水精姫の選択

【18】

 パルヴィは首筋の慣れない感触に気付き、起きなくてはと自分を叱咤して重い目蓋を開いた。
「……」
 覚えない場所だということは解ったものの、頭の痛みが考えさせてくれれず、体を起こすこともままならない。
 頭の鈍痛のほかに指先に鋭い痛みがあることにも気付くが、理由については心当たりがなかった。
 薬が利きすぎ記憶が曖昧になっているパルヴィは、独り見知らぬところでいままで経験したことのない痛みと熱に不安に襲われ、痛みや重さに抵抗することをやめ眠りに落ちた。
 藁が詰まった粗いつくりの袋に埋もれて、パルヴィは眠り続けた。

◇◇◇◇◇

「ビヨルクの王女はイトフィルカに連れされられたのですね」
 ジークベルトは直接イズベルガを尋問し、パルヴィが誘拐されたことを再確認してから、問題の人物について尋ねた。
「それで、ホラントはどこに行ったのですか?」
「死んだんじゃないかねえ。私たちはイトフィルカの姿を見た訳じゃないよ。あの娘を連れてきたホラントが”イトフィルカだ!”そう叫んでね。その叫び声に重なるように雷撃が落ちてきたんだよ。凄かったよ、建物がねえ揺れてさあ、どこもかしこも熱くて熱くて」
「そうですか」
 パルヴィの外出はヴォルフラムの指示。
 事前に門番に外出することを連絡していたことからも明かになっている。まだイトフィルカが城内にいる時点でパルヴィが外出したらどうなるか? 
「また邸を造ってくれるよね、ジークベルト」
「質問にはっきりと答えたら造ってあげますよ」
「まだ聞きたいことがあるのかい、ジークベルト」
「誘拐はあなたがホラントに指示を出したのですか? それともヴォルフラムが背後で糸を引いたのですか?」
  ホラントが使われ殺害されたとしてもジークベルトは自業自得だと思う。死んでいないとしても誘拐犯として捕らえる。パルヴィのことはなんとも思っていない が、魔女嫌いでもあるジークベルトは些細な出来事でも使えるのなら最大限に生かし、その分を料金に上乗せすればよいと考えいた。
「答えなけりゃ駄目なのかい?」
 鼻を削ぎおとされたため、顔に奇妙な穴が二つ空いている皺だらけの顔に浮かんだのは諦めであった。
「はい、答えなければ邸は造りません。ゲルティ前王の飼育場が空きましたのでそこに住んでもらいます。あそこなら人も近付きませんし広さも充分。使い道がないので、住んでもらえたらとても助かります」
 醜い老婆の顔に見下ろすように秀麗な顔を近づける。対極にある顔だがその表情はとてもよく似ていた。
「仕方ない、もとの飼育場で我慢するよ」
 煤を被り紫色の深みをがなくなってしまったローブを被り直して答えを拒否する。
「利口ですね。ヴォルフラムが関わっているのかどうかは解りませんが、あの男に関する質問に答えないのは正しい姿勢ですよ」
 答えることを拒否したことがすぐにヴォルフラムが指示したことに繋がるわけではないが、関与していないとは考え辛い。
「私もそれなりに長生きしてるからねえ。ヴォルフラムの怖さは知ってるさ」

 フリーデリケが邸跡を捜索した結果、ホラントの死体が発見された。姉を装うために女装したことがはっきりとわかった。
 彼は他の魔女たちとは違い、服に焼け焦げた痕がないものの、洋服の元の色は判別し辛い状況になっていた。死因は背後からの刺し傷。
  ”とある男性”の手のひらほどの長さほどもある傷。突き刺された剣はホラントの背中から斜め上に向かっていた。心臓脇を通り抜け肋骨を破り串刺しにしてか ら、剣を抜きもう片方の手で背中を押し一気に引き抜いた痕。死ぬまでの間、時間がややあったようで俯せのまま自分の血の海で悶え苦しんだ痕跡があった。
 傷の大きさとホラントの状況から犯人ヴォルフラムなのは確実であった。城に戻ったフリーデリケが報告を待っていたハイデマリーとテレジアに細大漏らさずに告げた。
 弟が死んだことに関してテレジアは興味もなく、ハイデマリーは殺害した父親の行動に苦笑するだけ。被害者の姉と加害者の娘が並んでいるのだが、両者とも謝罪をすることも、望むこともなかった。
 ホラントを殺害したのがテオバルトであったならハイデマリーやフリーデリケは簡素ながら謝罪はしたが、犯人がヴォルフラムでは二人も言いようがなく、それについてテレジアも理解しているので黙るしかなかった。
「親父も人を殺す時は、普通の獲物にしてくれりゃあいいのによ」
 ハイデマリーの白く陶器のような肌で覆われている顔に苦笑を刻んだ原因は、ヴォルフラムが使った自己主張の強すぎる殺害道具。
 ホラントの体に残った傷跡は、ヴォルフラム以外には付けることができない。

◇◇◇◇◇

 ホラントが誰に殺されたかなど、ジークベルトには問題ではない。遺体を確認し、唯一の身内であるテレジアに、すぐに埋葬するように命じてからテオバルトを連れ、パルヴィたちの滞在場所にしていた部屋にいるヴォルフラムに会いに向かった。
 イリアはもしものことを考え、ハイデマリーの小間使い用の部屋に移されている。
 朝方パルヴィが外を眺めていた窓。日が落ち闇色の雲と月明かりに飾られている空をヴォルフラムが眺めていた。
「ヴォルフラム」
「なんだい、ジークベルト」
「イトフィルカがビヨルクの王女を誘拐したことは”聞いていますね”。あなたに心当たりはありますか?」
 当事者であることは明白だが、ジークベルトはあえて「心当たり」として尋ねた。ヴォルフラムがまともに答えないことは長い付き合いでわかっている。
「イトフィルカはパルヴィのことを”連れて行って調べたい”とは言っていた」
 振り返りヴォルフラムは窓枠に腰をかけて、両手をわざとらしく広げて答えてきた。
「止めなかったのですか?」
「あいつを止めるってことは、殺すってことだ。さすがに王様を殺すのはまずいだろう」
 腰を少し折り下からジークベルトを見上げるようにして、笑うような口をかたどり舌を出す。その表情に苛ついたジークベルトは上から殴り降ろす。
 殴られた頬をおさえて忍び笑いをするヴォルフラムに、もう一度殴り掛かろうとしたジークベルトの手首をテオバルトが掴む。
「王、おさえた方がよろしいかと。親父は腰の後ろに下げている短剣を抜く体勢にはいってます。柄で殴られたら顔が腫れ上がりますよ」
 普段のジークベルトなら簡単に気付けるのだが、今日はヴォルフラムにいつも以上に振り回され我慢の限界に達していたこともあり気付くのに遅れてしまった。
「笑っていないで顔を上げなさい、ヴォルフラム」
「はいはい。王さま。ご命令の通りにいたしますよ」
 口調に我慢できなくなったジークベルトは咄嗟に蹴りを放ち、ヴォルフラムのこめかみをとらえて蹴り倒すことに成功したのだが、吹き飛ばされベッドの陰に落ちたヴォルフラムの忍び笑いは止まることはなかった。
「殴るれば殴っただけ、蹴り飛ばせば蹴り飛ばしただけ腹立たしさが増すんですよ、王。だから止めた方がいいですよ」
「解ってますよ。解っているんですけれどもね!」