ALMOND GWALIOR −105
 后殿下と庶子達の会食は、皇帝から帝国宰相に告げられた。

**********

 皇帝は帝国宰相デウデシオンに、
「明日にでも兄弟全員とロガを会わせたいのだが?」
 ロガの希望を告げた。
 皇帝とその正妃の望みが庶子に会うことであれば、何を差し置いても用意させることは簡単だ。
「ハセティリアン公爵以外の全員でしたら何の問題もございません」
 秘密警察に属するハセティリアン公爵以外は。
 帝国宰相の返事に、皇帝は満足しながら
「では、明日会わせたいので取り計らってくれ」
 会いたい旨を告げた。
 帝国宰相は頭を下げ、最も気になる事項を尋ねる。
「異存は御座いませんが、后殿下の体調は?」
「微熱が出ているが、最初の二日よりは落ち着いた」
「でしたらもう少し間を置いた方が宜しいのではございませんか?」
「余もそうは考えたのだが、メーバリベユがな……少し無理させてやってくれと。無理と言っても、適度なものをと。難しいことを申すなと言ったらメーバリベユが細かく説明をしてくれた」
 メーバリベユはロガに少々無理をさせて、達成感を持たせて欲しいと告げてきた。
 ロガを第一に考えるのは当然であり、尊いのだがロガ自身の性質を考えればそれは良くない。幼い頃から仕事をするのが当然、病となれば休みはしただろうが一人暮らしで細々と働いていた奴隷が突如宮殿の奥に置かれ、風も当たらぬほど大事にされては、働き者であった奴隷としては居心地が悪いとメーバリベユは告げた。
 連れて来られてから四日、本人にしてみれば「ナイトオリバルド様を心配させただけ……」銀河で最も偉いと教えられてきた相手を心配させてしまった事実と、
「体調不良を取り除くことだけを優先すると、後継者を得る為だけにつれてきたと取られ、それが重圧となる。後継者を得る為につれて来たことは否定せぬが、周囲をそれ一色にしてしまえばロガの重圧は今以上となり結果後継者を得ることが遠のく……と申しておった」
 体調を整えることに躍起となる周囲の行動を目の当たりにして感じる重圧。
 周囲を見て何を望まれているか解らないわけでもなく、また確りと自覚してもらわなければならない所もある。
 だが自覚と共に自信も必要となる。奴隷出のロガに正妃としての自信を持たせるには、ある程度の仕事をしてもらうのが得策だ。自信を持たせる、そして必死に仕事をしているとロガ自身が思える。その一環として “少しの体調不良を押してでも仕事をさせる” となったのだ。
「庶子の立場である余の兄弟達であらば、多少の失敗をしても良かろうと思ってな」
「そうですか」
「それとデウデシオン。ロガに異父兄弟を解りやすく説明する方法を考えてきてくれぬか?」
「畏まりました。確かに解り辛いことですが、また急ですな。時間を開けてからでも問題ないように思うのですが?」
「あまり失敗をさせたくないので……致し方ないことだが、ロガはザウディンダルが余の兄だと聞き、セボリーロストの息子だと勘違いしてしまったので」
 皇帝はロガの失敗を雑談程度の気持ちで帝国宰相に語ったのだが、
「セボリーロスト……のですか?」
 言われた方はそれに背筋が凍った。ザウディンダルはテルロバールノル系の僭主、そしてセボリーロストはテルロバールノル出の皇婿。ザウディンダルは黒髪で平民皇后と同じ藍色の瞳を左目に持つ容姿で、セボリーロストはロヴィニア系に偏った容姿をしているので両者共テルロバールノルには縁遠く、似ているようには一般的には見えない。
 だが実際は似ている。
 それに追い討ちをかけるように皇帝は続けた。
「ああ。どうもロガにはカレンティンシス、カルニスタミア、ザウディンダルが兄弟のように見えるらしい。セボリーロストを含めて全員特徴の違う容姿なのだがな、不思議と同じように見えるらしい」
 先入観を持たない、何も知らない奴隷は『人工生命体の合致部分』をはっきりと認識していた。
 後に判明したことだが、ロガは人の特徴を掴むのが非常に得意だったのだ。
 死刑囚の死体をどの墓にいれるのか? それが書かれている書類に目を通すのだが、記録用に残されている破損していない顔写真と破損し、腐敗し始めた死刑囚の顔は見た目ではどうやっても合致させることが出来ない。
 それ用の機器は存在し、それがあれば簡単だがロガや代々そこで死刑囚を葬ってきた者達には、そんな機器は配布されることはなかった。なければ自分達の目で見て脳で考え、伝承というには仰々しいが、過去の経験を後継者に伝え、教えてやればいい。
 そうやって父から教えられたロガは、人の容姿を着衣や肉ではなく表面から探れる骨格や変わらぬ特徴で判別できるようになる。それは意図せずともできる、何時しか普通に相手を見たときに判断できるまでに至っていた。

 その特技を持ってしても仮面を被って現れた桜墓侯爵陛下は、誰か解らなかったようである。泡を吹いたり失禁したりした大男を前に、特徴を掴んでいる隙がなかったに違いない。

「……」
「どうした? デウデシオン」
 ロガが判別できると知らないデウデシオンだが『当てずっぽうではなく、確りと判別できている』ことだけははっきりと解り、その能力に恐怖すら覚えた。
「何でも御座いません。ちょっとばかり、時間調整を考えておりました」
 帝国宰相はその後、皇帝の語る “ロガの失敗談” を全て頭に叩き込み、何時もと変わらぬ表情で、
「それでは頼んだぞ」
「御意」
 退出した。

《内緒にしておいて下さいといわれたから、内緒だぞデウデシオン。他者に言ってはならんぞ。あのな、ロガはカレンティンシスを女と見間違ったのだ。あの時はカレンティンシスは体調不良もあって、何時もの ”儂じゃあ!” などと叫ばなかったから、見分けがつかなかったのだろう》

 ロガを上手く補佐してやってくれという、皇帝の気持ちが帝国宰相に語らせた。

**********

 后殿下が完全に両性具有を見分けられる事を知ったエーダリロクは、この後帝国宰相が執務室に入って夜半まで出てこなかったことしか掴めなかった。
「間違い無くこの後、秘密警察のハセティリアン公爵と会って話をしているはずだ。話の内容は……ザウディンダルに気を取られて、カレンティンシスに触れてなけりゃハセティリアン公爵は探っちゃいねえだろうけど……全部語ったとして考えるべきだよな」
 帝国宰相の執務室はエーダリロクの技術やランクレイマセルシュの財力を持ってしても、情報を盗み取る事ができない空間。そこでの会話の底にあるものを、エーダリロクは何時も求めていたが決して手に入らない。
 王家と不仲の帝国宰相は、誰にも語らず全てを排除する。ともすれば自らすら排除しかねないそこで二人は何を語り、手足であるハセティリアン公爵はその後どのような行動を取ったのか? 《ハセティリアン公爵》 の詳細な行動パターンのデータを持たないエーダリロクは、彼の行動を推測する術がない。他の兄弟達の行動パターンを元に一般的な解釈に頼るしかないのだが、帝国宰相の指示のもと彼は弟と接触を持たない。
 行動パターン予測されることを阻止する事を考慮しての事。

「限られた世界で何を調べる、ハセティリアン公爵」

 ハセティリアン公爵デ=ディキウレの世界は特異で、エーダリロクでも容易には踏み込めない。彼の手足となり働いている部下の中で最も優れている者が、彼の妃だという所までは何とか掴めたのだが、兄王ランクレイマセルシュですら ”これ以上は無理だ” そう漏らす程に壁は厚かった。
 彼の妃の詳細を知る男、帝国宰相。最も優れた部下であり妃。その存在に近付く切欠はないかと自分の記憶を探ったエーダリロクは、ある人物を思い出した。
 公爵妃に直接会ったことのある己の妃。
「メーバリベユ侯爵が会ったことがあるんだから……待てよ? あの時侯爵はたしか……! そうか! それなら話が合う!」
 以前 ”ハセティリアン公爵妃と会ったことがある” そう語った妻に、急いで連絡を入れて、
『ハセティリアン公爵妃のお名前ですか?』
 公爵妃の名前を聞いた。
 ハセティリアン公爵妃よりも上の位にいる、セゼナード公爵妃に挨拶をしたのならば、必ず名乗る。その名が ”エーダリロクが考えている通り” であれば解決の糸口になり、名乗らなければ、やはりハセティリアン公爵妃は ”エーダリロクが考えている通り” の人物。

 どちらであろうとも、彼女の正体の裏付けになる。

 問われたメーバリベユ侯爵は、
『よろしいですか? これ以上のことは、ご本人を捕まえて聞いて下さい』
 名以外のことは語らなかった。自分の言動が 《彼女》 に監視されている可能性も考慮し、これ以上の発言は王家にも直接被害が及ぶとの判断した。
「充分だ。この先も后殿下の言動をよく見て覚えておいてくれ。俺が尋ねた時、即座に答えられるように」
『それは確約できません。后殿下の立場が悪くなることでしたら、私は殿下にも告げません』
「立派な女官長だ。頑張れよ」
『殿下も』

 通信を切った後、エーダリロクは頭脳を総動員し今まで解らなかった部分に 《ハセティリアン公爵妃》 を当てはめ、事柄を計算した。
 三時間、微動だにせず考え続けたエーダリロクは遂に答えに辿り着き、即座に行動に移した。
「リスカートーフォンに俺が面会を求めているって伝えろ。すぐに来いと 《私》 が命じたと伝えろ!」
 画面に現れた取り次ぎに高圧的に告げ 《銀狂》 に組み立てた仮説を伝える。
《なるほど……この確証を得るためにか》
− そうだ。奴等は対抗策を講じるために、この取引に乗った。復讐と排除と同時に再生と新皇后
 エーダリロクの仮説を、銀狂は急いで読もうとするが、休む間もなく ”過去” を引き出し、事実と照らし合わせる内部で、読むだけでも一苦労していた。
《ハセティリアン公爵、今回のこと何処まで気付いたのであろうな?》
− さあ……でもよ、全て知ったとしたら妃にも伝わっている。それなら手段がある
《何だ?》
− 巴旦杏の塔をエサに公爵妃を釣り上げる。逃がした魚が大きいとは思わなかったが、ここまでデカかったとはなあ
《逃がした魚? まだ考えの全てを読んでいな……この女か? 驚いた》
− 懐かしいだろ。あんたが釣り逃がした女だ
《この女に間違いないとしたら……たしかに私が逃がしてしまった女だな》

 脳裏にある女は、彼等に取って決して忘れられない女

《それにしてもこれを釣り上げようというのか? 帝君宮の内海の鮫を釣り上げるより危険だろう。食われるかも知れんぞ》
− その際は、あんたが食い返してくれ。大物だぜ、食い応えあるだろうよ
《どうやって釣り上げるつもりだ?》
− 俺は巴旦杏の塔の管理者だ。この女の夫とその一族は、俺の持っている情報を誰よりも欲しがっている。例え奴等が前責任者を暗殺し、その情報をしばらくの間、所持にしていたとしても、俺でなけりゃ解明できなかったものが多数ある


『待たせたようだな、銀狂』


 先代テルロバールノル王暗殺の実行犯と多くの者が思っていながら証拠のないデ=ディキウレと、実行犯だと名乗り出た、多くの者が違うと今でも感じているリュゼクの父カプテレンダ。
 それを繋ぐのが、カルニスタミア・ディールバルディゲナ・サファンゼローン王子。
 エーダリロクは自らが目指す帝国の未来に、この出来事の真実は必要なかったが、彼以外に真実に辿り着くことはできなかった。


novels' index next back home
Copyright © Teduka Romeo. All rights reserved.