ALMOND GWALIOR −109
 ザウディンダルの初仕事には、
「タバイ兄、アウロハニア兄、資材運ぶ手伝いしてくれてありがとう」
 近衛兵団が付き従っていた。
 弟を甘やかしているのも事実だが、両性具有が正式に仕事をするという事で面白くないと感じた者達が多数おり、それらが仕事に向かう途中のザウディンダルを妨害しようとしていることを掴んだ帝国宰相は、技術庁長官と直属の上司の威光を使い、弟に警備を付けることにした。
 当初はさすがに近衛兵団団長であるタバイを付けるつもりはなかったのだが、后殿下であるロガが怖がっているとミスカネイアから聞かされ、カレンティンシスとザウディンダルを両性具有と解らないが ”判断” してしまった能力を考慮し、恐怖を感じているのであれば遠ざけるしかないと、タバイにもザウディンダルの警備に付くように命じた。
「構わんよ。私はここで戻るが、仕事頑張っておいで。本部にはキャッセルがいるから安心して……安心して……」
 タバイにとって帝国騎士本部は、近寄りたいような近寄りたくないような、微妙で切ない場所であった。
 タバイにとって最も気になる弟キャッセルが統括している 《人体破壊拷問本部》 と噂されている場所。
 他の兄弟達とは離れた方が良いと解釈したキャッセルは、その異名を持つ部署で生活していて、宮殿に戻ってくることは少ない。様子を見に行きたい気持ちはあっても、妻の手前と兄である帝国宰相の厳命で行けなかったタバイは、今回の任務を与えられた時、嬉しさを少し感じた後、間違った方向に未だ ”ぐんぐん” 伸び盛りに成長している三十四歳になる弟の事を考えて、
「あんま深く考えないで! タバイ兄! ほら! うん! 大丈夫! なっ! アウロハニア兄!」
 胃が痛くなり、今も痛くて仕方なかった。
「大丈夫ですよ! 帝国近衛兵団団長閣下!」
 団長の副官であるアウロハニアは明かに作った笑顔で必死に上司であり兄であるタバイに明るい声をかける。無駄であると知りながらも。
 本部の前には出迎えが五名ほど立っていた。
 出迎えに使われた者達は、ザウディンダルが両性具有であることも、両性具有が存在することも知らない階級の者達である。
「お待ちしておりました、レビュラ公爵閣下。ガーベオルロド公爵閣下がお待ちです」
 案内しようとしていた彼等の背後から、
「ああ、タバイ兄さん」
 キャッセルが現れた。その時の彼等の驚きと動揺から、どれ程キャッセルが本部で恐れられているかがその場にいた者達には ”はっきりと” 解る。
「……キャッセル、ザウディンダルのことを頼むぞ」
 職員達のあまりの動揺。それに関しタバイは出来るだけ無視することにした。兄は無視することに決めたのだが、
「ご安心ください、タバイ兄さん。このキャッセル連絡を受けて以来、職員総出の不眠不休で本部の拷問・虐殺痕跡を消すことに成功いたしました。リフォームはパーフェクトですよ! もちろん私も書類を受け取ってから一切拷問虐殺を行っておりません! これは皇帝陛下に誓っても良いことです」
 弟は無視させてくれない。兄の首をがっちりと固定して、観て下さいと叫ぶ。
 可憐で美しい、黙っていれば清廉さすら感じさせる青年は ”拷問してない! 惨殺してない!” と自慢げに最も血の近い兄タバイに語る。
「キャッセル兄! 言っちゃったら意味ないです!」
「平気だよ、アウロハニア兄。俺は拷問虐殺痕跡も大丈夫だ!」
 とは言うザウディンダルだが内心は結構不安だった。
 ザウディンダルが親交のあるリスカートーフォン一族はビーレウストだけで、ビーレウストは血に酔ってしまうので虐殺などをする事は無いに等しい。
 全くしないわけではないのだが、淡々とした射殺を好むので拷問などをすることは無く、お目にかかったことがない。勿論ザウディンダルも、進んでお目にかかりたいと思ったことは一度もない。
 だが今足を運ぶ場所は ”その一族の拷問、肢体の殺戮なり” と言われるリスカートーフォン一族でも抜きん出て凄い、その種のなれの果てを見慣れているビーレウストにして 《人が見るもんじゃねえよ。俺達一族以外は、興味本位で観たら死ぬな》 と言われるアジェ伯爵が兄と共にそれらを行っている場所で、もしかして ”物体” が残っていたらどうしよう? と不安になるのは当然だろう。
「いや、ちゃんと消しておいたよ。此処にザウディンダルが来るって言ったらデウデシオン兄眉間の皺が凄かった、不衛生だと思われたんだろうね。それでさ、リフォームは終わったんだけどゴミが残っちゃって。この廃棄物引き取ってくれないかな? 処分施設が容量オーバーで内臓が腐ってさあ……」
 背後に背負っている強化ガラス製の回転ドアの向こう側にあったのは、透明な水槽のようなものにみっちりと詰められた……
「うぉぉぉ! オーランドリス伯爵閣下! この帝国軍中将! 帝国近衛兵団所属バイスレムハイブ公爵アウロハニア! 貴方の異父弟が一切の責任を持って処分いたしますので! お任せ下さいましー! このえへいー! であえー! 団長閣下と共に退却作戦開始ぃぃ!」
 戦場経験のあるザウディンダルは 《中身》 だけなので何とか耐えた。
 だが、酷い拷問だろうが何だろうが耐えることはできるが、弟がしでかしたと思うだけで胃が胃酸で瞬時に溶けきってしまうタバイは崩れ落ちた。
「了解たしました! バイスレムハイブ公爵閣下!」
 私達の可愛いザウディンダルを守る使命と、兄の暴走を止め、団長の体調悪化を防ぐ使命を持っていたバイスレムハイブ公爵アウロハニアは、後者二つがもう駄目なので、近衛に退却を命じ、それらの責任を放り出して、最初にして最も重要な任務だけを見つめることにした。
「キャッセル兄、ザウディンダルのことを頼みますよ。あと廃棄物を運ぶ輸送機を借りてもいいですか?」
「いいよ。さ、おいでザウディンダル」
 ”え……その回転ドアの傍を通って入るの?” と「みっちりみちみち」なそれを見て思ったが、
「あ……うん」
 耐えられない事は無いと覚悟を決めて足を踏み出し……そうとしたら、先にアウロハニアが入りマントを被せ、隠しきる事ができない部分に、どこから出したのか解らないスプレーを片手に三本ずつ持って噴射しザウディンダルの通る部分だけは塗り込めた。
「ザウディンダル、仕事が終わったら迎えに来るから連絡は必ず入れてね」
 スプレー缶から手をはなすと、六つが動じに床に落ち、その音と同時に振り返り、焦りを隠すために作った笑顔で ”嫁入り前の妹” である弟を守るべく優しく声をかける。
「一人で帰れるって、アウロハニア兄」
「連絡入れなさい! いいね! 絶対一人で返ろうなんて思っちゃ駄目だよ! いいね!」
 言いながらアウロハニアは回転ドアを破壊して「みっちりみちみち」なうえに半分黒いスプレーで塗られアウロハニアのマントがたなびく、それは目立って仕方ない、なにか色々と駄目っぽい箱を押しながら輸送用小型艇のある区画へと走って向かった。
「アウロハニアも、もう少し落ち着けば……っていつもデウデシオン兄と兄が言っているけど、その通りだなあ」
 アウロハニア、彼は少々落ち着きはないが、ここまで落ち着かないことは滅多にない。
「う、うん……扉も俺が直していこうか?」
「構わないよ。つい最近セゼナードが運ばれた際に直したばっかりだけど、平気だよ」
 何で平気なんだろう? ザウディンダルは思ったが、聞いてもどうしようもないだろうと、黙ってキャッセルの隣を歩く事にした。

 背中に感じる大量に吹き込んでくる風に髪を舞わせながら。

 動揺したアウロハニアはすっかりと忘れていたのだが、胃が胃酸でかなり溶け、それにより胃酸の量が減少して立ち直ったタバイが部下数名に命じて、資材を運び込むように指示を出した。それらが運び込まれるまで、ザウディンダルは休憩しようというキャッセルの意見の元、特別にあつらえられた部屋へと連れて行かれた。
「これ凄ぇ! キャッセル兄!」
 地下に作られた 《水槽の内側にある部屋》
「オリヴィアストル様からアーチバーデ城風にしたらザウが喜ぶんじゃないかって言われて、そうしてみた。どうだい?」
 完成された廃墟 《アーチバーデ》 は陸地のないケシュマリスタ首都惑星に存在する、海に囲まれた城である。水面に現れている部分は全て崩れ、苔がおおい、色褪せた布が舞い、剥げた床石に小石が転がり、その隙間から雑草が芽吹く。
 だがその風景が 《変わる事は無い》
 完成された廃墟を、その形のままにする為に膨大な費用を投じている。壁の崩れ、飛び出した支柱だった鉄骨の曲がる角度、そして浮いた錆。ヒビの入った窓硝子、割れた窓硝子。床に飛び散った窓硝子の破片、それら全て計算されつくし、その壊れた形以外で存在することはない。
 海水しかない惑星に建つ城には海の下にも城が存在する。楕円形の透明な外殻で覆われており、その中にある建物も全てが 《廃墟》
「もともとここら辺は壊しちゃった所だから、それを上手く利用して廃墟王城を再現してみた」
 海水と今いる場所を区切っている透明の板に手を置いて、海の青さと暗さ、僅かな光できらめく魚達。
 それらに夢中になっていたザウディンダルは、ふと気付いた。
「この地下、海水で満たして? 魚運んだの?」
「うん。大丈夫だよザウ、そんな顔しなくても。施設の改築は私の権限でどうにもでもなるし、海水はオリヴィアストル様から許可を貰って内海の海水を借りてきた。海水を吸い上げる際に、内海の主? って呼ばれる巨大鮫がつまって、大変なことになってたけどね」
 ザウディンダルは ”ああ、あれか” と、ビーレウストとエーダリロクが内海で泳いでは追われている鮫を思い出した。
 軽く50メートルを超えるあの鮫が、ホースに……
「そ、そっか。わざわざありがとうな!」
 ザウディンダルはしばらくその廃墟王城に似せた景色を楽しみ、食事を取ってから修理へと向かった。

**********

「セゼナード公爵殿下」
「警備、異常はないな」
「はい」
 エーダリロクは大宮殿の一角にある、皇帝専用機動装甲の格納庫へと繋がる道を歩いていた。
 大宮殿の華美とは正反対の飾り気のない、金属パネルで覆われた道を空色のマントをたなびかせて歩く。
 警備をしている者達は、エーダリロクが ”皇帝専用機動装甲格納庫” が開くことに疑問を持たない。エーダリロクが天才で、従兄で、これらの総責任者だから、誰も何も気にしない。
 その入り口は皇帝でなくては開かれないように設定されている。
 シンプルなシステムは時に堅牢である。この部屋は皇帝以外に開く事は出来ない。
 それだけの設定であり、それ以上の設定はない。
 だから 《皇帝》 であるエーダリロクの前には容易にその扉は開き、皇帝の機動装甲ブランベルジェンカIVの前に立つことができる。
 機体に乗り込むと、エーダリロクは細工を立ち上げた。
《なにを探るつもりだ?》
− いや、なあに。帝国騎士本部に技術庁の長官殿下がアクセスしていないかどうかの確認を。長官殿下のシステムに手を加えると、さすがにバレちまうんでな
《探れそうか?》
− いいや、まだザウディンダルがシステムを復元していないから。もう暫くは、別の計算でもしてる
《それにしても、わざわざ体を破損させて帝国本部の情報中枢にこれを仕掛けるとは。もう少し、スマートな方法があったのではないか? エーダリロク・ゼルギーダ=セルリード・シュファンリエル》
− そう言うなよ

 エーダリロクは独立部署になりつつある、帝国本部の情報中枢に、アクセス記録照会ができる機器を仕掛け 《完全独立》 である皇帝の機動装甲から情報が検索できるように造り上げていた。

「頼むぜ、ザウ」


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.