ALMOND GWALIOR −102
「そんな緊張すんなよ。ヒステリー王も、弟と別れて真面目に仕事をしにきた相手を無闇に叱ったりしねえよ」
「うん、まあ……この格好慣れなくて」

 ザウディンダルは初めて貴族の服を着用し、エーダリロクと共に技術庁の前に立った。

 儀典省に務めるナジェロゴシェス公爵が何時も用意してくれる、自分の身体には合っていない貴族の着衣とは違い、身体にしっくりと合い、レビュラ公爵の紋が確りと刺繍されている、白も部分的に使われている服。
 デザイン自体はシンプルで、カルニスタミアが着ているようなまさに正装、といった面持ちはないが、正式な場に軍服以外で普通の貴族と同じ格好をして出かけるのが初めてのザウディンダルは、かなり興奮していた。
「それにしても、この服どうやって作ったんだ? 俺に着せる服作ってくれる奴なんていねえだろ」
「それは機械だ。縫製機にお前の身体データを突っ込んだ」
「だって、それだってさ。勝手に使っちゃまずいだろ」
 技術庁の中をエーダリロクと共に歩く。
 何時も通りの軽蔑したような、蔑む視線を浴びせられてはいるが、それを無視し話ながら歩き続ける。
「縫製機を勝手に使うのは駄目だろうが、俺が自分で作ったら誰も文句は言えねえよ。布だって使うなって言うなら、作ればいい。面倒だから紡績から縫製まで全部できる機械を作った。仕事する時は、俺から送られた服着てやれよ。王族は着衣から仕事なんだからよ。普段はお前の兄弟が作った服のほうが、身体にも優しいからそっちにしておけ」
「あ、ありがとう……」
「ちなみにそのレビュラ公爵の刺繍はメーバリベユ侯爵が手でしてくれた。刺繍まで機械でしようとしたら、叱られた叱られた。貴族の紋を何と心得る! ってなあ。面倒だし、機械の方が効率良いだろうって言ったら、俺の刺繍機に勝負を挑んできてなあ……負けた! 俺の作った刺繍専用機、メーバリベユ侯爵の刺繍能力に遠く及ばなかった。だから礼を言うなら、メーバリベユ侯爵に」
 何でも出来る人だと聞いていたけれど……思いつつ、ザウディンダルは二の腕の所にある刺繍を注意深く撫でて、気持ちを奮い立たせる。

 楕円形の会議机で、エーダリロクとカレンティンシスは互いに最も遠い場所に座り、片方は背後にローグ公爵を、もう片方はレビュラ公爵を立たせて話が始まった。
 エーダリロクはカレンティンシスに、
「レビュラ公爵を帝国騎士団情報中枢に立ち入らせる許可じゃと?」
「まだ正式採用ではないので、長官殿下の許可が必要ですのでいただきに参りました」
 これに関しての願いを申し出た。
 提出された書類や状況映像に、カレンティンシスは不快を隠さずに問いただす。
「それにしても、ひどい破損じゃ。何を考えてここまで暴れたのじゃ、セゼナード公爵」
「良く解らないと言いますか、解りたくもないのですが “ケーブルで縫う! ケーブルで縫い合わせる!” って大声で叫んで中枢機の外装を外して……危うく男の象徴をベーデイ繊維で縫い合わせられるところでした」
 何故そこまで運ばれてしまったのかは、カレンティンシスも知っている。
 運んだアジェ伯爵の甥王ザセリアバにも、運ぶように命じていたランクレイマセルシュにも注意したが、あの二人は ”別にいいじゃねえか” と ”これに懲りて、毎日キスするかもなあ” 程度。悪いとも思っていないその態度に、酷く腹を立てていた。
 その勢いでエーダリロクを叱ろうかと思ったのだが、何か状況がおかしいと感じて、苛立ちは隠さないが話を続ける。
「無事でなによりじゃったな、セゼナード公爵。じゃが公爵本人が直してくるべきであろうが」
「私もそうは思うのですが、暴言を吐いてしまったので。今あの場に足を踏み込むと、再び襲われると思います。ガーベオルロド公爵閣下に」
 エヴェドリット王族や、それに属するバーローズ・シセレード両公爵一族から見ても、良い具合に ”壊れている” キャッセル。
「暴言じゃと? 事によっては取り成してやるが」
「無理だと思います。特にアルカルターヴァ公爵殿下では」
「何だ、言ってみろ」
「それでは…… “ザウディンダルは別にすげー可愛いわけじゃねえし! 魅力感じねえ!” 何故レビュラ公爵と関係を持っていないのだと問いただされて、ついつい大声で口走ってしまいまして。ガーベオルロド公爵閣下の『可愛い可愛い 《私たちの》 ザウディンダル』を否定したもので、直後に足ボッキリ骨折、連続技で皮を剥がされました」
 そこまでは依頼したものだが、その後何故かコンボが入り、肋骨が半壊、右腕が全壊した。エーダリロクの怪我の状態に目を通したカレンティンシスは、ゆっくりと顔を上げてしばし無言。
「…………(ガーベオルロドめ。だが、あの男なら間違いなくやる)」
 エーダリロクの背後から、怪我の状態を読んだザウディンダルは、
「…………(キャッセル兄……何してんだよぉ)」
 動くことは禁じられているので静止したまま、やるせない気持ちで一杯に。
 必死の思いで抵抗せずに身体を破損させたエーダリロクは、内部の自己防衛機能、要するに銀狂を押さえ込むのに最も苦労し、疲労で三日ほど深い睡眠を取らなくてはならなかった。
「アルカルターヴァ公爵殿下が『レビュラは可愛らしくない! セゼナードの言っていることは正しい』と言ってしまえば最後、その……何をされるか。このセゼナード、アルカルターヴァ公爵殿下の命を危険に晒すわけには。そうかと申しましてアルカルターヴァ公爵殿下がガーベオルロド公爵閣下と『ザウディンダルは可愛いよなっ!』と語り合って機嫌を直せるとは到底……ここはレビュラ公爵に修繕を頼むのが最も効率的だと思うのです。施設と関係の両方の修繕に関して」

 カレンティンシスは思い当たる事が多々あった。ローグ公爵もこの状況を打開するのは我々には無理と、王に耳打ちするくらいしか出来なかった。

「レビュラ公爵、許可を出しておく。必要な物を用意し次第向かえ。それと、セゼナード公爵よ」
「はい」
「口は災いの元じゃ注意しろ。後は……レビュラ公爵は世間的には可愛らしいとは言わぬが、憂いを帯びた可憐で儚げな顔立ちじゃ。知識として覚えておき、この先の人間関係を円滑にすることに注意を払え、セゼナード公爵よ」
 注意して理解する相手と、全く理解できない相手が存在する。
 前者はエーダリロクやザウディンダルであり、後者はキャッセルやシベルハム。後者の二人には何を言っても無駄だが、前者の二人はある程度理解するだろうとカレンティンシスは、注意を促した。
 カルニスタミアと一緒にいる時は、怒ってばかりだったカレンティンシスの初めて見る態度にザウディンダルはかなり驚いた。
 ”これがこの王様本来の姿なのか……” カルニスタミアと離れ寂しいことは多数あるが、他人の別の面を見られた事に少し興奮も覚えた。
「それでは、失礼します」
「が、頑張ります」
 自分の世界の小ささと、他者の側面。それらを知る為には自らの意志で歩き出さなければならないのだと、言葉では知っていたが実際に体験するとでは、全く違うことをザウディンダルは理解し始めた。

**********

 二人が部屋から去った後、喉を潤すものを持てと命じ、茶の入ったカップを指で玩びながら、誰もない方向を向き、茶を用意したあと再び背後に立ったローグ公爵に話掛ける。
「カルニスタミアとは完全に別れたようじゃな。……プネモス」
「はい」
「アロドリアスに強硬にリュゼクをカルニスタミアに勧めるのを止めるように伝えておけ」
「御意……申し訳ございません。愚息は殿下からいただいた妻を大事にするあまり、リュゼクにも肩入れしてしまうようで」
 リュゼクはカレンティンシスの四歳年下で、名門公爵家の跡取りだった。彼女には二歳年下の弟もいた。
 美しいというよりは、凛々しく利発で強かった彼女はカレンティンシスの学友。年の頃と、彼女の父が父王の側近の一人であったことも関係し、王妃候補の筆頭であり、カレンティンシス自身も彼女が王妃になるのだろうと考えていた。
 だが父王はカレンティンシスの妃にクレドランシェアニという、ロヴィニア王家傍系筋の姫を選ぶ。当時のカレンティンシスに異議を唱えることなど出来る筈もなく、そして彼女は叔父の婚約者に定められた。
 それと同時に彼女の父であり、父王の側近であった公爵はその座を降りて、叔父に仕えるようになった。
 父王と公爵が不仲になったことに、叔父が関係していたのか? となると、それは違うとカレンティンシスは考えている。叔父は公爵を嫌っていた。公爵を側近にした理由は、リュゼクが婚約者に定められたことが原因だった。
 だがリュゼクが自らの婚約者だと告げられた時、叔父は驚愕の表情を浮かべ、それから醜悪な憎悪をまき散らしたことを、カレンティンシスははっきりと覚えている。
 叔父の人生は長兄であり王であったウキリベリスタルに完全に支配されていた。第二王子はディブレシアと結婚後に死亡、続いて送り込まれた第三王子セボリーロスト。
 第四王子の叔父はセボリーロストが死亡した場合、次に皇帝の元に送り込まれるべく独身のまま飼い殺されていた。
 ディブレシア帝が崩御した後、叔父とリュゼクは結婚しなかった。婚約は継続していたが、父王は二人を結婚させようとはせず、時間は流れ父王は暗殺される。
「プネモス」
「はい」
「過去何度も貴様に問うたが、本当に貴様は知らんのじゃな? リュゼクの父カプテレンダの思惑を」
「はい」
 リュゼクの父であったカプテレンダは、父王の暗殺を叔父ゼティールデドレの命で行ったと自白する。カプテレンダは軍人で王国の近衛兵でもあった男で、身体的な強さから見るとウキリベリスタルを暗殺すことは可能だ。
 だがカプテレンダが提示した証拠の品と、自白を聞かされたカレンティンシスは、彼が無罪であると実感した。
 カプテレンダは恐ろしい程に焦っていた。そして叔父は ”暗殺など命じていない” と無実を叫ぶ。
 追い詰められた叔父は ”生き延びるために、お前を殺さなくてはならんのじゃ” そう言いかき集めた艦隊でカレンティンシスに戦いを挑む。悲痛な叫びだったような気もしたが、思ってやる余裕は、カレンティンシスにはなかった。
 疑い深くなっていたカレンティンシスは、弟であるカルニスタミアを遠ざけた。
 そうしている間に、カプテレンダが妃を道連れにし自害して果て、叔父を武力で制圧し処刑したものの、真実は何一つ解らないまま。
 真実は解らずとも、父王暗殺には終わりが必要であった。カレンティンシスの治世の始まりのためにも。
 その為にカプテレンダの証言を採用し叔父ゼティールデドレ王子を大逆の罪により王族位を剥奪する。カプテレンダは叔父に暗殺を強要され、娘であり婚約者でもあったリュゼクの身の安全を図るために、やむなく暗殺という行為に出た。
 早い段階で自白し、捜査に協力的であり、自害して罪を償ったということで、カプテレンダの子供達には罪はないとし、カレンティンシスの都合の良いように事情を作らせ、表面的には終了した。
 婚約者であり大逆の実行犯の娘リュゼクを生かしておいた事に、甘いとラティランクレンラセオに言われた事もあったが、カレンティンシスは彼女には何の刑罰も与えずに重用した。近衛兵にも彼女の父カプテレンダのことを知るものも多く ”大逆者ゼティールデドレ” に陥れられたのだと、同情的な者が多い。

「リュゼクとカルニスタミアならば、良い王と王妃になるじゃろう」

 それに向けてカレンティンシスは ”大逆者ゼティールデドレ” が起こした暗殺事件を都合良い物に書き換えなくてはならないと考えていた。

「リュゼクは王妃になるべき女じゃ……」


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