ALMOND GWALIOR −120
 数値を並べることは得意だが、それらに余裕を持たせることの出来ないエーダリロクは、ビーレウストの話を噛み締める。
「それにしてもよ、エーダリロク。そこまで数値並べておきながら、なんでそう……良いけどな」
 ちなみにエーダリロクのメモはこの通り。

10:30:21 レビュラ公爵 ハイルゲンドルリア区画122-18 到着
10:48:11 レビュラ公爵 ハイルゲンドルリア区画122-18 管理者 ジュゼロ公爵 面会
11:28:44 ハイルゲンドルリア区画122-18 殺傷事件発生
11:35:01 管理者 ジュゼロ公爵 一報を受ける




 繋がっているのだが、これは数字上だけでエーダリロクの中では動きはしない。主要人物を知っているのだが、上手く動かす事ができないのだ。
「俺は本当に苦手なんだって。あっ! 菓子食う? マカロン持って来た」 
「もらう。それはそうと、エーダリロク」
 フランボワーズのマカロンを口に放り込み、風を向き波を読み力強く宣言する。
「何だ? ビーレウスト」
「帰りは上手く漕いで戻ろうぜ、ザイオンレヴィ。その為に、漕ぎ方の計算を頼む」
 ピンク色のマカロンを三個同時に口に入れている鋭い目つきの王子に、 風に軋みにも似た音を上げているザイオンレヴィ型のボートを観た後、胡散臭そうな笑顔で同意する、これもまた鋭い顔つきの王子。
「そうだなあ。数値的にはさあ……」
 高機能戦闘能力を有しながら、移動力が問題だらけで全く使えないそのボート。一体何に使うつもりだったのか? 作った本人と、目的を聞いた親友以外には解らない。

**********


 ロガに……塔だけ見せても問題はなかろう。
 余としても、出来上がっている塔を見るのは楽しみだ。下手に近寄れぬ場所ゆえに今まで行きたいとも申した事はなかったが、先代テルロバールノル王ウキリベリスタルが復元した塔……とは言っても、ウキリベリスタルは内部のシステムを復元・改良しただけだがな。両性具有が入ると観られない外側のモザイク画など楽しめるかもしれぬな。

 この瞬間まで余は帝国には一人も[両性具有]はいないと思っておった。

 ロガを連れて巴旦杏の塔が見える位置に来た時、余の背筋を冷たいものが落ちる。
「……なんだと」
「ナイトオリバルド様、どうしたんですか?」
 何故、動いている?
 見間違いか? そんな……巴旦杏の塔は稼動すると塔が蔦で覆われると聞いている。覆われてなければ動いていない……今、目の前にあるのは、
「ロガ。あの建物は蔦で覆われておるよな?」
 あれは模様ではない。風が吹く都度、こすれあう葉の音が聞こえてくる。
「はい。緑の葉っぱで覆われてますよ」

 塔は稼動している。だが余は両性具有を抱いたことはない。ならば塔の外に両性具有が存在しているのか……待て! 何故余が手をつけてもおらぬのに、巴旦杏の塔が動いておるのだ?

「あ……その、少し待っていてくれないか」
 中に誰かいるのか? だが、そんな報告は受けておらぬ。
 両性具有は皇帝が生殺与奪権を握っておる以上、余が知っておくべき……
「はい」
「あの淡く光っている部分に近付かないでくれ」
 恐らく余以外の者が触れれば、体が切り刻まれる仕組みになっておる筈だ。
「わかりました」


 余が皇帝となって二十一年、ディブレシアの[男王]が閉じ込められている可能性は少ない。閉じ込められていたとしても……死んでいる可能性が高いだろう。両性具有の寿命は五十年前後だと教えられた。


『何故これが起動しているのだ』
 余が簡単に通過できた。となれば間違いなく此処は『余と関係を持った両性具有』が入っているはずだ。
 両性具有の食糧を提供する中庭に出る。
 両性具有には食事も届けられぬから、自らが閉じ込められた塔の中庭になる果実などでその命を繋ぐ。もともと少量で生きていける体質ゆえに、少しの食糧さえあれば良い……ということらしいが……。
 中庭には、桃や葡萄やオリーブ、柘榴がたわわに実っている。
「誰かおるのか! いるのならば出てこい! 余は三十七代皇帝シュスターク! この塔の今の主だ! 出てくるが良い!」
 塔は広く、部屋数が多い。
 それはそうだ、両性具有を全て収められるつくりとなっておるのだから。最大で五十人の両性具有を入れられる。これ以上になったとしても、気にせずに塔に放り込まれるらしい。
 小さな窓がついた部屋、備え付けの鎖がついた足枷。どの部屋を見ても、繋がれているものはいなかった。ならば “あれ” に問うしかない! この塔の管理に携わっているシステムに!
 中階に存在するコンピュータールームに踏み込む。
≪待っていました シュスターシュスターク≫
 出迎えた声は、女のものに聞こえた。だが声の質などどうでも良い!
「ライフラ! 何故此処が稼動しておるのだ!」
 誰もいないのに稼動している意味を、この塔が出来た当時からの人格に尋ねる。破壊されたが、此処のシステムをウキリベリスタルが復元した際に完全復帰したと “神殿” でそう “聞いた”
≪違います 私はライフラではありません≫
 だが帰ってきた答えは意外なものであった。
 ここにいるのはライフラだと教えられたのに、違うと? そんなはずはない。ここにいて良いのは “皇帝” と “両性具有” と “ライフラ” だけのはずだ。
「なんだ……と。ならばお前は “誰” だ?」
≪私が名乗る為には シュスターシュスタークに コードを入力してもらう必要があります 何のコードかは シュスター なら知っているでしょう≫
「解った」
 皇帝になる際に神殿で受け取るコードを打ち込む……おや? 神殿と巴旦杏の塔は独立しておるのではなかったか? 余はわざわざ巴旦杏の塔に自らの皇帝としてのコードを登録しにきたことはない。となれば誰かが登録したか、神殿と巴旦杏の塔が繋がっておるかの二つに一つ。
 余のコードは余以外に打ち込めぬ。
 指先でボタンを押すだけではなく生体情報が必要になるからして……まさかカルニスタミアが? 後天的に余と似たような生体機能を持つ我が永遠の友・カルニスタミアならば偽体として登録を行うことが出来るだろうが。
 ウキリベリスタルの死亡前に巴旦杏の塔を我が永遠の友となったカルニスタミアを使い稼動させたとしても……いや、無理だ。
 カルニスタミアで稼動させようにも、余に振り当てられたR.S.T.Iコードは誰も知らぬ。一人だけ正式なものではなく仮コードを知っているものはおる。それは余を皇太子と認め神殿に登録したディブレシア。ディブレシアから仮コードを知らされたウキリベリスタルがカルニスタミアを使って? いや? 何の為に?
 やはり神殿と巴旦杏の塔は繋がって……繋がっていたとしても、神殿に立ち入れるのはやはり先代皇帝ディブレシア。余が生まれた頃には先々代皇帝は死去しておったので論外。

 どういう事だ?

 打ち終え生体スキャンが完了した後、その声は自らの人格名を名乗った。


≪シュスターシュスターク 私は ティアランゼ≫

 ティアランゼ、その名を持つ皇帝が一人いる

「なっ! ディブレシア? シュスターディブレシアか!」

「ナイトオリバルド様、大丈夫かなあ……」
 塔の外で一人待っていたロガは当然のことながら気になり、円柱状の塔を周回していた。
 さわさわと葉が揺れる音を聞きながら、近くからは最上部が見えない程高い塔を見上げてみる。
 この塔が何を意味するのか、ロガは当然ながら知らない。
 視線を塔から森に移した時、信じられないものをみる事になる。
 白が多い服、煌めくような黒髪。シュスタークに良く似た人が 《透けて》 いるのだ。
「誰? ですか? あの、ナイトオリバルド様の……ご先祖様?」
 自分の動きや声に適切な反応を返すので、ロガにはただの映像には見えなかったが ”それ” は映像ではあった。
 相手の反応にある程度の反応を返せるようにプログラムされた存在。

 ”それ”は頷き手招きをする。

 シュスタークによく似ている無害と思わせる存在。大きく違うところは左右の目の色の配置。
 その存在が手招きする方向へとロガは歩き出した。

―― 機動装甲に搭乗できる者は、ある波長を 《観る》 ことはできない ――
 
 ディブレシアは機動装甲搭乗者以外は 《巴旦杏の塔》 に近づけないようにしていた。それは作戦を立て易くする為のこと。
 ディブレシアの意図する通りに動く全ての者は人造人間が含まれている。
「あの……お名前は?」
 純粋な人間であるロガにはそれが通用しなかった。
 ディブレシア自身 《ある波長》 視ることの出来ない体質であったので ”それ” の存在を知らなかった。

 ”それ” が見えるのは純粋な人間のみ。純粋な人間が最も近寄れない場所に配置されている映像は、なにを伝えようとしているのか?

「ここを? 掘るんですか?」
 声はないが、動きで全てを流れるように伝えることのできる 《映像》 は森の中で立ち止まり、ある一点を指さした。
 ロガは振り返り小さくなった塔と、シュスタークが自分を呼ぶ声がしないことを確認してから、
「ごめんなさいね」
 傍の木の枝にぶら下がり折ってシャベル代わりにし、指し示された場所を掘り始めた。
 ロガは自分の声や動きに的確な反応のある映像だとは解らず、墓守にはつきものの「幽霊」だと考えた。
 ”幽霊が埋められていて、確りと埋葬して欲しいと言ってるのかもしれない。あの……暗黒時代に埋められた人かもしれないし”
 墓守であったロガは恐れずに、そして早くに掘り出して楽してあげようと必死に掘り進んだ。

**********


 ”ザイオンレヴィをどのように漕いだら良いか?” を画面を触りながら議論していたビーレウストは、突如全ての画面が消え去り黒く染まり、自分の見ている方から画面が全く見えなくなったことに驚いた。
「この画面……なんだ?」
 指を離してエーダリロク側の画面にはなにかが映し出されているのだろうと、画面を映し出す形になる瞳を眺めるが、
「まさか!」
「どうした? エーダリロク」
「陛下が、巴旦杏の塔に入られた」
 掌で顔を隠し、溜息と共に組んでいた足を投げ出した。
「なに? 今日は后殿下と一緒に散歩……」
 どのような事態が起こるのかは解らないが、ザウディンダルが両性具有だと知り、立ち入ったとなると ”登録されている” ことも知ったのは確実。
「まさか……こんな事になるとは」
 シュスタークが ”収めろ” と言ったら、ザウディンダルはその日のうちに塔に収監される。その時帝国宰相がどのように動くか
「行かなくていいのか? エーダリロク」
 他人に対して興味は薄いビーレウストでも、帝国宰相のザウディンダルに対する執着は解る。シュスタークが収監命令を出したら、帝国宰相がどう動くかを考えると頭痛がしてきた。
「呼び出されたら向かう。陛下の行動の ”先” で待つのも大事だが、これに関しちゃ陛下の出方を待つべきだろう。俺達には触れられない。なにかするとしたら、帝国宰相に対してだが……これは帝国宰相のほうから接触があるまで、俺からは連絡を取る気はない」
「そうか……手前がそう言うなら、俺は何も言わねえよ。それにしても、陛下がついにザウディスが両性具有だと知っちまったか。 なあ? エーダリロク……」
 その頭痛は普段はあまり触れようとは考えない ”出来事” に触れた。鋭い痛みが鈍い痛みになり語るべきか否か悩む。
「どうした? ビーレウスト」


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