ALMOND GWALIOR −98
 仲のよろしい兄弟が、骨にひびを入れながら親睦を深め合っている頃、弟で妹のザウディンダルは、エーダリロクの元で薬を作成していた。
 その隣でエーダリロクは帝国宰相の公開データを観察・分析中。
 公開しているものだが、誰がアクセスしたのかは本人に届く仕組みになっていることもあり、権力者のデータはあまり誰も触りたがらない。
 エーダリロクも知りたいことはあったが、切欠がなく今まで手を出せないくらいに、権力の前に公開データは秘密にされていた。
 今日観た事がザウディンダルが証明してくれる。そして今日以外、このデータにアクセスさえしなければ、帝国宰相のことを調べていることを知られる恐れは減る。
 今見ている全てを脳に刻み込もうと、精神を集中して数値の全てを睨み付けていた。
「……ク」
「おっ! どうした? ザウディンダル」
「終わったから、ありがとうって。なんか集中して見てたけど、兄貴のデータに面白ぇことでもあったのか?」
「いやあ、強いなってよ。脊椎核がこんな能力を持つとは知らなかったからよ。でもなあ……色々なあ」
 集中し過ぎて周囲の声が聞こえなくなっていた自分に驚きながら、エーダリロクはその風にも例えられる美しい銀髪を触り答えた。
「それか」
「……」
「どうした? エーダリロク」
「ザウ、ちょっと時間くれないか? 今お前の体液データが欲しいんだが」
 突然腕を掴まれたザウディンダルは身体を硬直させる。
「な、なにすんだよ」
「いや、お前のバラザーダル液の調整もしなけりゃなと思ってさ。お前が陛下撤退の際、付き従う帝国騎士の筆頭候補なんだよ」
「そんな話聞いてねぇぞ」
 皇帝が前線に向かうとなると、色々な事も決めなくてはならない。
 その一つが敗北し、撤退する際のお供。
 敵を確実に振り切るためには、機動装甲での退却がもっとも確実。機動装甲に搭乗できない皇帝の場合は除外されるが、皇帝シュスタークは能力を持っているので、撤退する際は必ず 《ブランベルジェンカIV》 を機動させる。
 それに従う撤退を守る帝国騎士。皇帝の機体である純白の 《ブランベルジェンカIV》 と全く同じ外装の 《ブランベルジェンカ105》 搭乗する帝国騎士の選出も、その一つだった。
 何名かがリストに名を連ねており、その一人がザウディンダルだった。
「俺が?」
 エーダリロクはザウディンダルに ”お前が選ばれるのは確実だ。陛下は兄弟を死地に赴かせるような命令を下すことは出来ないし、他者は両性具有を陛下の御前で死地に赴かせることはできない” 説明され、気持ちは釈然としないが納得はした。
「出来れば今の段階から組んでおきたいからよ。特にお前、まだ薬物乱用の後遺症があるだろ? それらに関して帝星にいるうちに、お前の主治医、ロッティス伯爵とも相談したい」
 ザウディンダルは体液データを採取させ、薬の入った瓶を持って開発室を後にした。
 そのまま主治医ロッティス伯爵こと、兄の妃ミスカネイアの元に向かい、エーダリロクの言葉を伝える。
「あいつが、そう言ったから多分……お手数をおかけしますが、俺の体調やその他のデータを纏めておいていただけると……」
 ご迷惑をおかけして済みませんと頬を赤らめて俯くザウディンダルに、
「気にすることはないわよ」
 ミスカネイアは優しく声を掛けた。
「ところで、ザウディンダル。貴方が手に持っているそれは?」
「これは! その、兄貴にプレゼント、じゃねえや!」
 無愛想な瓶の中身が薬だったので不思議に思って声をかけたミスカネイアは、
《帝国宰相閣下ならなんの問題もないでしょう》
 義理兄だったら多少の毒を飲んでも死にはしないと判断して、
「じゃあ、ラッピングしましょうか」
 ザウディンダルと楽しく薬瓶を、レースとリボンで飾り立てた。
 レースとリボンとフリルが大好きな義理姉と、ついつい楽しんでしまったザウディンダルが、正気に戻ったとき、これを帝国宰相に贈ってよいものかと悩んだ。
 中身は何の変哲もない薬だから、構いはしないのだが。
「送っていこう」
 帰宅したタバイに言われたザウディンダルは、その可愛らしい瓶をタバイの大きな手に乗せて、
「俺はいいから、そいつを兄貴に! そうだ! タバイ兄! 兄貴の体調は良くなった?」
 まだ ”虫垂炎” を信じている弟が尋ねた。
「何の話だ?」
 そんな報告は当然受けていないタバイは、ザウディンダルの説明を聞いて嫌な空気を感じ取った。
 病に倒れているなどではなく 《キャッセルが向かった》 という事実。
「ザウディンダルは、今日我が家に泊まって行くように。私は兄の様子を見てくる」
 掌にリボンとレースを溢れさせ、近衛兵団団長は疾風の如く執務室へと向かった。

 次兄を不安にさせたキャッセルは、
「やあ、シベルハム」
「夜更け……いや、もう早朝近くか。まあ、お早うにして今晩は。遊びにきたのか? キャッセル」
 デ=ディキウレの案内で地下通路を抜けて、リスカートーフォン区画に住んで居るアジェ伯爵の元に到着。
「いやあ、楽しかったよ。スリル溢れる空間だった」
「お前、よく地下通路抜けてこられるよな。我とてリスカートーフォンの地下支配区画のトラップを網羅していないというのに」
「デ=ディキウレが覚えているんだよ」

 地下迷宮の主デ=ディキウレ。彼の姿はアジェ伯爵も見たことはない。

 翌朝 ”嘘はつかない方が良い” そんな事を考えながら食卓についた帝国宰相。その気難しげな表情を前にハーダベイ公爵バロシアンは、執事と共に笑いをかみ殺していた。
 テーブルには近衛兵団団長が届けてくれた 《ザウディンダル特製の虫垂炎止め》 朝から届いた書類には、エーダリロクが自分の開示身体データを閲覧したという報告。
 《デウデシオン兄の持病》 と知った弟達が、善意なのか遊びなのか解らないがお見舞いが多数。
 見舞いは弟だけではなく、カルニスタミアとビーレウストからも届いていた。

 ”帝国最強騎士とやりあって、無事か?”

 そんなメッセージが添えられて。
「そんな難しい顔なさらないでも」
 拡大の一途を辿った騒ぎに、バロシアンは堪えられずにテーブルに俯せて笑った。その笑いが本心でないことを帝国宰相は感じたが、触れる事はしなかった。

− 貴方はまだ私を自分の子だと、完全に認められないでいるのですね

**********


 最新の全ての部署にアクセスできる端末ではなく、独立した端末に帝国宰相の身体データとザウディンダルのデータを明け方近くまでかけて入力し、調べるために以前から作っていたプログラムを走らせ比較する。
「やっぱりな。投与されてた合成脳脊髄液は帝国宰相のものだ」
 結果はエーダリロクの予想通り。
 両性具有は変わった能力が多数備わっている。
 ザウディンダルは本来ならば身体は成長しないはずの幼児型。身体は成長することはできたが、肝心の部分は幼児型の特性を色濃く残している。
 この幼児型 《主の体液を注入》 されて、認識をする能力を持っている。血を舐めたり、精液を飲んだり、膣液を啜ったりなどで、主を覚えることができる。欠点はある程度の量が必要な為にに、行為を継続的に何度も繰り返さなくてはならない事と、主を上回るほどそれを与えれば主が書き換わることだろう。
 だがこれを一度で解消、決して書き換えられないようにする方法がある。
 脊髄液を脳のある部分に注入すること。
 ザウディンダルとデウデシオンは性的な接触は少ない。体液という部分ではカルニスタミアの方が回数が多い。
 だが書き換わらない 《主》
 ザウディンダルの人生を出生まで遡ったエーダリロクは、数年の空白があることを知った。調べるまでエーダリロクは、ザウディンダルも生まれた時から異父兄達と一緒に育てられたと信じて疑っていなかった。
 理由はハセティリアン公爵デ=ディキウレにあるのだが、エーダリロクは最近 ”間違いを誘うために 《そう》 したのか?” と考えるようになっていた。
 何にせよザウディンダルは暫くの間、施設で死にゆくかのように栄養剤だけを投与されて生かされていた。

 その指揮を執っていたのは、当然ながらウキリベリスタル。

「帝国宰相の元に戻るまで、栄養剤の全てに混ぜられてもいた。生まれてすぐに脳に注入された上に一年近く毎日投与だ、書き換わるわけがねえ。中毒にするほど投与しやがって……ザウが自殺未遂しなけりゃ解らなかった」
 三年ほど前に、ザウディンダルが薬物中毒を起こした。その際に薬物の 《過剰反応》 が見られた。
 ザウディンダルの薬物中毒は初ではなく、二度目であり身体にかなりの負担がかかったと言う物。
 その時初めてエーダリロクは、ウキリベリスタルが残したザウディンダルのデータが改竄されていた事を知った。主治医のミスカネイアは、両性具有の根本的なデータは持っていない。あくまでも管理者から提示された情報で、体調管理を行っていた。
 これは大失態だと帝国宰相に詫びに行った際の、彼に困惑が僅かに見える表情に ”管理者以外は知らないデータを持っている” エーダリロクは確信した。
 ウキリベリスタルが残した ”ザウディンダル” のデータは信用できないと、一から収拾し直す。
 
 最初の薬物中毒は何によって引き起こされたのか?

 これをずっと調べ、やっと合成脊髄液と断定することができたのだが、誰の成分を模した物なのかまでは、はっきりと解らなかった。
 帝国宰相の開示身体データから合成脊髄液を作り、シミュレータでザウディンダルに注入して、時間経過を調べた所、現在残っている成分と一致。

「主は主で良いんだけどよ……何でこんな事をしたんだよ? 意味が解らねえ……」

 ウキリベリスタルは息子のことを隠し通すため従った。指示を出したディブレシア帝は一体何のために?


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