憶が甦った。
―― なんだ? ビシュミエラがその種類について教えてくれたことがあったのか?
《違う……バオフォウラーではなく、ラバティアーニが以前……》

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 戦争の常である

 暗黒時代、各々の僭主は一族を増やすために、大量に子供を作った

 そのため、暗黒時代は兄弟姉妹が非常に多く、強さを求めるために血族結婚を繰り返した

 ザロナティオンは十五人兄弟の十番目

 そして、たとえ”両性具有”が生まれたとしても、気にせずに一族を増やしていった

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 エーダリロクは数字の解読を終えて、椅子に座っている体勢をかえた。
 組んでいた足は降ろし、両手を前で組み”ザロナティオンと話をしようとしたが”止めて、足音が聞こえてくる入り口に視線を移す。
「セゼナード公爵殿下でいらっしゃいましたか」
 大宮殿の部屋を使用すると、使用者ありとの連絡がはいる。前もって連絡されているか? を確認し、そうでなければ、ある程度の兵力を率いて部屋を確認するのが”警備”の仕事であった。
「ああ。ちょっと用事があってな。お前達は下がれ」
 異常がないことを確認した警備隊長に、部屋を使用したのは自分だという証拠の印を押し、
「飲み物とかあるか」
「はい、お持ちしております」
 警備は滞在者が貴人であることも考慮して、
「殿下のお口に合うか」
「構わんよ。全て置いていけ。それと、駄賃だ」
 エーダリロクは足元に置かれた箱の中身を覗きながら、懐から取り出したコイン入りの財布を投げる。
 受け取った警備隊長は何かを言おうとしたが、
「口止め料じゃねえよ。そんな額はいってねえ。俺の気まぐれだ。ありがたく受け取っておけ」
 無言で礼をして”早く出て行けと言っている”ことを理解し、希望に添うべく早急に立ち去った。
 箱から白ワインを取り出し瓶に口を付けて飲み、チーズの詰め合わせに手を伸ばす。

―― それで何だ? ザロナティオン

《皇君と呼ばれている骨格異形。人の手にあった頃の製品名「太陽の破壊者」。ただし現在帝国では「太陽の破壊者」と呼ばれるのは《真に太陽を完全消滅》できる能力を持っていた、ケシュマリスタのマルティルディ王以外は呼ばないようになった》
―― 確かに。何よりも通称は破壊能力よりも、その付属品の”バリア機能”を重視する

 太陽を破壊するように開発された能力は、使用する際に「核そのもの」を体外に「出し」体内で作成したエネルギーを「核」に充填し放出する。
 体内で太陽を破壊するほどの力を充填するのは不可能。
 そして力を「ためている」時の核には、攻撃は可能。露わになった弱点を守るための機能がなければ、兵器としては無意味。

 そこで付随されたのが「バリア」機能とされている。

 だが太陽を破壊できるほどの力を生み出せた個体は、帝国史上一人しかいない。それ以前の帝国史以外であっても存在しない。
 だが”そこまで”破壊できずとも、太陽の破壊者というカテゴリーに入れても良い個体は幾つ存在が確認されていた。
 カテゴリーに入る条件は《バリア機能》を所持しているかどうか。

―― バリア、またはシールドってのは体内から出した白骨の尾の長さを半径にして球体を描き、その内部には侵入不可になるってヤツだろ? 滅多現れるタイプじゃねえな。そして、かの「太陽の破壊者マルティルディ」様とやらは、半径が1.5q強の球体バリアを張れたってんだから、勝てる気はしねえな……勝てないとも言わねえけどよ

 バリアは強力だが、絶対ではない

《その大きさのバリアがなければ、太陽完全破壊用のエネルギーは用意できん。あのイダンライキャスですら”直径150メートル”のバリアしか張れなかったのだぞ》
―― 本当かよ……だって、あいつ惑星は破壊できたんだろ?
《まあな。そもそも太陽の破壊者という能力は、金星の衛星軌道上からエネルギーを放ち、太陽を完全破壊することのできる”力”を作れる者のことを指すのだ。破壊目的惑星上に立ち、破壊用の力を直接叩き込むのとは訳が違う。今はその話ではなく、バリア機能に関してだ》
―― バリア機能な、うん
《バリア機能の理論など、お前に語るつもりはない。専門家相手に語れる特殊な知識はない。だが……お前は、バリア機能を無効化できる能力が存在するのを知っている……ようだな》

 「勝てる気はしねえな……勝てないとも言わねえけどよ」エーダリロクの言葉の意味は、それを指していた。

―― 聞いたことある、無効体質者。それも確かマルティルディ王と同時代に、やたらと範囲が広い男がいたよな。まあ広いって言っても、200メートル弱くらいだったはずだが。でもまあ、広いよな
《私はその力”無効体質”を得て、イダンライキャスと再戦し滅ぼそうとしたのだが、イダンライキャスは既に殺されていた。語る必要もないがイダンライキャスを殺害した僭主も、同じ能力を有していた可能性が高い》
―― あんたが統一前に食った「同族」に、無効にできるヤツが居たんだな?
《そうだ。ここも話すと長い。年寄りの話はとかく長くなりやすいから割愛するが、ラバティアーニ、私の両性具有が教えてくれたのだ。両性具有の弟か妹は無効能力を所持する確率が極めて高い。もちろん妹か弟は”単一性”限定だ》

 あの時代、兄弟姉妹は多かった

―― ラバティアーニに弟居たよな……食った?
《ああ、食べた。バリア機能に対して無効体質を誇ろうが、直接攻撃には関係無い。ただな……ここからが非常に曖昧なのだが、偶発的に誕生する”バリア無効者”などの超能力封殺”体質”者とは別に、両性具有を姉兄に持っている”無効”は、大きく違う場合があるそうだ》
―― なんだ?
《”非常に稀”という但し書きが付くが、両性具有を姉兄に持つ無効体質者は”他者を無効”にしながら、自らは超能力を使える個体になる場合があると》
 超能力を無効化する能力は、自らの超能力も封じ込める。よって無効化は超能力でありながら、自らの力では操ることができないので「体質」に分類される。
―― 待てよ! 超能力無効化の原理は、作用の……
《話をもう少し聞け。機動装甲とやらは、ある種の超能力を用いて動かすのであろう? となればヒドリクの末も、ルクレツィアの末王弟も、超能力を所持し使用しているのだから、無効能力所持ではなさそうに感じられるが……あの王弟がガルディゼロと関係を持ったと聞いたとき、ふと思ったのだ。あの王弟がガルディゼロの声で聴覚を破壊されたのを見た事がない》
 キュラの音に聴覚をやられることが多いのは、耳が良いビーレウストと、一緒にいることの多いエーダリロク。
 一歩下がった所にいるカルニスタミアは、いつもその難を逃れていた。体のパーツその物が強いこともあり、耳を壊さなくても不思議には感じていなかったエーダリロクだが、ザロナティオンの言わんとしていることを理解した。
―― ……無効能力者ってのは、そういう事か!
 発生場所により能力に違いがある。
 機動装甲を動かす”念動力”に近いものは、脊椎から発生し、特殊聴覚などは、頭部から発生する。
 頭部発生の超能力は他人の”頭部”に直接関与するため解り易いが、脊椎型を元とする超能力は基本的に装置で補い、精神や聴覚に直接関与するものではないので判別し辛い。
《さすがにお前は飲み込みが早いな、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル。お前の記憶を探ると、あの王弟は暗示や幻覚にも耐性があるそうだな》
 幻覚や幻視は「対生物」であり、直接作用する。
 だがナイフを宙に浮かせ、手も触れずにテーブルに突き刺すこともできるその力は「対無機」
 直接的に人に干渉する力ではなく、無機に干渉することのできる力だからこそ、機動装甲と難なくリンクできるのだ。
―― かからないと……カルニスはかからないと確かに聞いたことがある。俺は体質分類程度の能力だとばかり思ってたんだが……
 カルニスタミアが機動装甲を動かせるという事実を前に、誰よりも騎士と機体を繋ぐ者がなんであるかを知っている、新型開発者は疑いもしなかった。
《誰に聞いた?》
 脳が”脳に働く超能力”に対し強い耐性を持っているのと、脊椎における無効能力が阻止しているのでは全く違う。
―― ラティランの野郎だ
 脳発生の超能力は体内で耐性を持つしかできない。
 だが脊椎発生の超能力は体外にも関与する。それらに関して耐性を発するということは”超能力を使わせないようにする”に他ならない。
《それは真実なのだと思われる。あのマルティルディの末王は、両性具有王のことも、その王弟の特性も全て知っているとして……以前、私はこういったはずだ。皇君は強いと。戦って勝てないわけではないが、かなり被害が大きくなる。だがあの男としては処分しなくてはならない。となれば、勝てる相手を探し出すはずだ》
―― ラティランの野郎、カルニスに皇君を殺害させようと?
《だが私にもはっきりと解らないのだが、あの個体は恐らく”そう”だ。無効と超能力の両方を所持している後天的変異体・我が永遠の友など、私ですら巡り会ったことのない個体。あの男は”無効超能力者”だ。自ら念動力を使いながら、他者を無効化する、対超能力戦の完全形態であろう》
 戦闘用完全体のシュスタークが誕生しているのだから、同時代に超能力戦用の完全体が誕生していても《おかしくはない》
 なによりもこの二人は両性具有の弟。
―― 待てよ、カルニスとビーレウストが一緒にいても、聴覚が消えることはないぜ
《通常の無効能力は、自分では何もできないな。それは自らが操る超能力ではなく、体質であって、生まれた時よりその領域が変化することはない。だがあの王弟は機動装甲で遠隔操作ができるのであろう? 超遠距離攻撃も可能となれば、無効領域を操れてもおかしくはない》
「そんな都合の良い奴いる……いや……」
《エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
「なんだ?」
《お前は帝国の頭脳だが、全てを知っているとは限らない。あの男、カルニスタミア・ディールバルディゲナ・サファンゼローンがお前の知らないことを知っている可能性を否定できるか?》
「否定はできねえなあ」

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 我輩は殺されるかも知れん
(知っているかね? ケシュマリスタ王よ)(なんだ? 皇君)(以前ディブレシア帝から教えていただいたのだが、ライハ公爵というのは……)(本当か? 暗示が効かない男だとは思っていたが、まさか)(我輩はディブレシア帝の言葉を信じている。なにより調べたのはウキリベリスタルだ)

 君は暗示が効かないから

「心配しなくてもいいよ、皇婿。だって間違いなくライハ公爵は壊れてしまうのだから。あの子に壊されるよ、簒奪の意思を持つラティランクレンラセオに壊されて、手駒にされるよ。あの子は他人の人格を壊すのが得意だったよ、三人の甥もそれで壊れてしまったのだからね」

 大宮殿にいられると困るのだそうだ

 ですが勿論、貴方の意志に従いますとも。従いますとも、ティアランゼ”様”
(その能力があればシールド……)(どうかしたのかい? ケシュマリスタ王ラティランクレンラセオ)

 ティアランゼ”様” ―― 鐘が鳴りました ―― 貴女の葬儀ですよ、ティアランゼ”様” 第三十六代皇帝ディブレシアの葬儀ですよ、ティアランゼ”様”

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《ヒドリクの末と王弟の二名の無効能力と特殊能力を細かに調べろ……といっても難しいか》
「やって出来ねえわけじゃねえが。とりあえず……今は食う。ああ、腹減った」


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