ALMOND GWALIOR −84
 それはビーレウストとカルニスタミアが、本物のキュラティンセオイランサの伯母と名乗る女性から話を聞いている時から二十五年ほど遡る。
 まだシュスタークが存在もしない、ザウディンダルを身籠もっているディブレシア帝の御代。
 賢く優しい何よりも品行方正で知られていたのが、ラティランクレンラセオ十二歳。
「面会希望者?」
 無数の才能と極度の人間嫌いを、誰もが渇望する美しいケシュマリスタで覆い隠した少年は、勉強の合間に持ち込まれた ”愚民” の依頼に、その美しい表情や態度を一切崩さずに聞き返す。
「はい。ケシュマリスタ王の愛妾の一人が」
 執事が持って来た紹介状に目を通し、相手を通すように命じる。
 当時、ラティランを頼ってくる者の中で最も多かったのは父王の子を産んだ愛妾達。
 愛妾に対する優しさの欠片もないファンディフレンキャリオス王の態度に不安を感じ、我が子を抱いて未来のケスヴァーンターン公爵の元に通う女の多かった事。
 善人の仮面を被っている彼は、父王の愛妾のお願いも嫌がらずに聞いた。勿論あらぬ噂など立てられぬように、二人きりで会うこともしなかった。
 最も表面上の理由は ”そう” だが二人きりで会わなかったのは、良い人の噂を立てる為には、良い人であることを他者に見せる必要があった為。
「ガルディゼロ伯爵のシャディニーナ……か」
 国王が愛妾に対し冷淡であるのには理由がある。
 愛してはいなかったが、ラティランの母であった王妃が死亡した理由は愛妾の一人が自分が王妃の座に収まり、我が子を王太子にと願った果ての凶行だった。
 王妃と共に襲われたラティランは、自ら生母であり王妃を守る事ができなかった事を父王に詫び、
『このような無力な男が王太子であってはいけない』
 などと王太子の座を辞退しようとした。
 勿論引き留められ、勘違いした愛妾は処分された。
『父上、そこまでして下さらなくとも』
『愛妾の代わりなど幾らでもいるが、お前の代わりは存在しないラティランクレンラセオ』
 王は優れているラティランには期待していた事もあるが、長子に王を継がせずに国が混乱することをも恐れた。
 暗黒時代の再来を防ぐ為にも、王太子ラティランクレンラセオに何の障害もなく王位を譲らねばならない。それがファンディフレンキャリオスの願いでもあった。

「初めまして、ガルディゼロ伯爵家のシャディニーナ。それと僕の言葉がわかるかな? キュラティンセオイランサ」

 王妃を殺害しようと愛妾が増長したのも、王妃が殺害されたのもラティランの手の内であったが、王は気付かなかった。
 《暗愚過ぎると、思い通りに動かなくて困る》
 父王をも見下す少年は、目の前に現れた女の美、その腕に抱かれている 《異母弟》 に持った感情はただ一つ ”下らない”
「座りなさい」
 ソファーに腰を掛けて、シャディニーナに訪問の目的を尋ねる。尋ねなくても解っている事だが、一々尋ねてやるのは愚かな女の無様な姿を内心で嘲笑う為。
 二人が話をしている直ぐ傍で、キュラは持って来た玩具で遊んでいた。
 キュラが泣き出したりして何度か話は中断されたが、ラティランは笑顔で大人しくなるまで待つ。そしてシャディニーナの話を聞き終えた。
「なるほど」

 ”どこの愛妾も代わり映えのしない、独創性一つ無い事を泣きなが僕に語ればどうにかして貰えると思うのか。下らんなあ”

 そんな事を考えているなど誰も思えない優しげな笑顔で、我が子を抱き締めながら頭を下げるシャディニーナを見つめる、
「殿下の治世にお役に立てるよう育てます! ですから!」
 手を差し出しシャディニーナを立ち上がらせ、キュラをゆっくりと彼女から引き離し抱き締める。
「我が子を思う気持ち、良く解ります。とは言っても僕はまだ結婚もしていないので、我が子がどれ程可愛いか解りませんが、貴女を観て居ると子供は何者にも代え難いものなのだなあと」

 彼はとても美しい王太子であった。

「髪質は僕と同じだ。キュラティンセオイランサ。片親だけの兄弟と言えども、兄弟の証だよね」
 未来の王が優しげに自分の息子を抱いている姿に、シャディニーナは安堵し涙が再びあふれ出す。彼女が落ち着くまで、キュラを膝の上に抱き優しく声をかける。
「僕が王の座についてから……となりますが、それまでの生活で困った事があったら何時でも連絡を」
 部屋の隅で合図を待っていた部下の一人が、心得たと彼女に金を渡す。受け取れないと拒否するシャディニーナだが、
「それは弟の養育費ですよ。父は貴女に生活費、僕は未来の部下である弟に養育費。しっかりと育っていないと、部下としては使えません。育てる為にはある程度の資金が必要です。お願いしますよ」
 彼女は疑いを持たないで、王宮を後にした。
「……」
 ラティランはシャディニーナとキュラを見送りながら、内心で嘲る。
 ”愛妾になることは構わんが、愛妾になったら己で妊娠出産はコントロールするべきであろうが。大昔でもあるまいし、妊娠しない為の薬など無数にある。愛妾が子を産んでも私生児で、殺されることが解っているのに何故産む。産んだ子が生活の糧となった地球時代とは違うこと、理解できないのか。愛妾ならば愛妾としての道を歩めばよかろうに、人間の雌のような行為を取る馬鹿なケスヴァーンターンの子など要らぬ”

 窓に映った己の顔を見ながら、ラティランはキュラをどのように殺そうかと考える。その時までラティランはキュラを殺すつもりだった。間違い無く彼は殺される筈だった。
 ラティランクレンラセオが十二歳の時に、彼であり彼女が生まれた。

 ザウディンダル・アグディスティス・エタナエル
 
 まだ ”ザウディンダル” の名すら持たぬ女王がキュラを苦しめ、キュラを救う。

 シャディニーナが立ち去った後、ラティランは父王に呼び出された。
「失礼いたします」
「来たか、ラティランクレンラセオ」
 執務室に呼び出されたラティランは、父王と机を挟み直立して挨拶を述べる。
「どうなさいました? 父上」
「陛下が両性具有を産んだ」
「エタナエルですか? ロタナエルですか?」
 女性型でなければ殺害される ”治世”
「エタナエルだ」
「では既に処分を?」
「いいや、処分はしていない」
 だが ”ザウディンダル” は生かされた。
「何故?」
 ラティランもディブレシアの真意は未だ解ってはいない。
「陛下がアルカルターヴァに塔の稼働を命じたそうだ」
 ラティランの真の目的に気付いていたウキリベリスタルが、ディブレシアの命令に従い塔を動かす。
「陛下の為に男性型は無理なのでは?」
「近いうちに男の皇太子を産むそうだ、ザンダマイアスが言っておった」

 ディブレシアは言葉通り次に皇太子となるナイトオリバルドを産む。

 ラティランの野心は何時も燻っていた。”傍系ながら皇帝の系譜に最も近い” 血筋でありながら、王家に封じられた事に対する不満。
 それ以上に身体の根源から沸き上がる人間に対する憎悪が、彼の内側で渦巻いている。
 生まれた時から沸き上がり渦巻く感情、敢えて名を付けるのならば多才で人々の羨望の的であるラティランクレンラセオを持ってしても 《憎悪》 としか名付けられないが、それはただの 《憎悪》 ではない。
 ありきたりな言葉で表された 《憎悪》 と名付けられた影は隠れる場所も逃れる道もなにもない、閉ざされたラティランクレンラセオという器の中で彼を嘖み続ける。
 それは狂気へ堕ちるには充分な、人造人間が人間に対して抱いた最初にして最大の途絶えることのない負の感情。
 内側からラティランクレンラセオを破壊するかのように責める続けるその憎悪だが、彼は人造人間よりも強く、彼の意志は決して破壊されない。根源である 《憎悪》 は排除はできないが、鎮める方法も解っていた。これを鎮める為に彼は皇帝の座に就く。それが解決方法だった。
 皇帝の座が何かをもたらすのではなく、皇帝となりこれ以上の地位がなくなり、人間達の上に完全に君臨する事で、それは一つの結末を見ることを知っている。

 かつてエターナ=ケシュマリスタが見たように。
 彼であり彼女に安らぎを与える為に皇帝となった ”人間” シュスター=ベルレーが存在しない以上、彼、ラティランクレンラセオは自ら皇帝となるしかない。この狂気の漣を前に永遠に人を支配し、安らぎの空の下で永久に人を呪う。

 ラティランは両性具有を使い、次に生まれるらしい皇太子を追い落とす計画を立て始めた。
 皇太子が女の場合は両性具有は使えないから、できれば男が良いと彼は考えた。女性皇帝が男性型両性具有と恋に堕ちる。これは割合簡単に操作できるが、女性皇帝であれば、自分の正妃に添えたと考えていた。
 最もこの策は、直ぐに破棄されてしまった。両性具有が生まれて一ヶ月するかしないかのうちに、ついに皇帝が帝婿の子を身籠もりその性別が判明した。
 第三十七代”男性”皇帝。それがラティランの仮想ではない敵と定まる。王となってしまえば皇位継承権を失うが、王の権力がなければ皇帝の座は狙えず、他の王が阻止せずに黙って見ているわけもない。継承権を持たない王が皇帝の座を獲った時、彼等は正当性を掲げて ”王の座を継いでいない我が子” を奉じて攻撃を仕掛けてくる。
「さすが賢帝……隙がない」
 皇位継承に関し王の即位後の皇位継承権の剥奪などを整え、制定したのは賢帝と謳われる第十六代皇帝オードストレヴ。平民の正妃を初めて迎え、彼女との間に生まれた子が次代皇帝となっていた。
 その賢帝が争いを封じる為に講じた策が ”継承権の剥奪”
 誰もが絶賛した皇帝の法は、年若い王太子程度では手が出せない強固なもの。
 ラティランは当初王妃を守りきれなかった事で、王太子の座を辞退してそのまま皇位継承権を持って力を蓄える予定だった。
「父が賢帝のように妃を愛していたら、僕は廃嫡になっていただろうな」
 愛していなかった王妃の死よりも、能力のある王太子を取った父王に対して、ラティランは最大限の慈悲を見せ、彼が死ぬまで生かしてやることにした。
 なにより皇帝が幼すぎては、彼の考えた策を使う事が出来ないので。彼は待った、皇帝が成長し他人を抱くことができるようになるまで。


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