ALMOND GWALIOR −113
 カルニスタミアに[リスカートーフォン原論定理:八次関数編]を返してくれと言ったところ、《皇君からの形見分けを ”はいどうぞ” と渡せるはずなかろうが。どうしても返して欲しいのならば、儂の兄とお前の叔父である王に申請し、正式に ”形見分け譲渡依頼” しろ。そうしたら返してやる》 見事なまでの王子様らしい態度と意見を前に、同じく王子だが王子らしさの少ないビーレウストは諦めた。
 戦争や人を殺す事以外では面倒が嫌いなので、忘れようと帝君宮においている愛妾アルテイジアを気の赴くままに抱き、食欲の赴くままに食べ、暴れたいだけ暴れて好き勝手に過ごす。
 ベッドの上で全裸の気怠げなアルテイジアを侍らせながら、運ばれてきた食事を貪っているビーレウストの元に、何を差し置いても届けなくてはならない手紙が届いた。
「伯爵殿下。セゼナード公爵殿下より手紙が」
 受け取って開封して、目を通すと、
「……アルテイジア、今夜は何もしないで寝る。おい、お前等明日エーダリロクが来る、来客の用意をしておけ。俺は飯食ったら寝る」
 残っていた料理を口に詰め込んで、手紙を持って別室へと向かい早々に寝てしまった。
『王子は本当に王子が大好きでいらっしゃること』
 食べ散らかした料理の散乱しているベッドの上で、アルテイジアは食べ残しを摘み口に放り込んでから、酒を持ってこさせて一人で嗜んだ。
 宇宙海賊の戦利品として略奪され、長いこと無法者の住む惑星で暮らしてきたアルテイジアは酒が好きだった。
 飲んで潰れると身の危険を回避できないので、そんな飲み方はしないが、舌の上を熱くし、喉を焼くような感触がとても好きだった。
 自分の舌や喉は言葉を紡ぐためにあるのではなく、この酒の熱さを感じるためにあるのだと思う程に。

 翌朝、エーダリロクが大荷物を持って訪れた。
「よお、エーダリロク」
 早寝して早起きし、身支度を調えたビーレウスト自ら出迎える。
「おはよう! ビーレウスト。今日は一日俺の話に付き合ってくれよ」
 言いながらエーダリロクは、持って来た荷物を帝君宮の庭にある湖近くまで運ばせた。包みを開き、組み立てたのはボート。
「足漕ぎボートだ!」
 《鳥》 の形をしているそれは、高貴な色である 《白》 を使用しており、上級階級以外は乗ることも触る事も出来ない足漕ぎボートである。
「あひるか?」
 黄色いくちばしに、睫までばしばし描かれているキラキラした瞳。そして赤い帽子を被っているそれを、優しい眼差しで見つめながらビーレウストが尋ねると、
「いいや、ザイオンレヴィだ!」
 エーダリロクは気合いを入れて訂正した。
「ザイオンレヴィか。悪かったな、ザイオンレヴィを ”あひる” って言っちまって」
 脇で聞いていた普通の召使い達は ”ザイオンレヴィ” という人物は知っているが、それが何をさしているのか全く解らなかったが、尋ねる訳にもいかない。
 湖に漕ぎだした二人を沈黙のうちに見送る。
 二人並んで漕ぐ形のボートは、他方の力が強すぎると真っ直ぐ進まず、
「ビーレウスト! 早すぎっ! うわっ!」
 横転して、二人は投げ出される。
 技術開発庁の天才がなぜ、この ”ザイオンレヴィ型足漕ぎボート” が横転するように作っているのか? 投げ出されないようにしなかったのかは解らなかったが、二人は楽しんで何度も乗り込んでは、
「足とめろ! うわ! 蛇行する! 蛇行!」
 横転して湖に投げ出されるを繰り返していた。
 王子二人は楽しいのだろうが、それを黙って見続け、戻って来るまでそこに待機していなければならない召使い達には、かなり過酷なもの。
「うわぁ!」
「どああ!」

 それにしても、親友同士なのに息の合わない二人である

 ちなみみにザイオンレヴィというのは、帝国の王族階級では 《白鳥》 をさす。かつてザイオンレヴィという名の公爵が皇帝の正妃に 《白鳥》 と呼ばれていたことが由来である。
「いやあ、難しいもんだなあ」
 無事に湖の中心にある透明な石を敷き詰めてつくられた休憩所に到達したときには、
「そうだな。こんど二人乗り自転車作ってくれねえか? それで二人で漕ごう」
 二人の長い髪は水を吸ってひどい有様だったが、全く気にしていない。
「いいな! じゃあ先端にはザイオンレヴィで」

《何故そんなにも白鳥を付けたがるのだ、エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエルよ》

 帝王が嘆いている声を頭の中で聞きながら、それを無視して二人は持って来たタオルで体を拭き、料理の入っているケースを開く。
 各々が飲み物を用意して、休憩所の屋根の下に座り、料理に手を伸ばしながら、
「で、話したいことって何だ?」
 ビーレウストが話すように水を向けた。
「話したいことがまとまらないから、話したいことをまとめるためにも、話続けていいか?」
「構わないぜ。喋っているうちに何か見つかることもあるだろうからな」
 エーダリロクは端末を取り出し、画面がビーレウストにも見えるようにしてから、先達って取り出した情報を見せた。
「これは帝国騎士本部の情報中枢の外部からのアクセス記録だ。その中で……これが技術庁長官殿下で検索した結果」
 透明に灰色がかっている粒子画面には「件数0」と書かれている。
「これって?」
「長官殿下は外から本部にアクセスする事は可能だ。だけど一度もしていない。アルカルターヴァ公爵 カレンティンシス・ディセルダヴィション・ファーオン殿下はケスヴァーンターン公爵 ラティランクレンラセオ・レディセレギュレネド・リュゼーンセバンダーリュ殿下による度重なる拷問に一度も屈しなかったわけだ」
 カレンティンシスはラティランの狙いは知っている。
 彼が知りたいには自分の体ではなく、同じ種類の両性具有ザウディンダル。
 カレンティンシスの権限を持ってすれば、ザウディンダルの身体情報を帝国騎士本部側に知られないように、取り出すことは可能だった。
「へぇー。さすが頑固で有名な一族の長だな。膣に硝子瓶みたいなの無理矢理押し込まれて、腹の上から潰し割られて傷ついても、情報には手を伸ばさなかったのか」
 ビーレウストとエーダリロクは、暴行しているところに何度か遭遇していた。
 これが男同士であれば、まだ助けようもあったが、カレンティンシスは 《両性具有》 で、それを隠して王座についている。暴行を行っているラティランは 《王》 
 二人の王子がカレンティンシスに手を差し伸べようと考えると、自王家の王に協力を求めなくてはならないが、それは不可能であり、カレンティンシス本人が最も望んではいない事だった。
 常人ならば狂うよりも先に、相手が欲している情報を与えて逃げようとするほどの拷問を受けても 《彼》 は求めなかった。
「だから、俺信じてみようと思うんだ」
「何をだよ、エーダリロク」
「ザウをさ、あの 《男》 の直属の配下にしても平気じゃないかな? ってさ。様子を見たけどカルニスと別れたたから、ある程度は寛容な態度を取ってる。そりゃあ、本来の寛容とはほど遠いけど、今までの態度から観たら寛容って言ってもおかしくない」
「なるほどな。……いいんじゃねえか?」
 ビーレウストはそう言って、手羽先を口に放り込み骨ごと砕いて飲み下す。
 エーダリロクは頬杖を付き、少しだけ視線を逸らしてからゆっくりと 《本題》 に入ることにした。
「ビーレウスト前俺に言ったよな、両性具有は下半身で種類が違うって」
「カルからそう聞いた、間違いねえだろうよ」
 まだ食べ続けているビーレウストの前に、電子本を開いて見せる。
「両性具有はその昔 “売り物” だった」
「大ヒット製品だったんだろ」
「当然ロヴィニアでも扱っていた。これが納品リストだ」
 そこには古い形式のリストが映し出されていた。油の付いた手袋の甲で口を拭い、その手袋を脱ぎ捨て新しいものに変えてから、電子本を手に取る。
「……へえ、細かく分けられてんだな」
「両性具有は下半身の機能で高価か安価かが決まるんだが、高価なのを買えるヤツは当然別の部分でも選ぶんだが、何で選ぶと思う?」
「好みの容姿じゃねえのか?」
「それもある。他には?」
「男王か女王かの違いじゃねえの?」
「他には何があると思う?」
「思いつかねえな」
 ビーレウストはリストの載っている本をエーダリロクに返して、全く思いつかねえよと苦笑いを浮かべる。
 湖に浮いている白鳥のボートが風で立った漣に揺れた。
「“性格” だよ。気質とも言えるな」
「パターンがあんのか?」
「あるんだよ。ヒステリー様とザウの性格も、このリストに載ってんだよ。ヒステリー様は “おそらく” 抵抗型、ザウは幼児型」
 指をさし、そして特徴の部分を開示する。
 宙に映し出された説明書きをざっと読んで、それが何に由来するのかビーレウストにも解った。
「脳や情緒の発達か」
 ザウディンダルとカレンティンシスの性格はかなり違う。
 ケシュマリスタの開祖にあたる両性具有の姉弟もかなり性格が違ったので、奇異なこととは感じていなかったビーレウストだが、ここまで分けられているとは考えてもみなかった。
「その通り。ザウは世に言うペデラストやペドフィリア用の両性具有なんだ。身体は他の血が混じって成長することができたけど、脳の方はその性質を強く残している。ザウは一人で重要な物事を決められないだろ。あれが唯の人間なら違うが、両性具有だと幼児型の特徴の一つにあたる」
「帝国宰相への極度の依存は、元々の性質か?」
「らしい。ご主人様というか、親の顔色を伺う子供のような行動を取る……って取扱説明書にあった。他にも、赤ん坊の泣き声につられて泣きそうになるってのもある」
「ザウディスの情緒が成長しないのは、甘やかされているとかじゃなくて、成長しないようになってるせいなのか」
「俺達もそれほど成長してるわけじゃねえけど、ザウは両性具有特有のリミッターにより子供っぽいんだ。容姿が成長してしまったせいで違和感があるが、本来なら子供のままであの性格なんだよ」
「なるほど。そうだ、少し話が戻るがエーダリロク。手前どうやって本部中枢に違法なアタックかけるほどの出力を得たんだ?」
 ビーレウストの問いに、
「俺、陛下の機動装甲の整備責任者だから。陛下の機動装甲は宮殿にあるから、整備と偽ってやった」
 企みを隠すことができない笑顔と称される、表情を浮かべて答える。
「なるほどねえ。だが手前の行動を聞くと、やはり大宮殿に陛下の機動装甲といえども置いておくわけにはいかないようだな」
 独立を保とうとしている帝国騎士本部に、外部から容易に情報中枢にアタックをかけることが可能になる動力を置くのは危険だった。
「まあな。だから ”帝国騎士統括本部” にする際には、全ての機動装甲を管理させたいと考えてはいる」
 帝国の情報と記録が失われたのは、暗黒時代。
 その時情報を消し、即位の順番を不明なものにしたのがヒドリク親王大公。彼女こそがザロナティオンの祖先であり、シュスタークの祖先である。
「帝国騎士の王子の発言が必要だったら、俺も手伝うぜ。実際のところは、帝国宰相との対決だろうがな」
 帝国宰相は ”僭主の襲来” に対して、対処できないので大宮殿に脱出用に皇帝の機動装甲、そして迎撃用に自分の機動装甲を置いている。
 完全に独立させようと、帝国宰相をも交えて何度も協議を重ねても歩み寄りはなかった。
 帝国宰相に 《貴様等が全ての僭主を刈り終えたら、同意しても良い》 と言われると、僭主を刈り終えていない王家側としてはそれ以上、何も言うことができない。
「正直な話、俺達の代じゃあ無理だ」
 エーダリロクは眉間に皺を寄せて ”あーあ” と言いたいような顔をする。
「そうだろうな。今回の僭主、大宮殿までおびき寄せるんだってな」
 ビュレイツ=ビュレイア王子系統僭主の一党を、大宮殿の深くまでおびき寄せる策が用いられることが決まっていた。
 理由は様々あるが、
「おそらく、機動装甲配置場所の特別措置延長も計算に入れてるはずだ。まあ、僭主が ”帝国最強騎士不在時に” 大宮殿で暴れたら、仕方ないよな」
 帝国宰相には、その狙いがあることは明かだった。
「リスカートーフォンの僭主刈り終えないと、マズイようだな」
「気にするなって、ビーレウスト。お前の家は、基本的にそういう立場だし」
「まあなあ」
 両者が笑い声をあげる。

 だが二人とも僭主狩りが第四十七代皇帝の御代まで続くとは考えてもみなかった。もちろん、二人には知ることの出来ない未来の話。


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