ALMOND GWALIOR −94
 キュラは意識が浮上し目覚め、暗い室内の見慣れない天井の模様に、
「ん……」
 声を上げた。その声を聞き、隣で半身を起こして本を読んでいたカルニスタミアが声をかける。
「目が覚めたか、キュラ」
「あ、うん」
 窓の外には夜景が広がっている。随分と眠ったのだろうなと、思いながら自分の肌に触れている素材に違和感を覚えて袖を指でつまむ。
「何時の間に僕着替えたの?」
「着替えさせたんじゃが」
「すっごく大きいんだけど。これって、君のじゃないの? カルニスタミア」
 キュラがカルニスタミアの手で着せられたパジャマは、肌触りの良い品物だが大きい。身長差はそれ程でもない二人だが、身体自体の大きさはかなりの差がある。
「儂のものじゃが、一度も袖を通しておらんから良いだろ」
「そういう問題じゃないだろ?」
 カルニスタミアは本を読んでいた端末で室内照明のスイッチを入れ、部屋を明るくしてから端末を枕元に置き、
「あのな」
「なんで僕と君お揃いなの? 君、何考えてるの? カルニスタミア」
 カルニスタミアが口を開く前に、キュラから呆れたような声が上がり溜息をつくしか出来なかった。
「あのな、まずは……儂とお前が同じ物を着ているのは、深い意味はないし、罰せられもしないから安心しろ」
 キュラの呆れた声は、自分とカルニスタミアが全く同じパジャマを着ていること。庶子と王子が同じ格好をするのは王族階級では許されないことであり、同じ格好をしているだけで罪に問われることもある。
「そう。それで」
 カルニスタミアはキュラが眠った後に、側近の一人で大人しく言う事をきくヘルタナルグ准佐に細々とした荷物を運ぶように命じたのだが、やってきたのはリュバイルス子爵アロドリアス。小言と一緒に荷物を運んできたのかと、うんざりしたカルニスタミアだが追い返すのも面倒だと、急いで荷物を室内に運び込ませた。
 最初は大人しかったアロドリアスだが、キュラと共にいる事は ”良くない” と言ってきて、カルニスタミアの気分を悪くしてくれた。怒鳴りつけたかったカルニスタミアだが、キュラが眠っている事を考えて、黙ってアロドリアスの小言を聞きやり過ごす。
「それで?」
「儂はお前の着替えも命じたのじゃが、アロドリアスの奴、持ってこなかった」
 ヘルタナルグ准佐に依頼したのは、キュラの着替えは身の回りの物を用意させて持ってこさせる為だったのだが、アロドリアスが割って入ってきたことにより、室内はキュラに関する荷物は何一つない。
「僕、嫌われてるからね。ザウディンダルの次くらいに嫌われていると思うよ。彼って僕やザウディンダルに対して、隙あらば叩き潰してやるっていう態度を隠さないよね」
 折角の休暇であり、身体を休めるための時間だというのにこの有様で、カルニスタミアは正直頭が痛かったが、文句を言うよりもアロドリアスを遠ざけるのが先だと何も言い返さずに彼を帰した。
「まあな。じゃから、儂の着替えをお前に」
「ふーん……まあいいけどさ」
 キュラはズボンの裾を折り、袖の長さも折って調節する。
「長さはそんなに変わらないけど、身体の厚みが違うと……なんか、腹立たしいね」
 裸足でキュラはベッドから飛び降りる。
「何をする気だ?」
「喉が渇いたんだよ」
「待て、儂も付いて行く」
 後ろをついてきたカルニスタミアを振り返り凝視した後、視線を落としてキュラは苦笑しながら溜息をついた。
「何じゃ? キュラ」
「このパジャマって、本当に君の為に作られた物なんだなあと思ってさ。僕には似合わないけど、君はしっくりし過ぎて怖いくらいだよ」
 濃いめのベージュに袖や襟に金と緋で王家の紋章が刺繍されているだけの、飾り立てる事の多いテルロバールノル王家としては珍しいシンプルなものだが、カルニスタミアが着ると間違い無く王族の着衣に相応しかった。
「そりゃまあ、儂のためにデザインされているものじゃ、似合わなかったらデザインした者は即座に解雇じゃろうしよ」
 キッチンに入り、グラスを取り出してカルニスタミアは冷蔵庫を開けた。
「何を飲む、キュラ」
「適当に見繕ってよ」
 ソファーに座りテーブルに足を乗せてキュラは欠伸をしながら答える。そんな答えが返ってくるだろうなと思っていたカルニスタミアは、想像通りで何となく楽しくなり冷蔵庫を覗いたままの体勢で笑った。
 初めて会った頃は、年上のキュラがとても大人びて近寄りがたく感じていたのだが、最近カルニスタミアはキュラに少しばかり別の感情をいだくようになった。キュラの年上としての態度や行動力とは違う、ふとした仕草。それが自分に対し何かを訴えている事は理解できるのだが 《何》 なのかまでは、はっきりとは解らないでいた。
 直球で聞いた所ではぐらかされてしまうだろうから、出来るなら自分で気付き応えたいと思いながら、
「ブルーベリージュース」
「何で、君はそういうの選んじゃうの?」
 冷蔵庫の最も手前にあったジュースをグラスに注いで差し出した。
「嫌いじゃなかったと思ったが」
「嫌いじゃないけどさあ。所で、このテーブルに投げ捨てられてるメモリーは何?」
 リビングのテーブルに見る事を拒否されたように置かれている、テルロバールノル王家の紋様が入った記録媒体を手に取り、ヒラヒラとさせて問いかける。
「はぁ……それな。儂の見合い相手というか、婚約者候補だそうじゃ」
「へぇ。誰?」
「見ちゃいねえ。アロドリアスの奴、それを此処まで持って来たくて、ヘルタナルグ准佐に任務を交換するように言ったそうじゃ」
「言ったっていうより、命令したんでしょ? 彼は名門ローグ公爵家の跡取りだもん、命令口調は生まれつきだろうしさ」
 キュラの隣に座り端末を手に持ち、記録媒体を見て嫌そうな表情を隠しもしないカルニスタミアに、キュラは思わず笑いがこみ上げてくる。
「まあな。……相手、気になるか?」
 その笑いに、頭を無造作に掻いてキュラの手から取り上げて尋ねた。
「君は気にならないの?」
 かつて自分の婚約者だった女を破壊した男に対してかけるに相応しい言葉を、カルニスタミアは知らない。自分の結婚は他者に隠し通せるものでもない。どうせ知られるのなら、早い段階の方が良いだろうと
「見てみるな」
 それを画面にあてた。
 キュラは画面をのぞき込むことなく、それとは別の話題持ち出す。
「あのさあ、君の部屋にザウディンダルがいたんだけど」
 午後にカルニスタミアの部屋で見かけたザウディンダル。此処に自分を連れて来る前に、一度は部屋に戻った筈だから、何か聞けるかと声をかけると、
「それか。礼の品が置かれていた。帝国宰相のバースデーカードの礼じゃったよ。それだけじゃ」
 画面から目を離さず、嬉しそうにカルニスタミアは語った。
 その表情は、やはりキュラには向けられない物。
「そう。あのさあ、君がザウディンダルの心臓踏み抜いたあの一件。黙っている代わりに僕の言うこと聞くって言ったよね」
「ああ、言ったな。何じゃ? 儂は何をすりゃあ良いんじゃ?」
 ”あの一件” とは、皇帝が誕生式典の前に、奴隷の住む区画に降りた貴族達がロガに暴力をふるった事で、皇帝の中の 《帝王》 が目覚め、それを止める際に、カルニスタミアは倒れているザウディンダルの心臓を踏み潰し、見事に息の根を止めた。
 核には触れていないので蘇生可能であり、例え知られても非常事態だったので誰にも咎められはしないことも理解している。だがカルニスタミアはどうしてもザウディンダルに知られたくなく、その真実に気付いていたただ一人キュラに ”何でもするから言わないでくれ” と頼み込んでいた。
 《僕の希望を聞いてもらうよ》 という言葉に黙って頷き、いつその希望が言われるかを待っていた。
「このホテルにいる間、僕の恋人として振る舞って」
「……」
「何だよ、その顔。何でも言うこと聞くって言ったじゃないか」
 渋い顔をするカルニスタミアの肩に掌を乗せて、撓垂れ掛る。
「嫌なの?」
「嫌……じゃなくてよ、残り二日で儂はお前の理想とする恋人として振る舞う自信はねえ。もっと前から言ってくれたら、もう少しお前の恋人としての振る舞いを研究しておいたのによ。この二日じゃあ、手探りで形になった頃には終わりだ。それでも良いのか?」
 肩に顎を乗せているキュラに向かい、真面目な表情で問いただす。
「良いに決まってるじゃないか」
 あまりにも上手く恋人を演じられたら、気が狂いそうだ。そんな思いは出さず、あくまでも楽しさだけを表に出す。
「それで良いなら、幾らでも」
 落ち着いた微笑みを浮かべ、キュラの頬に唇を寄せる。不意に触れた唇が離れたその自分の頬に手を触れて凛々しいが優しさのある顔立ちに、恥ずかしさを感じると同時に寂しさをも感じた。
 馬鹿なことを提案したとキュラは思いながらも、それでも良いと言い聞かせる。
 罪悪感や後悔が大きいに違いない自分の提案。それを知りながらも、偽りの一時に身を委ねる。
「それでさあ、恋人として恋人の婚約者って凄く気になるんだけど。教えてくれる?」
「……」
「何? その嫌そうな表情。嫌な相手だったら、僕がまた殺してあげるよ」
 疑似恋人といっても、言動は普段の二人のまま。
「無理じゃろう。前回儂の婚約者はお前の手にかかった事から今回は ”これ” を選びやがった」
 向けられた画面に映された人物を見て、キュラは驚きその後に大笑いする。
「君のお兄様酷いなあ! これ相手じゃあ僕も勝てないよ! なに? 僕対策でリュゼクを選んだの? 酷いお兄様だよ」
 キュラの笑いの隣で苦笑を張り付かせているカルニスタミア。
 画面に映し出されている ”リュゼク” という女は、キュラよりも遙かに強く、暴力行為では相手にならない。
「全くじゃ。お前対策で、儂に対する最大の嫌がらせじゃろう。父王暗殺実行犯の娘を薦められるとは。嫌われておると思ったが、此処までとなはあ」

 二人は身体を繋げることなく抱き合い二日間を過ごした。

 カルニスタミアとカレンティンシスの父王殺暗殺実行犯の娘リュゼク。 
 ウキリベリスタルの描いた世界において重要だったリュゼクとカルニスタミアがその真実を知るのは何時の日か。
 ウキリベリスタルの思惑が何処にあったのか、今の彼等には知る術はない。


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