5.北の国 −縁【1】
 東の国の使節団は北の国へ一刻も早くたどり着くために出来うる限りの速さで進んだ。
 第十王女の父である北の王の体調は悪化の一途を辿りあとは死に行くだけで、跡継ぎの王子が代理で国の全てを治めるのは仕方ない状態に。
 この時期に代理の座を取ったものが次の国王になるのは確実だろうと誰もが考えていた。王の代理の座は当然のことながら正室の息子に与えられ王子は政治を執る。
 能力にも人柄にも何の問題もない彼の統治に誰もがこのまま次代に移行するのだろうと思っていた。
 
 彼は会ったこともない第十王女が東の国の後宮に連れて行かれた報告を受け、そのことを第十王女とは仲の良かった第九王女に伝えた。第九王女は方伯国に行きたいと懇願する。
 第九王女と将はこの噂は第十王女が途中で逃げ出すために仕組んだことで嘘だと思い心配はしていなかった。
 方伯国側から書状が届いたと聞いた時も上手く誤魔化したのだろうと疑ってはいない。
 兄である王子は第十王女が男であることは知らないので、方伯国の県令が王女は誘拐されたという報告を信じている。
 書状には方伯国の力では東の国に王女を返せと抗議することもままならないので、北の国でなんとかしてはくれないだろうかと書かれていた。そして何年かかっても良い、戻してもらえるのならば王女の身は方伯国で一生苦労なく過ごさせるとまで書かれていた。態度に方伯国側の真剣さがうかがえたので、方伯国の方に王女のことは気にしないようにと伝えさせる使者を立てる。
「小国とはいえ嫁に迎えるといってくれた国に王女が届かなかったのは落ち度になるな。私の書状共に新たな妻としてわが国の良家の娘を連れて行け」
 使者に立ったのは第九王女。
 彼女の闊達さと第十王女との仲の良さは王子も噂で聞いていたので許可を出した。
 第九王女の夫である将の親戚の娘を選び、王子は第九王女と親戚の娘が誘拐されないようにと兵を割き隊を組ませ夫である将に安全を任せ方伯国へと旅立たせた。

 それから三日としないうちに彼は城を追われた、寵妃の息子によって。

「この山を越えれば北の国に入ります」
 皇子は砂漠を抜け北の国の国境付近までたどり着いた。
「思っていたよりも砂漠を抜けるのは楽でしたね、占星術師」
「そうですから北の国と東の国は争うのですよ。抜けられぬ死の砂漠でしたら滅多なことでは争いは起こりません」
「この山の中腹付近に山岳民族が住んでいるはずです。北の国に属していますが東の国からの使節を襲ったりはしませんので、少しは体を休めることができるでしょう」
 宦官はそのように告げた。
 山を登り山岳民族のいる辺りまで来たところ、見張りに声をかけられた。
 宦官は我々は東の国の使節であり、北の国に王からの書状を届けるのだと告げた。見張りは一人に何かを耳打ちし走らせた後に皇子達を集落へと招きいれた。
 通された皇子たちを出迎えた族長が代表者である宦官に是非とも会わせたい相手がいると天幕へと案内された。
 残された皇子と占星術師そして護衛は天幕の周囲で待機する。天幕を物珍しそうに見ていると、先ほどの見張りが近寄ってきた。皇子は見張りの右頬を見て第十王女についてきた侍女が左頬にそっくりな刺青をしていたことを思い出す。
 顔に刺青は皇子にとっては珍しく特徴も掴みやすい形であったので覚えていた。皇子は見張りに刺青は一族を表すのかと尋ね、見張りはそうだと答える。
 男は右頬で女は左頬で表すのかと尋ねると親が決めた許婚を表すものだと告げ、
「お前達東の国の後宮で顔にこれと同じ刺青が入った女を見たのではないか?」
 そのように語気を少々荒げて言ってきた。
「後宮の女は王と宦官以外は見ることは出来ない」
 護衛がそう言い見張りは舌打ちをする。皇子と占星術師は顔を見合わせ頷き見張りに真実を教える。
「第十王女の侍女でしたね。その人は方伯国へと向かいました」
「お前達第十王女のことを知っているのか」
 尋ねられると皇子は肯定した。
 皇子に詳しく聞こうと見張りが口を開きかけた時、天幕から宦官が現れ皇子たちを招きいれた。
 布が擦れる音と共に消えた三人を見張りは睨みつけその場を後にする。


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