8.北の国 −別【2】
 入城することを許された宦官は、表向きの使命であるマフムードの書状をこの国の王が読んでいる姿を遠くからでも拝見しなければ帰ることができない、帰ったとしても処刑されてしまうので是非とも王が書状を読んでいる姿を拝見させて欲しいと寵妃の息子に依頼する。
 北の国ではマフムードは恐ろしい王であり、家臣にそのように命じると信じられていたので申し出は奇異に取られることはなかった。
「だが、それは出来ない。伏せていることだが、父は既に亡くなられている」
「なんと!」
 宦官は驚きを見せ、皇子は必死に驚きを隠した。
「ゆえに書状は私が目を通して」
 寵妃の息子の申し出に、宦官は ”そつ” なく答える。
「ありがたいのですが、この国の支配者が目を通しているところを確認してくるように命じられました。寵妃の息子殿もこの国の支配者になられる可能性はありますが、もう一人の可能性も捨て切れません。怒らないでください、私とてこのようなことは言いたくはありませんが、私にも私の事情があるのです」
 宦官はそのように語り最後にこう言った。
「人質を置いて北の王子の方にも書状を見せに行かせていただきたい。用件が済み次第、城に戻ってきます」
 人質に選ばれたのは皇子と占星術師と護衛。
 一人しか東の国の者が残さないことに、寵妃の息子は不信感を露わにしたが、
「紹介が遅れましたな。この二名の異国人はマフムード王の食客でもあります。このようなことがあった場合の人質となっていただくべく同行していただきました」
「随分と用意が良いな、宦官殿」
 冷たい声に肩をすぼめてみせる宦官を ”ちらり” と見た後、皇子と占星術師に視線を移す。
「南の国の者。お前は何者だ?」
 寵妃の息子の問いに、
「占星術師です。マフムード王に抱えていただいたばかりです」
 あっさりと正体をばらした。
 寵妃の息子の下に追っている占い師がいるとすれば、自分の存在は既におぼろげながら掴まれていると考えた方が良いだろうという判断で。
「≪ヤツ≫が言っていた通りだな。よし、許可しよう」
 宦官は三人に小声で ”時間を稼いできますので” 言い北の王子の所へと向かった。
 東の国からの使節ということである程度の自由を与えられた三人は、人気の少ない城を許される範囲で見て回った。
「マフムード王の後宮よりは地味ですけれど、堅牢で実直な造りですね」
「そうですね。後宮はもう少し派手でしょうけれど、東の国ほど暖かくないので寒さをしのぐのに重点を置いた造りになってしまうので、堅牢になるのでしょう」
 そのような会話をしながら歩いていると、突如子供の手を引いて女性が現れた。
「お願いします、匿ってください」
 怯えている様子の幼子と女性の登場に、皇子は驚いたが、
「私達はここに客人として、人質としているので匿うことなど出来ません」
 皇子の言葉に女性は言いなおした。
≪東の国に連れて逃げてください≫
 あまりに突然の申し出に、貴方が誰であるのかを知りたいと問い返すと、女性は寵妃の息子の妻だと答えた。
 夫である寵妃の息子が突然自分達二人を部屋に軟禁し、気がついたら国がこのような状態になっていたと語った。
「それが真実であるかどうかを寵妃の息子に問いただしても良いですか?」
 占星術師の言葉に一瞬声を失い、皇子の方に視線を向ける。
「私も占星術師と同じ意見です。嫌ならばここで会い会話したことは無かったことにいたします」
 女性は語らないで欲しい言って、幼子と共に戻っていった。
「あの女性、皇子を男性だと思っていたようですね。瞳で誘惑していましたが、気付かれましたか?」
 護衛の言葉に向けられた≪何か言いたげな視線≫がそのような意味を持っていたのかと驚きながらも納得した。
「皇子。すぐに寵妃の息子に会い今のことを話しますよ」
「言わないと約束しましたよ」
「そうですが、女性が寵妃の息子に今あったことを語らない約束はしませんでした。下手なことを語られたら大変です」


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